40 レイノラの塔
王都を囲む壁をくぐり、東へ進むと天へ突き刺すような純白の塔が見えてくる。
正確な高さは不明だが、踏破した時に下の景色を見た感じ、スカ○ツリーと同じくらいの高さであると推測される。
こんなばか高い建造物があれば当然王都から見えるだろうと思うだろうが、世界中にある塔タイプのダンジョンは例外なく、辺りに認識阻害の結界がかけられており一定の距離まで近づかなければ発見することはできない。
歴代で2組しか踏破することのできていないダンジョン『レイノラの塔』は、王都の冒険者には大人気である。
近いし、何より初心者を脱した冒険者からベテランまで幅広いレベルの人間に対応した丁度いいダンジョンだからだ。
王都にいるダンジョン冒険者は基本ここに入り浸っている。
ダンジョンの入り口の横に宿舎が建てられるほどである。
今は丁度、早起きである冒険者たちがこぞってダンジョンに入っていく時間。
簡易の屋台もいくつか並び祭りのように賑わっている。
私はそんな様子を、少し離れた木陰の下であぐらをかき、立てた膝に肘をついて眺めていた。
朝イチからこの場所に来るのは久しぶりである。
だからだろうか、公式戦以前と比べると人の数が明らかに多いのが分かった。
ダンジョン冒険者へ転向した少年たちだろうか、初々しい空気を醸し出す少年たちが意気揚々と剣を掲げて入っていく。
ベテラン勢もロキの踏破に触発されたのだろうか、今日こそはといった表情を浮かべ頼もしい足取りで入っていく。
ダンジョンに生きがいを見つけ出した同志たちが、爛々と目を輝かせていることに、どこか満ち足りた気持ちになる。
その後もダンジョンに吸い込まれていく彼らを見送っていると、待ち人がやってきた。
二つの気配に視線を向ける。
「おはようございます!」
「おはようございます、お待たせしました」
「二人とも、おはようございます」
朝から元気なクリス王子といつも通り和やかなリンドビーク家のユーリ公子である。
「ロキ、嬉しそうな顔してたね」
立ち上がり服についた土を払っていると王子にそう指摘された。
「見られてましたか。・・・冒険者たちがそろっていい表情をしているのを見て、なんだか嬉しくなってしまって」
「あははっ、なるほどね!」
「ロキの活躍あってこそですよ」
素直で温かい言葉に思わず二つの頭を撫でる。
いい弟子を持ったものである。
「さて、お願いしていたものは持ってきましたか?」
「うん!ダンジョン産のH P回復ポーション100本!これ(+)付きじゃなくて良かったの?」
その一つを取り出して高々と掲げる王子。
この子はいつも楽しそうだな。
昨日の昼食で終始睨みつけてきていた少年と同一人物とは思えない。改めてロクサーナが相当嫌われていることを実感するな。
「そんなもの100本も用意できないでしょう。私が陛下に怒られます」
「(+)なしでも十分高価ですけど・・・」
まぁ今回用意してもらったのはダンジョン産だからな。
普通のH P回復ポーションでも数が揃えばそれなりだが、王子なら揃えられると踏んでこの方法を選んだのだ。
ちなみに時価で一本およそ50万円と少しである。
「公子はM Pの回復ポーションですね」
「はい、持ってきました」
公子も価値を分かっていながらもポーションの扱いに緊張は見られない。
生まれながらの金持ちは皆そうなってしまうのだろうか。
「これから何回かはその量を用意してもらうことになりそうですけど、大丈夫そうですか?」
「もちろん!」
「これぐらいなら大丈夫ですよ。ちなみに、なんでこんなに回復ポーションが必要なんですか?ロキは回復魔法が使えますよね?」
5,000万を軽く用意できるのもそうだが、在庫がある事にも自分の中の庶民が感心するなか、公子からの質問に答える。
「私が予定を開けられるのは月に2回ほどしかありませんからね。お二人には私の目が届く範囲で少々無理をして戦ってもらいます。いつか二人だけでダンジョンに潜るときのために、まずは死なない練習として、戦闘中に無意識下でも回復ポーションを使えるようになりましょう」
「それって・・・」
公子の言葉とともに王子が緊張した面持ちで唾を飲む。
「超スパルタでいきますよ、覚悟はいいですね?」
ダンジョン内において冒険者の命は軽い。
少しのミスが命取りとなり、狩る側が狩られる側へと落ちていく。
ダンジョンにとって、やんごとなき生まれの二人であろうと、一歩足を踏み入れれば命の価値はそこらの冒険者と平等となる。
恐ろしいことに、人間、死ぬ時は一瞬である。
「死なないためにはレベルを上げ、H Pを増やす必要があります」
曲がり角から気配を消しいきなり襲いかかってくるゴブリンを軽く剣で振り払う。
あまりにも一瞬の出来事にビクッと体を震わせることしかできなかった二人は、ようやくゴブリンに襲われたと言う事実を認識した。
地上にもゴブリンはいるがここまで知性のある襲撃はしない。そのことに驚いているようだ。
ダンジョンに吸収されていく様を横目に確認する私が足を止めることはない。
「レベルを上げるには、経験値を得る必要がある。簡単ですね、魔物を殺せばいい」
王子のレベルは5、公子に関しては3しかない。
確かに、ダンジョンにこの二人だけで入れる訳にはいかない。
護衛をつけると言う国王の言い分もわかるが、それではいつまで経っても弱いままだ。
「しかし、ちまちまと魔物を見つけては殺してを繰り返していては、あまりにも非効率だ。地上でも、ダンジョンでも」
今度は後ろからやってきたゴブリン3体を土の槍で射殺す。
「ロキ、今土魔法を・・・」
「つい最近使えるようになりました」
「そんな簡単に・・・」
呆けている公子に苦笑いを返す。
「いいえ、簡単ではありませんよ。確かにスキル習得にはスキルスクロールを使いましたが、ここまで使い物になるまで相当努力をしました」
公式戦でニコライが土壁を作っているのを見て、ちょっと羨ましくなって取得したのだ。
裏庭をどろんこにしながら練習し今ではレベルは3となっている。
「強くなることに妥協なんてできませんからね」
妥協するということは、つまり私がロキを失うと言うこと。
いつか手放すというのに未練がましいが、まだ縋り付いていたいのだ。
許される限りの時間をロキとして過ごしたいと思ってしまう。
「・・・ごめんなさい、軽率でした」
私の言葉に自傷的な含みを察したのだろう。
公子は気まずそうに謝ってきた。
本当に、いい子である。
「構いませんよ。実際、側から見れば簡単そうに見えるのは分かってます。持って生まれたものが多いのも事実ですから」
強さにおいて、努力が報われるか否かの差は大きい。
今世の私は報われる側の人間なのだろう、だから努力し続けられる。
報われない人間は一度躓いてしまうと腐って努力することを諦めてしまう。
こっちは前世の私だな。努力して初めて才能があるかわかるのだから、努力しないことには始まらないのだ。
私が一番恵まれているのは、前世で努力することをやめた自分を教訓に、一度人生をリセットしやり直す機会を得たことだろう。
努力せずに苦労していたどうしようもない記憶が脳に刻みついて消えないのだ。
だから私はロキに依存する。努力する理由になってくれるから。
トラウマと言っても過言ではないだろう。
「さて、着きましたよ」
レイノラの塔は全階層、近未来的な白い廊下の迷路となっている。
しかし一層一層の構造は違い、地図を見ながら歩く冒険者が殆どだ。
地形の変更も発見以降確認されておらず、初めてのダンジョンには丁度いいらしい。まぁ敵はそれなりに強いし、曲がり角から気配を消しての襲撃はなかなかに手強いのだが。
私が二人に示すように指差したのは、一見そこらへんとなんら変わらない壁である。
まるでそこに続きがある様に話す私に公子が冷や汗を流す。
「まさか、隠し部屋ですか?」
「私の趣味ですから」
ふんすと胸を張る。
地図ができているなら、そこに書かれていない部屋を探すのが私の趣味と言うことは、周知の事実。
先達が何度攻略しても見つけられなかった開かずの間。
そこにあるのは宝かスリルか。
心躍らない方がおかしいだろう。
「まさか一階層にあるなんて」
「僕たちに教えてよかったの?」
そう、隠し部屋を見つけた冒険者たちは基本、発表することなく生涯にかけて独占する。
気に入った後輩への継承や、裏ルートで高値で取引されることもあるほどだ。
宝が湧き続ければ、それだけで冒険者の一大資産となるからみんな必死である。
独占がバレてトラブルになることも多々あるが、報告の義務はない。
バレずに上手くやれと言うのがギルドの不文律となっているのだが、バレてしまえば最後、新聞によって世界中に拡散されることになる。
容赦のないギルドのやり方に、冒険者たちが同情するまでが毎度のパターンである。
ああなりたくなければ報告しろというギルドからの圧をそこはかとなく感じる。
「まぁこれぐらい大丈夫ですよ。レイノラではまだですけど、モンダールではギルドに報告してましたし」
「あー、それ聞いたことある」
報告したときのギルマスの顔が面白くてついつい報告していたのだ。
まるで褒めてほしい子供だとハーヴィーによく言われていた。
否定はできない。
「地形は変わらないのに地図がコロコロ更新されて、その度に買わざるを得ないから困るって先輩たちぼやいてたよ」
「・・・もしかして他にも?」
「地図があるとついつい探してしまうんですよねぇ。踏破も終わってますし」
にししっと愉快げに笑う私に二人は明らかに呆れている。
「先ほど非効率であると言う話をしましたよね」
「うん」
「この先には超効率のいい部屋があるんです」
「・・・、モンスターハウスですか」
「大正解。敵は大量のゴブリンです。ある条件を満たさないと永遠に湧き続けますので、取り敢えずどちらかが倒れるまで続けましょう」
「う、ん」
「大丈夫、ポーションを飲むタイミングは私が言いますから。いやでも覚えますよ」
そう言ってにっこりと笑うと、二人はさらに顔色を悪くして頷いた。
まぁ彼らにとったら死にに行く様なものだからな、その恐怖は致し方ない。
「では僭越ながらお二人の師匠として、まずは一つ、大切な教えを授けますね」
隠し部屋の壁に手を添え魔力を流す。
回路の様な模様が壁に走り隠されていた扉が現れた。
それを押し開きながら二人に視線を向ける。
「どんなに怖くても敵から目を逸らさないように。見続けることが勝機につながります。敵の全てを糧にする勢いで貪欲に観察し続けてください」
カンと剣が何かにぶつかる音、そしてザンッと剣が何かを切り裂く音が部屋に響き、魔力の対流が肌を撫でる感覚に心地よさを覚える。
目の前ではクリス王子とユーリ公子が複数のゴブリンとの死闘を繰り広げている。
「クリス王子!何度も言いますが目を閉じない!ユーリ公子は今のうちに回復を!」
部屋に入って10分ほどがたち、常に全力を出さざるを得ない状況に二人は見るからに満身創痍で、私の指示に返事をする余裕もないらしい。
私はというと後方に立ち、たまに指摘をしてポーションを飲むタイミングを教えるぐらいしかしていない。
前から思っていた事だが、二人とも基礎はしっかりできており戦闘センスも悪くない。
私が口を出しすぎて型にはめるには勿体無い人材である。
高貴な二人にはかなり荒っぽいやり方だが、真っ白な状態で自分に合ったスタイルを見つけて行ってほしい。もちろん変な癖は治すつもりではあるが。
死と隣り合わせの状態で戦う感覚は、どうしたって戦いの中でしか得ることはできないからな。
それから5分ぐらい経った時、カクンとクリス王子の膝から力が抜けたのが分かった。
極限状態が続いたためとうとう体の限界がきてしまったらしい。
そしてドロップしたまま地面に散乱している魔石に足を取られ、力なく尻餅をついたクリス王子。
その隙を見逃してくれるほどこのダンジョンは甘くなく、ゴブリンは目前に迫り、手に持つ斧を振り上げてクリス王子を殺そうと殺気をストレートにぶつけている。
さて、こういった絶体絶命の状況をどのように切り抜けるかが今後の成長の鍵となる。
私が助けてくれるからと諦める場合はもうどうしようもない。いつか本当の窮地の時、絶対に同じような甘えが出てしまう。根性を叩き直すところから、城でやり直すべきなのだが、クリス王子ならきっとーーーー。
尻餅をつき、足に力が入らない状態でもクリス王子は己の剣を掲げ、敵の斧と交えながらその勢いを横に流した。
彼は戦うことを諦めていなかった。
貪欲に生に執着している。
冒険者には必須の力である。
そしてその後方から一筋の魔法が飛んできて、ゴブリンを絶命させた。
うん、成果は上々だな。
そう判断した私は氷魔法を展開させ、この部屋にいるゴブリンを一面氷漬けにした。
生きている3人の吐息が白く霞む。
いきなりの展開に荒い息を繰り返しながら放心しているクリス王子に、ユーリ公子が駆け寄りその手を取った。
微笑ましい光景だな。
パーティーはこうでなくっちゃ。
「お疲れ様です、二人とも」
およそ15分の戦闘で消費したポーションはそれぞれ30本ほど。
二人ともH PもM Pも少ないから乱戦では妥当な数字と言える。
腹に貯まらないダンジョン産のポーションはこういう時便利だよな。
「クリス王子、最後まで諦めずよく頑張りました。ユーリ公子もよく見えていましたね。初日でここまでできたら申し分ないでしょう」
二人の頭をわしゃわしゃと撫でると、そろってはにかむような表情を浮かべた。
愛らしい少年たちである。
「さて、ではステータスを見せてもらいますね」
ワクワクした顔つきで見上げてくる二人に【精霊眼】を発動させステータスを見る。
「クリス王子がレベル7、ユーリ公子がレベル6になっていますね」
「ユーリの方が伸びがいいのは必要経験値の影響?」
「そうですね、レベルは上がれば上がるほど必要な経験値の量が増えますから。このアタックで得た経験値量は自体は前衛のクリス王子の方が多いはずですよ」
「そっかー・・・」
元はレベル5と3だったのだ。
追いつかれそうでちょっと複雑な心境なのだろうが、クリス王子の性格なら変に嫉妬を拗らせることはなさそうだ。
「そんなクリス王子に一ついい知らせがありますよ」
「ん?」
「察知スキルが生えています」
「え!?」
持っていれば安全レベルが何段階も上がるのだ。
冒険者として成長できた証である。
獲得条件のひとつは、研ぎ澄まされた精神状態の中で生命の危機に何度も晒されることであるといわれている。
生まれて初めての乱戦の中で獲得できたということは、精一杯の状況下でもそれだけ戦闘に集中できていたという証拠だろう。
やはりこの二人は強くなれる素質を持っている。
「頑張りましたね。察知スキルが2になればこのダンジョンの浅層はお二人だけでも攻略できるでしょう」
「やったぁ!」
「やったッ」
そして何よりも、王族であるクリス王子にとって命を守るための重要な能力であるともいえる。
これだけで暗殺の危険性はグンと下がることになる。
素直に喜びを体現する王子と小さくガッツポーズを決める公子の様子をほほえまし気に眺める。
「クリス王子、ダンジョン以外でも嫌な予感がすればその直感に従ってくださいね」
「はーい!」
元気でよろしい。
「それでは一度外に出て再アタックしましょうか」
「「え」」
「何をびっくりしてるんですか。ポーションの残りも時間もまだまだありますし、地上に戻るわけにはいかないでしょう」
ポーションの残りはそれぞれ70本ほど。最初のアタックで30本消費したわけだが、戦闘に慣れればいやでもその消費量は減るはずだ。
あと3回はアタックできるだろう。
私の言っている意味は理解できているのだろうが、今の今まで死の間際にいたのだ。
その感覚を思い出したのか、二人ともだいぶ顔色が悪い。
こういったときに性格が出るなと実感する。
ふたりは今のところ常識人の部類にいるようで、戦闘とそうでないときの感情の切り替えが上手くできている。
所かまわずハイになって剣を振り回すようなバトルジャンキーの気がないことにほっとするべきか、それではまだまだであると指摘するべきか。
難しいところである。
まぁふたりは冒険者が本業ではないのだし、そのままの方がいいのだろうと納得する。
私のようなダンジョン冒険者に変に影響されないようにと心の中で祈りながら、動こうとしない二人の背中を押し、扉に向かったのだった。
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