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3 エリクサー







「エリクサー、ですか・・・」



 場所は、モンダールダンジョンを敷地内に持つギルドモンダール支部の支部長室。


 今朝方、端末にギルドからの招集要請が入っていたので可能な限り早く来たのだが。

 いつもより少し表情の固い支部長の口からは、伝説の単語が出てきた。


「そうだ、エリクサー。持ってるだろう?」


 Bランク以上でないと採用資格を満たせないギルド職員。それを束ねるギルド本部から、このモンダール支部を任され配属されたエリート役員である、このヴィドル・ティアルソン支部長。


 なんとなく屈強な戦士を想像していたので、初めて顔を合わせた時は目の前にいる線の細い男性を見て暫し呆然としたのを覚えている。まぁ彼は魔法職なので前線で剣を振るう前衛職に比べて細いのは仕方ない。

 現役当時はこのモンダールでAランクパーティーのリーダーを張っており、当時を知る人からすると結構有名な人らしい。もう15年も前の話なので私は完全に知らない話ではあるが。

 私とは、私が冒険者登録した時からもう5年ほどの付き合いになるので、割と気が知れている関係。私からすると気の良い親戚の叔父さんって感じである。



 そんなヴィドル支部長の口から出た『エリクサー』とは、ファンタジー世界のお約束通り、死者蘇生以外何でも治せる万能薬を指す。

 存在は確認されているが、出回ることなんで10年単位でないので伝説の秘薬とされている。

 消耗品だし、最強の虎の子を手放す人間なんてそうはいないだろう。



  まぁ、彼の言う通り、持ってはいるのだが。



 無法地帯のような冒険者だろうとギルド組織の一員である事には変わりないので、『報・連・相』は基本である。

 しかし、冒険者は己の命を賭けた危険な仕事である。

 「こんな珍しいアイテムがドロップしたよ〜」などと言う報告は出来る限り(・・・・・)する様に推奨(・・)されているが、取るに足りないハズレアイテムや、ドロップして即使ったアイテム、対人戦に陥った際に『切り札』となり得るアイテムなどと言う所まで、バカ真面目に全て報告する義務(・・)はない。

 有名になった私の場合、階層を攻略した際などの新聞局からの取材でドロップしたアイテムを公表しているが、勿論そんなものはごく一部である。スキルを獲得できるスクロールであったり、今回話に出てきたエリクサーであったり。


 世界中のダンジョンで極々稀に出現する『世界樹の妖精』を倒せばドロップする、超レアアイテムのエリクサーの事だが、売ったら大金になるだろうなぁ〜とは思っていたが、現状、ロマンに負けて未報告のまま手元に置いている状態である。

 なぜ把握されているのか不思議だが、まぁSランクで世界最高難易度のダンジョンに日々潜っている私ならば隠し持っている可能性が高いという事で話が来たのだろう。『世界樹の妖精』は深層になればなるほど目撃されている魔物である訳だし。


 しかし支部長は私が持っていると確信しているようだ。

 なぜバレたし。



「・・・はぁ、持ってますよ。誰に届けたら良いんです?」


 エリクサーが欲しいという事は瀕死の誰かがいるということ。

 ギルド経由で話が来たのなら、それなりのお金持ちが予想される。

 諦めて白状することにした。


「すまないね、ここでは口に出来ないんだ。王都のギルドに向かってくれ」


「・・・」


 王都、また王都か。まさか入試前に再び向かうことになるとは・・・。


 しかし、どうしよう。

 向かうのは良いが家の人になんて言い訳をすれば・・・。



 難しい顔をしていると、ヴィドル支部長は頷きながら口を開いた。


「秘匿制度で登録している君だからその事情はもちろん知っている。その旨を王都ギルドに伝えたところ、この手紙が届いた」


 『秘匿制度』とは身分を伏せて活動をしたい冒険者が使う制度の事で、偽名で冒険者登録する際にこの制度を使っていれば、出生に関しての情報は最大限ギルドに秘匿される、と言うものだ。

 例え王命で出生の情報を寄越せと言われても、ギルド側は絶対にこれに応じる事はない。

 セキュリティーが万全で、文字通り世界的権威を持つギルドだから出来る事である。


 訳ありの人間や貴族出身者、実家に迷惑を掛けたくない人間などが多く利用するこの制度は、冒険者登録をする際にメルリィに教えてもらった。故に今の様に謎のまま活動できている訳だ。

 これがなかったらランクはCで止め、今頃はモノリスに記録が残らない程度にひっそりとダンジョンに潜っていたはずである。


 この制度の特性上、ギルド内で私の正体を知っている者は、当時登録受付を担当していた受付嬢と目の前のヴィドル支部長、国内ギルドを統括する王都のギルドマスターと冒険者協会総督(グランドマスター)の4名のみである。

 私側からすっぱ抜かれない限り100%身バレの心配はない。

 まぁその新聞局もこの世界ではギルドの物だけなので、噂として広がる前に如何様にも出来る。

 ギルド側がSランク冒険者を蔑ろにする訳がないのだ。



 支部長に手渡された手紙には相当上等な紙が使われていた。

 心なしかいい匂いもする。


 差出人は・・・書かれていない。

 ・・・が、封蝋のエンブレム、剣とバラの紋章は見慣れたものだった。

 上品なローズピンクの髪色が脳裏を掠める。



「なるほど」


 読む前からなんとなく分かった。

 手紙の内容も、求められているエリクサーを誰に使うのかも。


 あの家からのお手紙が届くのならそう言うことなのだろう。

 数週間前から何かあるだろうとなんとなく予感もしていた訳だし。



 硬い封蝋を破り、中の手紙を取り出す。


 書かれている文字は少なかった。

 簡潔に『うちを使ってくれ』とただ一文、そう書かれていた。

 名を使う事にお許しが出た。



「なるほど、なら話は早いですね」


()はいるかい?明日、飛行船を飛ばす許可は出てるけど」


「それはそれは、あのクソ燃費の悪い魔道飛行船を動かすほど緊急ですか・・・。しかし、自分のがあるんで大丈夫です。そっちの方が早いですし。今日の晩に出発します。先方には明日の昼には着くとお伝えください」


 その膨大な動力源として、魔核石やら魔鉱石やらを湯水の如く使う『魔導飛行船』は、その全てを冒険者協会が所持・運用している。

 動かすのにお金も魔力も人員も相当必要なのに、私一人を王都に運ぶためだけに動かす気でいるとは、恐れ入るな。



 因みに個人が所有する馬以上の()とは、その大体が『飛竜』である。

 それなりに大きな国ともなると国の騎士団の中に大なり小なり飛竜部隊があり、空を颯爽と飛び回るその姿に憧れる人も多く、高ランク冒険者の次ぐらいにこの世界の花形である。

 そして、国に卸す飛竜の売れ残りを一般人が購入することができると言う訳だ。まぁ勿論、その性質上、馬以上に価格は高いし、維持費も馬鹿にならないので、一般人と言えど購入できるのは相当な資産家であろう。


 富裕層筆頭のバートン男爵家(うち)にも、見栄として3体ほどの飛竜がいたりする。

 家の人が乗る事はないので、所謂飼い殺しである。可哀想に・・・。

 私もこっそり厩舎に遊びに行く事もしばしば。小さい頃から顔を出しているので顔も覚えて貰えてそれなりに仲良くなる事はできたと思うが、家の人にバレる訳にもいかないので、残念ながらその背中に乗った事はない。

 飛竜の背中に乗るのは、学園のカリキュラムにある騎士団体験の授業までお預けだろう。


 まぁ、私の言う()はその飛竜ではないのだが。



「了解した。報酬の件は向こうで確認してくれ」


「かしこまりました」





 そして私は帰ってすぐメルリィに事のあらましを伝え、王都に向かう準備に取り掛かった。



 他の使用人達には、侯爵令嬢(、、、、)のお茶会に急遽呼ばれたので王都に向かうと伝えておく。


 アリバイ通りに馬車を用意し、メルリィにいつも通り『偽装指輪カモフラージュ・リング』を使う様に指示を出す。

 この『偽装指輪カモフラージュ・リング』は、魔力を込めれば他人に偽装できるアーティファクトだ。

 ただ偽装中に魔力を消費し続けるので、本来使い勝手はあまり良くないのだが、移動の休憩で護衛達に少し顔を見せるだけで良いので、偽私役をメルリィにお願いするのだ。メルリィの魔力量なら、ぶっ続けで1時間程だろうが、今回もそれで問題はないだろう。

 帰りはちゃんとロクサーナとして馬車で帰る予定なので、こういった段取りになる。


 遠くのダンジョンに行きたい時にお泊まり会(隠れ蓑)含めたまに使う手段なので、メルリィも指輪の使い所はよく分かっている。

 代わりにメルリィの姿が消えるなど、発生する細かい辻褄合わせは【深淵魔法】で認識や記憶を弄るつもりなので、これで問題はないだろう。

 改竄し過ぎると人格に影響が出る事があるので程々にではあるが。




 夕飯を食べ終えお風呂にも入り、いざ就寝となったところで、メルリィだけ残した自室で冒険者装備に再び着替えローブを被る。


 ロキとなった私は部屋の窓を開け、心地良い夜風を浴びながら、『収納』から1本の箒を取り出した。



「じゃ、メルリィ。明日からよろしくね」


「お任せください。お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 頼りになる協力者に後は任せ、頭を下げるメルリィに手を振って窓から飛び降りる。



 地を踏む前に【隠密】を最大限発動し、砂の地面に音もなく着地する。


 その間に魔力を流しておいた箒から手を離すと、その箒は重力に逆らい地面と水平に浮遊した。


 ホバリング状態の箒に楽に腰掛け、箒の軸に埋まる風の精霊石に再び魔力を流すと、体が一気に浮上していく。

 そして屋根より高くなったのを確認し向かう方向を定めた私は、音もなく敷地から飛び立った。




 ファンタジー世界に憧れる人間なら、誰しも箒に跨った事はあるだろう。

 竹箒だろうとT字の箒だろうと、掃除の時間なんかにそれに跨りぴょんぴょんと跳ね、そしてそのまま空を飛ぶことに憧れる。

 なぜ箒なのか、前世でその由来まで調べた事はないが、空を飛ぶ道具を作ろうと思い立った際、なぜか私は箒に拘った。性能上、別にボードでも自転車でもなんら問題はなかったが、その時の私の頭には箒以外の選択肢は浮かばなかったのだ。SFにあまり興味がなかったのもあるだろうけど。


 悪精霊を倒すとドロップする精霊石にはそれぞれ属性があって、難易度の高いダンジョンほど階層ボスに悪精霊がいる確率は高いのだが、モンダールを本拠地としている私は全属性コンプリートしている。火、水、風、土の4種類。

 その中でこの箒に丁度良かったのが風の精霊石だったのだ。


 ごく稀に戦闘時に飛翔スキルを持った魔物に対して使っていたりするが、専ら空中散歩用として使っている。

 【隠密】を使えば誰にもバレる事なく空を飛ぶことができるのだ。


 嗚呼、なんとロマンの詰まったことだろう。



 だいたいは昼に飛んでいるのだが、夜の街は街灯が灯っていて、やはりより一層綺麗だった。






 そのまま街を出ると闇に包まれた森しかなく、特に見るものもないので飛ばしていく。


 王都までの距離は休みを入れて馬車で1週間。

 箒で飛ばせば半日で着くだろう。

 徹夜にはなるが【生体魔法】で誤魔化せるので1日ぐらいは余裕で大丈夫だ。










 箒に横乗りして本を読んでいると体感時間では直ぐに王都に到着した。

 こんな時、【精霊姫】の夜目が効くのでありがたい。何も出来ない移動時間なんて絶対に暇で死にそうだ。

 寝てしまうと寝ぼけて落っこちそうだしね。

 まあ、頭から落ちでも無事であるステータスではあるのだが、もし下に人がいたら一大事なので飛ぶ時は一応その辺りに気を遣ってはいる。




 予定通りの昼前。

 王都の正門の手前に降り大きく伸びをしながら、凝り固まった首をコキコキと鳴らす。

 12時間以上ぶっ通して飛んできたので久し振りの地面である。



 【隠密】を完全に解きフードを被ったまま、開門時間はとうに過ぎている正門に向かう。


 冒険者用の列に並び、端末にロキの身分証を表示しながら待っていると、順番が来たので皆と同じ様にその表示を門番に見せる。冒険者は門の出入りに税が取られないのだ。


 しかし、それを見た若い門番は目をひん剥いた後、絵に描いた様に泡を吹いてパタリと倒れてしまった。

 ・・・、王都の正門なんて他のSランカーが通る事もあるだろうに、こんなに分かりやすく気絶するなんて、彼は新人なのだろうか。

 直ぐに他のベテラン門番が現れて申し訳なさそうに通してくれたが、娘さん用にサインを求められたので、いつも通り名前付きでサインをして渡して上げた。



 移動中は『収納』に仕舞っていたチョコレートやらクッキーやらをつまんでいたが、そろそろちゃんとした食べ物を胃に入れたい。

 ロキとして初めて城下を歩くので、変に騒ぎになるのを避けるため【隠密】を少し効かせた状態で、ギルドまでの道のりを観光客よろしく、買い食いしながらキョロキョロと歩いて行く。

 タレの串焼きが尋常じゃなく美味しい店を見つけたので、春からは常連になりそうだ。




 そして辿り着いた王都支部は、ダンジョン冒険者が殆どを占めるモンダール支部に比べ、国の顔となるためか洗礼された役所という印象だった。

 そんな建物のロータリーには、少し周囲から浮いている豪華な馬車が一台停まっていた。

 多分お城から来た私のお迎えだろう。


 滅多にお目にかかれない貴族用馬車にざわついている野次馬達を押し除け、するりとギルドに入る。

 人混みを抜け息を吐きながらフードを取ると、一斉に周囲の視線が集まった。



 そして、一拍置いてぎゃーーーっと叫びだす冒険者達。

 この世界には写真付きの新聞があるので直ぐにロキと認識した様だが、モンダールから滅多に出ない私はこの王都では軽く珍獣扱いされるらしい。

 確かに、いきなり王都に出没したら驚くだろうけど、予想以上の大人気で驚いた。





「――Sランク冒険者のロキ様で間違いありませんね?」


 血気盛んな冒険者達の大興奮の騒ぎの中、奥から悠然と出てきたのは、この前の夜会で見かけた事のある生真面目そうな貴族だった。

 その横に筋肉ダルマの厳ついギルドマスターが並んでいる。


「えぇ、私がロキです」


 変なおじさんの様な返事になり一人ツボりそうになってしまったが、生憎と通じないネタなので出来るだけ平然と端末の身分証を見せる。


「はい、確かに確認いたしました。初めましてロキ様。私はテトラ・ニルス、伯爵位を頂いております。今回の件の詳細は馬車の中でお話しましょう」


「かしこまりました」


 伯爵が外の馬車に促すので、その場で見送るギルドマスターに軽く会釈する。

 元Sランク冒険者のギルドマスターだが、事務処理上、私の正体を知っているし、Sランク昇進の時にモンダールまで足を運んでくれたので、一応顔見知りではある。

 ヴィドル支部長からの報告で春から学園に通う事も把握しているだろう。これから少なからずお世話になる人だ。


 頭を下げると無表情で手を振ってくれた。

 外見と言動のギャップがある人なのだ。



 野次馬に見守られる中、ニルス伯爵に続いて馬車に乗り込むと馬車は直ぐに動き出した。




「ーー改めまして、テトラ・ニルスでございます。今回の依頼、引き受けていただき誠にありがとうございます」


 よく見ると夜会の時より少々やつれて見える。

 緊急事態の様だし心労が多いのだろう。


「ご丁寧にありがとうございます、冒険者のロキです。今回は秘薬、エリクサーが必要なんだとか。どなたが倒れたのか聞いても?」


「王太子殿下です」


 誤魔化す様子もなく即答だった。

 そしてやっぱりと思う。


「病弱という話は耳にした事がありませんし、毒ですか?」


「えぇ。安全上毒味は付けているのですが、遅効性の毒に対処する事は難しく。体調を崩されたのが1週間ほど前、徐々に起き上がる事も困難となりましたので医師ではなく鑑定士を呼んだところ、事件が判明いたしました。王家所有の最高級の解毒ポーションでも解毒が叶わなかったため、エリクサーが頼みの綱となったのです」


「なるほど」


 遅効性の毒、か。

 同じ犯行グループだろうけど、寝たきりでエリクサーが必要である程となれば、使われた毒は夜会の時に比べ少し強い物らしい。

 人工のポーションに比べ、古代文明の遺物であるダンジョン産のポーションはその効果が格段に違うのだが、それでもダメとなると相当に強力な毒なのだろう。



 しかし、やはり今回の敵の狙いも殺しではなく行動不能にすること。

 殺せば丸く収まるのにそれをしないのは何故だろう。本当にそこが引っかかる。

 殺せない、殺したくない。そのどちらか。

 彼は大国の次期国王、王太子ではあるが、その下には第2王子という代わりがいる。

 殺さないと言うことは、敵にとって王太子が生きていることで何かしらのメリットがあるのかもしれないが・・・。



 ただ、夜会の時に捕まえた黒尽くめの襲撃者は、捕らえられた日のうちに何者かの手により牢の中で殺されていたと言う。

 拷問でも大した情報は引き出せず、洗脳に掛かっていた伯爵も洗脳に掛けられてからの一切の記憶を失っていた様で、これにより敵の思惑は闇の中へと消えていった。




「・・・そういえば、聖女様(、、、)は王都がホームでしたよね?依頼は?」


 聖女様。この呼び名は、光魔法の治癒を得意とするSランク冒険者、エルメリアに与えられた二つ名である。輝くブロンドが綺麗な女性だったと記憶している。

 この世界にも当然、神を崇める教会は存在するが、彼女とは全く関係がないらしい。


「えぇ、既に依頼を出しておりました。しかし最上級の解毒ポーションが効かない毒は【光魔法】でも効果はない様で・・・」


「なるほど・・・」


 聖女様と言えど、彼女の治癒は万能ではないらしい。

 私も【光魔法】はレベル5までしか上げていないので詳しくは知らないが、【生体魔法】ならレベル2で毒状態を回復する事ができる。現在の【生体魔法】のスキルレベルは6だし、エリクサーが効かない事はないだろうが、多分この魔法で王太子を治す事も出来るだろう。



「報酬はロキ様の言い値(・・・)で良いと報告を受けております。この後、国王陛下との謁見がございますので、その際に仰って頂ければ」


「言い値ですか。思い切りましたね」


「王太子殿下のお命を天秤にかけるのです。致し方ありません」


 苦悶の表情を浮かべる彼の顔は、だいぶやつれて見える。


「・・・伯爵はどちらの役職かお聞きしても?」


 突拍子もない質問ではあるが、気になったので聞いてみた。


「総務省の事務次官を任されております」


 また忙しい役職なことで。

 大臣の下に付いている役職なのでロキを迎えるには遜色はない。家も伯爵家の当主だし。

 今回も板挟みに合いながら奔走しているのだろう。


「お疲れ様です」


「・・・恐れ入ります」


 それまで硬かった表情が少しだけ和らいだ様な気がした。








***








 何階分もぶち抜かれた巨大な謁見の間には、城で働く殆ど全ての貴族が集まっていた。

 貴族服に身を包んだ貴族たちがずらっと並んでいるのは、場所の厳かさも含め、様になっている。

 夜会は華やかだったが、女子供がいない分堅苦しく感じるな・・・。


 ロキの名を呼ばれ足を踏み入れた瞬間、その全ての人から好奇の視線に晒される。


 しかし、王太子に毒が盛られたというのに、それを隠そうとしない王室には逆に感心するね。

 次期国王の一大事に何振り構わなかったのかもしれないが、こう言うのは普通、内々で奔走する事柄ではないだろうか。




 現在の私は、国王陛下への謁見と言うことで、目にかかる程度に伸びている黒髪は少しだけ掻き上げフォーマル寄りにしている。

 そしてSランク冒険者は謁見の際、帯剣が許されているため、服装はいつもの冒険者の格好のまま、レットカーペットを踏み締め歩き国王の前まで進む。


 弱そうだ、本物か、とひそひそと貴族達が噂する会話の内容は、私の耳にもばっちり聞こえているが、気にしたら負けだろう。



 目的の場所まで行き、片膝を付き男性の最上位礼を取る。



「ーー冒険者ロキ、陛下の御前に」


 ロキとして臆することなく堂々と声を発する。


「ーー面を上げよ」


 言われた通り顔を上げると、夜会で見た通りの国王が玉座にいた。

 あの時と違う点を挙げれば、しっかり私に視線が注がれているという所だけ。



 先代の国王が譲位して早10年。

 中央諸国の一大国の君主として、その威厳を存分に発揮していた。


 ピリピリと肌に感じる威圧感は、魔物のそれとはまるで違う。


 小物令嬢ならば直ぐに押し潰される様なプレッシャーだが、今はSランク冒険者としてこの場にいる。

 世界最強を謳うのだ、こんな事で負ける訳にはいかない。



 鋭い表情の国王の榛色の瞳を私はじっと見据える。

 平伏するでもなく、反抗するでもなく、ただ静かにその場にあるのみ。



 暫くの沈黙がホールに流れる。

 周りの貴族達が動く事も叶わず私たちの動向を見守る中、数拍の後、ふと国王の表情が柔らかくなった。

 そしてこの沈黙を破ったのは、王座に座る国王の方だった。



「ふむ、なかなかに肝が据わっておる。流石よの」


「恐れ入ります」


 私の目はお気に召したらしく楽しそうに笑う国王に、再び頭を下げる。

 この会話で若干周囲がざわついたが、国王が軽く手を挙げたことにより再び貴族達が口を閉じた。


「ふむ。Sランクに認定されてもなお、余に躊躇いなく首を垂れるあたり、お主はグランテーレの国民である様じゃ。その出生が気になる所ではあるが、これ以上の詮索は悪手であろう。ギルドを敵に回すつもりは一切ないと、先んじて言っておくぞ」


「・・・恐れ入ります」


 やはり国にも私の出生は探られていたらしい。

 【隠密】のスキルレベルを、注目されるAランクに上がる前に上げ切っておいて良かったと心から思う。




「では本題に入ろうか。――余はエリクサーを所望する。お主は持っておるか?」


「こちらに」


 『収納』から出したエリクサーを掲げる。


 他のダンジョン産ポーションとは少し違う形の小瓶に入った赤い透明な液体。

 液体の中に薄い金色の光の粒が浮遊している。

 多分この粒が何かしらのファンタジー作用をもたらすのだろう。



 おぉっと周囲に感嘆の声が響く。


 伝説級の秘薬なので、その反応は良く分かる。

 なんだかそれっぽい雰囲気もあるし、私も初めて(、、、)見つけた時は軽く1時間ほどフィーバーしていた。



「おぉ、それが伝説のエリクサーか・・・。近くで見ても構わぬか?」


「陛下のお気に召すままに」


 そう言うとクッションを手に王族の使いがやって来る。


「良い。ロキよ、お主が上がって参れ」


 っと。これはどうすれば?


 国王の後ろに控える宰相っぽい人に視線で助けを求めると、しっかりと頷かれてしまった。


 あぁこりゃダメだ、上がるしかない。


「では失礼いたします」


 立ち上がり言われた通り王座への階段を上がる。

 あははっ・・・、周りからの視線が痛すぎる・・・。



 国王の斜め横に膝を突いてエリクサーを掲げる様に差し出す。


「うむ、ご苦労」


 受け取った国王はそう短く私を労い、光に小瓶を掲げ中を覗き見る。


「これはまた美しいのう。神秘的であるが、使えば消えてなくなると言うのもまた、儚く美しいものよ」


 エリクサーを美術品として鑑賞する国王の横顔には、確かに王太子の面影があった。

 それに気付いてしまい、静かだった心臓が少し波打つのが分かった。


 よくよく考えればこの人、王太子のお父さんだわ・・・。

 つあーーーーーーっ、平常心平常心。


 私は!断じて!夢女子では!ない!!



「お主はこれをモンダールのダンジョンで見つけたのか?」


「えぇ、1年ほど前に」


「売りに出そうとは思わなかったのかの?」


「珍しい物でしたので、手元に置いていたのです。お金には困っておりませんでしたので」


 定期的に取り出しては、今の国王の様に光にかざして眺めていたりもする。

 それ一本でファンタジームーブが凄いからな。


「手放して良いのか?」


 案外フレンドリーな国王である。

 謁見内容は全て事務的なやりとりで終わると思っていたのだが、話を繋いでくる。

 王太子と同じでおしゃべり好きなのだろうか。


 手元にはまだ数本残っているのだがそれを言ってしまうと、金の亡者に地の底まで追いかけられそうなので言及は避けよう。


「使うことに意味がある物ですので。国の一大事となれば喜んで献上(、、)いたしますよ」


 ざわっと再び会場が騒めく。


 献上、すなわち無償。

 報酬はいらないと言っているのだ。


 伯爵は言い値で良いと言った。

 しかし私がこの場でこのエリクサーに値段をつけると言うことは、即ち王太子の命に値段をつけると言うこと。

 いくらSランク冒険者と言えどグランテーレの国民であると認識されているようなので、それは全力で避けなければならない。



 私を見る国王の目が険しく光る。ーーが、それが形だけなのは直ぐにわかった。


 多分これが正解なのだろう。

 普通の冒険者なら文句の一つや二つは言う所だが、先に述べた通り別段お金には困っていないし、まだ同じのがあるし、なくても私がいれば治せるし。


 会話が続くな〜と思っていたが、どうやらこの答えを私から引き出すまでの予定調和だったようだ。


 鋭い眼光でじっと見ていた国王だが、嘘は言ってないし〜とケロッとしている私を見て、本心から言っていると判断したのか、その表情が一気に緩んで、そして破顔した。



「――ふふっ・・・ふはははッ!お主、まっこと本心から言っておるのぉ!!・・・何故じゃ?何故その様に余裕でいられるのじゃ?!世界中の人間が喉から手が出るほど欲する、伝説の秘薬エリクサーじゃぞ?!」


 おぉぉう?!


 吹き出したかと思えば、いきなり肩を掴まれてブンブンと振られる。

 エリクサーはいつの間にか使用人の持つクッションの上に置かれていた。

 国王のご乱心だが後ろの宰相は動くつもりはないらしい。


 若干ギルド法に触れる行為だがまぁ別に問題はないので、されるがままになっておく。

 


 暫くするとこの現状がちょっと可笑しく感じた。


「ふふっ、陛下。落ち着いて下さいませ」


「・・・おぉう」


 私の声に我に戻った国王が手を離す。

 崩れた体勢を元に戻した私は、再び恭しく頭を下げる。



「陛下のご疑念は尤もでしょうが、私にはあまり関係ないのでございます」


「関係、ないだと?」


「えぇ。私がエリクサーを手元の置いていたのは完全に観賞用としてでしたので」


 怪訝そうに眉を顰める国王に顔を上げた私は、胸に手を当てイイ笑顔でこう言ってやる。



「――たとえこの体に風穴が開けられようとも、私はそれを治す術を持っているのでございます。そんな私にとって、伝説の秘薬エリクサーは、唯の綺麗なポーションでしかないのですよ」


 世界一の万能薬、エリクサーを全否定である。



 言い切った私の言葉に、ポカンと呆ける国王陛下。

 会場の貴族たちも、私の爆弾発言に一気にシィンと静まり返ってしまった。


 そしてその沈黙を破ったのは、国王の吹き出した様な笑い声だった。



「ンフッッ・・・、フクククッッ・・・、フハハハハハハァッッッ!!!」


 なんとも綺麗な笑いの三段活用である。

 終いには、堪えられないと言った風に肘掛けをバンバンと叩き出す始末。



「そうか!そうか!唯の綺麗なポーションか!!なるほど?確かにその様な能力を持つお主からすれば、これが伝説級の秘薬であろうと完全な観賞用に収まってしまうのぉ!!ーーーハハハハッ!誠に!誠に愉快!!・・・気に入った!!お主、余の物になる気はないか?」


 んお?これは騎士への勧誘かな?


「謹んでお断り申し上げます」


「ハハハッ!!そうか、即答か!!」


 愉快なのはおじさんの方ですよ。

 断られたのにまだ笑っている。

 さっきから上機嫌で楽しそうである。



「ユノザ!褒美を持って参れ!!」


 高らかに上げられたその声に反応したのは、後ろにいた宰相らしき男性。

 ユノザと言うと確か、マルスニア侯爵当主の名前だったはず。

 予想通り本物の宰相だった。


 そして、マルスニア侯爵の持ってきたトレーの上には、褒賞金額が書かれているのであろう小切手と、鞘に入れられた美しい宝剣・・・ーーー、


 ―――・・・宝剣っ!!?



「エリクサーの報酬として白金貨20枚、そして余が認めた人物であると証明する国王の宝剣をお主に授ける」



 ほうッほうっ宝剣ッ??!!

 マジで?!こんな簡単に渡してこの国大丈夫!?



 言い値の件は罠だったんだな〜、2億入ってきたよ〜、ってそれ以上に宝剣がヤバい。

 しかも国王のヤツ。

 これがあれば国王権限の機密に触れまくりなんだが?!



「へっ陛下、恐れながら、宝剣は流石に、受け取れません」


 動揺から息漏れが激しく声が震えつっかえる。


 怖い怖い怖いっ、エリクサー以上に持ってるのが怖いぃっっ。

 元が小市民な私には無理すぎる。核兵器投下のボタンを持っている様な物だぞ?!

 国民の殺生与奪権をいきなり握らされるなんて、心から遠慮したいのだが?!



 この親子は私の精神を揺さぶるのに長けすぎている様な気がする。


「そう言わず、受け取れ。余の誘いを断った罰じゃ」


 少し悪い笑みを浮かべ、有無を言わせず宝剣を私に突き出す国王の動きに、反射的にそれを受け取ってしまう。



 ぎゃぁぁぁーーーっツ!?

 重いッッ!軽いのに重いッッ!!


 無理無理無理無理無理ィィッ・・・。



 プルプル震える私に何故か国王はにっこりと笑った。


「うむ、大丈夫そうじゃな」


「・・・」


 ど・こ・がッッ!!?








 その後小刻みに震える唯の人形と化した私は、その後の国王からの言葉にどう受け答えしたのか覚えていない。




 我に返った時には、何故かアスティア侯爵と並んで歩いていた。

 私が精神的に落ち着いたことに気付いたのか、侯爵が小声で話しかけて来た。


「お疲れ様」


「・・・泣いていいでしょうか」


「一人になるまで待ちなさい」


 苦笑いを浮かべる侯爵。


 どうやら私たちはどこかに向かっているらしい。

 前を行くのは、王座に座っていた国王と宰相のマルスニア侯爵を始めとする国の重鎮と見える数人の貴族たち。そして数名の護衛騎士たちだった。



「えぇっと・・・」


「王太子殿下の元に向かっている。一緒にどうかって聞かれて頷いたからね、君」


「マジですか・・・。・・・失礼」


 精神的に参っているのか、侯爵に対しての口調が崩れてしまった。

 漏れた言葉に思わず口に手を添えるが、それはロクサーナの方の対応だったと更に反省する。

 不味いなこれは・・・。

 落ち着け、ステイクールだ冒険者ロキよ。切り替えろよ?



 ・・・よし、もう大丈夫。


「落ち着いたかな?」


「えぇ、ご迷惑をお掛けしました。その・・・、先程までの私に陛下に対する無礼はございませんでしたでしょうか」


「大丈夫、失礼に当たる事は(、、、、、、、、)なかったよ」


「左様ですか・・・」


 セーフ・・・。

 オートモードでも礼儀はきちんと出来ていたらしい。

 メルリィ!一緒に頑張ってくれてありがとう!!



 それにしても王太子の寝室に向かってるん、だよね?

 何故頷いたし、過去の自分。

 今すぐにでもはっ倒したい気分だ。


「まぁ君はロキなんだし、冒険者らしくもう少し気を抜いても良いと思うが。陛下は相当君を気に入られたみたいだから、春から呼ばれることがあるかもしれないな」


 その言葉に分かりやすく顔が引き攣る。


「話すことなんてないのですが・・・」


「君の性格が琴線に触れたのだろうから、エレナーレに話している様なことでも問題ないだろう」


「ん゛ん゛っ、左様ですか」


 マジかぁー。

 まぁ今から考えても意味ないし、呼ばれた時は呼ばれた時でその場の流れに身を任せよう。


 頑張れ、未来の自分。

 そして過去は振り返るなよ。




「ーー着いたぞ、ロキよ」


 王族の生活エリアに入って暫くすると、前を行く国王が扉の前で立ち止まり笑顔で私の名を呼んだ。


 謁見の時最初にあった威厳はどこに行ってしまったのだろう。

 王冠を被ってる気のいいおじさんにしか見えないのだが。


 国王の言葉に黙って頭を下げる。


「ふむ、残念。元に戻ってしまったな」


 んん?


「まぁまた何かあれば見れるかも知れぬからな、楽しみにしておこう」


 うおおおいっ!

 過去の私!何をした!!




「ここが王太子の寝室じゃ」


 国王は楽しそうにケラケラと私を揶揄いながら自らで扉をノックし、そして数秒も立たないうちに中からウルカルが現れた。

 夜会では王太子と共に顔を合わせたが、どうやら王太子専属の護衛らしい。


「お待ち申し上げておりました、陛下」


「うむ、見届け人が増えたが良いな?」


 国王とウルカルの視線がチラリと私に向けられるが、流石にロキの顔は知られているようで彼はすぐに頷いた。


「えぇ、陛下のお気の召すままに」


 そんなやり取りが終わり、ゾロゾロと王太子の寝室に入って行く一行。

 私も遅れない様に部屋の中に足を踏み入れる。



 ふわりと薬草の香りが鼻腔に抜けた。


 うわっ、やっベー・・・、推しの寝室に入ってしまった。

 これはファンとしてアウトの様な気がする。



 中は相当広かった。私の部屋何個分だろう。

 ソファセットと天蓋付きのベット以外家具はほとんどなく、部屋には余白が多い。

 絵画や魔導ランプなど王族として装飾品はそれなりにある様だが、全体的にシンプルで落ち着いた内装だった。

 そして魔導飛行船の模型をいくつか見つけた。ああ言うのが好きなのだろうか・・・。


 うぐっ・・・、極力見ない様にしなくては。

 心臓が持たん。



 皆が向かう先は、部屋の壁際にある天蓋付きの大きなベット。

 使用人が数名佇んでいるベットの幕は開けられ、その中に顔色の悪い王太子が苦しそうな息を漏らしながら眠っていた。


 病気、とはまた違った症状に見える。毒物で倒れた人なんて初めて見たから思わずまじまじと見てしまう。

 そして人の気配に気付いたのか薄っすらと瞼を開く王太子。




 そして顔を動かした王太子と、何故か一番に視線が合ってしまった。

 じんわりと虚ろな瞳に軽く吸い込まれそうになる。


 おおお落ち着け、息をするんだ自分。

 弱った推しなんてオタクにとって最高のご褒美だが、この場では不謹慎だぞ。



 どうにか取り繕って、交わってしまった視線を外すために無理矢理頭を下げる。


「君は・・・」


「お初にお目にかかります、冒険者のロキと申します」


 国王も他の重鎮もいるのに何故に私に話しかけてくる?王太子よ。

 目立つ場所に立っていた訳でもないのに。


 聞かれてしまったので短くそう名乗ると、彼は一瞬硬直した後、瞬きを繰り返し先程より少し開いた瞳で私の姿を捉えた。



「あ、あぁSランクの。初めまして」


「ご存知頂き光栄にございます」


 どうやら先程までは夢現(ゆめうつつ)状態だったらしい。

 健康時と比べ少し力は弱く気怠げだが、その口調ははっきりしている。


 私から話を広げる訳にもいかず、王太子との間に若干の微妙な空気が流れたが、すぐに国王が会話を引き継いでくれた。


「フェル、ロキがエリクサーを持って来てくれたぞ。これで楽になるだろう」


 フェルとは王太子の愛称だろうか。

 国王と王太子だから冷めた感じの家庭なのかと勝手に想像ていたが、意外と親しそうだ。



 国王の言葉に、更に意識が覚醒した王太子の瞳が大きく揺れる。


「エリクサー?まさか、本物・・・?ロキ殿・・・」


 また私に振るのかっ。


「既に陛下との間で取決めは済んでおりますので、お気になさらずご服用ください」


 エリクサーなんてそうそう見つからないし、持ってる人間から買い上げないと手に入らない。

 流石にそこまですると批判殺到なので私が持ってなかったら多分、王太子はこのまま一生寝たきりだったんだろう。


 冒険者やっててよかった。

 おかげで推しの役に立てたよ。




 生涯不能を覚悟していたのか、私の目を見る王太子の瞳に光が宿り、そして感極まった様に青玉色の瞳を潤ませて、口がへの字に曲がって行く。


 ああぁっ!

 ちょっと待って、泣かないでっ!

 これ以上は私の心臓が持たないからっ!!



「ありがとうッ」


「あ、あははっ、お気になさらず〜・・・」


 使用人の人、早くエリクサー飲ませてくれ。



 そんな心の声が届いたのか、会話が途切れた隙を見て王太子の上体を起こす使用人。

 エリクサーの入る小瓶の蓋を指で曲げ折り、先端を王太子の口に含ませた。



 ダンジョン産のポーションはこうして服用するのだ。

 ぐびっと煽らなくても勝手に吸収されるし、なんなら口に咥えながらでも戦える。

 そして何故だかお腹がタプタプにならない。質量保存の法則を無視した逸品である。


 因みに人工的に作られたポーションは普通に腹に溜まる。

 数で補えないので上質なものを作るため日々研究開発が進んでいるのだが、ダンジョン産のポーションは小瓶から出したら消滅するので参考にできず、ダンジョン産と人工物は全くの別物となっている。

 名前は同じポーションなんだけどね。ややこしや。



 数秒も経たないうちに瞳がトロンとしてきた王太子は、眠るように意識を失った。

 再び寝かされた王太子の顔色は、この数秒で完全に正常に戻った様だ。


 ほんと、ファンタジー世界の薬はすごいね。



「礼を言うぞ、ロキよ。これで王太子の命は救われた」


「恐れ入ります」


「また何かあれば宜しく頼むの」


「えぇ、勿論でございます。今後の王室の方々の健康を心よりお祈り申し上げます」


 今回の様な緊急事態なら呼んでくれて一行に構わないのだが、何もないのが一番なのだ。

 立場上難しいだろうけどね。


 王太子は多分また狙われる。

 今回はエリクサーで治ったから、もう手に入らないだろうとダメ押しで同じ手でくるか。

 敵組織は高確率で王城の中に入り込んでるだろうし、謁見の間での私の供述を聞いていれば、他の手を打ってくるかも知れない。


 できる事なら、私が近くにいる時にして欲しい。


 推しの平穏を守るのはオタクの天命である。









****

****















「――・・・ぅ」


 王城内、王族の居住区にある王太子の寝室にて、部屋の主人が小さく声を上げ、ゆっくりと瞳を開いた。

 深く青い瞳に徐々に光が溜め込まれ、生気を帯びて行く。


 その様子を見ていた護衛騎士、ウルカル・アガターが優しく声を掛けた。



「・・・殿下、ご気分は如何でしょうか」


「――・・・。・・・、・・・ロキは?」


 長い沈黙の後、喉から漏れるように発せられたその言葉にウルカルは少し虚を突かれた様だったが、直ぐに頷きながら答えた。


「既にお帰りになられていますよ。あれから2日ほど経っておりますので」


「・・・、・・・そう」


 ベッドの天蓋に視線を向けているがどこか虚空をじっと見つめている王太子を、ウルカルは静かに見守る。

 暫くして王太子は何か情景を思い返す様にゆっくりと瞼を閉じた。



「・・・あの子は、どうしてるだろう」


「・・・?あの子とは、ロキの事ですか?」


「いや・・・ーーー。・・・いや、何でもないよ」


 ウルカルからの問いに答えようとしたが直ぐに何かを思い直した様に言い直し、ゆっくりと首を振った。




「―――そんな訳、ないか・・・」


 ベランダに続く格子のガラス扉から見える青空を遠く眺めながら、王太子は誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。







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