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37 ふたりの弟子





 赤や黄と言った秋を感じさせる木々の色がほんのりと景色を彩る中、少しだけ肌寒い風が頬をすり抜けていく。


 目の前では羽耳族の双子ルーナとリーナが同じ年頃の少年少女たちと話に花を咲かせていた。

 一張羅の衣装を身に纏った子供たちは、双子の耳が人間のそれではないことに初めは困惑していたようだが、いい家庭で育てられたのか拒絶する様子は見受けられず、今では楽しそうにおやつを分け合っている。


「ちょっと心配してたけど、大丈夫そうだね」


「えぇ。今回の祝宴はハーバード様と親しくしている家門のみの参加ですから。貴族派閥の人間は招かれていません」


「そっか」


 東屋の柱にもたれかかりグラスを片手に家族の様子を見守りながら、隣に立つ茶髪のショートカット姿であるメルリィと小声で話をしていると、私を呼ぶ声が飛んできた。


「ロキ、あの二人は大丈夫そうか?」


「えぇ、お陰様で楽しそうにしてますよ」


「ならよかった」


 声を掛けてきたのは貴族服に身を包んだハーバードである。

 今日の集まりは彼が伯爵位を授爵したことに対するお祝いパーティーで、私はロキとしてそれに招かれていた。


「それで、横にいるのは・・・」


「あぁ、彼はマーシー。会ったことありますよね?」


 髪の長さと髪色、そして誤魔化しようのなかった胸を、私の【偽装】スキルで無くし男装をさせているメルリィであるが、メルリィの時にはハーバードとも面識がある。

 後半の語句を少し強めればすぐに見当がついたらしい。

 メルリィ男装ver.のマーシーがペコリと頭を下げると、彼は少しおかしそうに笑った。


「なるほど。まぁそんな気はしてたが、周りから相当注目されてるぞ」


「でしょうね」


 マーシーを連れて公の場に出たことがないのだから当たり前である。

 何度か二人で歩いているところはモンダールの街で目撃されている。

 ここにいる人間にも風の噂程度には耳に入っていたからこそこの視線なのだろう。


 そろそろルーナとリーナを社会に触れさせたいと思っていたところでの招待だったので、双子の世話役としてマーシーを連れてきたのだ。

 星爵位になったことだし、使用人を連れていてもおかしくない。


「遅ればせながら、この度はご招待ありがとうございます」


「おう。ロキに害のない人間を集めたつもりだから、今日は羽を伸ばしていってくれ」


「ありがとうございます」


 あぁ、今日のメンツの違和感はそれか。

 ひらひらと手を振りながら離れていくハーバードを見送りながら納得する。


 ハーバードの実家と繋がりのある温厚的な家門と一部学園の関係者、そしてこういう集まりにも慣れている高ランクの冒険者たち。

 伯爵位になったハーバードより位が高いのは星爵位である私だけで、私に過剰に接触してくる人間はいない。

 確かにロキの招待を中心に考えればこの布陣は頷ける。


 彼の言葉通り、羽を伸ばせる環境を作るために気を回してくれたらしい。

 そしてそれと同時に、公の場に姿を表すことの少ないロキをわざわざ招待したということは、この場でロキ中心とした派閥の形成も狙ってもいるのだろう。

 ロキとしての活動は徐々に細くしていくと伝えているのだが、諦めたわけではないとそんな意思がひしひしと伝わってくる。

 全く、困った戦友である。




「――そういえばロキはこういう宴は開かないのか?」


 東屋に数段ある階段に腰を下ろしワインをぐびぐびと呑みながらそう言うのは、ハーバードのパーティーメンバーであるグレイグである。

 貴族たちの相手に飽きたのか少し前から私の定位置にやって来ていた。


 オークランス子爵家の当主となった目の前のグレイグであるが、何着か仕入れたらしい貴族服を早速着崩している。

 きっちりと着ないのは彼らしいとも言えるが、フォーマルな服でこれをされるとだらしなさが極まるな。新たな発見である。

 冒険者の格好の時はサマになっているのだが不思議なものだ。


「実家のタウンハウスを貰い受けたハーヴィーと違って、私にはそういうツテはありませんから。わざわざ購入する必要性も感じられませんし」


「そんなもんか?」


「それより、その着崩しどうにかできません?良いお嫁さんもらえませんよ?」


「良いんだよ。貴族令嬢を娶る気はないから」


「はぁ・・・、そう言うと思いましたよ」


 まぁグレイグの言い分もわかるのだが、この場ではかなり浮いている。

 少し離れたところで貴族の輪に混ざっているヴェストとその奥さんは着なれない服を綺麗に着こなしているのだが、今後もこの調子だと一緒にいるハーバードとヴェストの品位まで問われそうである。


「はぁ・・・。ほら、立ってください」


「はァ?」


 マーシーにグラスを預けグレイグの正面に立ち右手を差し出す。

 眉間に皺を寄せるだけで立ちあがろうとしないグレイグに少ぉ〜しだけ威圧を向けると、顔色を悪くして一瞬で立ち上がった。


「な、何だよ・・・」


 警戒してらっしゃる。


「平服の時は似合ってるから良いんですけどね。礼服でこの着崩しは正直不愉快です」


「うっ」


「せめてメテオの二人に迷惑のかからない様にしてください。ハーヴィーに言われませんでしたか?」


「言われたが・・・」


「人の忠告は素直に聞かないと。今日の集まりが温厚な家ばかりで命拾いしましたね」


 ほんと、運が良かったよ。


 公式戦の熱はまだまだ覚めていない。

 つまり、まだしばらくは様々な人から注目されるということだ。

 双竜のタイトルを1度目の挑戦で見事獲得し、晴れて子爵位を叙爵された注目株がこれでは噂が立つまで待ったなしだ。

 所詮平民上がりであると馬鹿にされるのは目に見えている。


 本当はリーダーであるハーバードがもっと強く言わなければならないのだが、穏やかな実家で育ったからかその辺あまり気にしていない様に思える。

 が、私は友人の悪口なんて聞きたくない。


 そんな事を思いながら手際よく着崩しを直していく。

 それでもきっちりボタンを閉め切らず、彼のいつものスタイルを組み入れながら礼服本来の上品さを出していく。


「はい、今日できる着崩しはここまでです。上級貴族の招待や式典にはこれでもアウトですからね」


 グレイグの胸をポンと叩き完了の合図を出す。


「全く、顔は綺麗なんですからそれ相応の格好をしないと勿体ないでーー」


「――っ俺は‼︎」


 呆れて視線を逸らしながら愚痴をこぼしていると、言い切る前にいきなり被せて叫んできた。

 何事かと顔を上げると、そこには顔を真っ赤にしたグレイグが口をヘの字にして震えていた。

 あっと、言いすぎたか?


「俺はっ・・・、ジュリアちゃん一筋なんだからなーー!」


 そう言いながら勢い良く走り去ってしまった。


 なるほど、グレイグはジュリアちゃんを身請けするつもりなのか。

 ・・・って、なぜわざわざそんなことを宣言しながら走ったんだ?


 背後にいるマーシーからそこはかとなく呆れた空気を感じたので振り返ると、我関せずと言わんばかりにすいっと視線を逸らされてしまった。

 教えてくれる気はないらしい。


 まぁわざわざ追うほどのことでもないし放置しておこう。







 宴が始まり1時間ほどがたった。

 一番格が高い私が帰らないことには他の人たちもやりにくいだろうと考え、そろそろ退散しようかとマーシーに視線を送る。

 彼女は意を汲み取ったようで、その場で軽く頭を下げ双子の元へ向かった。


 その後ろ姿を見送りながら柱から背を離し一歩踏み出したところで、ふと招待されていないはずの人間が近づいてくる気配を感じた。

 見知った気配に東屋の階段から降り頭を下げて迎え入れる。


「ごきげんよう。クリス殿下、リンドビーク公子」


「ロキも元気そうで良かったよ」


「こんにちは」


 ホストのハーバードは何も言っていなかったが、どうやらお忍びでやって来たらしい。

 本人は少し離れた場所からこちらの様子を伺っている様だ。


 ルチア王女殿下のお話役に抜擢されてからと言うもの、ロクサーナの方が忙しくロキとして王都や王城をフラフラすることも減ったので、この二人に会うのはロクサーナとしての初対面の時以来である。

 それまではよく遊んでいたけど、如何せん暇がないのだ。


 わざわざこの宴に非公式で訪れたのも私に会うためか。

 唯一の活動している日曜日ももっぱらダンジョンに篭りきりで、公の場所には全く顔を出さないから仕方がなかったのだろう。


 顔を上げ王子の方を見ると、意外にも少し言いずらそうにモジモジとしていた。

 恥ずかしがっているようにも見えるが一体何を言い出すつもりなのだろう。


「ロキは最近、その・・・。・・・忙しいのか?」


 可愛らしいことを言ってくれる。

 どうやら王子は私に会えなくて寂しかったらしい。

 一瞬王子が弟に見える幻覚が脳裏をよぎった。


 ついニマニマしてしまうのを公子に見られてしまったが、彼は視線を逸らして見なかったことにしてくれた。


「えぇ、少しプライベートの方がごたついてまして」


 ロキのプライベートという言葉に、周りで聞き耳を立てていた貴族たちが分かりやすく騒ついた。

 気になるのは分かるがもっとこっそり反応してくれ。


「そっか・・・」


 何かをお願いしたいが私が忙しいから言い淀んでいる、と言ったところか。

 私の返事に完全に黙りこくってしまった王子を見かね、公子の方に視線を向け説明を求める。

 公子も公子で気まずそうだな。


「・・・ロキが忙しいのは存じていました。聞くだけ聞いてみようとこちらに参ったのです」


 公子はロキがロクサーナであることを知っているため私が忙しい理由も正しく理解している。

 それでも王子を止めなかったということは、公子は私が王子のお願いを承諾すると読んでいるのだろう。

 気まずい雰囲気が王子と少し違うのはそこら辺が理由か。


 しかし、年下の少年が目の前で言いずらそうにしているのなら私がすべきことは一つだ。


 俯きかけている王子の視線に入るよう膝をつき、下から不安そうなその顔を覗き込む。

 地面に膝をつくことは位が高い人間がすることではないが、相手は王子なので問題ないだろう。

 王子も星爵位になった私が膝をつくとは思っていなかったようで驚いた顔をしている。


「お忍びでわざわざいらしたのでしょう?心置きないよう、遠慮なくお話しください」


 このまま引き下がられるとむしろ気になって仕方がないのだが?


 私の笑顔に緊張が少しは解けたようで、肩の力を抜きながらゆっくりと口を開いた。


「この前、ユーリと一緒にEランクに上がったんだ」


 冒険者が最初に与えられるのがFランクであり、私たちからすると殻を被ったヒヨコも同然の超初心者である。

 つまりEランクへの昇格とは、ようやく冒険者として軌道に乗ったことを表している。

 一人前になるにはあと一つランクを上げる必要があるが、それに一歩前進と言ったところか。

 めげることなく頑張った証である。


「それはおめでとうございます」


「ありがとう」


 すかさず褒めると王子はほんのり頬を染めた。

 可愛らしいなほんと。


「それで、今後のことについての話になって」


「はい」


「お互いにダンジョン攻略者になりたいって結論に至ったんだ」


「なるほど」


 毎回、公式戦が終わると、フィールド冒険者からダンジョン冒険者に転向する冒険者は増える傾向にある。

 同じランクでも純粋な攻撃力はダンジョン冒険者の方が高いためか、ダンジョン冒険者の方が公式戦で活躍しやすいのだ。

 まぁ今回はロキが圧勝という形に終わったためか、転向する割合は例年の比ではなかったらしいが。

 しかし、ダンジョンが過酷な場所であることに変わりはなく、彼らは実体験したリスクとリターンを天秤にかけ、その結果9割ほどが再びフィールド冒険者に戻っていく。


 例に漏れず彼らも公式戦に触発されたのか、もしくはロキと距離が近いために憧れるようになったのか。


 王子と公子のステータスは決して悪くない。

 十分ダンジョン冒険者としてやっていける才能はあるが、それだけに潰すには惜しい人材でもある。

 そもそも学園ダンジョンの何倍も難易度の高いダンジョンに、このやんごとない二人を送り出すには不安要素が多すぎる。

 王侯貴族の子息たちだけで入れる学園ダンジョンが例外なだけなのだ。


「それを父上に進言したんだけど、二人だけだと危ないから護衛をつけるように言われてしまって」


 そりゃそうだろうな。

 ただ、目の前の王子はものすごく不満そうだ。


「護衛に守れれながら攻略しても僕たちは強くなれない。それだと意味がないんだ。それに護衛を連れていると攻略にも限度がある」


 なるほど話が見えてきた。

 確かに多忙の私には頼みにくいお願い事だな。



「しばらくでいい。僕らが二人だけでもダンジョンから生きて帰れるぐらいになるまでの期間でいいんだ。僕を、いや、僕たち二人を、――ロキの弟子(・・)にしてください!」


「無理なお願いだとは承知していますが、どうか、お願いします」


「――」


 真剣な言葉と共に勢いよく下げられた二つの頭に目を見開く。

 護衛についてほしいと、そんな内容だとたかを括っていたのだが、斜め上のお願いに思わず固まってしまった。

 が、すぐに腕を組み考える。


 弟子・・・、弟子かぁ・・・。


 この二人なら、それもアリかもしれないな。


 なるほど、公子の気まずさはこれか。

 ロクサーナが台頭している現在、ロキとしての活動を小規模なものにしている私に、徐々にフェードアウトしていく意志を感じていたのだろう。

 私がこのお願いを承諾することはなんとなくわかっていたが、それはつまりロキが表舞台から姿を消す前兆とも取れる訳で。

 それと同時に王子同様に弟子にしてほしいと思っている、と。

 かなり深刻なジレンマに陥っているようだな。


 ただ私の率直な感想としては、どうせ消えるならこの二人に何かを残してからのほうがいいのではないかと思っている。


 弟子を取ること、つまりロキの半身を作り上げること。

 剣を使うクリス王子と魔法を使うリンドビーク公子。

 この二人ならロキを体現するに申し分ない。


「頭を上げてください」


 その場で立ち上がりながらそう口にする。


「陛下にこのことは?」


「もちろん進言してるよ。ロキ次第だと、とても複雑そうな表情をされていた」


 公子同様私の事情を知っているのだからそれもそうだろうな。


「左様ですか・・・。――えぇ、かしこまりました。お二人の願い、聞き入れましょう」


「ッ、本当に?!」


「はい」


「ホントのホントの本当に?!嘘じゃない?」


「もちろん」


「〜〜〜ッ、やったァー!!!」


 喜びが大爆発したように大袈裟に抱き付いてくる王子を受け止め、その背中を優しくポンポンと叩く。

 国王と公子が揃って微妙な反応をしてたから断られるとでも思っていたのだろう。


 ただそんな王子とは逆に、公子は嬉しいと悲しいが入り混じった様な表情で私を見ていた。

 肩口にすりすりしてくる王子を受け入れながら公子にも手を差し出す。


「公子も、これからよろしくお願いしますね」


「はい・・・、・・・はい、お願いしますッ」


 私の手を取り、込み上げる涙を堪えるように頷く公子に苦笑いをこぼす。


 いずれロキは姿を消すかもしれないが、その代わりロクサーナは城にいるはずだ。

 正体を知っているのなら、師弟関係が解消されても会うことはあるだろう。

 そこまで大げさに捉えなくてもいいと思うけど、真面目だなぁ。


 私は握っていた手を公子の頭に乗せ、宥めるようにその髪を撫でた。





 





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