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36 兄







 私は今、王都内に購入した家で暮らしている。

 ――が、表向きは学園の寮に在籍していることになっている。

 つまり、城からのお迎えは必然的に学園となるのだ。


 終日王城勤務日の登城前スケジュールは、朝早く学園の自分の部屋に侵入し、お迎えの馬車に乗せられ王城へ向かうこととなる。

 手間なので家に直接きて欲しい所だが、あの家の存在は国王も知らないのでこのタイムロスはどうしようもない。なんなら王城への直行直帰じゃダメなのだろうか。

 という愚痴はメルリィにしか口にしていない。



 スイスイと進む最高クラスの馬車に乗せられ、馬に乗った騎士に両側を固められながら王城に向かう馬車。

 その中で私は窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、この穏やかな景色からは微塵も感じない戦闘の気配を機敏に察知していた。

 騎士の人もなんとなく分かっているのだろう。

 学園を出た時に比べ顔つきが険しくなっている。

 しかし馬車が止まることはない。

 こちらに危害があった訳ではないし、止まったら囲まれ現状が悪化するだけだろう。


 少し離れた所で戦っているのは、私を狙った何処かの暗殺者とアスティアの影である。

 学園と王城は比較的安全なのでその移動時に狙うのが手っ取り早いのだろうが、こちらには世界一の諜報機関が付いているので相手さんもなかなかに骨が折れる仕事だろう。


 こんなか弱い男爵令嬢一人殺すことも出来ないなんて、あぁなんて情けない。

 アスティアの包囲網を抜けてきた一本の矢が騎士に当たる寸前のところで、その軌道を魔法で逸らしながら独りごちた。




 王城の正門、蒼玉門は余程のことがない限り開くことはない。

 最近で言うと、世界公式戦が終わり魔道飛行船から王城へ私たちを運んだパレードの時。

 それ以外だと国賓の迎え入れや王族の結婚パレードの時などだろうか。

 私が入るのは脇にある黄水晶の門。

 西区側から馬車が入るときはこの門を使うのが一般的である。


 門をくぐりしばらくすると馬車が止まり、一仕事終え何処かほっとした様な表情の騎士の人に扉を開けられ、差し出された手を取り馬車から降りる。

 手を持ったまま隣に立つ騎士にお疲れ様という念を込め、メガネのない顔でにっこりと笑うと彼は分かりやすくデレッと顔を緩めた。

 それを横目に、目の前を確認すると侍従と騎士が待っていた。


「おはようございます。本日よりバートン令嬢を担当いたします、侍従のガイと申します。よろしくお願いいたします」


「ごきげんよう。よろしくお願いします」


「では、ご案内いたします」


 二日前の出来事が脳裏を過ぎる。

 彼の前任は刺客に刺され亡くなった。

 刺された時私がすぐに対応していれば助かったかもしれないが、そんな考えはあの日、大人二人に嗜められてしまった。

 この城で侍従の命の優先度は高くなく、その場に高貴な人間がいればそちらを守るのは当たり前で、私の行動で王女様に傷ひとつ付けることなくやり過ごせたのだから、悔やむ必要はないと言われたのだ。

 その通りではあるのだが、どれだけ否定されようと私的にはもやもやしたままである。

 冒険者として死に近い場所に身を置いてきたが、人の死を目撃したことは片手で数えるほどしかない。

 それが割り切れない理由なのだろう。


 あの侍従には家族はいたのだろうか、そんな底なしの思考に囚われかけていた時、丁度目の前の侍従が私を呼び止め足を止めた。

 それに倣い足を止め顔を上げると、少し先に紳士服に身を包んだ貴族の男が二人ほど待ち構えるように立っていた。

 片方はロキの時に顔を合わせてからというもの良い印象のない人物なので、私なんかに何用かと身構えていると、目が合うや否や貼り付けた様な笑みを浮かべ身を寄せてきた。


「ああ、君がロクサーナだね」


「え、えぇ。ごきげんよう」


 いきなり何事かと思い思わず後ずさった私を庇う様に侍従が身を乗り出した。


「閣下。令嬢に御用件がございましたら手続きを踏んで頂かなければ」


「そんな煩わしい手順を踏まなくてもいいだろう。私たちは家族(・・)なのだから」


 は?


「いや、これは私の娘だ。言いがかりはよしてもらおう」


 は??


 思考が停止している間に二人が意味の分からない言い争いを始めてしまった。


「お二人はバートン令嬢の血縁者であると?」


「あぁ私のな」


「いや、私の娘であるぞ」


 睨み合っている二人に訳も分からず更に後ずさる。

 片方は知らないが、片方は異種族の奴隷を所有していた問題で伯爵家に降爵されたゾンダーク家の当主で、ロキとして双子の保護を報告するために城に上がった時に盛大に目を泳がせていたあの人である。少し痩せた気もするが印象はあまり変わらないな。


 これは、あれだな。有名人になると知らない家族が増える現象。

 確かロキの時もAランクに上がったあたりで知らない家族が何人も名乗りをあげていた。

 それと同じことがロクサーナでも起こっていると言うことか。

 出生が明かされていない人間が有名になると、やはりこうなるらしい。


 しかし、まさかこんな場所で凸られるとは。

 こういった類の人間は常識というものを知らないのだろうか。

 せめて実家なり後見人なりに話を通してから来るのがマナーなのでは?

 まぁ、その正規ルートでも接触を試みる人間も現れ始めているのだろうが。


「あの・・・」


「「何だ?」」


 あくまで優しげに話しかけてくる二人であるがその眼は笑っていないのが分かる。

 欲の渦巻いた貴族らしい目をしている。


 つまり何か企んで行動を起こしていると言うことだ。

 まぁ、わざわざこんな所に待ち構えていたのだから当たり前ではあるが。登城初日にアクションを起こして来たあたり、切羽詰まった事情があるのだろう。

 とりあえず話を合わせるとして、1番の疑問を投げてみるか。


「なぜ私をバートン家へ預けたのですか?」


「それは・・・」


 知らない貴族の方が言い籠る中、ゾンダーク伯爵の方はいきなり私の腕を掴んできた。


「そんなことどうだっていいだろう。行くぞ」


「えっ⁈」


 強引に引かれる腕に体勢を崩し、引きずられる様に多々良を踏む。

 今も変わらず呪いの指輪をしているので、力任せに掴まれた腕が悲鳴を上げている。


「い、痛ッ」


「閣下!令嬢から手をっーー」


「うるさい!」


 私を掴んでいない手を振り上げ、止めようとした侍従に手を上げようとするゾンダーク。

 その光景に二日前の光景が重なり、思わず体が動きそうになった丁度その時。


「――何事か!」


 凛とした声が廊下に響いた。


 私たちが揃って顔を向けるとそこには騎士が3人。


「チッ」


 その顔に舌打ちをしながら私の腕から手を離すゾンダーク。

 3人のうちの誰か、多分一番格式高い甲冑を着た騎士だが、彼が無視できないほどの立場にあるらしい。


 私はというとその騎士の横にあった見知った顔に視線が止まり、すぐに目が合った。

 向こうも私の反応に察するものがあったらしく、リーダーらしき人に目配せをした後、集団の中から出て私の方に歩み寄ってきた。


「大丈夫か?」


「え、えぇ。大丈夫です。お兄様」


 止まっていた息を整える私の顔色を伺っていた彼は、お兄様と言う呼びかけに少し苦い笑みをこぼした。

 濃い紺色の髪に琥珀色の瞳を持つバートン家の長男、私の長兄である。

 話を擦り合わせておきたいと思っていたところではあったが、まさか初日に鉢合わせるとは思わなかった。

 あえてこの時間に巡回をしていたのではないかと思えるほどの確率である。

 考えすぎかもしれないが。


「近い内に話がしたいんだが」


「えぇ私もです。・・・今日の夕食、一緒にいかがですか?」


「あぁ。詰所で待ってる」


「かしこまりました」


 彼も話を合わせておきたいと思っいたらしい。

 待ち合わせの約束に頷きながらふと掴まれた手首を見ると、そこにはくっきりと握られた時のアザが残っていた。

 こりゃ痛いわけだ・・・。

 なんとなくそれを後ろに隠しながら視線を上げると、じっと兄に見つめられてしまった。

 ・・・めざといなこの人。




 その後ゾンダーク伯爵は騎士に連れていかれ取り調べを受けることになった。

 ちなみにもう一人の貴族は、騎士が到着して直ぐにするっと逃げ出していたので今回は見逃すことになったらしい。



 私は特に拘束されることもなく、そのまま王女様の所へ向かいお話役としての初めての仕事をこなした。

 一緒に紅茶を飲み、雑談を交えながら語学以外のことを教えるのが私の役目である。

 学園に入るまでは冒険者と掛け持ちで本の虫だったし、普通の学生よりは知識はあるだろう。まぁお茶会にはあまり顔を出していないので噂話の類はできないのだが。

 そしてたまに気分転換で庭園を散歩したり楽器を弾いたりして優雅に過ごす。

 まさにお姫様の日常である。


 王女様は人格者だし、私に恩を感じているようで全幅の信頼を寄せてくれているので、私にとっても穏やかな時間を過ごすことができた。




 名残惜しそうに別れの挨拶を口にする王女様に手を振りながら部屋を後にする。


 侍従であるガイに騎士団の詰所に寄る事を伝え案内してもらう。

 現在時刻は夕方5時を少し回ったくらい。

 兄を夕食に誘いはしたが勤務時間を考慮していなかった。直ぐに了承してくれたが本当に大丈夫だったのだろうか。


 ロータリーで馬車に乗り少しすると王国騎士団の根城に到着した。

 この城の様な建物に来るのはこれで2度目である。

 あの時は城の前の広場までしか近寄らなかったが、今回は城壁をくぐりロータリー前まで馬車で入れてもらう。

 馬車が止まり扉が開くと、私服の兄がそこにおり手を差し伸べてきた。

 その手を取り馬車を降りる。


「腕は大丈夫か?」


 詰所の中へ手を引かれていると、そういえばといったふうに問いかけてくる兄。


「もう治りました」


「・・・そうか」


 王女様に余計な心配をしてもらいたくなかったので、手首にできていたアザは彼女に会う前に一瞬だけ指輪を外して治したのだ。

 やはりあの時バレていたらしい。


 暫く建物の中を無言で歩き、目的の部屋へと到着した。


 この騎士団詰所は貴族が訪れることが多々ある。

 所属している団員の関係者であったり、学園や他国の見学者であったり。たまに国王が視察する時もある。

 その時のために貴賓室がいくつかあり、そこで食事を摂ることもできるのだ。

 内密な話をするときにはよく使われているらしい。

 今の私たちにもってこいな場所である。


 特に打ち合わせすることなくこの場所の貸し出しを申請してくれた兄は、やはり仕事ができる男なのだろう。


 扉の前に控えていた使用人に食事の用意をお願いし中に入る。

 ここまで私たちの後についてきていたガイには、食事が運ばれてきたタイミングで他の使用人と共に外にいる様伝え、ようやく完全に二人きりになった。

 指輪を外し防音の魔法を発動しながらグラスを持ち、目の前で若干顔色の悪い兄を見て音頭の言葉が決める。


「では、これからの私たちの友好を願って」


「「乾杯」」


 一瞬ホッとした表情を見せた兄と共にワインが入ったグラスを掲げ互いに一口含んだ。

 そして口の中で何かが浄化される感覚に兄の様子を盗み見、彼の挙動に不審なものは一切ない事を確認する。

 兄にも害はなさそうなので、取り敢えずこのグラスについては棚に上げておこう。


「ロクサーナと、呼んでもいいか?」


「もちろん。そういうお兄様は・・・、アド兄様でいいですか?」


「あぁ」


 彼の名前はアドルフ・バートンである。相手が緊張しているのなら、こちらから分かりやすく壁を取り払った方がいいだろう。


 呼び方も決まった事だし食事に手をつけようとカトラリーを握ったところで、ふと目の前の兄が立ち上がり、そして流れる様な動きで頭を深々と下げた。


 多少驚きはしたが、私も彼の立場に置かれたら同じ事をするだろう。

 結果として板挟みの様なことになっているこの状態に、申し訳なさが沸々と湧いてくる。

 全く気付いていなかった、気付こうともしなかった、というのが余計にそうさせるのだろう。


「今までろくに守ってあげられず、本当に申し訳なかった」


 血は繋がらなくとも彼は私の兄である。

 あの家庭に生まれながらも常識人であるが故に、私に対して心から申し訳ないと思っているのだろう。

 その言葉には重いものを感じた。


 メルリィ以外味方のいない実家で蔑まれ放置されること15年。

 普通の人間なら精神を病んでいたはずだ。


 しかし当の私はというと、その言葉を聞いて特に思うことはなかった。

 完全に割り切れている、と最近まではそう思っていたのだが、どうやら私はその辺りの感情が麻痺しているらしい。

 でもこうなったのは兄のせいではないし、兄は私をちゃんと守ってくれていた。


「アド兄様。その謝罪は必要のないものなので頭を上げてください」


「だが・・・」


「むしろこちらからお礼を言いたいぐらいです。アド兄様はろくに守れなかったと言いますが、私があれほど平穏な幼少期を過ごすことができたのはアド兄様のおかげなのでしょう?」


「・・・」


「私があの家庭に望んでいたことは、『無関心』であること、ただそれだけでしたから、本当に感謝しています。これまで気付かなくて申し訳ありませんでした」


「ッ。頭を上げてくれ!」


 ビビり散らかす兄の声に直ぐに頭を上げる。


「アド兄様も、座ってください」


「あ、あぁ」


 ぎこちない動きで着席する兄はこれでも妻子持ちである。

 確か私より7つほど上だったはず。

 第一印象は仕事ができる男だったが、私のもう一つの姿を知っているからか流石にキャパオーバーだったらしい。


 お互い食事に手をつけ少しして私は口を開いた。


「いつから、私のことを気にかけてくれていたのか聞いてもよろしいでしょうか」


「・・・、ロクサーナが家に来た時からだな」


「そう、でしたか」


 私の記憶は3歳の誕生日から始まっているため、それ以前のことは一切覚えていない。

 泣きもせず笑いもせず、ただ食事を摂り眠るだけの子供だったということは、メルリィから聞いている。

意志のない人形のような子供が、愛のない家庭で生き残れるとは到底思えない。

 兄の言う通りあの家族に悟られないよう手を回してくれていたのだろう。


「あの家は異常だ。君が父に抱かれて屋敷にやって来た時、何の罪もない乳飲み子の首を絞める母を誰も咎めないのを見てそう思った」


「それは、初耳です・・・」


 状況的に私を夫の浮気相手との子供でであると勘違いしたのだろうな。

 母の気持ちはわからなくもないが、父も子供も誰も止めなかったのか。

 確かに異常だな。


「首を絞められても一切泣かない君に、母は気味悪がって一月ほど君を遠ざけたのが幸いだった。その間に最低限の地盤を固めることができた」


「アド兄様は当時まだ7歳かそこらですよね?よくそんなことができたましたね」


「大人にならざるを得ないだろう、あんな現場を見てしまったら。今でもたまに夢に出てくる」


 がっつりトラウマになっていらっしゃるようで。


「まぁ一時期はその悪夢も治まっていたのだがな。ロキがAランクに上がったあたりで再発してしまった」


「あー・・・」


 別の意味で恐ろしい悪夢となってしまったわけだ。


「君が意志を持つまでの3年、興味を逸らすのに必死だったよ」


 懐かしがる様に苦笑する兄にその場で目礼する。

 やはりロクサーナに人格が宿ったのは察していたらしい。


「もともと表情のないそういう子供なのだと思っていたのに、ある日を境に目を輝かせて自ら行動する様になった。年相応、と言った感じでもなかったから、君には何かあると思って鑑定士を雇ったんだ」


「やはりあの鑑定士はアド兄様が?」


「あぁ。私以外には一切情報を漏らしていないから安心してくれ」


「そう、ですか」


 徹底しているな。

 10歳って前世で言えばまだ小学4年生ぐらいだろう?

 いくらトラウマに後押しされたからといって、家族を欺き通すことができるなんて素が優秀でないとできないことだ。


「案の定、君には記録にないオリジナルスキルがあった。それと転生者の称号も」


 あぁ・・・、そういえば鑑定のレベル4って称号も見れるのか。

 鑑定スキルを使って鑑定をしているわけではないので完全に忘れていた。


 水の入ったグラスに口をつけながら視線を逸らし口を開く。


「その鑑定士は今どこに?」


「城にいる。名はバージル・ブルクハルト」


「王室お抱えの鑑定士じゃないですか。よく呼べましたね」


 私の秘密を知っている人間をどうしようかとシリアスな場面だったのだが、関心が優ってしまった。


「当時はまだお抱えじゃなかったからな。口止め料は多めに払ってるから大丈夫だとは思うが・・・、消すのか?」


「う〜ん・・・」


 バージル・ブルクハルトといえば、歴代トップの鑑定スキルレベル5に並んだ人間だ。

 代えが効かないので彼を消すと後々影響が出てくるだろう。


 しかし転生者と言う称号をバラされるのはまずい。

 なぜなら現在の文明を起こしたのが転生者と言われているからだ。

 古文書をひっくり返さないと知り得ない情報だが、つまり知っている人は知っていると言うこと。王族ならその辺りの教育は受けているだろう。

 今以上に悪目立ちするのはできれば避けたいのだが・・・。


 まぁ王室のお抱えになるぐらいの人格者なら、その情報の重大さは分かってくれているだろう。私がロキであると気づいていれば尚のこと。


 それにしてもこの人、転生者についてのツッコミは特にないんだな。

 この世界も輪廻転生の概念は息づいているためその意味は正しく理解しているだろうが、妹が転生者と知って気持ち悪いとは思わなかったのだろうか。

 ・・・まぁ悪夢を見続けるほどのトラウマになったんだし、保護欲の方が優ったのかもしれない。


「それに、君のおかげで鑑定スキルがレベル5になったと言っていたから口は硬いと思うぞ」


「ほぅ」


 それはそれは。


「私を第一騎士団に推薦してくれたことだしな」


 ははーん、なるほど?

 第一騎士団は相応の人間からの推薦がないと入団できないと言われているが、彼の場合そのツテが鑑定士だったわけだ。確かに恩は感じているっぽいな。

 王城に通うことになったことだし、結論は本人に話を聞いてからでもいいか。



「――そういえばメルリィは元気か?」


「えぇ元気ですけど・・・、メルリィもアド兄様が?」


「あぁ、私の乳母の姪なんだ。君がSランクに上がった時に完全に手放した故、それ以降のプライベートな情報は私に入って来ていないから安心してくれ」


「つまり、それ以前のプライベートはアド兄様に知られている、と?」


「まぁ、そうだな」


 気まずそうに視線を逸らす兄にため息をこぼす。


 まぁメルリィとて私の全てを知るわけではないのでプライベートというのは、文字通りメルリィの目の前でいつ何をしていたかという類の情報だろう。

 当然冒険者としてダンジョンに潜っていた時の情報はないだろうから、機密的には許容範囲ではある。

 嫌な人は嫌だろうが、私はあまり気にしない。

 しかし過去の自分、変なことやってないよね・・・?

 そっちの方が気になるな。



「――これからどうするつもりなんだ?」


「ロクサーナとして城に上がった以上、私の将来はそちらに傾くかと。ロキは徐々にフェードアウトですかね」


「そうか・・・、叙勲式の時の君は幸せそうだったから、私としてはできればロキとして生きていて欲しかったんだが」


 視線を落とし憂うようにそういった。

 妹の未来に幸せを願う、兄らしい想いだな。


「今は幸せそうではないですか?」


「そうだな」


「正直ですね・・・」


 幸せって何だろうな。

 自分の中で通したい義と周りのみんなの願いはやはり乖離しているらしい。

 それでも強要してこないのは私の思いを立ててくれているからか。

 本当に私には勿体無い人ばかりだ。



 その後は淡々と情報の共有を行い、次第に話題はお互いの思い出話にシフトしていった。

 兄妹ではあるが、今までまともに会話らしい会話をしてこなかった私たちにしては会話は弾んでいたと思う。


 兄には妻と3歳の息子と1歳の娘がいる。つまり私にも甥っ子と姪っ子がいるのだ。

 結婚式にも呼ばれず存在だけがメルリィによって知らされていた人たちの幸せそうな写真を兄に差し出された時、この技術を開発して良かったと心から思えた。

 ロキの動向を逐一チェックしていた兄はかなり早い段階でトレース紙を買い付け、運よく付与スキルを持っていた奥さんに使わせていたらしい。

 フレームが出てからは兄自身も撮ることが多いようで、兄の幸せそうな声が、アルバムを見るのが好きだった前世の両親を呼び起こす。

 穏やかさの中に少しの虚しさを感じながらその話を聞いていた。



 宴もたけなわではあるが食事も終わりお互いに解散の空気を感じ取る。


「――最後に一つ残業をお願いしてもいいですか?」


「どうした?」


「実行犯はもう逃げているかもしれませんが」


 最初に口にしてから一度も手をつけていないグラスに精霊姫のスキルを発動させる。

 私の目の色が金色に変わったのを見て兄も察したのだろう。

 顔色を悪くして勢いよく立ち上がった。


「体調は⁉︎」


「大丈夫ですよ、毒耐性を持ってますから。アド兄様、解毒用ポーションは持ってますか?」


「あぁ一応」


「なら3本ほど空にしておいてください」


「・・・3本ないと解毒できない毒だったと?」


「まぁそうですね」


「なぜ初めに言わなかった。犯人もすぐに捕まえられただろうに」


 ため息混じりにそういう兄から視線を外しながら言い訳を口にする。


「一人拘束したところでこれからは私を狙う暗殺者は無際限に湧くでしょうし、それに、アド兄様とゆっくり話せるせっかくの機会を逃す訳には・・・」


 体を小さくしながら口を尖らせる私に兄はもう一度ため息をついた。


「そう言ってくれるのは嬉しいが、しかし・・・」


 チラリと見ると兄は緩む頬をどうにか抑えようと口をむにむにと動かしていた。


「ゴホン、調査はしておく。馬車まで送ろう」


「はい、ありがとうございます」


 こうして兄との話し合いは幕を閉じたのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] よかった。ロクサーナの家族にまともな存在がいることが嬉しい! でも、ロキとエレナーレが一緒になる現実になる可能性が低くなっている現状に私はちょっとだけ残念です。
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