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35 派閥







「お話は終わったかしら?」


 王太子との密談が終わり、これ以上各所に火を付けるのは得策ではないと言うことで、私だけ先に部屋から出てきたのだが、そこで待ち構えていたらしい親友の声につい背筋が伸びた。


「・・・はい」


 親友エレナーレの後ろには彼女の使用人が一人とチームメイトのヴェラが付いており、その二人に目礼してからエレナーレに視線を向けたのだが。


 学園長室に向かうときは特に何も感じなかったが、目の前で若干の不機嫌さを表に出すエレナーレを見てその理由に思い至り、思わず視線を彷徨わせる。


 廊下に控えていた王太子の護衛に軽く頭を下げながら、エレナーレの元に向かう。



 人目があるのでエレナーレもあからさまに顔を歪めることはないが、少し思う所はある、といった表情をしている。

 現に取り巻きのヴェラも見るからに気まずそうである。

 ロキの秘密を知る人間なんてこの場には私たち二人以外いないので、派閥内のパワーバランス云々が気掛かりなのだろうとでも思っているのだろう。


 しかし私が推測するに、親友のこの表情はそんなことを思っている時のものではない。

 そもそも彼女と彼女の家は、()が派閥のパワーバランスを崩していることに異を唱えることはないだろう。

 私はロキでありエレナーレの親友兼彼氏であり、何より彼らが今回の仲人なのだから。


 無言で歩き出したエレナーレの後を追い教室に向かう道中、少し追いつきその横顔を伺い見ると、それに気付いている彼女の頬がほんの少し赤くなったのが分かった。

 それを見て私は思わず苦い笑みをこぼす。



 彼女が不機嫌である本当の原因はざっと3つほどあると思われる。


 一つは、私が彼女の義姉になるという未来が潰えたということ。

 次に、私がルチアーノ王女の側付きになることにより、エレナーレと過ごす時間が削られてしまうということ。

 そして、私がロクサーナとして生きていくとという意志を見せたことにより、ロキと結婚するという未来まで潰れたということ。


 未来がどう転ぶか分からないからこそロキである私に色々な紐を仕掛けていたのだろうが、私が王太子の側妃候補に上がることによりアスティア家と縁を結ぶ未来は消えたことになる。

 エレナーレはロキファン1号なのだ。

 そりゃぁ不機嫌にもなるだろう。



 それでも彼女は嫌だと口にすることはしない。

 人目があるという事もあるが、アスティア家の人間として国のためになる選択肢を否定することはしないのだ。

 こうやって私が「君が不機嫌な理由は分かっている」と視線で言っても、ただ頬を赤くするだけであるのが何よりの証拠である。

 彼女は私の選択を否定しない。

 本当に素晴らしい人である。

 ・・・きっと彼女は卒業後、誰かの隣で優れた女傑として社交界の第一線を歩んでいくのだろう。


 そんな姿を想像して苦い感情が心に立ち込める。

 ただ今の私が言えることは、―――私は、「ずっとロキでいてほしい」とその一言を、今までの中でたった1回でも君の口から聞いていれば、ロクサーナを捨てる選択を取ったかもしれない、ということだけ。

 もし私からこれを訊いたとして。

 エレナーレ、・・・君は頷いてくれたかな。





「――ごきげんよう」


 二人だけの意思疎通でひたすら無言で歩みを進め、ヴェラがますます気まずそうにする空気の中、教室の前まであと少しというところで声をかけられた。

 待ち伏せしていた人物を見て私たちはすぐに立ち止まる。

 エレナーレはまだしも、私とはほぼ初対面である。エンジ色の髪がとても綺麗な4学年の先輩、セシル・ヘンダーソン侯爵令嬢。


 4学年で最も家位が高く、成績も主席という超優等生な彼女であるが、彼女の家は中立派閥の筆頭であるため、大衆派の私たちとの交流は少ない。


 そんな彼女がこのタイミングでわざわざ待ち伏せしていたのだから、私たちが身構えるのは仕方のない事だろう。


「ごきげんよう、ヘンダーソン様」


 エレナーレの言葉に合わせて私とヴェラは頭を下げた。

 頭上から先輩が静かに扇を広げる音が聞こえる。


 顔を上げると、彼女は広げた扇で口元を隠したままエレナーレに向けていた視線をゆっくりと私の方に向け、一瞬の観察の後、何か満足したように笑ってから再びエレナーレに視線を戻した。

 その様子に心の中で首を傾げる。


「あなたたち、本当に仲が良いようね」


 どうやら声の雰囲気的に嫌味ではなく素直に褒めてくれたらしい。

 その言葉に思わずエレナーレと目を見合わせると、また笑われてしまった。


「ふふっ。あなたたちが離れる様ならバートンさんは私の方で引き受けるつもりだったのだけれど、やはり(・・・)杞憂だったわね」


 おっと、引き抜きか?

 王太子の側妃候補に上がりはしたが、あまり引き抜きたい要素はロクサーナにはないはずなのだが。

 リーゼロッテ然り実家然り。


「ご心配には及びませんわ」


 私を取られると思ったのか棘のある言い方をするエレナーレに、ヴェラが人知れずギョッとしているのを感じ取りながら、当の私は心の中で苦笑いを溢した。

 しかし、その言葉の棘に先輩も肩をくすめるだけに留めた。


「そうね。―――その様子だと私が提案するまでもないかしら」


「・・・そう仰るということは」


「ええ」


 そう頷く先輩にチラリと視線をよこされた。

 ・・・、え、なになに、なんですか?


「・・・?」


「バートンさん、いえ、ロクサーナさんで良いかしら」


「えぇ」


 知らぬ間にお姉さんからの親密度が上がっている件について。


「ロクサーナさん。今日の放課後、少しだけ時間をいただけるかしら」


「え、えぇ。よろこんで・・・」


「そう。でしたら、授業が終わり次第『菫の間』までいらして。エレナーレさん、そちらはお任せしますわね」


「えぇ、かしこまりました」


 やはり置いてけぼりを食らっているのは気のせいではなかったな。

 明らかに二人の間で会話が成り立っている様だが、ヴェラの方を見ても私と同じように話に付いて行けないらしく、二人揃って首を傾げてしまった。

 ただギスギスとしたものは一切感じないので悪い話、ではないのかな?


「では、ごきげんよう」


「「「ごきげんよう」」」


 扇を閉じご機嫌で帰っていく先輩に挨拶を返しながらその背後を見送る。


「やったわね、ロクサーナ」


「えっと・・・」


「ふふふっ、放課後が楽しみね」


 どうやらネタバレは放課後までお預けらしい。

 でもまぁ、エレナーレが笑顔で楽しそうならそれでいいか。









 そして現在、放課後。

 Sクラス区画から少し離れた場所にある『菫の間』と名付けられたサンルームにて、私は少しばかり落ち着かない気持ちで紅茶を飲んでいた。


 因みに、先程まで行われていた今日の授業は、予想とは裏腹に相当平穏な時間だった。

 その理由は、リーゼロッテが心労で倒れて欠席だったからだ。

 案外か弱いところもあるらしい。相当ショックだったんだろうな・・・。

 その代わりリーゼロッテの取り巻きたちからの親の仇を見るかのような視線が相当痛かったが。



「そろそろ時間ね」


 白いテーブルクロスの敷かれた円卓には人数分の紅茶とちょっとした茶菓子が少々。

 そしてこの『菫の間』にはこのテーブル以外にも円卓があと2つと、ソファータイプの席が3セットほど置かれており、その座席がほぼ満席となっていた。


 見たところ学年に垣根はなく、令嬢だけではなく令息も数名混じっている。

 大衆派と中立派が半々、いや、どちらかと言えば中立派の方が多いかな。


「では始めましょうか。ロクサーナさん」


「・・・はい」


 先輩が何か音頭でも取るのかと思っていた所で名前を呼ばれた。


 その声に視線を上げると、意志のこもった瞳で真っ直ぐと見られていて思わず息を呑む。

 彼女にとってこの集まりにこれからの命運がかかっていると察するにあまりある真面目な表情は、まるでダンジョンに挑まんとする冒険者のようで、既視感に似た感覚に襲われる。


 この集まりがただの顔合わせではないのは薄々感じていたが、どうやら私もそれ相応の心持ちで挑まないと失礼にあたるようだ。


 私の表情がうっすらと変わったのを感じたのか、先輩はほんのりと緊張をのせた声色で言葉を発した。


「ロクサーナさん。ここにいる家門はすべて、クアラーシュ家ではなく、あなた(・・・)を支持することをここに公言するわ」


 高らかに述べられたその言葉に思わず口端が引き攣った。


 ――なるほど、新しい派閥の誕生である。


 大衆派閥の方は分かる。

 私の事情を知っているアスティアが筆頭だし、そう言う集まりならここに連れてきたのは血筋的にも近い家の生徒だけなのだろう。大衆派の割合が少ないのにも納得だ。

 しかし彼女は全く関わりのない中立派閥。

 私に味方するメリットは何一つないようの思えるのだが。


 チラリと横に座るエレナーレを見るが、満足そうに紅茶を啜るばかりで視線を合わせてくれない。

 先輩も言いたいことが言えて満足そうに笑っている。

 置いてけぼりは私だけか。


「・・・この集まりの目的は分かりました。――その、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


 そんな私の返答に先輩の笑みはますます深まるばかり。

 まるで自分の選択が間違っていなかったと再確認するようで、その盲信にも似た表情はちょっと怖いぐらいだ。


「ええ、ええ構いませんわ。何なりと」


「・・・、正直に言って先輩が私に付く所以が理解できません。どう見たってクアラーシュ様の方が」


「勝ち馬であると?」


「え、えぇ」


 令嬢の口から出ていい言葉ではないのだが、まぁ言いたいのはその通りである。


「バートン男爵家は貴族社会で嫌われていますし、私の血筋もはっきりしていません。公爵令嬢であるクアラーシュ様からも嫌われていて、現状、貴族派閥を完全に敵に回してしまっている私側の情勢は、側妃候補になったからと言って芳しくありません。そんな状況で私につく利点なんてない様に思えるのですが。それもこれほど多くの家門が・・・」


「そうね。ロクサーナさんの持つものが本当にただそれだけなら私たちはこの場に集まっていないわ」


 そう言いながら先輩はある便箋を机の上に取り出した。

 その封蝋には見覚えのある家紋が使われている。

 それを見て少し考えてから、この便箋がどう言った内容の手紙が収められているのか思い出した。

 そう、私も同じものを受け取っているのだ。


「私の母がこのお茶会に参加していたのよ」


「ウィーク公爵家のお茶会ですね」


 倒れていたウィーク公爵家嫡男、ヴィクトル先輩を助けたことで私が公爵家に招待されたあの日。

 その帰りがけに受け取っていた招待状のお茶会は、それからおよそ2週間後に開かれた。

 お茶会なんて同年代の仲間内だけのものしか出席したことがなかったし、私が一番年下ということで初めはどうなることかと思っていたのだが、ホストである夫人が味方についてくれていると言うだけで大変心強く、お姉様方との会話はそれなりに楽しめたと思う。

 確かに、ヘンダーソンと名乗ったお姉様がいたな。そう言われると母と娘で目元がそっくりだ。


「夫人が学生を招待するなんて初めてのことだったから母も驚いていたわ。実家の酷評なんて一切感じない穏やかで上品な振る舞いだったと聞いているわよ」


「・・・それだけで?」


 言葉を切った先輩の言葉に、思わず呆けた声が出てしまった。

 その感想では可もなく不可もなくの様な気がするけど・・・。


「えぇそれだけよ。でもそれが、私たちの生きる世界ではどれだけ大切なことか、あなたなら分かるでしょう?」


「それは、そうですが・・・」


「それに、クアラーシュさんは王妃の器ではないというのが私たち中立派閥の総意なの。殿下の寵愛があなたから離れることはしばらくなさそうだし、エレナーレさんと仲違いする様なら中立派閥に引き入れるつもりだったわ。けれどあなたたちの仲の良さは噂以上だった」


「ならば、いっそのこと新しい派閥を作った方が動きやすい」


「その通りよ」


 エレナーレの考察に大きく頷く先輩。


 ヘンダーソン侯爵家側は既に腹は決まっているようだ。

 決断材料はいくつかある様だが、それでも真っ先に私を取り込もうとするあたり彼女の家の人間は相当鼻は効くらしい。


 もし彼女たちに裏切られたとしても今の所私にあまり害はないだろうし、そもそもその辺りはアスティア家が牽制してくれるだろう。

 派閥発足の懸念点はあまりない様に思えるが、しかしこれで本格的にワガママ姫率いる貴族派閥と対立する形になるな・・・。


「・・・かしこまりました。あなた方の支持を受け入れます」


 私の言葉ににっこりと笑ってくれた先輩だが、内心胸をなでおろしたのだろう。瞳の色が少し柔らかくなったのが分かった。



 話がひと段落したところで皆が紅茶に手をつけ始めた時、ふと教室の外に新しい(・・・)気配を感じ教室のドアが勢い良く開いた。


「――お邪魔しまーす!もうお話は終わっちゃったかしら?」


「――ちょ、引っ張らないでリーシャっ」


 賑やかな声にこの場にいる全員の視線が一斉にそちらに向いた。


 煌びやかな金髪に同色の瞳を持つ人懐っこい笑みを浮かべる女子学生と、彼女に首根っこを掴まれて引きずられるように入室してきた男子学生。

 男子学生の方は先ほど話題に出たウィーク公爵家の嫡男、3年のヴィクトル先輩だった。


 精霊石に魔力吸収の付与を施した魔法具だが、あれから5日ほどの試行錯誤の末、無事完成した。

 それまでに一度だけ二人に魔法を掛けるため公爵家に侵入していたので、その時と同じ要領で公爵家に忍び込み彼と彼の母親に渡している。

 1週間も経たないうちに完成したことに公爵家の人達は驚いていた。

 その後は一億と記載された小切手を差し出してきた当主を説得するのが大変だったが、結局時価ではあったが精霊石の原価だけ受け取ることになったのだった。

 精霊石に溜め込んだ魔力も人体に影響がない濃度でこまめに発散するよう細工しているので、その魔道具を肌身離さず身に付けてさえいれば普通の人と同じ生活を送ることができるだろう。

 現に目の前の彼も、まるで病気そのものが完治したのではないかを思えるほど元気そうである。


 彼の気配はしばらく前から扉の前にあったので、入ろうかと決めあぐねていた所でやってきた彼女に引っ張られてきたのだろう。

 リーシャと呼ばれた女子学生も顔だけは知っていた。

 彼女の弟さんとは仲良くさせてもらっている。


 そんな彼女は、私を認識するなり少し仄暗い笑顔を浮かべた。

 おっと、彼女とは実質初対面なのだが何か気に触ることがあったのだろうか・・・。


「グべッ。ちょ、リーシャ、離すなら優しく置いてよっ」


 どうやらこの二人は仲がいいらしい。

 同じ学年で同じ公爵家だし、幼馴染みたいなものだろうか。


 しかしヴィクトル先輩の抗議も虚しく、彼女は先輩に反応を返すことなく私のそばに無言で歩み寄り、迷うことなく私のメガネに手をかけた。

 いきなりのことだが特に抵抗する理由もないのですんなりと私のメガネは取り上げられ、視界が少しクリアになる。

 明るい視界で私を見下げる美少女をじっと鑑賞していると、彼女はムッと表情を歪めてしまった。


「本当に綺麗な顔をしているわね」


 褒められたのだろうか。

 表情から貶されているようにも見えるが。


「リンドビーク公爵令嬢、いきなり失礼ではありませんか?」


 どう返事を返そうか考えているとエレナーレが強引に間に割り込んできた。

 ちょっとご機嫌ナナメのようだ。


「うぐっ、眩しいっ・・・」


 エレナーレの顔を至近距離に認めるや否や唸りながら大袈裟に後ずさる先輩に、少し同志のような感覚が募る。


「それで?リリアナ様はどのようなご用件でこちらに?」


 いきなりの乱入者に取り乱すことなく淡々と声を発するヘンダーソン先輩に、ハッと我に返ったように私に視線を向け直してきた。


「まぁ、そうね。ごほん・・・。私たちの可愛い可愛い弟を誑かした男爵令嬢を見極めにきたのよ」


「たッ――」


「誑かした、ですって?」


 予想外すぎる理由に思わず声が口からもれ、目の前に立ったまま振り向いたエレナーレから鋭い視線が送られてくる。背後に鬼が見えるのは気のせいだと思いたい。

 どういうことかと視線で抗議してくるので、慌てて首を振り無実であることを主張する。


「えっっと、リンドビーク公爵令嬢にご挨拶申し上げます」


 初対面でかつまだ挨拶もしていなかったので、取り敢えず立ち上がり礼を取る。


「えぇよろしくね」


 どうやらかろうじて及第点は貰えたようで、取り上げられたメガネを差し出されるので受け取り顔にかける。

 そう、この人は第2王子のお目付役、ユリアス・リンドビーク公爵令息の一番下のお姉さんなのである。

 ちなみにユリアス公子にはお姉様が5人もいる。全員美人だし羨ましい限りだ。


 他の机にいたアスティアの分家の令嬢が二人席を立ち、私たちのいる机に椅子が回されたので、新しいお客さん二人をその席に誘導する。

 使用人はこの場にいないが二人に紅茶がないのも失礼かと思い、私自ら新しい紅茶を入れる事にした。

 私が淀みなく動いた事に、ロキのことを知っているヴィクトル先輩はすんなりと受け入れ紅茶を口にしたが、リンドビーク先輩の方は呆気に取られたらしく紅茶を見て目を瞬かせている。

 私は席に戻ったと同時に彼女に問いかけた。


「あの、『誑かした』という言葉の真意をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「え、えぇそうね。ゴホン。昨日王城で私の弟に会ったようね」


「えぇ。クリスティアン王子殿下がいらっしゃいましたのでお話しすることは叶いませんでしたが・・・」


「・・・あの子がね、昨日の晩珍しくタウンハウスに帰ってきて、あなたの(がわ)に立つ様に言ってきたのよ」


 それはそれは。

 大事な弟が、こんなわけも分からん人間を推すなんて言い出してショックだったことだろう。


 しかし私がロキであると知っているとは言え、ロキとロクサーナは別人である。

 即決で味方するほどの理由はない様に思えるが・・・。


「あの子は公爵家の跡取りではあるけれど、今まで王城で育ったからか家の事に何か発言することはなかったの。なのにこのタイミングで、うちが中立を保つと分かった上でそう言ってきた」


 じっと私を見つめてくるリンドビーク先輩。


「誑かしたとしか言いようがないじゃない」


「しかし言葉さえ交わしていませんが・・・」


「だからその顔で誘惑したのでしょう?」


 ゆうわく・・・。


「リーシャ。ロクサーナさん困ってるよ」


「うっ、分かってるわよ。ヴィクトルとセシル先輩、それにエレナーレさんがこの場にいる時点で、この人は信用に値するって」


 最初の勢いは何処へやら、分かりやすくシュンと落ち込んでしまった。


「そうだ、ロクサーナさん。君の派閥に僕も入っていいかな?」


「それがウィーク公爵家の総意であれば構いませんよ」


「もちろん総意だよ」


「・・・そうですか。かしこまりました。ウィーク公爵家も受け入れましょう」


 なんか大ごとになってきたな、というのが率直な感想だ。

 公爵家は派閥に大きな影響を与える。

 この国には5つの公爵家があるが、そのうちの2つ(・・)が私の後ろに立とうとしている。


 現状、この場面だけ切り取ると学園の中だけのなんちゃって派閥のようにしか見えないが、今回の場合はそうもいかない。

 ここでの決定が国のパワーバランスの均衡を大きく左右していくのだ。

 今日からの社交の場は相当荒れることだろう。

 本当に、大ごとである。


 ちらっとヘンダーソン先輩の方を見ると今日イチの深い笑みを浮かべられてしまった。

 アスティアという鉄筋が仕込まれた、ぱっと見泥船にしか見えない私が、更にコンクリートで固められようとしているのだから彼女から見たら愉快な光景なのだろう。


「リーシャ?」


「・・・、リンドビークも、入れてくれるかしら・・・」


「いいのですか?」


 美少女から涙目で不服そうに言われるとつい苛めたくなるので、聞き返してしまった。

 私のツボが分かっているエレナーレからはジト目が送られてくるが冷や汗が出るので是非やめて頂きたく。


「お父様から一任されているの。私が納得したのなら派閥に入れと」


 いや全然納得している表情ではないのだが。

 まぁブラコンのツンデレならこうなっても仕方がないか。


「かしこまりました。私の様な人間にご満足いただけましたなら幸いです」


 これで、たかが男爵家の養子の後ろ盾として公爵家2家門、侯爵家2家門がつく派閥になった訳だが。


「一つ皆様にお願いがあります」


「派閥でのルールかしら」


「えぇ、その様なものです。・・・これからどうなるか分かりませんが、ーーバートン家に味方をしていると取られる行動だけはやめて頂きたいのです」


 言い切った私の言葉にこの場にいる人間が動揺するように息を潜めた。


「ふぅん?家の力を使わずこの貴族社会でやっていけると?」


 分かっていてこの質問は意地悪だな・・・。

 両肘をついてイイ笑顔で言いくるめようとしてくるヘンダーソン先輩に、少し強めな言葉を返す。


「あの家に力がつくと今後厄介なのは皆様の方でしょう?それにーーー」


 メガネを外しロクサーナの時にはあまり見せることのない笑みでこう言ってやる。


「皆様はバートン家ではなく、私個人を支持するためにこの場に集まっていると、そう認識していたのですが、気のせいでしたでしょうか?」


「っーー」


 笑顔だけの威圧で息を呑むヘンダーソン先輩に、呆気に取られた様に目を瞬かせるリンドビーク先輩。他の家門も揃ってポカンとしている。

 場の空気に見合わず当たり前の様に優雅に紅茶を嗜んでいるのは、既に完全に私と男爵家を切り離して考えているエレナーレとヴィクトル先輩だけである。


 男爵家の肩書きがなければ私はただの平民で孤児である。

 そんな紙切れ一枚分もない装備で貴族社会で立ち回れるかと問われれば、答えはノーである。

 しかし新たに手に入れた王太子の側室候補という役回りと、上級貴族が複数パトロンとしてついている状態なら防御の面では不足ないだろう。

 彼らが私を囲む屈強な盾となってくれる。


 私の言葉を真正面から喰らったヘンダーソン先輩は、少し俯き数拍の後プルプルと震え出した。

 強く言いすぎて怒っているのかとそう思ったが、先輩の雰囲気は快気な色に満ちていてどうしたのか考えていると、彼女は勢い良く顔を上げた。


 キラキラと輝く瞳は彼女を幼く見せる。

 その顔はまるでロキを見た時の幼子のようで。

 どことなくデジャブである。


「あなたを王妃にして見せましょう!」


「え・・・、はい?」


 ちょ、なんか言い出したんだが?


「あなたこそ王妃の器よ!あんな高慢で品位のカケラもないクアラーシュさんよりあなたの方がよっぽど相応しいわ!」


「セシル先輩が、壊れた・・・」


「う〜ん。あれはまぁ、仕方ないかなぁ・・・」


 そこのふたり、彼女より家格が上なのあなたたちしかいないんだからどうにかしてくれ。



 結局その場はエレナーレが宥め、私を担ぎ上げすぎない様にと言う注意と共にこの集まりはお開きとなった。

 エレナーレからやりすぎと言うお小言も貰ったが、まぁこれぐらいしておけば裏切るのは悪手であると踏みとどまってくれるだろうという言い訳を並べると、渋々納得してくれたのだった。





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