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34 変化した日常






 朝日の差し込む校庭を馬車の窓から見るのは、入学してこれが初めてだなとふと思った。


 最近は寮には泊まらず双子の待つ家に帰っているから、毎日の登校は徒歩だった。

 しかも、王都に家があるなんて大っぴらにできるはずもないのでこっそりである。

 故に、そもそもこの正面の正門をまともに潜ったのは入学試験以来で、もっぱら近道できる裏門を使っている。


 そんな事を他人事のように考えている私。

 完全に現実逃避である。



 昨日、国王との密会もそこそこにルチアーノ王女殿下の様子を見に行ったのだが、やはり私が刺されたことで、ここ数日で植え付けられた恐怖心が蘇ってしまったらしい。やっと落ち着ける場所に辿り着いたところであれだったから余計であろう。

 トラウマが刺激された彼女は精神的に不安定な状態になっていて、とても一人城に残して帰れる状態ではなかった。

 それを見かねた私は、家にいるメルリィに魔法で手紙を飛ばし、そのまま城に一泊したのだ。宮内省の人間にお願いされたと言うのもあるが、個人的にも放っておけなかったと言うのが大きい。

 そして、側付きよろしく王女殿下を寝かしつけ、その側のソファで夜を明かした。

 夜中に大量の汗をかきうなされていた王女殿下に、こっそり光魔法を使ったのは仕方のないことだろう。そのおかげか、今朝目覚めた彼女は幾分かすっきりとした顔色をしていた。


 ちなみに、王女が刺客に襲われ私が刺されたことは厳重な緘口令が敷かれている。

 そのため、王女殿下の精神が明らかに不安定になっていることに女中たちも混乱していた訳だが、それも一晩で回復していてホッとしたことだろう。

 王太子を誑かした嫌われ者の男爵家の人間でも、王女様の精神安定剤として使えると分かってくれた様で少しだけ待遇が良くなった気がしなくもなかった。




 ルチアーノ殿下の今後についてだが、しばらくはのんびりと休養に当てるらしい。

 厳しいと噂のイスラ言語を話せるロバーツ伯爵夫人も週に2度ほど顔を出すらしいが、本格的な勉強はその時間ぐらいであろう。

 彼女にとってこの数日は色々ありすぎた。

 家族を失い、家を失い、国を失い。その身以外全てを失ったと言っても過言ではない。

 これからは平和な国で穏やかに暮らしてほしいものだ。

 まぁ、かく言う私は穏やかな暮らしからは更に遠のいてしまうのだが。




 カタリと馬車が止まり、護衛の騎士が外からノックと共に扉を開ける。

 もはや慣れ親しんだ学園、しかしその空気はいつもとは違っていた。

 それを感じ取り、【収納】から暫く外しっぱなしだったメガネを取り出ししっかりとかける。

 それだけで少し心が穏やかになった。


 護衛に手を取られ、馬車から降り立つ。



「おはよう、ロクサーナ」


「おはようございます、エレナーレ様」


 穏やかな微笑みの中に喜びの色が混じる親友は、派閥の令息令嬢たちを引き連れて私のことを出迎えてくれたらしい。

 まるでお姫様になったみたいだな。

 まぁ、派閥の中で次期国王の側妃候補に上がるという1番の成果を上げた訳だから歓迎ムードの演出は必要なのだろう。


 遠巻きにこちらの様子を伺っている野次馬の数からして、昨日私が城に上がり実質側妃候補になったと言う情報は学園の生徒も手にしているらしい。

 ちなみにこの情報はまだ公にされておらず、貴族には土曜の会議で平民たちには来週の頭に発表予定だ。

学園の中に時代の行く末を左右できる人間が複数いるのだから、何かあった時のために迅速な対応を取れるよう、外と中の情報のやり取りはちゃんと機能していたようだ。

 情報が命なのは、どの世界であれ変わらない。

 学園の人間が平和ボケしていないようでむしろ安心した。


 まぁこの場にリーゼロッテの姿がないのは問題ではあるが。

 知っていれば一目散にやってくるだろうし、未来の正妃がそれでいいのだろうか。

 周りも、煽てるだけではダメだと言うのに・・・。


 しかし、エレナーレの取り巻きたちもその表情は様々だ。

 案の定、純粋な喜びを見せてくる者はほとんどおらず、戸惑いに疑心、そして嫉妬が混ざっているのを見るに、同じ派閥とはいえ一枚岩ではいかないのが分かる。

 次期国王の側妃候補第一号がこれなのだ。

 皆の反応も仕方のない事だろう。



「学園長が呼んでいたわ。途中まで一緒に行きましょう?」


「えぇ」


 派閥内でも意見が割れていることは当然エレナーレも気付いているはずだ。

 皆の意見をまとめる時間はなかったが、筆頭が私を肯定する立場に着くことは決まっているのだから、この場に有無を言わせず集めた、と言ったところだろう。



 しかし、学園長か・・・。

 入学式の時壇上で挨拶をしている姿は見た事あるが、対面で話すのは初めてである。

 この側妃候補騒動は私は完全に巻き込まれただけなのだが、果たして事情聴取で話せることはあるだろうか。


 それに彼女(・・)には、面白半分で私をSクラスに入れたと言う犯歴もある。

 それとなく聞いてみるか・・・。






 学園Sクラスとその他のクラス。

 その境界線のある建物の最上階にその部屋はある。


 国が運営する学園という事はつまり、任される長もそれ相応の立場の人間となる。

 今期の学園長は女性、現国王の叔母に当たる人物で、前国王の末の妹が席を置いている。

 とりわけ頭が良く、面倒見が良い性格から学園長の座を任されたと言われているが、噂では昔にやんちゃをやらかしてから王城を出禁になっているとも言われている。

 故にSクラスの私混入事件も犯人である可能性は大いにある。証言は取れているのだ。


 エレナーレに学園長室の前まで連れてきてもらってすぐ、彼女は「がんばってね」と一言残し笑顔で去っていった。

 どうやらリーゼロッテ対策としてついてきただけらしい。

 ありがたや。

 何となくその背中を両手を合わせて拝んでから扉に向き直る。


 国内唯一の教育機関を歴代『表』から支えてきた人間の構える部屋。

 前世では校長室に近づく事もなかったのに、と呑気に思いながら、その美術品のような重厚な扉をノックする。


「ロクサーナ・バートンです」


「入りなさい」


「失礼いたします」


 見た目の割に思ったより軽い扉を開き、視線を部屋の中に向ける。


 穏やかな日の差し込む学園長室は、執務室の様な印象ではあるがどこか温かみのある雰囲気もあった。無駄を省きながらも必要な緩みを置いているからだろうか。

 花に草木、絵画や美術品など。

 ここら辺は部屋も代々の学園長の色に染まると言ったところか。


 そして奥のデスクに座り私を出迎えたのが今代の王国学園長、セシリア・グランテーレ。

 未婚故に家名は王家のもののままであるらしい。



「よく来たね」


 亜麻色の波打つ長髪を揺らしながら立ち上がった学園長。

 間近で見たらやはり王家の血かと納得の顔の良さに、思わずその緑色の瞳に吸い寄せられるが、私はスカートを持ち上位礼を取る。


「お初にお目に掛かります学園長。改めまして、ロクサーナ・バートンでございます。およびと聞き参りました」


「うん、そこに掛けていいよ」


「はい」


 噂通り人当たりのいい人みたいだ。


 言われた通りソファに座り、こちらに向かってくる学園長を目で追う。

 年はもう50近いはずなのだが30代、いや20代でも通りそうな若々しさだ。

 ・・・それもそうか、彼女、長寿で有名なエルフ族の血が混じっているというし。

 確か、エルフとのクオーターだったか。先代国王の子供の中で彼女だけ側室の子供で、その母君がエルフと商いを共にしている豪商の娘でエルフとのハーフだとか。

 その半分の血が流れているのが目の前の彼女と言うわけだ。

 8分の1がエルフで2分の1が王家の血。

 そりゃこの顔になるわな。


 そして意外にも、彼女は空いている上座ではなく私の対面に座った。

 それが意味する事は色々ありそうだがーーー



「一つ、どうしても聞き来たいことがあってあなたを呼びました」


 ほんのり敬語に切り替わったのを聞いて、色々と察する。


「昨日からのあなたを取り巻く一連の環境の変化についてですが、あなたの意に反することは何かありませんでしたか?」


 ・・・ふむ。


 私が目立つことをしたくないのは見ていれば誰でも分かるだろう。

 それでもちょっかいを出してくる人間もいるが、それは私の望みが平穏であると分かっているから敢えてそうするただの嫌がらせである。


 昨日からの私を取る巻く一連の環境の変化。

 平穏から遠のいた私の人生の中で一番の変換点だ。

 これが私の意に反することであれば、つまり私の機嫌を損ねた事も同義。


 正体も普通にバレているっぽいし、目の前の彼女的にそこんところを確認しないと落ち着けないと言ったところか。


「何も意に反することはありませんよ。望んでもいませんでしたが」


 少し姿勢を緩めて微笑を浮かべながらそう口にする。


 私の今の心情は、この言葉が一番しっくりとくるだろう。


 人生運任せの超受身な私にとって、よほどのことがない限り『意に反すること』という枠に当てはまるものはない。

 興味のあること以外に関しての積極性を著しく欠いているのだから、外野が決めた事に文句なんて言えるわけがないのだ。

 それ故に、環境の変化への順応は人一倍強いはずだ。


 しかし望みが平穏なだけに、まさか側妃候補なんて過激なものは望んでいなかったが。


「それは同義では?」


「いえ、違いますね。少なくとも、私の中では」


「そうですか」


 首を傾げたままだが、少しホッとした様な学園長。

 話は変わるがこの際聞いてみようか。


「意に反すると言えば、私がSクラスに組み込まれた事の方がよほど意に反していましたね」


 軽口を叩く様にそう口にすると、彼女は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい。当時はまだあなたの正体に気づいていなかったから・・・」


 現状の原因の全てとはいかずとも、その9割ほどはSクラスに構成されたことが影響しているだろう。

 王太子と接する機会が圧倒的に増え、側室候補に上げたいと思うほど好感度が上がってしまった。

 そして、彼の婚約者を筆頭とした貴族派閥の学生に日々いじめられているという現状。

 私の人生において、なかなかの致命傷である。

 まぁ、下のクラスに配属されていれば今以上にいじめの質は悪かっただろうが。


 今頃(くだん)の婚約者様は、いつもと比べ明らかにざわめいている学内を見て、誰かを捕まえてその理由を聞き出している頃だろう。

 私を消せば万事解決と考える過激的な諜報部隊に追い回されることしかり、果たしてこの指輪をつけている状態で生き残れるかどうか・・・。

 学園内が一番危険な様な気がするな。



「――あなたの正体についてですが」


 遠い目をして窓の外を眺めていると、しばらく様子を見ていたらしい学園長が口を開いた。


「私は、その秘匿性に懐疑の念を抱いているのです」


 意外な言葉に何も言えず瞬きを数回。

 視線を少し伏せている彼女のまつ毛が顔に影を落としていた。


「それは、どういう・・・?」


「王城ではその眼鏡を外していたと聞いております。その素顔が整っていることに目を見張るものも多くいたようですよ。あなたは二つの人物を完全に使い分けていますが、顔を見ただけでそれが同一人物だと気付いた人間はどれぐらいいますか?」


「・・・純粋に顔を見ただけ、と言う条件なら、国王陛下だけですね」


 今までのことを思い返しながらそう口にすると、淡々とした言葉が返された。


「そもそも、顔と体の骨格を変えていないのにも関わらず、誰も気づかないなんてあり得るのでしょうか」


「情報による印象操作で、と今までは考えていましたが、どうやら学園長の考えは違うみたいですね」


 確かに、ただの印象操作でここまで徹底されているのはおかしいか。

 今年の初めに社交界に顔を出してから、私の素顔を認識した人は少なからずいるにも関わらず、私がロキであると言う噂は全く出ていない。


「別の力が働いていると?」


「えぇ。確かあなたは魔眼(・・)をお持ちでしたね」


 その言葉に思いあたるものがあり、すかさず【精霊姫】を発動させる。

 認識阻害のメガネをかけているから目の前の学園長に瞳の変色は見えていないだろうが、私の表情でスキルを使っていることは分かったらしい。


 【精霊姫】を使いステータス上の【精霊姫】を鑑定する。


 エクストラユニークスキル:【精霊姫】

 世界を見通す瞳はその存在を秘匿する。


 初めて目にした時から一文字も変わらない文字列。

 そして私がそれに解釈違いを起こしていた事に気付いてしまい、その瞬間に脳裏を駆け巡った情報に思わず眉間に皺がよる。


 幼いころ父が連れてきた鑑定士に鑑定された時、彼の目にこのスキルは映っていない()だった。

 だからこの詳細書きの意味は、【精霊姫】というスキル(・・・)が第三者から秘匿される、という事であると勝手に思い込んでいたのだ。

 しかし、異常なほどロキの正体がバレないという実証が揃ってしまうと、この曖昧に示している『その』という文字に該当するものはスキルではなくーーー


 【精霊姫】とは、私という存在を秘匿するためのスキルである、ということになる。


 このスキルは私が前世を思い出して、しばらくしてから発見したものだ。

 故に先天的に生えているスキルなのかは分からない。


 ユニークスキルの取得は、神のご意志によるものだと言われることが多い。

 そして【精霊姫】は、それ以上にレアリティのありそうなエクストラユニークスキルである。

 このエクストラユニークスキルについては文献にも載っておらず、世界が私を庇護していると言わんばかりのスキルに、逆に薄ら寒いものを感じる。

 前世の記憶があって、使いこなせるスキルの数も常人とはかけ離れていて。

 この世界にとって私は異端者であるらしい。



 ・・・まぁ、だからどうしろとという話ではあるのだが。


 世界が私に何に期待をしているのか知らないが、何も聞いていないのだから私にはどうすることもできない。

 もし神様に会い見えることがあれば、説明を願いたいね。



 そしてこの気付きの中で一つ引っかかったことがある。

 この説明文の『その』が所有者の私であると分かったわけだが、という事はつまり、スキルは第三者に秘匿されている訳ではないという事だ。


 ここから導き出せる答えは、あの鑑定士は私のステータス上に【精霊姫】を認めながらもそれを父に報告しなかった、ということだ。

 目にした事のないスキルを前に本職の人間が気にならないはずもないわけだが、彼は私も気付いていないと錯覚するほどの演技力を発揮していた。

 彼は男爵家のお抱えではなかったのだろうか。

 ・・・、いや、改めて考えるとレベル2で食べていける専門職でレベル4は上澄み中の上澄みだわ。

 そんな人間がただの金持ちなだけの男爵に付き従う訳がない。


 つまり・・・、どゆこと・・・?



 幼い頃の記憶を掘り起こす。

 前世を思い出したのが3歳の誕生日で、確かあの時は既に第二の住処となっていた書斎で鑑定されたはずだから3歳1、2ヶ月ぐらいか?

 父と共に、融通が利かなそうな家令とローブを着た鑑定士の男の3人――、いや、そういえば10歳になるぐらいの長兄も引っ付いて来ていたか。


 そしてぼんやりと思い出した当時の長兄のショタ顔と共に、ふと1ヶ月ほど前の王城での祝賀会で目があったあの騎士が思い浮かんだ。

 明るい紺色の短髪に垂れ目がちな琥珀色の瞳。今思えば特徴的に完全にバートン家の人間である。

 つまりあの騎士は顔も思い出せなかった私の義理の長兄であり、そして私を見た時のあの表情からして、私がロキであると気付いているという衝撃の事実が導き出されてしまった。


 そうなれば、あの鑑定の場に私を毛嫌いしている家庭の長男がしれっといたこともただの偶然ではなくなる。

 仮に、私の鑑定結果を長男が知っているとすれば、スキルによってバレにくくなっている私がロキであると気付くこともできるからだ。


 超一流の鑑定士が、家長ではなく10歳の子供に鑑定結果を教えた、という事は、鑑定士と長男との間に何かしらの取り決めが交わされ、あの日鑑定士が私の元へ赴いたという事になる。

 あの家庭の人間は孤児の私を毛嫌いし忌避していると思っていたのだが、長男だけは少し事情が違うらしい。

 10やそこらで鑑定士を呼び寄せ、しかも父に違和感を与えないなんて私以上に異常だろう。

 この分だと、私がバートン家で平穏に暮らせていたことに影から一役買っていたという可能性まで出てくる。

 つまり長男だけは初めから私の味方であった、というわけだ。

 1ミリもそんなそぶりを見せなかったなんて、とんだ食わせ物だな。


 まぁ、長男の件は点と点が組み合わさっただけの憶測に過ぎないので、これについては今度本人とあった時にでも聞いてみるか。

 城で働いているみたいだし。

 祝賀会で目が合った時、誰だろって顔を素直にしてしまった訳だが、彼の苦笑いを思い出して、なんだか急に申し訳なくなってきた。

 しっかし、嫌われ者の男爵家の長男がエリートだらけの第一騎士団に所属とは、彼も上手いことやったもんだ。父も鼻が高かった事だろうよ。



 まあ要するに、学園長の猜疑心の源は、私の意思とは関係なく、そして、瞳の色は変わらずとも【精霊姫】は常に効果を発動しており、私の顔を見ても私の素性に関わる情報は曖昧に誤魔化されていたため生じていた、と見ていいだろうな。

 解決解決。




 1、2秒の思考で導き出された答えにうんうんと頷いていると、目の前にいる学園長がにっこりと笑った。


「私の推測は当たっていましたか?」


「えぇ、ご指摘ありがとうございました。どうやら私のスキルはそういった効果もあるようですね」


「力になれた様で良かったです」


 心からそう思っているのだろう。

 美女の微笑みは目を瞑ってしまうほど眩しいな。


 心の中で拝んでいると、ふと部屋の外に気配を感じすぐにノックする音が聞こえた。


「・・・、どうぞ」


 私に話は終わりでもいいかという視線をもらったので頷いておく。

 そして私は、ほんのり緩めていた体勢をロクサーナver.に戻した。


「おはようございます、学園長、ロクサーナ嬢。お話はお済みでしょうか?」


 挨拶と共に現れたのは、ほんのり私の顔色を窺う王太子だった。

 まるで悲しげな小型犬のようだ。私のフィルターには可愛らしい垂れ耳が映って見える。


「えぇ、たった今終わったところよ」


 同じ王都にいる叔母ということで顔を合わせることもあるのだろう。

 そのやりとりはどこか柔らかい。


「それは良かった。ロクサーナ嬢、授業まで少し話をしたいんだけど、いいかな?」


「かしこまりました」


 国王から何か言われたのだろうな。

 昨日、告白のこの字も聞いていないという私の言葉に、割と本気で驚いていたし。

 まぁ王太子のあの言動で気付かないのなんて生粋の箱入り鈍感令嬢ぐらいだろう。


「それでは学園長。失礼します」


「えぇ」


 笑顔で手を振る学園長から生暖かい視線を感じたのは気のせいと思いたいところだ。










「・・・昨日はいきなり巻き込んでごめん。情けないけど、昨日の夜陛下に呼ばれるまで、君に想いを伝えていないことに気付かなかったんだ」


 目の前の王太子は明らかにシュンとしている。

 次期国王の姿として誉められるものではないだろうが、現在は彼のお目付役2名が彼の背後立っているだけで他の人間はいない。


 場所は空き教室。

 ではあるのだが、Sクラス専用区画の空き教室ともなると、机と椅子が並んだ教室の様な雰囲気ではなく、貴族の談話室のような場所であった。サロンで使われている様だが、初めて入ったな。

 ソファがありローテーブルがある中で、王太子と私は対面に座っている。

 未婚の二人が密室で二人っきりになる訳にもいかないので、お目付役が王太子の背後におり、その他の人間が扉を見張っている。


「ロクサーナ嬢」


「はい」


 今までこんな落ち着いた感じで話す機会はなかった。

 男爵令嬢で何者でもない私が王太子と二人で話すなんて、角が立ちすぎたのだ。

 それも昨日私が城に呼ばれている時点で終わった。

 そして王太子は私を呼び出す口実を手に入れた。

 リーゼロッテという火に油を注ぐ行為だとしても、王太子は私を諦めないのだろう。

 目の前の彼の瞳からはそんな気配を感じた。


「エトとのデートは楽しかった?」


 真剣な表情をコロッと変え、笑顔で小首を傾げてくる王太子に虚をつかれる。

 そしてその綺麗な瞳に仄暗いもの見て更に背筋が伸びた。


「え、えっと。まぁはい、楽しかったですよ?」


「そう」


 半月ぐらい前の話だ。

 普通に忘れていたのだが、王太子がその情報を知っている事には何も言うまい。

 そして今の王太子を見て、そこはかとなくヤンデレの気配を感じてしまった。


「君は気付いている様だから正直に話すよ。僕は君に惚れている。きっとあの夜会であった時からなんだろうね。君の事を思うと、こう、胸の辺りが温かくなるんだ」


 自分の胸に手を当て穏やかに話す王太子は、その表情で言葉そのものを表していた。

 推しのそんな姿を真正面から見て当てられない訳もなく、その尊さに眼がやられ思わず目を閉じる。

 そしてそれが自分に向けられていることに思わず吐血しそうになった。

 壁になって思う存分拝みたいところが、しかしこれは現実であり、当事者の私はこの状況に対処しなければならない。


「だから、ロクサーナ嬢。できればもう、エトとは二人で出かけないで欲しい」


「・・・ユノとはいかがでしょう?」


「うっ・・・、まぁユノ殿からはそう言う気配は感じないし大丈夫、かな?」


 なるほど、王太子のセンサーに男の娘は引っかからないと。

 王太子も私の交友関係を制限するつもりまではないらしい。

 エトとのデートがよほど嫌だったのだろうな。


「これから、今まで以上に迷惑をかける事になると思うけど、学園を卒業するまではどうか耐えてほしい。卒業までにリーゼロッテをどうするか決めるから」


 お、おぉ?

 まさか、公爵令嬢を婚約者から下ろして、男爵令嬢にすげ替えるつもりなのか?

 王太子、割と理性飛んでらっしゃる?

 ・・・まぁこの人も人間だから、色恋に惑わされることもあるか。


 そんな事を考えていたら笑えてきた。

 私の未来もそこまで暗くないのかもしれないと思うと気も晴れる。


「えぇ、待ってますね」


 ほんのりと心からの笑みを浮かべると、王太子は私の顔を見て嬉しそうに笑った。







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