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33 親友の父親







 意識がふわりと浮上し、ゆっくりと瞼を開いた私は、視界に映る情報から人生で一度は言ってみたかかったセリフを口にした。


「知らない天井だ」


 知らない天井、というか天蓋かな、これ。


 暫くぼーっとした思考の中、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

 ぼんやりとした記憶がカチリと現実にはまる感覚を機に体を起こした。


 本当に知らない部屋。

 その中にある天蓋付きのベットに私は寝かされていたらしい。


 はっきりと思い出した記憶から、腹に手を添えながら視線を下に落とす。


 既にそこに剣は生えておらず、あれほど脳を刺激していた強烈な痛みも今となっては一切感じない。

 さすった感じ傷も綺麗に塞がっているようだ。

 意識を失う前、最後の記憶ではリアムさんが目の前にいたから、きっと私から買い取った特級ポーションを使ってくれたのだろう。



 そして視界の中の自分が、見慣れない寝巻きを着せられている事に気づいた。

 クリーム色のワンピースは肌触りが良く、控えめにつくフリルが上品で可愛らしい。

 この部屋が王城であると仮定するならば、このネグリジェも一級品なのだろう。生地はやっぱりシルクとかなのだろうか?


 この部屋に窓はないが、何時間も眠っていた感じもしないので、取り敢えずお暇しよう。

 H Pは問題なく回復している様だし、この場所にずっといる訳にはいかない。

 家で待つメルリィも心配してるだろうし。


 サイドテーブルに置かれているベルを鳴らし外の人を呼び、楽にもたれ掛かれるようベットの背に枕をずらし、ようやくふぅと息を吐いた。


 体は回復したが気力は使い果たしてしまったので、早く帰ってもう一眠りしたい所だ。


 しかし、刺客が処理される所も確認して完全に守り切ったと自負しているが、王女殿下のことが少しに気なる。トラウマを刺激してしまった様に見えたが、彼女の心は大丈夫だろうか。



 そんな事を考えているとノックと共にゆっくりと扉が開いた。

 あれ、そっちにも扉が?


 廊下側と思っていた扉のほかに、もう一つ扉があったらしい。

 続き部屋でもあるのだろうか。



 ふと視線を上げると侍女ではない予想外の人物がいたので少し驚いた。


「体調は、大丈夫そうかな?」


 扉を閉めこちらに向かってくる。

 まず心配そうに口を開いたのは、リアムさん。

 そしてその後ろに、なぜか騎士の格好をしたこの国の国王がくっついている。


 驚きはしたが、聞きたいことがいろいろあるだろう国王が頑張って変装し侵入してきた事を察し頬が緩む。


「えぇ、ありがとうございます。私が目を覚ますまでずっと控えていたのですか?」


「ああ、君が倒れて1時間も経っていないから気にするな」


「少しお主と話しておきたいことがあったのでな」


「そうですか」


 神妙な面持ちの国王にそんな生返事で応えていると、彼は流れるような動きでその場に膝を着いた。そしてそれに従うようにリアムさんも膝をつく。

 この場が明らかに非公式とは言え、国王が一個人に頭を下げるという異常な行動に私は思わず息を呑んだ。


「此度の件、完全に我々の不徳の致すところ。お主には迷惑をかけた」


 これはロキに対しての言葉だろう。

 『我々』の指すところは、『国』と言ったところか。

 完璧であるべき人間が、完全に非を認めている。重い言葉である。


 男爵令嬢として城に上がったが、今は非公式。この場に(・・・・)私をただの男爵令嬢と思う者は一人もいない。故に私もそれ相応の態度で臨む。


「ことの顛末を伺っても?」


 切り替わった私の声色に、国王の雰囲気がさらに引き締まったのがわかった。


 今や私も星王。

 国内では星爵位として王族に次ぐ地位にいるが、世界的な影響力は国王の上である。


「まず、影を使い隈無く城内を捜索した結果、侵入した者は実行役一人のみと判明した。鑑定の結果北の大地の住民であり、ルチアーノ殿下を暗殺対象と定めでいたことから十中八九、リベラミレス王国の手のものであろう。不可侵のギルドに保護されたルチアーノ王女がギルドの手から離れ警護が手薄になる隙を狙ったと思われる」


「侵入者は【隠密】スキルが高かった?」


「あぁ。レベル6と相当の使い手だ」


 なるほど。最初から敵の姿が見えていたのは私だけだったのか。

 どうりで衛兵が動かないわけだ。

 しかし、呼びかけた後の衛兵が迷う事なく敵の排除に動いた事から考えるに、どこのタイミングで【隠密】のスキル効果が切れていたのだろう。


 どうやら、最初に案内役が刺された時から私は冷静さを欠いていたらしい。

 気の緩み、・・・いや、メンタルが揺らいでいたからか。


 未だ頭を下げている国王に声を掛ける。


「頭を上げてください陛下。レベル6を看破できる人間がこの国にいない事は知っています。侵入を許したことで陛下を非難する事はありません。それを言うなら、わざと見逃したユミル側の方に非があるでしょう」


 そう言ってチラリと扉の方に視線をやる。


 私の言葉を聞いていた二人は、まさかと言う顔で私の視線を追った。

 二人が顔を向けた時には、扉の側で膝を着いている男二人が姿を表していた。

 一人が隠密スキルレベル7、もう一人がレベル6と言ったところか。


「王族の亡命後の暗殺。そんな事件、歴史書にはごまんと書かれてある。誰にだって予想できる訳です。世界の全てを知っていたいユミル側からすると、暗殺者を把握できないなんて事は避けなければならない。出来るだけ早い段階で組織内最高レベルの人間を配置するでしょう。・・・私が倒れて1時間ほどでしたか。私の扱いは決まりましたか?」


「統括からは傍観せよとの命を」


「グラマスも、私がその場に居合わせるなんて、つゆにも思わなかったでしょうね」


 私の正体についての情報だが、以前グラマスからユミルの影には共有されていないと言われたのを覚えている。

 故に彼らの目には事件中の私の対応はそれはそれは不審に映ったことだろう。

 指輪を付けたままだったとは言え、明らかに男爵令嬢の動きではなかったからな。

 端末を使ってすぐに報告を上げられ、そして現場にいる一部の人間に情報が共有された。

 『ロクサーナ・バートン』=『ロキ』であると。


 思い出したように『収納』から端末を取り出しメール画面を開く。

 そこに映された長文メールに思わず顔を顰めた。


「なんて書いてあった?」


 まるでユミルの影と対局するように、私のそばに移動していたリアムさんが私の顔を覗き込んで来た。

 アスティアの影とユミルの影は世界最高レベルの諜報機関である。

 リアムさんはそれを統括しているボスなのだから、彼らに過剰に怯えることもないのだろう。


「お小言を少々・・・」


「そうだろうね」


 少々どころではないのだが、うんうんと可愛らしく頷きグラマスに共感を示すリアムさんの反応に、嫌な気分が少しだけ和らいだ。


「護衛や監視でないなら大丈夫です。もう離れていいですよ」


「かしこまりました」


 ロキはSランク冒険者。そして今や世界一のタイトルを所持している。

 組織側からすると護衛対象の要人だが、護衛されるほど弱くない。

 今回私がヘマをした事により対応が変わる可能性が米粒ひとつ分程発生してしまっていたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。ほっと一安心である。


 立ち上がった二人は私に一礼した後、扉を開き、直ぐに隠密状態に入りこの場を後にした。



 気配が消えて数拍ののち、二人のため息が揃って部屋に響いた。

 油断ならない第三者に気が張り詰めていたのだろう。


 まぁそのうち一人はまだ室内にいるのだが。


「あぁそうだ。これを返しておくよ」


 場の空気を切り替えるためか、優しい声で話すリアムさんの手には指輪が2本。

 それを見て私の気分も切り替わった。


「あはは、ごめんなさい。ご迷惑をおかけしたみたいで・・・」


 へらっと笑い頭を掻きながら首を傾げる。


 私が今生きていてリアムさんが指輪を持っているということは、やはり彼がこれに気付き素早く外してくれたのだろう。

 タイミング的に普通なら死んでいたはずなので、ステータス倍化は死を遅らせるという効果をもたらすらしい。


 そんな事を考察しながらリアムさんの手に乗る指輪を受け取ろうとすると、それに触れる前に握り隠されてしまった。

 思わず顔を見ると、目の前の彼は予想外にも険しい顔をしていた。


「?リアムさん?」


「君、本当に危なかったんだよ?分かっているのかな?」


「え、えぇ。タイミング的にギリギリだったかと・・・。ごめんなさい、殺気に気付くのに遅れました」


 自分の犯した失態に自然と視線が落ちる。


 完全に油断していた所での奇襲だった。

 扉を開くまで敵の殺意を察知出来なかったのが、油断していた一番の証拠だろう。

 大失態である。

 ロキであるにも関わらず、本当に情けない・・・。


 気分が沈んでいると、ふと思い出したことがあったので再び顔を上げる。


「あ、リアムさん、私に特級ポーションを使いましたよね?消費した分の補充をーーー」


「ロクサーナ」


「は、はいっ」


 リアムさんの口から放たれた聞いた事のない低い声に、反射的に背筋が伸び背もたれから背が離れる。


 あ、あれ?

 そう言えば呼び捨てで呼ばれるの初めてでは・・・?

 え、何かやらかした感じ?


 離れた位置にいる国王から、少し呆れている空気は感じるけど・・・。


「君がとった勇気ある行動のお陰で、王女殿下のお命は奪われずに済んだ。死を顧みず身を盾にするなんて、誰にでも出来る事じゃないから、とても立派な事だと思う」


 これは褒められているのでは?

 でも顔は怖い笑顔のままだ。

 怒っている感じである。

 え、どゆこと?


 身を竦ませ話の流れに見当もつかないまま聞いている私を見て、リアムさんが一つため息をついた。

 それに自分でもびっくりするぐらい肩が上がった。


 リアムさんがその反応を見て肩を落とす。

 少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がする。


「結論から言おうか。君はもっと自分の命を大切にしなさい」


「?」


 命は大切だ。

 わざわざ言われなくとも、当たり前のことである。

 死んだら終わり。次の生で今世のように記憶が引き継がれる保証なんてどこにもないのだから、私という人格と記憶はその死をもって消滅する。


「その顔、分かってないね。・・・ロクサーナ。ステータスの事を抜きにしても、君はその辺りの認識が常人とかなりズレている。育った環境が悪かったこと以上に何か要因がある様にも思えるが、私はそこまで聞くことはしない」


 育った環境はバートン家の育児放棄のことだろう。

 それと彼が勘付いているのは、前世の記憶を持っていることで生じている私の認識の異常さの事だろうか。

 普通の人からズレている事は自覚している。

 でもなぜ怒られているのかはわからない。


 未だ言っている意図の分からない私の顔を見て、今度は優しげな顔をしたリアムさんが目の前で床に膝をついた。

 見上げていた私が、今度は見下げる形となる。


「私は怖かったよ。君が死にかけているのを目の前にして」


「それはーーー」


「言っておくが、今ロキのことは一切関係ない」


「・・・⁇」


 私の言葉を予測したのか、被せてきたリアムさんの言葉に、さらに首を傾げる


 ロキが死ぬ事は、彼にとっても国にとっても大きな損失だろう。

 知名度のあるSランク冒険者は国の顔となるし、ダンジョンに潜っているロキは国に落とす金が尋常じゃない。

 前世の知識を基にして作る新しい魔法具も、私が死ぬと自ずと開発されなくなるから、世界的に見てもそれなりの損失があるかも知れない。


 でもリアムさんは、そんなロキのことを関係ないという。

 ロキでなくなったら、私はただの男爵令嬢。

 余計に意味が分からない。


 怖い?

 ロクサーナが死ぬのが?

 彼が恐怖を覚える要素なんて一つだってないはずだ。

 ちょっと悲しがってくれるのが精一杯だろう。


「分からないか・・・。ではこうしよう。例えばロキぐらい強い敵がいたとする」


 恐ろしいことを言うな・・・。

 自分と同程度の敵なんて面倒なことこの上ない。


「そしてその敵に私が刺されたとして」


 刺されたならポーションを使えばいい。

 リアムさんが私にそうしたように。


「いや、首を飛ばされたとしよう」


「え・・・」


 く、首・・・?

 エリクサーでも多分、回復不可能・・・。


「君の目の前で私は息絶えるだろう」


 その様子を想像してしまい、一気に血の気が失せた。


 首を飛ばす、その行為が数ヶ月前の王子奇襲事件と重なる。

 胴と首が離れ、飛ばされ転がる首がリアムさんのものだったら。

 彼の瞳に光はなく、もう2度と私の名を呼ぶ事はないと連想されたところで、身体がふわりと温かいものに包まれた。


「すまない、君には少し酷な例えだったな。謝るから息をしてくれ」


 私が人の首を飛ばした事があると、リアムさんは知っている。

 それゆえの言葉だろうが、そこでやっと自分が息を殺していることに気づいた。


 ぎゅっと抱き込まれた状態で、背中を優しくぽんぽんと叩かれる。

 一定のリズムで刻まれるそれに、上手く息の吸えなかった状態から徐々に回復する。


「少し意地悪だったが、どうか分かってくれ。君の状態を見たあの時の私は、君が今感じたものと同じものを感じたのだから」


 親友の父親とはいえ、ここまで精神的に依存しているとは自分でも驚きだった。

 守りたいと思う人が増えると言うことは、私を守りたいと思う人も増えると言うこと。

 その理論はわかるが、どうにも認めがたい。

 これが私の心を弱くしている大きな要因だから。



 前世を思い出してからの私の不安定な精神は、現実に無関心でいることで安定を図っていた。


 ロキは私の理想の姿だ。

 最強にして頂点。

 地球にいる頃に見た、叶えられるはずもなかった幼い夢を体現してくれている。

 正体を隠し現実から目を背け、見たくないものを見なくていい冒険者ロキは、私の精神安定剤でもあったのだ。


 しかし学園に通うことで私の中で現実である時間が長くなった。

 そして、少ないけれど人と関わり、大切なものが増えていった。

 はっきり言えることは、心が大きく揺れ動くこの感覚は、あまり好きではない。


「まぁ、かくいう私も、私の中で君の存在が大きくなっていることに先ほど気づいたのだけど」


 そう正直にいうリアムさんの言葉に、埋めていた彼の肩口から顔を離す。

 至近距離にある顔を見上げると、彼は少し困ったように笑っていた。


「困ったね、私の弱点が増えてしまった」


 本当に正直である。

 ただ、その隙だらけな言葉は、自分の心の変化についていけていない私に合わせて言ってくれているのだろう。

 彼も3児の父親だ。

 精神が肉体に比べ幼いであろう私に寄り添ってくれている。

 本当に優しい人だ。


「今からでも遅くない。君が城に上がるという話はなかった事にしよう」


 そしてとんでもないことを口にした。

 背後で成り行きを見守っていた国王も、外務大臣のまさかの言葉に目を見開いて固まってしまっている。


「王女殿下のそばにいれば、また今日のように巻き込まれる可能性も出てくる。君が王室に入ることでこの国もさらに発展するなんて考えていたが、そんなことより君の命の方が何百倍も大切だ」


「そんなことよりって・・・」


 国の重鎮が口にしていい言葉ではないのだが、現在この言葉を聞いているのは私と国王だけだから問題はない。

 いや、国王がいる時点で問題は大ありか・・・。


「やはり君は、うちの次男の側室に迎えよう。エレナーレともずっと一緒にいられるし、冒険者も今のままずっと続けられる」


 ここ最近で魅力的だと感じていた将来設計を、改めてアスティア家の主人であるリアムさんに勧められ、思わず目を爛々と輝かせる。


「ま、待て待て待て。お主、ロクサーナ嬢は王太子妃を望んで王城に上がったのではないのか?!」


 国王の慌てたようなその言葉に思わず表情が抜け落ちる。

 それを見ていた国王は、この現状に私の意思はないと理解したらしく、分かりやすく息を呑んだ。


「望んで、いないのだな?」


「唯一『ロクサーナ・バートン』を失わない選択肢でしたから。明るい未来はないとはいえ選ばざるを得ませんでした」


「・・・クアラーシュ姫のことか」


 話が早くて助かるよ。


「フェルのやつも、妙なところで理性が働きよる」


「当然のことでしょう」


 由緒正しき公爵家のリーゼロッテを婚約者から下ろし、嫌われ者の男爵家の私を新しく婚約者に据えるなんてことできるはずもないだろう。そこら辺の貴族家の話ではなく、将来の王妃になる人間の話なのだから。

 まぁもし、王太子がそんなことをしでかすお花畑でも、私はこの話を断らなかっただろうが。

 王太子を誑かした悪女として国民に後ろ指を刺されながら生きていく事になる訳だが、その時もそれはそれで運命として受け入れることだろう。



「お主の名を出した時のフェルの様子から、クアラーシュ姫とは違い尋常ではない恋慕の情を感じ取っていたのだが・・・」


「そうなんですか?・・・そう言えば、言動で勝手に察してはいたものの、本人からそれらしき言葉は聞いていないですね、私」


 そんな私の言葉に、信じられないという視線をそろって私の方によこした彼らは、同時に額に手を添え、大きなため息を吐いたのだった。








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