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29 ロキの噂











「なぁバートン。お前、いつもこんな所で飯食ってるのか?」


 学園にて、いつもひとりぼっち飯を食べている秘密の東屋に、そんな言葉と共に珍客が現れた。


 こんな場所で昼食を取らざるを得ない理由を知っているからか、その瞳にはそこはかとなく哀れみの色が浮かんでいる。


 しかし、彼にこの場所を教えたことはないのだが・・・。

 知っているのはエレナーレとハーバードぐらいだが、まぁ聞けば教えてくれるぐらいの内容だし、害は無いと判断したどちらかから情報を仕入れてきたのだろう。



 季節は夏の終わり、現在は夏季休暇が終わって1週目である。


 最近は、メルリィお手製の弁当に羽耳族の双子、リーナとルーナの愛のこもった絵手紙が添えられるようになり、ぼっち飯の虚しさなんて遥か彼方に飛んでいっていたのに、他人に指摘されると非情な現実に打ちのめされてしまう。


「ご用件はなんですか?」


 昼休みはまだまだ長いので話を聞く時間の余裕は全然あるのだが、しかし、唐突に現実を突きつけられたので、返答が少しぶっきらぼうになってしまった。


 私がちょっと不機嫌になったのを察したのか、やってきた珍客、エトは肩をくすめながら私が座っているベンチの横に腰掛けた。


 ほんとこの人、私のこと貴族令嬢として見てないよな。

 完全に平民の距離感である。


「街でちょっと気になる噂を聞いてな」


「噂ですか?」


「あぁ。面白そうだから、バートンを誘ってみようと思って」


「・・・?一人で行けばいいのでは?」


 なぜそこで私の名前が出てきたのか謎すぎたので、至極単純な答えを淡々と返す。


「あー・・・、はは。そんな反応が返ってくると思ってたよ・・・」


 取り付く島もない私の返答に、エトは苦い表情で軽く笑いながら頭を掻き視線を彷徨わせている。

 そんな彼をじっとみていると、しばらくして口を開いた。


「お前、明後日空いてるか?」


「えぇまぁ、空いてはいますけど・・・」


 明後日は土曜日で学校はない。

 最近は王都から少し離れた場所にあるダンジョンを気まぐれに回っているので、今週末もそうしようと考えていた。


 空いているかと問われれば、空いているのだが・・・。

 しかし、これは問答無用に連れていかれる流れでは?


「なら一緒に行こうぜ」


「だからなぜ私まで?」


 終始首を傾げている私に、エトは明らかにダメな妹を見る目をしている。

 お兄ちゃんムーブをひしひしと感じ取っていたのだが、そう呑気に構えたいた私に、エトのどストレートな言葉が刺さった。


「ははっ、本当に不思議そうな顔だな。これ、デートの誘いだよ、バートン」


「・・・でぇと?」



 その後、エトはポカンと呆けた顔を晒した私をひとしきり笑った後、明後日の11時に北下区の役所前集合と言い残して去っていった。




 いつの間にフラグ立っていたのか。

 ・・・いや、そう言えば例の舞踏の授業でフラグは立っていたのだが、まさかそれが折れることなく立ち続けているとは思っていなかった。

 今まで学園ダンジョンに潜る時にそれらしい言動は見られなかったので、予想外すぎて驚いた。


 しかし、私なんかをデートに誘い出して、エトは私とどうなりたいのだろう。

 貴族令嬢の私と平民のエト。

 駆け落ちしてでも結ばれたいなんて愛は私たちの間には皆無だし、身分の差がある私たちが結婚するのはほぼ不可能で、例えばエトに「俺が冒険者で成功する時まで待っていてくれ」的な事を言われても、男爵家の駒にすぎない私にはどうすることもできないのだが。


 となると、ただの思い出作りの線が濃厚である。

 そうか、思い出作りか。なら11時に集合というのも頷ける。

 ランチして帰るつもりだろう。ホテルに連れ込んで一線越えるほどの覚悟はエトから感じなかったし。









 ということで当日。

 異性とのデートなんてそういえば今世も前世も初めてという衝撃の事実に気づいたので、割と真面目におめかししている。

 メガネを外しふわふわと巻いた髪をハーフアップに結い上げて、紺色のワンピースに身を包み、目指したのはクララのような商家のお嬢様である。

 姿見に移った自分の姿には満足している。


「今日もかわいい」


「うん、かわいい」


「ありがとう、二人とも」


 現在は王都の一等地で買い上げた、庭付き一軒家でルーナとリーナ、そしてメルリィの4名、そしてペットの幼竜と暮らしている。

 (ロクサーナ)が王都で家を借りているのは不自然すぎるので、カモフラージュとして寮の部屋はそのままの状態で残し、【隠密】スキルを使い毎日この家に帰ってきている。

 邪魔する者のいない穏やかで幸せな生活である。


 キラキラとした目で私の服装を褒めてくれる二人は現在、子供サイズのメイド服を着ている。

 公式戦をメルリィと共に現地で見ていた二人だが、どうやら私の戦いを見て感化されたものがあったらしく、二人から私付きのメイドになりたいと直談判されたのだ。

 まだ幼いので一般教育と並行してメイド見習いとしてメルリィに面倒を見てもらっている。


 今日もイキイキとしている二人の小さな頭を撫で、準備をしてくれたメルリィに礼を述べた私は、辻馬車の停留所に向かった。






 時刻は約束の11時のおよそ5分前。

 今から15分ほど前に着いているのだが、まだエトの姿は見えていない。


 時間に余裕を持って集合場所に到着してしまうのは、元日本人のサガだろうか。

 流石に貴族たちは時間に厳格だが、平民たちは、やはりその辺ルーズである。

 ここは平民のエトに合わせるべきだったかと少し後悔したが、今日は時間がズレがちな辻馬車をあえて使い、デートに向かう乙女を演出したので仕方ないかとすぐに思い直す。


 北下区の役所の前には小さな噴水があり、この辺りの人は皆この場所を待ち合わせ場所にしているらしい。休日ともあって割と賑わっている。

 こういう時スマホがあれば便利なのだが、ギルドから支給されてる端末にS N Sなんて入っていないし、連絡を取り合えるのはギルドだけなので、エトが今どこにいるのかなんて知りようがない。

 暇を持て余した人がすることといえば、もはや読書か手芸ぐらいである。

 現に私も、噴水のベンチに腰掛け、ぼんやりと小説を読んでいる。

 これでエトが約束の時間までに現れなかったらどうしてくれようと考えながら文字を眺めていると、本の上にふと別の影が落ちた。


 知らない気配に顔を上げると、見るからにチャラいお兄さんが二人。


「ねぇお嬢さん、ここで待ち合わせ?」


 二人とも、にっこりと人好きのする爽やかな笑顔で笑ってはいるが、目の奥はギラギラと光っていて、やる気で漲っている。

 暇なのかな、・・・いや、彼らはコレに人生をかけているのか・・・。


 内心感心しながら、彼らにぼんやりとした返答を返していく。


「えぇそうですが・・・」


「彼氏を待っているのかな?」


「いえ、彼氏ではないですけど・・・」


「じゃぁ俺らと楽しいことしない?まだ日も高いし、ランチなんてどーかな?」


 はい、やっぱりナンパでーした。

 さっきまで感心していたのに、会話を進めると不快感の嵐である。


 じゃぁってなんだよ、じゃぁって。

 待ち人が彼氏じゃなかったらみんなお前らを優先するとでも?

 それ以上に、日も高いしの下りはマジでキモいので、お二人には早くご退場いただきたく。


「いえ、約束がありますので」


「え〜、そんなこと言わずにさぁ〜?」


 右の男の間伸びした感じがゾワゾワするので蹴り潰したい気分だ。

 どこをとは言わないが。


 頑なに首を縦に振らない私を見て、痺れを切らしたのか左のチャラ男が私の手首を掴み立たせると言う強硬手段に出た。

 自ずと膝に乗っていた本が地面に落ちるのだが、最近は呪いの指輪を二重で嵌めているので(5%×5%)、現状、力任せに振り解くことも出来ない。

 取り敢えず様子を見ようとしたのだが、ものすごい勢いでこの場所に駆け寄ってくるエトの気配を感じたので、ここからの対応は彼に任せることにした。


 女の子のピンチを救うヒーローか・・・。

 少女漫画に出てきそうなベタなシチュではあるが・・・、すまない。

 私はエトの強さにときめかないから、恋に落ちる可能性はゼロだ。



「――なぁ。その子と待ち合わせしてるの俺なんだが、彼女から離れてくれないか?」


 おお、思ったよりドスの利いた声を出すのな。

 到着したエトの背後からゴゴゴゴと言う効果音が聞こえた。


「チッ、やっぱ男いんのかよ。おいお前、こんな可愛い子とデートしようってんなら、こんな品のない場所に待たせない事だな」


 とそんなことを言って、チャラ男二人は意外とすんなり身を引いた。

 キモいことはキモいのだが、まともな助言を残していくあたり、いいやつではあるのかも知れない。

 彼らはヒラヒラと手を振って、次のナンパへ繰り出していった。


 そのめげない精神に改めて感心しながらチャラ男たちを視線で見送る。

 すると、ズンズンと歩み寄ってきたエトが私の肩に両手を乗せて、凄みのある顔を至近距離に寄せてきた。


「なんでいつもの感じじゃないんだよ!」


「え?いつもの?」


「こうッ、メガネで、もさっとした感じの!」


「あぁ、今日はデートなので」


「そッそうだが、そうじゃなくてッッ・・・!」


 すごく混乱していらっしゃる。


「似合ってますか?初めてのデートなので、気合を入れてみました。世の女性たちのデートコーデはこんな感じなのではと思ってこの仕上がりなのですが」


「・・・、似合っている、似合ってはいるよ、うん。ただお前、俺に気がないのに、何でそんな気合を入れてくるんだ・・・?」


 お?気がないのは流石に知っていたか。


「言ったでしょう?初めて(・・・)だと。記念すべき初めては、可愛い格好で行きたいじゃないですか」


 ふんすと鼻息荒く力説した私に、エトは口をハクハクと動かしたが結局、何も言うことなく諦めたように肩を落とした。


「お前も、割と我が道を行くよな・・・。はぁ・・・、あぁそうかよ、なら俺は今日一日可愛らしい彼女を連れて歩ける名誉を噛み締めるよ・・・」


「彼女じゃありません」


「可愛らしいは否定しないのな・・・」


 否定できんだろ、今世のこの顔は。







 北下区の役所の近く、北区との区境にある壁沿いの下区側に小綺麗なレストランがあった。

 どうやらエトはこの場所を予約していたらしい。


「それで?なぜいきなり私をデートになんて誘ったんですか?」


 下区画では珍しくカトラリーを使い食事を進めながら、エトにデートなんてものに思い至った経緯を聞く。


「話したとおりだが?面白い噂を聞いたから、お前を誘ったんだよ」


「こじ付けではなく?」


「あぁ、噂の方が先だな。ちょーどいいやって誘った訳だ」


「ふぅん?・・・それで、噂についてはまだ聞いていませんけど・・・」


 目の前の料理は着々と胃袋の中に収納されていく。

 素直に美味しいが、エトはこの場所の情報をどこから仕入れてきたのだろう。


 視線を料理に固定したまま質問を返すと、チラリとエトからの視線をもらったので、口をモグモグ動かしながら見つめ返す。



「お前、ロキのこと、興味あるか?」


 その話題に少しだけ心臓が跳ね上がるが、変速したのはコンマ単位なので目の前のエトにバレることはなかった。

 これが戦闘特化型のSランク冒険者や国家君主ともなると、そうもいかない。

 まぁ、今の私(ロクサーナ)が彼らと話すことなんてないので、心配はないのだが。


 取り敢えずエトには何でもない様に返す。


「ロキについてですか?んー・・・、人と比べると興味は薄い方かと」


「だろうと思って、事前に噂の内容言わなかったんだよ。お前、ロキの話題ほとんど上げないから、先に言うと今日来なくなると思ってな」


「なるほど?」


 年頃の女の子がロキに興味がないのはやはり不自然なのだろうか・・・。

 しかし、ロキに対する噂、とな?


「最近、北下区の商会で黒髪黒目の少年が働いているらしいんだ」


 ・・・ほう?


「それがロキだと?でも、ロキって顔バレしてますよね?黒目黒髪って言うだけで噂が立つんですか?」


「あぁそうだな。それがただの黒目黒髪ってんじゃなく、顔のほとんどを包帯で覆っているらしい」


「えぇぇ・・・。あからさますぎません?それ」


 そもそもロキはここにるし、包帯を巻いているのなら、普通にケガの様な気がするんだが・・・。

 噂話らしく小声で語ってくるエトに、少し白けた視線を送ってしまう。


「・・・、今日はそれを確かめに行こうと?」


「そのとおり」


「そうですか・・・」


 答えを知っているどころか自分自身が答えの私からしてみれば、まだ普通に買い物に繰り出した方が楽しい気がするのだが、エトはその噂話が気になってしょうがないらしい。

 目をキラキラさせた状態で私の反応を伺っている。


 子犬の様な表情にため息をつきながら、カップに手を伸ばす。


「まぁ見に行くだけならいいですよ。それが目的の会みたいですし」


 ほんのりと湯気のたつ紅茶を口に含みながら、ガッツポーズをしているエトを穏やかな表情で眺めていた。





 北下区の中心街。この区画では一番人の通る場所にその商会はあった。


 鼻息荒く商会の建物を見上げるエトは幼い少年の様で、その横顔を見た私は、内心、ちょっとした愉悦感に浸っていた。

 ロキへの憧れがありありと浮かんでいるのだから、頬が緩むのは仕方ないと思う。


 表情がロキにならない様に気をを引き締めながら、口を開く。


「それで、この商会は何を売っているんですか?店の中に入るのなら何かしら購入しないと、ただの迷惑な客であると追い出されかねませんが・・・」


 そう言いながら周りへ視線を向ける。

 ・・・、まぁ、迷惑な客は、現在進行形でそこら中にわんさかいるのだが・・・。


 どうやらエトが仕入れて来た噂は、それなりに有名らしい。

 明らかに商品目当てじゃない人間が商館を中心にずらぁっといるので、通行人たちは甚だ迷惑そうである。

 これは由々しき事態だな・・・。

 私にクレームが私に来たらどうしてくれるんだよ・・・。



「え・・・あ・・・、そこまで考えてなかったわ。・・・やっぱ、何か買わないと、ダメ、なのか・・・?」


 エトの言葉がだんだんと尻すぼみになっていく。

 その落ち込み様は、さっきまで元気に振っていた尻尾が急降下で垂れ下がる幻覚が見えるほどである。


 さっきのレストラン、質が高いだけあって平民の学生には金銭的にも背伸びしすぎだった。あれをカッコつけて私の分まで奢るとか言い出したのだから、彼の懐は今とても寂しいことになっているのだろう。アルバイトで冒険者をしているとはいえ、迷惑客じゃないと言い張れる程の商品を買う余裕はないはずだ。


 明らかにシュンとしたエトを見て、思わず笑い声がこぼれる。


「昼を奢ってもらったお礼と言うことで、私が払いますよ。それで、中に入りますか?」


「!・・・あぁもちろん!」


 それを見てかわいいなとほんのり思ったことは胸の内にしまっておこう。

 エトの素直な感情の起伏が、私にとって癒しのように感じた。






 噂の商会に入った私たちであるが、総体的に中の下、下区画でいうと上の上の雰囲気であると感じた。

 店員もきっちり制服を着ているし、背筋が伸びている。

 遠巻きに商会を伺っている野次馬の数に比べ、中にいる客の数が少ないのはそのせいであろう。


 そして、この商会で扱っている商品が想像以上にお高いことに気付いたのか、エトが心配そうに私の顔色を伺っているのが分かる。


「私もエトと同じように(・・・・・)、休日にお金は稼いでいるので大丈夫ですよ」


 そう、同じ休日に同じ冒険者として。

 まぁ稼ぐ額はゼロ何個分も違うが、エトは知り様がないことなので気にすることはない。


 安心させるようににっこりと微笑みかけ、ショーケースの前に進む。

 エトも少し遅れるように着いてきた。

 歩き方も少しぎこちないので、多分こんな店には入ったことがないのだろう。


 この商会は平民向けのジュエリー専門店のようだった。

 シルバーとちょっとした宝石が組み合わさったアクセサリーの並んだショーケースは、照明の光を受けてキラキラと輝いている。

 金やプラチナ、魔力伝導率がいい素材や魔鉱石は流石に高価すぎてこの場所では取り扱っていないようだが、並んでいる商品の価値は決して低くはない。

 平民たちが特別な日に特別な物を購入する時に訪れる店だろう。

 そう例えばーーー



「お客さま、婚約指輪をお探しですか?」


 そう、エンゲージリング。

 この世界にも当然あるし、貴族の方では見栄のためにもできるだけ高価な素材を使うのだが、平民たちは予算的にシルバーで精一杯。

 現代のこの世界の相場では、金とプラチナの価値はどっこいなので、裕福な平民たちは一つ上の区画へ登り、プラチナの指輪を買うのが一般的である。


 それよりも、どうやら目の前の男性店員には私たちがカップルであると勘違いされているらしい。

 背後でエトが真っ赤になってるのが反射したショーケース越しに見て取れるが、ここを突っつくとどう取ってもバカップルっぽく見えてしまうので、華麗にスルーする。


「いえ、今日はお出かけの記念に何かを買おうかと」


「左様でしたか、誠に失礼いたしました」


 まぁ、お出かけの記念にシルバーアクセを買おうとしている客なんて、彼らにとっては上客だろうから、対応が一気に畏まるのも分からなくもない。


「エトは何がいいですか?」


「え、お、おぅ・・・。えっと・・・」


「・・・。―――大変失礼ですが、お客さまは学園生でございますか?」


 全くついて来れていないエトを見かねてか、店員が小声で話しかけてきた。


 まぁそうよな。

 キョドキョドしているエトが隣にいると、どうしても私がしっかりしている様に見えてしまう。

 この場所に来てキョド付いておらず、金銭面では問題なさそうで、かつ平民の男を引き連れた少し位の高そうな女性となると、貴族の線が濃厚である。

 予想が外れていても、その客が上機嫌になるだけなので彼にとって問題はないのだ。


「あまり大きな声では言わないで下さいね」


 ウインクをしてそう言うと、了解したと目配せしてくる。

 うむ、よく分かっている店員である。


 そんなことを思いながらショーケースの中を見渡すと、可愛らしい髪飾りを見つけた。

 ピンクシルバーでレース状に細工されている。控えめに付いている宝石の色は緑色で、エトの瞳の色そっくりだ。


「エト、コレなんてどうでしょう?学園につけて行ったら怒られますかね?」


「ん?・・・ッて、おまっ、それはやめろよッ。睨まれれるの俺なんだからな⁈」


 衝撃からいつもの調子に戻ったエトが、声を潜ませながら全力で訴えてくる。

 どうやら、お互いの色の宝石を身に付けることで生まれる意味は分かっているらしい。


「でも、この配色、好きなんですけどね・・・」


「いや、絶対やめろ?やめて下さい?やめやがれこのやろう?」


 やめろの3段活用にその必死さは伝わってきたので、仕方なく諦めることにする。


 見るからにデートっぽいのに、お互いの瞳の色の宝石を身につけることを断固拒否するエトを、店員が不思議そうに見ている。

 そして、私たちが恋仲ではないと言うことには気付いたらしい。


「では、こちらなどはいかがでしょう」


 そうして進められたのは同じくピンクシルバーの細工で、細工の花の形も私好みであったが、しかし花の中央に光る石が少し特殊で・・・。


「これ、魔鉱石では?」


「お客さまのお目が確かの様で、安心いたしました。えぇ、こちら少量ではありますが魔鉱石が使われたアクセサリーになります」


 魔鉱石は魔力鉱脈から採掘されるこの世界の鉱物である。

 地上でも鉱脈を辿り掘り進めれば見つけることはできるが、ダンジョン内に転がっていることがあるので、流通しているのはそちらが主流である。

 しかし、この目の前の髪飾りに組み込まれている少量でも高価なはずで、その横に置いてある値札の金額は少し安い様な気がする。

 魔力の流れも通常の魔鉱石と同じなので、偽物ではないはずだ。


「私ども、予てより中央区に拠点を置く商会と提携をしておりまして、最近は欠けた状態の魔鉱石を譲り受け改めて加工しているのです」


「魔鉱石は加工が難しいと聞きますが」


 確か【宝石加工】のスキルレベルが3以上ないと全く扱えないはずだ。

 最近は、と言うことは誰かスキル保持者を確保したのか。


「こちらの商品を卸していただいている細工師のお弟子さんのレベルが先月ひとつ上がりまして。こちらが最初の作品です」


 スキルレベルが上がり、壁を越えてから初めての作品がとは、とても魅力的である。


「それはおめでとうございます。・・・ん?しかし、他には見当たらない様ですが・・・」


 アクセサリーから漂う魔力の対流の中心はここだけ。

 他のものは少し魔力を帯びているだけで放出するほどではない。


 キョロキョロと探していると、目の前の店員は、魔力の流れが見えている私に少し驚いた様な顔をした後、少し悲しそうに笑った。


「えぇ。そのお弟子さんなのですが、加工時に事故に遭われまして、しばらくは作品が作れない状態なのです」


 うわー、悲惨・・・。


 『スキルレベルが上がる』と言うのは、普通の人間からすると人生で数回しか訪れない大きな転換点だ。

 人生の選択肢が増え、明るい未来への道が一気に開ける。

 例えば話に挙がっている細工師の弟子。

 【宝石加工】の歴代最高レベルは5で、現代最高が4。

 つまり、彼の持つレベル3は天才に片足を突っ込んだ状態である。

 【宝石加工】のスキルがレベル3になったことは、きっと彼の人生で一番の偉業だろう。

 これからは、中央区に店を構える様な大きな商会から、ひっきりなしにラブコールが届くだろうし、小さな店を開けば技師は彼一人でもやっていけるほど。

 それほどレアなスキルだしレベルなのだ。


 そして1ヶ月もしないうちに事故で作品が作れなくなった。

 彼にとって天国から地獄に落とされたほどの感覚だろう。


「魔鉱石ではなく魔核石の加工に挑戦していた様なのですが、魔力爆発が起きまして、それが、よりによって火属性の魔核石だったのです」


「あー・・・」


 なるほど、調子に乗ってしまった訳ね。


 魔鉱石と魔核石は似て非なるものである。

 魔鉱石は地下深くで魔力と鉱物が融合した宝石で、魔核石は魔物の体内で作られた純粋な魔力の塊。

 簡単に言ってしまえば、魔核石は宝石の区分には属さないのだ。

 つまり【宝石加工】の管轄外。

 似たような名前だし、綺麗ではあるので加工したくなる彼の気持ちはわからなくもないのだが、魔核石を装飾品として加工したいのなら、同じ属性魔法の魔力で満たした中で整形するぐらいだ。

 ちなみに、この属性魔法の魔力に浸すのは魔力操作がかなり上手くないと成功しないので、戦闘向きではない細工師にはほぼ不可能である。

 精霊石も魔核石と原理はほぼ同じである。


 この仕組みは知っている人は知っているし、専門の親方はもちろんのこと、お弟子さんも聞いてはいるはずなのだが、やってしまったらしい。



 ・・・、ん?あれ?

今彼、火属性の魔力爆発に巻き込まれたと言ったよな?


「そいえば、ロキと噂されているの、そのお弟子さんですか?」


「よくご存知で・・・。えぇその様です。現在顔に包帯を巻いている状態なので、彼を知らない人からすると、ロキかもしれないと思うのかもしれません」


「ポーションなどは使わなかったのですか?」


「いえ、どうにも親方がポーションの使用をキツく禁じたようで・・・」


 あー・・・。

 調子に乗った弟子にお灸を据えたい親方の気持ちは分かるのだが、これ以上この噂が広がると何か大きな問題が起きそうで怖い。


 チラリと横で静かにしているエトの方を見る。

 エトも話をちゃんと聞いていたようで、少し残念そうに笑った。

 彼の中の今日の目的は達成したようだ。

 噂はあくまで噂でしかない。


「店員さん、ではこの髪飾りを下さい。あとこの横の飾りも。この売上で早急にポーションを買ってくださいと親方にお伝えください。多分お弟子さんの騒動、大きくなりそうなので早めに対処するべきかと」


「お買い上げありがとうございます。えぇ、かしこまりました。親方にはそう申し伝えます」


 髪飾りと何を買ったのかと、横から覗き見るエトの顔色が、その値札を見てさあっと青白くなる。

 魔鉱石の組み込まれた作品は、この商会で1番の目玉だろう。

 そんな一級品の横に安いものが置かれているわけもなく。


「おま、これ・・・」


「金銭的には問題ないので安心してください」


 銀の細工が連なった装飾品。

 宝石が使われているわけではないが装飾が相当凝っているストラップ。

 上品さが極まっており、およそ親方の作品と思われる。


 端末でサクッと支払いを済ませると、店員は手慣れた様子で銀細工を専用の箱に詰めリボンをかけた。

 受け取ったその片方をエトに渡す。


「今日の記念に。今度のランキング戦の式典で、剣に付けてくれると嬉しいです。見栄えすること間違いなしですよ」


 ランキング戦は世界中の学園のSクラスメンバーが集まる。

 強さと家格のかね揃った人間たちが一堂に会すため、開催の式典は厳かにかつ華やかに行われる。

 平民は制服が少し違うので高慢な貴族達に分かりやすく侮られる事が多いのだが、このレベルの装飾をつけていれば、身だしなみもきちんと弁えていると、少しは目をつけられることが減るだろう。宝石がついていないこともポイントである。


 ラッピングされた箱を受け取ったエトは、最初ソワソワとして本当に申し訳なさそうな顔をしていたが、私が心からそう思っている事を察したのか、すぐにいつも通りの人懐っこい笑みに戻った。


「おう!もちろんそうさせてもらうな!」


 うん、素直なエトはやはり癒しだな。








 あの後、私とエトの会話を聞いていた店員が私たちがSクラス所属という事を知り、少し挙動不審になり、出口までお見送りする言い出したが、外の野次馬に見られると目立つので丁重にお断りするという事があった。


 そしてその翌日、慌てた店員さんが早急に伝言を伝えてくれたおかげもあってか、お弟子さんは親方にポーションを使う許可が降り、めでたく噂の収拾がついたらしい。

 そしてロキの謎は再び迷宮入りへ。

 めでたしめでたし、一件落着である。



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