28 叙勲式
「――Sランク冒険者、一閃のロキ。前へ」
謁見の間に右宰相の声が高らかに響く。
その言葉に倣い、私は玉座にいる国王に向け足を踏み出した。
公式戦が終わり、帝国を十分に満喫した私たちは5日ほど前に魔道飛行船にてグランテーレ王国に帰国した。
大盛況のなか幕を閉じ、そして世界中で中継されていた試合を見た観客たちの熱は数日たっても冷めやらないらしく、船から降りたわたしたちを迎えたのは、試合の時の歓声にも負けないほどの熱狂の渦だった。
この調子だとしばらく落ち着きそうにない。
それだけ多くの人が私たちの試合を見て感動してくれたと言うことなのだから、頑張った甲斐があったと言うものだ。
かつてエリクサーを手に上った階段を再び上がり、国王の前に跪く。
今日のために、リアムさんに用意されていた黒の礼服に身を包んでいる私の胸には、Sランク冒険者を表す紫銀の徽章と、星王を表す精霊石とダイヤのあしらわれた星型の勲章が輝いている。
そして今、胸にかける勲章が増えようとしていた。
「一つ、難易度世界最高であるモンダールダンジョンのモノリスへ、複数に渡り名を刻み続けるという後世に残る偉業を讃え、大勲位蒼玉大綬章を授ける」
右大臣の手にあるトレーから青色に輝く勲章が国王により取り上げられ、それが私の胸に付けられた。
蒼玉大綬章とはグランテーレを表すサファイアの名前が付くだけあって、この国の勲章の中で一番勲位の高いものである。
何かしらの大偉業を成し遂げた人間に与えられるのだが、大勲位だけあってそれが与えられることはほぼない。これの一個上が王族に与えられる蒼玉金華大綬章しかないといえば分かりやすいか。
飛行船を降りてすぐ手渡された叙勲式の招待状には、星王奪取への褒賞を与えると書かれていたのだが、モノリスへの記録から始まると言うことは、どうやらこれを機に一気に勲章を与えてしまう気らしい。
こう言う場に顔を出さない割に色々とやらかしているからな・・・。
「一つ、ダンジョン攻略により未発見の遺物を多く世界にもたらした功績を讃え、勲一等聖花大綬賞を授ける」
そしてもう一つ、この謁見の間の床に描かれた聖花と同じデザインの花を模した勲章が私の胸にかけられた。
未発見の遺物とはダンジョンから持ち帰ったアーティファクトのことだろう。
人より深く潜っているのだから、当然見つけるアーティファクトの量も多くなる。
これは蒼玉大綬章の副産物の様なものだな。
「一つ、類い稀な発明及び発見により時代を前進させた功績を讃え、勲一等聖花大綬章を授ける」
同じ名前の同じ勲位の勲章が二つ胸にかかる。
こう言うこともあるんだなと他人事の様に思った。
類い稀な発明、か。
精霊石の活用方法と転写の開発のことかな。
「一つ、冒険者協会公式世界大会において、世界で最も強いものが手にする星王の座を奪取した栄光を讃え、薔薇褒賞を授け、星爵位を叙爵し、エストレアの名を授ける」
・・・ん?
星爵位ってなに?
他の出席者も同じように思ったようで、背後から大きくざわめきが聞こえる。
イレギュラーの際に新しい爵位が一代限りで叙爵されるという話は聞いたことがあるので、多分それにあたるのだろうが・・・。
果たしてこれはどれくらいの家格の爵位なのだろうか。
「なお星爵位は公爵位と同格とする」
その言葉にわっと声援が上がった。
公爵家は王族の血族に与えられる家格であるため、それが増えるのは王族からの降下で叙爵されるときのみである。
故に陞爵や平民への叙爵は侯爵までなのだが、そもそもSランク冒険者は公爵と同等の権力を持つとされている。勲章を4つも貰ったSランクのロキへの叙爵に侯爵位では足りないと言うことで、新しい爵位を作ったのだろう。
しかし、この名前だと私が星王を降りたらどうなるのか。
無難に侯爵家へ降爵だろうか。
ロキ、改めロキ・エストレアへの叙勲も終え、その後は今大会で活躍した人への勲章授与が行われた。
そして私同様に爵位を与えられたのは、朋竜戦のタイトル保持者となった『星降りメテオ』の3名である。
ハーバードは伯爵位を、ヴェストとグレイグは子爵位を与えられ、無事三人ともが貴族家当主となった。
そしてそれぞれのフルネームはハーバード・N・ケイン、ヴェスト・ワイアット、グレイグ・オークランスとなった。
ヴェストとグレイグは名誉貴族、当人1代限りの爵位であるが、リーダーであり、伯爵家出身のハーバードは諸々を加味して世襲が許された様だ。つまり、ハーバードも身を固める必要が出てきた訳で。これからは釣書が実家にわんさか送られてくる事だろう。
この叙勲式により、冒険者が大貴族になるという王道が分かりやすく国民に知れ渡ることとなった。
毎回大会後は冒険者登録をする人間が増えると言われているが、今回はそれの比ではないだろう。
ガヤガヤと通常の夜会より幾分か騒がしい聖花の間。
叙勲式が終わり、今大会で活躍を見せた冒険者と繋がりを持ちたい貴族たちがわらわらと冒険者の輪に加わる中、私は星降りメテオ3人とエレナーレという気心が知れたメンツに囲まれていた。
今回の大会で1番の活躍を見せ、叙勲式の目玉であった私たちに会場中から視線は集まるものの、この布陣に尻込みしているらしく、今のところ話しかけてくる人間はいない。
「これで俺も貴族かー・・・」
グレイグはワイングラス片手に感慨深くため息をついた。
「念願の、ですか?」
「まぁいつかは、とは思ってたが、思ったより早かったなぁ」
「パーティーの目標が朋竜戦でタイトル獲得だったからな。予定では2大会目で獲得だったんだが」
「つまり予定より5年早かった、と言うわけだ」
「良いことでは?」
「まぁ、いいことではあるんだが、心の準備ってのがいるだろ?ふたりはあんま変わらないからそんな飄々としてられるんだよ」
「ハーバードは実家が伯爵家だし、ロキはロキだし」
「ロキは星王になるって分かり切ってたからなぁ」
「賭博もロキに関する試合は行われなかった」
「あははは、そういえばそうでしたね」
そんな軽口を叩いていると、ゆったりとした音楽が流れ出した。
生演奏のオーケストラに、ひとり心の中で優雅な気持ちになっていると、私たちの会話をニコニコと静かに聞いていたエレナーレから視線が送られてきた。
言わんとする事にティンと来たものがあるが、まだ音楽が流れ出して間もないのに良いものなのかと王族のいる場所に視線を向けると、それに気付いたらしい王太子から頷きが一つよこされた。
それを見て、意を決した私は視線をエレナーレに戻す。
冒険者たちは何も気付いていない様だが、周りの貴族たちはこれから行われる事を察したらしく、揃ってシーンと静まり返った。
ハーバードが私に柔らかい笑みを浮かべ、何かを察したヴェストが口を噤み、そして察しの悪いグレイグがキョロキョロと雰囲気の変わった会場を見渡す中、私はエレナーレの宝石のような綺麗な瞳をまっすぐ見据え右手を差し出した。
「私と踊ってくださいますか?」
「えぇ、もちろん」
エレナーレの手を引きホールの中央に向かう中、小声で声を掛ける。
「舞踏があるなんて、聞いてないです」
「言ってなかったもの」
「私、踊れませんよ?」
男性側のことですよと言外に込めて言うと、ふふふと笑われてしまった。
「本当に踊れないなら私を誘わないでしょう?」
「うっ・・・。まぁ、そうですけど・・・」
「あなたが踊れそうならファーストダンスを譲ってもらうと殿下と約束したのよ」
まさか秘密裏にそんなやり取りが行われていたとは。
ぜひ当人を混ぜて話し合って欲しかったものである。
普通こういった夜会でのファーストダンスはホストである王族が行うのだが、それを譲ってもらうなんて例外が存在するらしい。
所定の位置に立ち、エレナーレと向かい合いその細い腰に手を添える。
男性側を踊ったことがないのは本当だ。
学園の舞踏の授業では専ら女性側しか踊ってこなかった。
女子生徒なのだから当たり前ではあるのだが、まさかこんな公の場でロキとして踊る事になるなんて思っても見なかったので、一切練習なんてしていないのだが・・・。
ロキは商家の3男坊と噂されているので踊れても不思議ではないが、普通、踊れてもなんとなく程度だろう。こんな場所で踊らされるレベルに到達していてはおかしいが、ロキだしなぁ。
音楽がゆっくりと止まり新しい音楽が流れるまでの余韻の中、私は目を閉じ深呼吸をひとつ。
公式戦より断然緊張するこの現状に心を切り替え、ゆっくりと目を開ける。
緊張していた私を元気づける様に穏やかな笑みを浮かべているエレナーレに、もう大丈夫だと笑顔で返すと、彼女は嬉しそうにはにかんだ笑みをこぼした。
紡ぎ始める音楽に最初の一歩を踏み出す。
そして舞踏の授業で見た男性側の動きを記憶にある限り引き摺り出し、それを一発本番で完璧に再現していく。
記憶にある体の動かし方を、ロキの能力フルスロットルで発揮して行く。
が、プロから見たら多少ぎこちないはずだ。まぁそれくらいは多めに見てほしい。
ちなみにだが、今回の叙爵によりロキの身分が確立されたため、私はエレナーレと結婚することができる様になった。
ロクサーナの戸籍を捨てればの話ではあるが、まぁそれをしっかりと認識しているからこそリアムさんから式典服が贈られ、エレナーレがファーストダンスの段取りをしたのだろう。
外堀を埋められていような気もするが、腕の中で幸せそうに踊っている親友を見るとまあいっかと思ってしまうのは何故だろう。
私の手の中で楽しそうにくるりくるりと回るエレナーレ。
踊りのエスコートは大変だが、その姿を見ていると自然と頬が緩む。
意中の女性とダンスを踊る男性側の気持ちがなんとなく分かった気がする。
可愛らしいなぁと心からそう思った。
そして音楽が止み、幸せな時間が終わる。
少しの余韻の中動きを止めた私たちがじっと見つめ合っていると、会場から万雷の拍手が降り注いだ。
冒険者上がりではあるが、今日をもってロキも大貴族の仲間入りである。
他家の人間に隙を見せる事はできないし、パートナーのエレナーレに恥をかかせないためにも、完璧を装う必要があった。
練習なしのぶっつけ本番ではあったが、私的にも自賛できるレベルだったと思う。
これからもこれほどの達成感に浸れる事はそうそうないだろう。
久方ぶりに感じる満ち足りた気持ちに少しの名残惜しさを感じながら、エレナーレをエスコートしながらホールの中央から外れる。
そして次の王太子とリーゼロッテのダンスに皆の視線が流れる中、私たちはハーバードたちのいる場所へと戻ってきた。
「お疲れ様」
「うん」
ハーバードは未だほわほわとしている私の返事に、柔らかい笑みを浮かべグラスを二つ寄越した。
その一つを隣のエレナーレに渡し、手元に残ったそれを一気に飲み干す。
疲れた頭に甘いジュースが染み渡る。
「ぷっはぁぁぁ・・・」
「お疲れ様でした。ちゃんと踊れていましたよ」
「なら良かったです・・・」
どうやら生粋のお姫様にも及第点をいただけたようだ。
笑顔のエレナーレにほっと一息を吐きながら、飲み干したクラスを給仕に渡し新しいグラスを受け取っている。
ゆったりとした音楽が始まり、王太子とリーゼロッテの舞踏が始まったのを感る。
そんな中、エレナーレとハーバードが言葉を交わしているのを横目に、何となしに向けた視線の先で、ふと、窓際に立つ騎士と目が合った。
なんという事のない出来事だが、しかしその彼の視線になんとなく違和感を感じた。
今日1日のうちで警備の騎士たちとは何度も目が合っているが、彼らは総じて無表情の下に、目が合って嬉しいと言う純粋な色が目に浮かんでいた。ロキ見たさに叙勲式の警備に進んで名乗り出た騎士ばかりなのだろう。
しかし彼は他の騎士たちとは少し毛色が違うようで。
嬉しさもあるのだが、なんとなく深い安堵の色も浮かんでいる。
このタイミングで私への安堵と言うと、Sランクに上がる前にでも会ったことがあるのかも知れないが・・・。
申し訳ないが全くこれっぽっちも思い出せない。
深い紺色の髪に琥珀色の瞳の人間なんていたかな・・・。
ほんのり垂れ目のその顔の数年前の姿を想像するが、やはり思い出せなかった。
こちらから話しかけるのも目立つし、ひとり疑問に首を傾げているとグレイグが近寄ってきて肘で脇を突いてきた。
その感覚に視線を目の前に戻す。
「おいロキ、お前踊れたのかよ」
「ん?えぇまぁ、一通りは」
「一通りどころじゃねーだろ。周り見てみろよ。お前に声を掛けてきそうなやつ大量発生してるぞ」
「えぇぇ・・・」
言われてみれば確かに、周りの目の色は私が踊る前に比べて変わっている気がする。
一緒に踊りたいってか?
年頃の淑女たちがジリジリと近付いて来るのを感じながら、まぁマナー的に男性かつ目上であるこちらから話しかけない限り会話になる事はないので大丈夫と高を括っていたのだが・・・。
そんな光景を横目に2本目のグラスを空けていると、本日2曲目の音楽がゆったりと鳴り止んだ。
つまりそれは、王太子とリーゼロッテの舞踏が終わったことを意味する。
彼らが続けてもう一曲踊らないのなら、この周りの人間たちへの牽制にエレナーレをもう一度ダンスに誘おうかと呑気に考えながらホールの中央へ視線を向けると、そこには目を輝かせながらこちらに歩み寄ってくるリーゼロッテと、その後ろを超困った顔で付いてくる王太子の姿があった。
エスコートも振り切ったと思われる光景に、一同何事かとざわめく。
しかし私は、この後ローゼロッテの口から聞く事になるだろうセリフを予感し、自分の感情に暗いモヤがかかるのを感じた。
そしてせめてもの抵抗として、私がこれから浮かべてしまうであろう表情がエレナーレには見えないように半歩だけ前に踏み出しそれを迎える。
今日もバッチリ決まっている縦ロールの金髪に、自分が主役であると言わんばかりの派手で華やかな赤いドレスを見に纏うリーゼロッテ。
私の目の前で立ち止まり、興奮で赤く染まる頬を緩め満面の笑みで私の目を真っ直ぐ見据え口を開いた。
「ロキ様、私と踊って下さらない?」
予想通り述べられた言葉に、周りの人間は揃って息を呑んだ。
この行動はいろんな意味で社交での非常識に当たる。
まず女性からダンスの申し込みはしないし、公爵令嬢とはいえ公爵家と同格である星爵位を頂いた私に話しかけるのは失礼にあたること。
そして何より、リーゼロッテは王太子殿下という婚約者がいる。この国は一夫多妻制は認められているが多夫一妻制は認められていない。ゆえに婚約済みで嫁入り前の女性は、血縁以外の人間と踊る事はタブーとされているのだ。
つまりこのリーゼロッテの行動から皆が読み取る意味は、王太子に不満があり婚約の乗り換えを考えているというものになる。
「だめ、かしら?」
モジモジとしているリーゼロッテは、自信なさげに視線を斜めに下げている。
その姿を見て沸々と湧き上がる感情に、あぁ、私は、本当にこの人のことが嫌いなんだなと、そう思った。
そしてほんの一瞬だけ、いらないのなら私に譲ってくれないか、そんな考えが頭をよぎり、それを自覚して心の中で自嘲した。
私の顔色を伺っていた周りの貴族たちは、そこに拒絶の色を見たのだろう。
別に隠すつもりはなかったが、これで私が貴族側のルールを少なからず知っているということ、そしてこのお姫様のことが心底嫌いであるということを察したはずである。
このお姫様と似た様なことをしようとしていた令嬢たちは危険を察し揃って後退る中、周辺の空気がひんやりとしたものに変わったことに不思議そうに周りに視線を向けるリーゼロッテ。
私はそんなリーゼロッテ越しにその後ろにいる王太子に視線を送る。
リーゼロッテの失態は彼女を選んでいる王家にも責任はある。教育はしているはずだし、将来王妃になる人間にこれを選んでいるというのも信頼を失うには十分過ぎる。
切り捨てるのが最善なのだが、しかし王太子の表情を見るにその選択肢は今の所取るつもりはないらしい。
このまま王妃になったリーゼロッテを制御し切る自信があるのか、はたまた、彼女が自ら破滅するのを虎視眈々と狙っての行動なのか。
無関係な私が首を突っ込むことではないだろうが、巻き込まれるのはごめんである。
「リーゼロッテ嬢」
そう呼びかけると、彼女は弾かれたように顔を上げた、
まさか断るはずないよねと、ロキと踊っている自分の姿を夢想しているのか爛々と瞳を輝かせている。
それを見た私は貼り付けたような綺麗な笑みを浮かべたのだが、生粋の勘の悪さを発揮した彼女は自信が確信に変わる様にさらに笑みを深めていった。
そんな彼女に私はスッパリと言ってやる。
「恐れながら、私のパートナーはエレナーレ嬢だけと心に決めていますので。その申し出をお受けする事はできません」
「・・・へ?」
言われたことが呑み込めず呆けたままのリーゼロッテ。
そんな哀れな姿に眉を顰めながら、背後にいる王太子に視線を向ける。
後処理を押し付けたい私の意志を正しく読み取ってくれた様で、しっかりと頷きを返してくれた。
それを確認して、斜め後ろに隠していたエレナーレの手を優しく取る。
王太子に礼を取り、呆けたままのリーゼロッテに再び視線を送る事なく、この場から離れるため踵を返す。
そして側にいた星降り3名も、周りの空気を読んだ様にそそくさと私の後に付いて来たのだった。




