27 デート
「―――ちゃんと似合っているかしら?」
場所は帝都、グランテーレ大使館の敷地内にある邸宅の応接間。
リアムさんと私が向かい合ってお茶を飲み寛いでいたところに、我らがお姫様が町娘の装いで現れた。
着なれない服に少し恥じらいながらも不安そうに私の反応を窺ってくるので、ティーカップを手に持つソーサーの上に置きながら、にっこりと笑顔を返す。
「もちろん。エレナーレ嬢に似合わない服など、この世のどこにもございませんよ」
要約、マジかわいい。
緑がかった青いワンピースと白いシャツが、ローズピンクの彼女の髪色を引き立てている。
まさに、野に咲く一輪の薔薇である。
ただ、非常に残念なことに、このままの髪色で街に出てしまうと一発で身元が割れてしまいデートどころではなくなるので、その髪に一手間かける必要がある。
机にティーセットを置き、ソファから立ち上がりエレナーレの元に歩み寄る。
少し上目遣いで私のことを待っているエレナーレの頭に手を振れ、髪を明るいベージュへ【偽装】スキルで変色させた。
控えていたメイドさんが姿見を運んできてくれたので、エレナーレの背後から写った姿を見る。
「ふふふっ、これでお揃いね」
「えぇ、そうですね」
エレナーレの嬉しそうな声色に、私はかけているいつもとは違う丸メガネをクイッと押し上げながら肯定する。
あらかじめ自分の髪色もエレナーレのそれと同じ色に変えていたので、側から見れば完全に兄妹である。
「お父様、どうですか?」
「あぁ、二人とも似合っているよ」
穏やかな表情で笑いかけくるリアムさんの予想外の言葉に被弾し、思わず頬が緩む。
まさか私のことまで言及されるとは思っていなかった。
そんな私の心情を察してか、エレナーレは私の腕に抱き着いて嬉しそうに見上げてきた。
お互いにほんわかと花が舞うこの空気に、周りの使用人たちまで温かい空気を醸し出して来たので、そろそろ出発しようと思う。
「では行ってまいりますね」
「行ってらっしゃい」
手を振るリアムさんに会釈を一つ返し、私とエレナーレは帝都へ繰り出した。
昨日、5年に1度の公式戦は熱狂の渦の中、幕を閉じた。
近代稀に見るほどの注目度だった故に、その経済効果は前回の比ではなかったらしい。
祭りの熱の冷めやらない帝都は、その余韻を楽しもうと多くの観光客で賑わっている。
大会の映像を帝都以外の場所で見て、聖地巡礼のような感覚で帝都に後乗りしている観光客も少なくないらしく、街の活気は大会前よりあると思われる。
そんな中を、腕を組んだ私とエレナーレは心の赴くままに練り歩いていた。
エレナーレは生まれてこの方、街を自由に歩いたことがないらしい。
自分の身を守る術はいくらか持っているとはいえ、もしものことがあれば大変、という認識は幼い頃から持ち得ていたため、わがままを言えなかったという。
もちろん今もアスティアの影が私たちを遠巻きに護衛してはいるが、お守りの人間に取り囲まれる事なく街を歩けるのは、何があってもその身を守ることができる私といる時だけだろう。
あれは何、これは何と、テンション高めに頬を赤らめ、私の腕をぐいぐい引っ張っていくエレナーレはいつもより数段幼く、かわいらしい。
屋台の親父さんたちも、頬を緩めて軒並みサービスしてくれるので、ここまで見るからに楽しそうな人間は、この観光客の中でもそうそういないのだろう。
今度機会があれば、アスティア侯爵領の街を回ってみるのもありかもしれない。今の様に可愛らしく私の手を引いてくれることだろう。
そして、なぜか彼女は先程からチープなアクセサリーばかりを欲しがっている。
まぁ高価なものは見慣れているだろうし、それに、生まれも育ちも超一級のお嬢様が身につければ、チープな物も高価な何かに見えてくるから不思議だ。
「――そう言えば、ロキのファンクラブのことですが」
彼女が選び私がプレゼントしたガラスのペンダントを首に掛け、幸せそうに串焼きを頬張るエレナーレに問いかける。
「えぇ、もちろんアスティアの方でも調べているわよ」
「そうですか。放置しているのを見るに正常な組織であると?」
笑顔を浮かべるエレナーレの口端についているタレをそっとハンカチで拭うと、彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「そうね、比較的、と言ったところかしら。監視の人間も入れているし、運営が怪しい動きを見せれば誘導するつもりよ」
「なるほど」
「万が一に何か問題を起こしたとしても、ロキに影響はない様にするから、心配いらないわ」
「ありがとうございます」
この感じ、エレナーレはファンクラブに所属していないらしい。
まぁ彼女が入ったところで、現状以上に情報が手に入るとも思えないし、噂話を諜報員の報告で聞いた方が効率的なのだろうな。
「なぁ〜、そこのお嬢ちゃ〜ん。俺らと一緒に遊ぼーぜぇ〜?」
そんなことを考えていると、道端で屯っていた酒飲みの不良数人に絡まれた。
典型的な流れにため息をつくが、横で腕を組んでいるエレナーレは状況に似合わずキラキラとした目で私を見てくるので、それを見てまたため息が漏れる。
物語にはハプニングがつきもの。その手の小説も読むエレナーレからしてもテンプレの予感に、心を躍らせているらしい。
危機感の一切ないエレナーレの前に左腕を広げその姿を後ろに隠すと、絡んできていた不良たちは不思議そうに首を傾げた。
「んんん〜?お前、そんなヒョロっちいのに俺らとやろうって言うのか?カッコつけたいお年頃なのは分かるが、大人しくお姉ちゃんをこっちに渡した方が身のためだぜ?」
・・・、お姉ちゃん、だと・・・?
まさか、私の方が弟に見えているのか?兄じゃなく?
ケラケラと私の姿を嘲る不良たちは置いておいて、ちらっと後ろを伺い見ると、エレナーレに可笑そうにくすくすと笑われた。
おぉ・・・、この笑いの感じ、エレナーレも兄妹ではなく姉弟だと感じていたらしい。
わがままな妹と頼れるお兄ちゃんじゃなく、お姉ちゃんに振り回される弟か。
私の方が背が高いのにな、なんでだろ。
「はぁ・・・。行きましょう、レーレ姉さん」
このお忍び散策ではエレナーレはレーレ、私はロロの名前を使っている。
ため息を吐きながらエレナーレの手を取り悪漢に踵を返すと、すぐに彼らに首根っこを掴まれてしまった。
「おいおいおい、何逃げようとしてんだよ」
酒は飲んでも呑まれるな、頭に浮かんだ言葉そのまま言ってやりたいところだが、それだと事態が悪化するだけだろう。
「どうしたら見逃してくれますか?お金ですか?」
「んあ?嬢ちゃん置いて行く以外ねぇだろ」
「そうですか・・・、では失礼して」
金で解決するならそれでよかったのだが、他に選択肢はないようだ。
四人の不良めがけて小さな稲妻を放ち気絶してもらう。
前回の反省を活かし音は最小限に留めたので、周囲から疑いの視線は向けられていない。
倒れそうな彼らを周りから見て不自然でないように影の手で支えながら、適当に道端に転がしておく。
そのうち目を覚ますだろう。
「じゃ、いきましょうか、姉さん」
「まだ根に持つの?」
「皆が一番違和感を感じないのでしたら、それが一番でしょう」
「そうね、でもーー」
私の腕にギュッとくっつくエレナーレは、私の目を真っ直ぐ見てこういった。
「今はデート中なのだから、つれない事はしないでね」
ふわりと漂うエレナーレの香りに釣られ思わず顔が赤くなる。
そんな私の様子に、彼女は小首を傾げふふふっと可笑しそうに笑った。
「―――まぁまぁお似合いなこって」
イレギュラーを処理して一安心しているところに、いきなりそんな声が降ってきた。
それに思わず身構え振り向くと、そこにはベンチに腰掛けた黒髪の男性ひとり。
変装しているが隠し切れていないその覇気を見て目の前に人間の正体がすぐに分かってしまい、口端が引き攣る。
「なんでこんな所に・・・」
「そりゃぁ祭りの熱も冷めやらぬ街を満喫するためだろ。お前と同じでな」
私ならすぐに気付くと分かっていたらしい。
怠そうにベンチにもたれ掛かっている彼から飄々とした言葉が返ってきた。
いつからそこにいたのか。
大使館の敷地から出た時はアスティアの影の気配しか感じなかったから、どこかからつけて来ていたのだろう。
周りからの好奇の視線は全ての元を追っているとキリがないので無視していたのだが、どうやらその中にこの人がいたらしい。
流石に遠巻きに護衛は数名つけている様だが、ぱっと見完全に街に溶け込めていることに私としては驚きである。
「えっとロロ、この方は・・・?」
「あ、えぇっと・・・」
「嬢ちゃんと違いその男に振られた男よ。悲しいねぇ」
演技がかった悲しい表情を貼り付けひらひらと手を振る男に、呆れながら言葉を返す。
「あれは普通に断るでしょう。気色悪いですし」
「おー言うねぇ」
「・・・まさかーー」
ケタケタ笑う男の正体にエレナーレも気付いた様で、一気に顔色が悪くなった。
そう、この男、ウィックで隠してはいるが元は銀髪。
つい昨日まで毎日顔を合わせていたこの国の皇帝陛下である。
「まぁお前たちが相思相愛なのは痛いほど分かったが、俺が付け入る隙はないわけ?」
「毛ほども」
「つれねぇな」
私の即答にニヒルな表情で笑っている。
冗談なのか本気なのかいまいち分からないテンションで話す皇帝に若干引いていると、彼はそんな私の表情を見て、やれやれとため息を吐きながら立ち上がった。
「冗談で言ってると思ってるだろ?」
「8割ほどは」
「なるほど。ならこれでそれを逆にしてほしいね」
そう言って踏み込んでくる皇帝陛下を見上げていると、流れるような動きで顔が接近し私の耳へキスが落ちてきた。
予想外のことに反応できないまま離れていく皇帝陛下の顔を見る。
「ふっ、クククッ。間抜けヅラ」
皇帝陛下が堪えきれない様に笑う中、いきなり後ろに体がぐいと引かれた。
エレナーレに背後からギューッとホールドされる中その顔を振り返り見ると、珍しく険しい表情を浮かべていた。
皇帝陛下と分かっていてこの表情を隠すことなく向けているエレナーレも、相当肝が据わっていると思う。
「あげませんから」
「じゃ、シェアしようぜ」
「断固拒否いたします」
「はははっそりゃそうだ」
私を取り合っている姿をぼんやりと眺める。
威嚇する猫と様子見を決める猛獣、と言ったところか。
しかし皇帝は本気度の割合を逆にしてほしいと言ったが、ならば8割が本気ということだろうか。
ますます意味がわからんのだが。頭おかしいだろ。
「まぁこの様子だと、天下の星王様も色恋に関してはまだ年相応と言ったところだな」
姿勢を低くし私の顔をズイっと下から見上げてくる皇帝に、無意識に口をへの字に曲げていると、直ぐにやれやれと皇帝は身を離した。
「ま、今日はこの辺にしとこうか。嫌われてもあれだしな」
皇帝から引き離したいエレナーレに更に後方へぐいぐいと引かれる中、皇帝は余裕のある笑みで手を振りながらこう言い残し去って行った。
「耳へのキス。次会うまでに意味調べとけよ」
「意味?」
「〜〜〜ッ、いえロロ、調べなくて構いません」
「え、でも」
「調べないでください」
「は、はい・・・」
エレナーレの必死の形相に、調べて欲しくないということはしっかりと伝わったので取り敢えず頷く。
立ち去る皇帝の方を見ると、離れながらも私たちのやり取りを見ていたようで、ふっと鼻で笑うだけで何も言わず去っていった。
その後はエレナーレのご機嫌取りに追われたのは言うまでもないだろう。




