11 ロキの休日 5
さて、扉も開いた事だし中に入ろう。
「・・・ロキ様にかかれば、もう何でもありですね。そちらはやはりモンダールで?」
「もちろんそうですよ。70階層のボスを倒した時にドロップしました。便利そうなアイテムなので何度かチャレンジしたんですけど、ドロップしたのは初討伐の時だけでしたねぇ。10階単位の階層ボスは、そういうのがあるみたいです」
「・・・因みに何度ほど討伐を?」
「う〜ん・・・。20から先は数えてないですね・・・」
「そ、そうですか・・・」
階層ボスは討伐後、部屋を出て30分でリポップする仕組みとなっている。
タイマーで時間を測りながら行ったり来たりしていると20回なんて直ぐである。
もしかすると確率が低いだけで常時ドロップするのかもしれないが、同じ敵を20回以上も倒していると流石に飽きて来る。飽きてからは直ぐに71階層に向かったのだ。
故に古代魔導具である万能鍵は世界でこの一本だけである。56階層から先は私しか入った事がないからな。
普通の鍵は先ほどの様に固めた影でピッキングできるし、魔法で守られている扉は魔力で弄ればどうにでも出来る。それでも無理なら魔力か物理でゴリ押しすれば大抵の扉は開くのだ。
ダンジョンの隠し扉は、触れて魔力を注げばすんなり開いてくれるし、私にとっての開かずの扉は古代魔導具で守られた物だけであったのだが、これもこの万能鍵で解決である。
やろうと思えば何処であろうと侵入する事が出来るのだ。
まぁ流石に、率先して泥棒になるつもりはないが。
この世界でも不法侵入は基本罪に問われる行為である。
お金には全く困ってないんだし、道徳的に考えて無駄に法を破る意味はないだろう。
両開きに開かれた扉の先は、灯りのない暗闇だった。
夜目を働かせると、直ぐそこに地下への階段が続いていた。
生ぬるい空気が漏れ出る中、【火炎魔法】の火玉を飛ばし、無数に分裂したそれで壁に掛けられたランプに、そして階段の先まで明かりを灯して行く。
大理石の敷き詰められた手前のホールとは対照的に、扉から先は無機質な石床が続いていた。
階段を降りる前に振り向き男の方を見ると、男は驚愕の色に染まった目で私を見ていた。
確かに男にとって信じがたい光景だろう。
鍵がなければ世界がひっくり返っても開く事はない扉が、存在するはずのない万能鍵なんて言うふざけた道具ですんなりと開け放たれたのだから。
「もう彼らに用はありませんね。先に運んでおいて下さい」
「クソッ・・・。おい待て!下のモノを見つけても、お前にはどうする事も出来ないはずだ!」
往生際の悪い男である。
首に剣を突きつけられているにも関わらず、噛み付いて来た。
万能鍵の衝撃に逆にメンタルを持ち直した様だが、そんな様子を見ながら何でもない風に『収納』から例の宝剣を取り出し、それを見せつける様に掲げる。
装飾の美しい鞘には国の模様が細かく彫られており、鍔の部分には巨大で規律的にカットされたサファイアが煌々と輝いている。
柄の部分にも十分に装飾が施され、心底使いにくそうな短剣であるが、これを剣として使う事はない。
剣として造られたコレには悪いが、見栄が良ければそれだけで良いのだ。
これは所謂、水戸の光圀公のあの紋所なのである。
これが目に入らぬかー。
あれは見ていてかなりスカッとするよな。
光を反射させ、計算し尽くされた異様な美しさを放つ白銀と蒼玉の宝剣に、男の顔が今日一悪くなったのが分かった。
勘の鈍い男でも、自分に未来がない事は分かったらしい。
表情は絶望の色に染まり、ギラギラと光っていた瞳から生気が抜けて行く。
顔は一気に老けこみ、髪の毛がハラハラと抜けていくのが見える。
国王の宝剣が決定打になった様だ。
初めから出していれば良かったかな・・・。
国王の宝剣は、持っている者が法となる。
王政を取るこの国の人間にとって、この宝剣はこの世の全てと言っても過言ではない。
宝剣の力の及ばない他国へ亡命すれば生き長らえる事は出来るかも知れないが、騎士に囲まれ拘束された状態では明らかに不可能である。
比喩でも何でもなく、騎士に拘束された時点でこの男は詰んでいたのだ。
商館に留まらず逃げていれば良かったのにな。
「ーー連れて行け」
完全に抜け殻となった男を見て、アルミニウス隊長が周りの騎士に指示を出す。
引き摺られる様にして連れて行かれる奴隷商の男と4名の従業員。
粘りに粘った男だが、最後は呆気なかったな。
連行される様子を眺めていると、アルミニウス隊長は続けて指示を出して行く。
「ビリエルとベニートは証拠になりそうな書類を探しておけ。残りはロキ様について来い」
『了解』
統率の取れた動きでビシッと姿勢を正し返答した騎士達。
去って行ったのは青色と灰色の髪の青年2人で、青い方がビリエルである。
どちらも貴族の出、というより、この部隊は全員が貴族家の出身である。
第2騎士団はその8割以上が平民であるが、いざという時のために素数部隊は貴族のみで構成されている。
いざという時のため、つまりロキの様な要人が関わっていたりすると駆り出される訳だが、平民だとちょっとしたことでトラブルになりやすい故にこの様に編成されている。その中でも、たまたまあの時間に本部に全員が揃っていたのがこの第13部隊だったらしい。
ロキは貴族ではないのだが、国にとってもギルドにとっても要人クラスである事は間違いないだろう。
因みに主に王城内を守る第1騎士団は安全性から貴族しか配属されないエリート集団であり、王城の中にいる騎士はそのほとんどが第1騎士団である。
「さて、降りましょうか」
地下には衰弱した奴隷達がいるのだから、さっさと降りよう。
付いて来る騎士達と共に扉を潜り、ランプでほんの少し明るくなった階段を下る。
地下から上がってくる不快な匂いに思わず眉を顰めるが、石畳の階段をかつかつと降り地下に辿り着くと、無機質な鉄格子がズラリと並んでいた。
牢獄と言う言葉がしっくりと来る、何の罪のない人がいて良い場所ではなかった。
一番手前にある牢の前まで進み、灯りのない鉄格子の中をそっと覗き見る。
一つの檻は6畳ほどの様で、中には痩せ細った少女が10人ほど押し込められていた。布を切って巻いただけのボロを着せられている。
そしてこの檻の中にいる皆が同じ特徴を、犬の様な耳を持っていた。
明かりが灯り降りてくる人の気配を感じて警戒したのか、こちらからは手の届かない壁側に皆で身を寄せ合い、怯えた様子で体を震わせている。
そして洗われずぼそぼそになった耳を、揃ってペタリと頭に付けていた。
手前にはカビの生えたパンと濁った水があるが、一切手を付けていない様に見える。
刑務所で暮らす方がまだマシと思える程劣悪な環境である。
彼女達はどれぐらいの時間、この場所で生活を強いられているのだろう。
恐怖、不安、絶望と、彼女達から漂うオーラは負の色一色に染まっていた。
「――大丈夫ですか?君達を助けに来ました。王国騎士も一緒です。上にいた奴隷商は既に捕えていますので安心して下さい」
にこやかに語り掛け、後ろにいる騎士達を指差し安心させようとするが、少女達は更に体を小さくさせ萎縮してしまった。
ちょっと意外な反応に首を捻る。
「ロキ様。彼女達は我々より貴方の方が安心出来るかと」
・・・、あぁ、そうだった。
騎士団はこの国で言う警察の様な組織なので私的には相当安心出来るけど、彼女達からしたら汚職にまみれた国の犬である。安心するのは無理か。
アルミニウス隊長の言葉に納得が行き、瞬考した後、腰に差している愛剣に手を伸ばす。
それを軽く鞘から引き抜き、一瞬の内に鉄格子を斬り刻んだ。
力を見せた方がインパクトがあって彼女達も信じやすくなるだろうし、手っ取り早く壊させてもらったのだ。
短く切られた無数の鉄の棒はその全てを絶対零度に凍らせ、石床に落ちた衝撃で砕け散り塵へと変わる。
剣をスッと鞘に収めた後、檻のあった場所を潜る。
突然の私の行動に驚き、塵の煌めきに目を見開いている少女達の前に膝を付いた私は、『収納』から取り出した端末に身分証を表示して、それを少女達に見える様に前に差し出した。
「初めまして、私の名前はロキ。Sランク冒険者をしてるんだ」
言外にもう安心して良いよと含め、努めて柔らかい表情を作る。
私の言葉に揃って目を見開きピンと耳を立てる少女達だが、仕切りに端末の表示と私の顔を交互に見比べて困惑していた。
するとこの中で一番年長らしい12歳程の少女が、ポロリと漏れる様に掠れた声を発した。
『一閃の・・・、ロキ・・・。モンダールの英雄・・・』
聞こえたのは獣人語だった。
訛りは聞こえないので、獣人社会ではそれなりに中央で育った子らしい。
しかし私がSランクに上がったのは2年前なので、それを知っているという事は彼女はこの2年の間にこの場所に連れて来られたという事になる。
モンダールの英雄なんて、ホント、言われる側は勘弁して欲しいのだが。恥ずかしい。
『よく知ってるね。言葉は分かってる様だけど、大丈夫?』
『うん、聞くだけなら大丈夫』
『それならよかった。後ろの騎士は私が連れて来たんだ。国も君たちの味方になったから安心してくれて良いよ』
他の子に向けても優しく声を掛けると、気が緩んだのか生気の灯った瞳に一斉に涙を浮かべ、そして決壊した様に身を寄せ合い声を出して泣き始めた。
地下に子供達の嗚咽が響く中、【生活魔法】の『浄化』でこの檻の中にいる少女達の体を綺麗にし、魔力封じの鎖の付いた足輪を影で鍵を作り一つ一つ外していく。
そうしている間に待ち人が階段を降りて来る気配を感じた。
「第2騎士団第6部隊隊長ベルタ・アーシャン。女中と共に到着いたしました事をここにご報告いたします」
やって来たのは騎士団の団服に身を包んだ緑髪の美女であった。
騎士団には約3%の割合で女性も在籍しているが、隊長格では相当珍しい。
城の女中と共に動員されるもう一つの部隊の隊長が女性と聞いた時は、かなり驚いたものだ。
「お疲れ様です。早速彼女達をお願いできますか?私は他の牢に向かいますので」
「かしこまりました」
この隊長、伯爵家出身という生粋の貴族令嬢であるが、この地下の異臭や目の前にいる少女達の不清潔さを見ても、一切不愉快さを出していない。
騎士になる様な令嬢は肝が据わっているなぁ。
種族別に分けられ捕らえられていた異種族の奴隷達は総勢100にも渡った。
手前にいた犬人族の他に、人狼族、猫人族、狐人族、兎人族、人虎族、小人族、エルフ、ドワーフ、ハーフリングとほぼ全ての亜人種が捕らえられていた。流石に、海にいる人魚族や体格の大きい巨人族、能力の高い龍人族は捕まえられなかった様だが。
世界中全ての言語をマスターしている訳ではないし、訛りがキツいと聞き取る事は出来ないので説明には少し苦労したが、全ての奴隷達に安心してほしい旨を伝える事ができた。
家族の元に帰りたい者、外界を拒絶する者、反応は様々だが、皆地獄から解放されたことに揃って涙を浮かべていた。
長い者で5年以上この場に閉じ込められいたらしい。
ここを出るのは衰弱や病気で死んだ時か、買われる時だけと言う最悪の2択であり、この場所に少年少女しかいないのは、そう言う事だろう。
少女が大人になれば貴族派閥の家に送られ一生囲われ、少年が大人になれば耳を切られて人間の奴隷と同じ場所に送られるか、交配の人体実験に使われる様だ。
奴隷商の手下として私とハーバードに襲い掛かってきたあのチンピラ達は、そうして生まれた命なのだろう。それなりに歳を取った者もいたので、かなり昔から行われている悪行らしい。
「・・・この世界、倫理観どーなってんの」
異世界情緒溢れる貴族の闇に、流石にドン引きである。
あって欲しくなかった事実だが、しかし本来の私は貴族側の人間なので、ここにいた少年少女達にとっては同じ穴の狢なのだろう。
先程、地下にいた奴隷全員に『浄化』を施し足枷を外し、地上に運び終えた所だ。
殆どの子供が衰弱し切り立つ事が出来なかったので、動ける騎士を総動員し、抱えて地上まで運んだのだ。
そして現在、馬車で城に向かうためのエネルギーを取って貰うために、地上のホールで炊き出しを行っている。
メニューは葉物の入ったお粥である。
病気の子もそれなりいるので、衰弱時にも食べれそうな胃に優しい物にしたのだが、ほぼ断食状態だった子は拒絶反応が起きるかも知れない。
不健全な香水の匂いは私の指示で完全に換気され、食欲の唆られる良い匂いの広がるその側で、騎士に用意された椅子に座り、押収した商館内の証拠の書類をパラパラと捲りながら、私は大きくため息をついた。
「どーするかなぁ、これ・・・」
この商館に置かれていた記録はここ2年のもののみだが、買われて行った子供の数、別の施設に送られた子供の数、そして病気や虐待で死んだ子供の数が洒落にならない。
事を大きくするつもりはないと国王の前で口にした手前、揉み消すしかないのだが、流石に常軌を逸している。
この国の貴族達はそんなに戦争がしたいのだろうか。
数十年にも渡る長い間、一度も告発される事がなかったのだからこれからも大丈夫、とでも思っていたのだろうが、表に出れば1発アウトの酷すぎる内容である。
他の施設も取り押さえて、売られた子は出来る限り取り返す。
そして家に帰りたい子をみんな返して、それで一件落着―――、にはならないだろう。
非道に殺され墓もなく葬られた子供は大勢いるし、今もどこかで人知れず耐え苦しんている者もいる訳で・・・。
首輪をかけられ耐え難い地獄の中で苦しめられた被害者たちの憤り。
子供を攫われ殺された、残された家族や仲間からの恨み。
その怨恨の感情は並大抵のものではないはずだ。
被害者・遺族側には仇討ちするための大義名分が十分以上に揃っている。
この手の賠償が金銭で解決する事はまず有り得ない。
相手からすると、この国を社会的・物理的に潰したとしても到底納得は行かないだろう。
しかし、戦争事にはしたくないのが私の本心でーー。
わがままな、ただの私情である。
私にはロキである以前に、グランテーレ王国の貴族子女としての生活がある。
この国で生まれ育ち、これからも一生この国で生きていかなくてはならない。
戦争になればそんな私は問答無用に殺される側で、逃げる事は許されない。
本質的に、ロキを捨てる事は出来ても、ロクサーナを捨てる事は不可能なのである。
死にたくないとか、殺されたくないとか。
そう言う訳ではなく。それ以前に・・・。
戦争が過去の記憶となりつつある現代日本で育った、何処にでもいる平凡な女子高生の純粋な感情として、『戦争』は嫌だと、心の底からそう思うのだ。
幼少時から施された道徳教育の賜物だろう。
――戦争は嫌だ。
だから、揉み消す。
誰が何と言おうと、今回の件で戦争は起こさせない。
・・・どうせ『ロキ』には終わりがあるんだし、国の醜聞を自分勝手に歴史の闇に葬る、利己主義な悪役にだってなってやろうじゃないか。
「ロキ様?」
横に立っているアルミニウス隊長に書類を渡し徐に立ち上がると、不思議そうに名を呼び掛けられたが、それを無視して歩みを進める。
配られたお粥をそれぞれのスピードで口に運んで行く少年少女を横目に、配膳している女中達の元に向かう。
「ろっ、ロキ様。いかがされましたかっ?」
突然近づいて来た私に緊張したのか挙動不審に声を裏返らせながら口を開いたのは、学園を卒業して間もないであろう若い女中だった。
しかし他のベテラン達は言葉を発する事なく頭を下げており、そのうちの1人が声を発した女性の頭を引っ掴んで後ろから押さえ付けた。粗相した女性は完全に涙目である。
貴族家出身の準貴族以上でなければなる事の出来ない女中であるが、城の中での立場は下から二番目とかなり低い。
上から順に王族、貴族家当主、貴族家夫人、騎士・文官、執事、女中、準貴族、そして平民の小間使いである。
基本的に格下の人間が格上の人間に話しかける事はタブーとされているため、私に話しかけて来た彼女は帰ったらお仕置きが待っているだろう。
「頭を上げてください。仕事を進めてもらって構いませんよ。一つお願いがあって来ただけですから」
頭を上げ私の注視する彼女達に、『収納』から液体の入った瑠璃色の小瓶を1本取り出し手渡す。
それに反射的に手を差し出したのは、粗相をした女性を押さえ付けていた真ん中の女中で、自らの手に収まったそれを見て、彼女の喉からヒュッと奇怪な音が鳴った。
見ると顔が真っ青である。
それもそうだろう。
私が取り出し渡したのは、市場では1本100万は下らない、ダンジョン産の状態異常解除ポーション(小)である。
ダンジョン産のポーションは瓶の形が独特だし、学園を卒業している彼女は色で分かったのだろう。
ついて来ていた隊長も後ろで目を丸くしている。
「これを50本ほど渡しますから、子供達の食事に混ぜて回ってください。1本を3人で分けるぐらいで十分効果があると思います」
下級の(小)ポーションではあるがダンジョン産のポーションは人口の物に比べ効果が高いので、子供達ならそれで足りるだろう。
「・・・恐れながらロキ様。それはいくら何でもーーー」
「異論は認めません」
背後にいる隊長からやり過ぎだとクレームが付くが、振り向き目を見て強い口調でそう言うと、彼は顔色を悪くして口を継ぐんでしまった。
隊長の言う事は尤もである。
打ち合わせした予定では、彼女達を保護した後は国の管理下で療養させ、健康状態の経過を見る事になっていた。
故に、私がしようとしている事は時間を掛けて行うはずであり、そして国の経費で行うべき事である。
しかし、それだとやはりまどろっこしいのだ。
今回に関しては、私はわがままな暴君になる事に決めたのだから。
手っ取り早く治せる手段がこの手にある。
なら使わない手はないだろう。
問答無用だ、受け取れ、コノヤロー。
私のピリ付いた空気にビクビクする騎士と女中を横目に、近くにあるカウンターに同じ物を49本取り出しズラッと並べる。女中の手にあるものと合わせて50である。
総額、5000万也。
在庫一斉処分セールだが、まだまだ残っているのでほんの誤差でしかなかった。
趣味の悪いカウンターに神秘的な小瓶が50本も並ぶのは圧巻である。
その光景に卒倒した女中たちが泡を吹いてバタバタと倒れていき、周りにいた騎士も珍しく身を寄せ合うように固まっている。
異様な現場に苦笑いが漏れる。
「では私は少し出掛けて来ます。10分ほどで戻るので、騎士の方はここで待機していて下さい」
「――ぇ・・・?ロキ様・・・?」
私が忽然と姿を消したホールに、アルミニウス隊長の声が虚しく響いた。
***
「――やぁ、こんにちは?」
あと数刻もすれば夜に包まれるであろう王都の下西区は、1日で一番の賑わいを見せていた。できれば平時に訪れたかったな。
ヨーネン侯爵家を後ろ盾に持つ奴隷商の商館、その向かいの建物の屋根の上には気配を消した6つの人影があった。
そして私はその背後に立ち、挨拶の言葉をかけたのだ。
「ッ、何故ッ」
背後を取られた事に弾かれる様な動きで振り返り、引き抜いた剣のその鋒を私に向けた彼らは、揃って警戒体制を取った。
傾斜のある不安定な足場にも関わらず、私の不意打ちに一斉に反応して見せたのは、さすが裏の人間である。
この集団は私が地下から上がった頃この場所に集まって来た者達である。
十中八九、ヨーネン侯爵から私を殺せとでも命令されているのだろう。
気配を消した人間の背後に、更に気配を消した人間が現れるのは不思議だろう。
黒尽くめのいかにもと言った容姿をしている集団は私の事を相当警戒しているが、面倒なので強引に行かせてもらおう。
「少し聞きたい事があるので地上へご案内しますね」
『ッーー⁉︎』
【深淵魔法】レベル2の『影ノ手』を建物の影から伸ばし、拘束しつつ地上の路地裏に下ろす。
死なない程度に優しく下ろしたのだが案の定、グベェッと踏まれた蛙のような声を出しながら地面に落下した。
まぁ死んでないから良しとしよう。
現状をいち早く把握した者が、口の中の物を噛む仕草を取るのに先んじて、私は『収納』から取り出した赤色の小瓶の蓋を折り砕き、その中身を全員にかかる様に雑に振りかけた。
何を掛けられたのか分からない彼らは、何振り構わず口の中の毒の丸薬を噛み潰して行く。
即効性の激毒の筈なので数秒経っても効果の現れない事に困惑の空気が広がるが、直ぐに原因が分かったのか私の方を見上げて来る。
何をしたのか分かっていない彼らに、私はニッコリと笑いかけた。
「死ねないお薬です。観念して下さい」
状態異常防止ポーション(上)。
毒や麻痺のデバフ攻撃をしてくる敵に挑む際にあらかじめ飲んでおくポーションなのだが、こういう使い方も出来るのを思いついたのはつい先程である。
絶望のオーラを漂わせる黒尽くめ達。
「素直に話すつもりはありますか?」
一応確認してみるが、やはりジッと睨みつけるだけで返答がない。
容赦なく行くと決めた私は本当に容赦がないぞ?いいのかな?
「・・・はい、時間切れです。地獄へようこそ?歓迎しますよ」
――【深淵魔法】レベル5『支配者ノ領域』
路地裏に私と6人を包み込む様に漆黒のドームがじわじわと出現して行く。
そして空が完全に覆われた頃、男達を拘束していた影が音もなく消えた。
それを好機だと読んだ男達は一斉に私に飛びかかって来るがーーー
「ッ⁉︎」
男達が突き刺してきた短剣や暗器は、手応えを掴む事なく私の体をすり抜けた。
未知の魔法が展開された事に最大限に警戒した男達は、一定の距離を保った場所で私の周りを静かに取り囲んでいる。
【闇魔法】の上位スキル【深淵魔法】を持っている人は私以外に存在しないので、そのレベル5の魔法なんて到底分かりっこないだろう。
『収納』からダンジョンでのピクニック用に持ち歩いているガーデンテーブルセットの椅子を取り出して、それに座り大きく足を組む。
「――そうですねぇ。では、一番元気の良い君に質問しましょうか。単刀直入に言います。人体実験の行われている施設の場所を教えて下さい」
「――メレッタの街の、ッッーー⁉︎⁉︎」
自分の意思とは裏腹に、流れ出る様に発された声に慌てて手で口を覆い力尽くで言葉を止める男。
理由を知らない側から見れば純粋な裏切りである。
ギョッとしているその仲間を見て、私はうんうんと頷く。
「続けて?」
「ッーー」
魔法の効果を察した男は、私に向けていた剣で躊躇なく自分の首を掻っ切ったが、しかしその首から血が流れる事はなかった。
ペタペタと自分の首を触り一切血が流れていないと認識すると、今度は舌を思いっきり噛み切った。
しかし、やはりその体にこれと言った変化はなく、『収納』から取り出した新しい毒薬を飲んだり、自爆魔法を発動させたりと、男はあの手この手で自決を試みるが、その全てで成果が出る事はなかった。
この『支配者ノ領域』の効果は支配者、つまり魔法発動者の意思を具現化すると言うものである。
話せと言えば話してしまうし、私が許さない限り死ぬ事はできない。
つまり死ねと言えば問答無用に彼らの息の根を止める事もできる。
一度閉じ込められるとそれらを回避する術はない。
【闇魔法】の上位属性なので【光魔法】でも対処は不可能である。まぁ理屈で言えば【光魔法】の上位属性には存在するのかも知れないが、上位属性は私以外に持っている人がまだいないので確かめようがない。私も進化させるにはレベルが足りないし。
つい先日スキルレベルが上がったのだが、私もこの効果には驚いたものだ。
「このッーー、殺せッッ‼︎」
散々試した挙句、終いには私に殺してくれと言う始末。
しかし聞く訳ないので無視して話を続ける。
「メレッタの街というと、北の辺境近くにある街の事ですよね。確かに、ヨーネン侯爵家の寄子であるエトホルフ子爵の領地ですし、間違いなさそうです」
『収納』から王都より北を記した地図を取り出しメレッタの街の位置を確かめる。
「少し遠いですけど、まぁ飛ばせば直ぐ着きますか・・・。近くの直轄地は・・・、あぁこのゼテン領が一番近いですね。でも、ゼテン公爵か・・・、確かバリバリの貴族派だよなぁ・・・。んん〜・・・」
出来ればこのゼテン領から王国騎士を引っ張って来たいのだが、直轄地の騎士は事実上その領主が頂点である。その上、貴族派閥の公爵なんて、説得が面倒な気がする。
・・・いや別に、宝剣あるんだし説得する必要なんて無いいんだけど。
それでも、ねぇ?
「メレッタ・・・、メレッタ・・・。うん、まぁいっか。数日は冒険者にお願いしよう」
こっちの騎士が着くまでの間の監視ぐらいはやってくれるだろう。
報酬は、希少なポーション各種でいいかな。
「――さて、メレッタの街の何処にあるのか、詳しい場所を聞きましょうか?」
***
「あ、ロキ様!今までどちらへ?いきなりお消えになったので慌てましたよ」
【隠密】を解きながら商館に戻ると、私を見つけたアルミニウス隊長が駆け寄ってきた。
飼い主を出迎える大型犬に見えたのは私の気のせいだろうか。
しかし、ほんの数分しかこの場を離れていないので、まだポーションを配り終えていないらしい。
女中達が若干震える手で子供達のお粥に瓶を傾けている。
黒尽くめの集団?
勿論お帰り頂いたよ。
脳は少し弄らせて貰ったけど。
「少し話をして来ました。ーーいきなりですけど、王都にいる第2騎士団の部隊いくつかをメレッタの街に向かわせて下さい。女中も数人お願いします」
そんな私の言葉を聞いて途端にキリリッと目付きを変えるアルミニウス隊長。
お話という部分も正しく察した様だ。
話が早くて助かるよ。
背後にいる騎士達も隊長に続いて一斉に姿勢を正した。
「かしこまりました。・・・ゼテン領の王国騎士はいかがいたしますか?」
「公爵が文句を言う様なら使わなくて構いません」
「ではその様に。――おい、ベンノ」
「かしこまりました」
呼び掛けられた茶髪の男性騎士は私と隊長に礼をとった後、無駄のない動きで建物から去って行った。
「しかしロキ様、メレッタの街まで少なくとも片道1週間はかかりますが」
「私が今日の内に向かいます。行って帰ってちょうど日が落ち切るぐらいだと思うので」
「・・・左様で・・・」
「騎士が到着するまでの人員は既に向こうで集めて貰っているところです。騎士の方達は無理のない進行速度でメレッタの街に向かい、そこにいる異種族の方達を保護し、この子達と同じ場所まで護衛して下さい」
「かしこまりました」
「では、私はもう行きますね。あとはお願いします」
「お気をつけて」
伝える事は伝え終わったので、深々と頭を下げる隊長を横目に迷いなく建物から歩み出ながら【隠密】を発動させ、商館の屋根の上に飛び乗る。
真っ暗になる前には帰って来たいなぁと呑気に思いながら、私は『収納』から愛用の箒を取り出した。
***
「あ゛ぁ゛〜、疲れたぁ・・・」
スタミナゲージがあれば既に空っぽだろう。
現在時刻19時半、太陽は完全に星の裏側を照らしている。
片道1時間弱で2000キロも離れた王都とメレッタの街を往復するのは流石に無理があった。
【隠密】の効果をレベル10にしてしまえば周辺への影響が一切なくなるので、地上の事は気にしなくても良かったのだが。星の引力を離れて宇宙に吹っ飛ばされないように加減しながら音速を超えて移動するのは、化け物ステータスと言えど気疲れは半端なかった。
向こうの冒険者達はとても協力的で依頼の手続きは大して手間取らなかったが、森の中にあった施設の中では人手がないので常に働きっぱなしだった。
傷を治して、不安を取り除いて、と一人一人対応していたら、帰る頃には夕暮れ時になってしまっていたのだ。
私が王都に帰るまで態々本部で待ってくれていた13部隊の隊員達に挨拶と解散の命を出した私は、人の少なくなった王城を案内され、羽耳族の双子のいる部屋へと向かっている。
王城で仕事をしている貴族達は既に帰宅している時間で、使用人以外の気配のしない王城は少しワクワクするものがある。
静かな廊下の絨毯を踏みしめながら、時折窓から見える街や城内の夜景を眺め歩く事、数分。
「――こちらでございます」
夜勤の女中の落ち着いたトーンの声に足を止める。
彼女が頭を下げ下がるのを横目に、騎士が二人付いている扉をノックし押し開く。
「ただいま帰りました、ーーーよっと・・・」
「お疲れ様―」と間伸びしたハーバードの声をバックに、扉を開くなり勢いよく飛び出て来た二つの小さな影をしっかりと抱き留めた。
「おはよう。もう夜だけど、目が覚めた様で良かったよ」
後ろで閉まった扉に防音結界を張りながら、エメラルドの2対の瞳を見つめそう言うとーー、
「たすけてくれた」
「せいれいの人、ありがとう」
鈴を転がす様な綺麗な澄んだ声でお礼を言われた。
「・・・ん?精霊・・・?」
首を傾げながら羽の様に軽い二つの体を抱き上げると、すりすりとぷにぷにの頬を擦り付けてきた。
精霊の事についてこれ以上は話してくれないらしい。
スキルのことかな?
精霊の文字を見たのなんか、それぐらいしかないし。
「――お疲れ様。今回の事は助かったよ。貴族としても、外務大臣としても、大きな借りを作ってしまったかな」
「いえ・・・、――?」
いや待て、普通にいるけどエレナーレパパが何故ここに?
部屋の中央ではハーバードとアスティア侯爵が机を挟んで向かいのソファに座っていた。
なかなかに珍妙な光景だが、その顔を見てしばし固まっていると苦笑いを返された。
「陛下に問い正されてしまって、君の正体を知っている事を話したんだ。勿論、詳細は誰にも話していないから。これを口実にすれば、君と話していてもおかしくはないだろう?」
「はぁ、なるほど」
まぁ、正体がバレてないならそれで良いかな?
話すべきこともあるし、早速やって来たという訳か。
「おいおいロキ。その服どうしたんだ?ズタズタじゃないか」
腕の中にいる双子をベットに下ろしていると、ハーバードがギョッとした様に話しかけてきた。
その言葉に、自分の服がダメージシャツになっている事を暫くぶりに思い出した。
「あぁコレ・・・。奴隷商の隠し扉がアーティファクトだって気付かなくて、初見で無理にこじ開けようとしたらバチんと弾かれたんですよね。すっかり忘れてました」
「・・・まさかダメージ負ったのか?」
「それはもう盛大に。放っておいたら出血多量で倒れるぐらいには」
「怖っ」
「大体の報告は聞いているが、君の事についての情報は機密事項で溢れていたよ。アーティファクトの扉を開けられるなんて、おいそれと世に出せない情報じゃないか」
「まぁ、そうでしょうけど・・・」
ハーバードはその報告を聞いていない様で、一人で目を瞬かせた後「深層はそんな便利な道具が見つかるんだな」と小さく呟きながら目を輝かせ始めた。
と言う事は、アスティア侯爵はそこまで待たせていないのかな。
「それで、君は着替えを持ってなかったのかい?」
「いえいえ、勿論持ってますよ。しかし、こんなゴタゴタに巻き込まれるなんて想定してなかったので、この下、女物の肌着なんですよね。今日はハーバードと会ってダンジョンに行くぐらいだから良いかなぁと油断してました・・・。着替えるタイミングはいくらでもありましたけど、すっかり忘れて今に至ります」
「・・・なるほど」
「・・・そうか」
私のカミングアウトに男性陣に気まずい空気が流れる。
「あ、あの衝立の奥で着替えて来ますね。失礼します」
「「ああ」」
そう言うなりちゃちゃっと新しい服に着替えた私は、双子と一緒にベットに腰掛けた。
すっかり懐いてくれている双子が再びすりすりと頬をすり寄らせて来る。
羽耳族なりの愛情表現だろうか。
久方ぶりの癒しの空間に頬が緩む。
「――結論から言って、ヨーネン侯爵家は今回の事で伯爵家下位まで降爵された。それに伴い、領地の一部は没収され国の直轄地になり、10年間に渡る年間白金貨20枚の罰金と、3代先までの学園卒業後5年間の第3騎士団への入団義務が言い渡された」
「罰する気満々ですね」
「あれは流石にやり過ぎだ。陛下も報告を見て青筋を浮かべていたからな。先々代の王の時代から続いていたんだから相当だろう。・・・それで、君はどう考えている?陛下は君に全てを委ねると言って聞かないのだが・・・」
「戦争、ダメ、絶対。この方向でいってます」
腕をクロスさせ大きくバツを作る。
「恩に着る・・・。本当に、心から礼を言うよ。冒険者協会と亜人国家を相手取って戦争して、負けない国なんてこの世界にないだろうからな・・・」
「家に帰りたい子を無事に母国まで送り届ける事、帰りたくない子には彼らにとって心地の良い環境を整えてあげる事。この2つは国にお願いします」
「あぁ、了解した」
「それとーーー、
『どうしても仇を討ちたいという被害者や遺族がいるのなら、このグランテーレのロキが相手をしましょう』
と、私からの宣戦布告は既にギルドに伝えてあります」
「ありがたいが、大丈夫かい?それは」
「多分大丈夫ですよ。亜人国家は人類国家以上に『力が全て』の傾向が強いですし、堂々としていれば最初は様子見に留まると思います。今年の夏の大会は、彼らにとって良い判断材料になるんじゃないでしょうか」
「・・・それだと、君がもし負けたら大変じゃないか」
達観して呑気に構えている私だが、アスティア侯爵は心配そうに眉を下げている。
その気が気じゃなさそうな素直な反応を見て、私とハーバードは似た様な表情でお互い目を合わせ、そして破顔した。
「あははっ」
「クククッ」
揃って笑い出した私たち二人だが、何がおかしいのか全く分かっていないアスティア侯爵は、少し不機嫌そうに眉を顰めた。
「あはははっ、すみません。んふふっ、笑ってしまって・・・。んんッ、失礼しました」
若干ツボに入ったのを押し殺して咳払いをする。
そして満面の笑みでこう言った。
「――私は負けませんよ、絶対に。私が負けるなんて、それこそあり得ないですから」
私と共にダンジョンに潜った事のあるモンダールの上級冒険者なら、身に染みて感じている事だろう。
――誰も着いて行けなかった。
――あれは同じ人間ではない。
――世界最恐のモンダールは彼にとって金を生む庭なのだろう。
軽い気持ちで付いて来た者達を置き去りに、最後はAランクのハーバードや他のSランカー達も横に並ぶのを諦めたのだ。
そう、戦う前から決まっている。
世界最強はーー、『一閃のロキ』であると。
敗北の二文字なんて、端から存在しないのだ。
しばらく脳内処理が追いつかずポカンとしていたアスティア侯爵だが、私が言い切れる訳を知らない彼は、宇宙人を見る様な奇妙な目で私を見ていた。
その表情が可笑しくてまた笑いそうになったのは、ここだけの秘密である。
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