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9 ロキの休日 3








 王城に到着し顔パスで案内されたのは、前回訪れた謁見の間ではなく、重鎮達が論議を飛び交わす会議室であった。

 流石は王城クオリティー。ただの会議室も相当広い。


 しかし、こんなバリバリお国に関わる場所に私を通しても大丈夫なのだろうか・・・。

 言ってしまえば私は部外者、ギルド側の人間である。

 冒険者協会は国によっては仮想敵国にも指定されているし、その中でも中心にいるSランクの人間なんて本来なら懐に入れるには危険すぎる存在なのだが。

 まぁ言うて前回国王の宝剣(・・)を渡された時点で、どっちつかずの二重スパイの様になってしまっているのだが。どちらの組織にも『白』と認定されているスパイなんて、世界中探してもそうそういないだろう。



「冒険者ロキ、陛下の御前に」


 扉を潜り直ぐに胸に手を当て膝をつく。


 早馬で前触れは出していたが時間的にほぼ同時に到着した様で、議場にいる貴族達は少し困惑気味に私達を出迎えた。

 学生は休日なのに、城中の貴族達は今日も変わらずお仕事らしい。ご苦労様です。



 あの後、チンピラ達は騎士達に回収してもらい、近くの衛兵の拠点から馬車を回して貰ったのだが、例の双子は馬車に乗り込むや否や気を失う様に眠ってしまったので、ちゃちゃっと【生活魔法】と【生体魔法】で見た目もステータスも綺麗にさせて貰った。

 因みに2人のステータスには『隷属』と『衰弱』が表示されていた。


 現在は城の人間に預けているので客間のベットでぐっすりと眠っているだろう。

 引き離す際に私のマントを握って離さなかったので、マントはその場に置いてきた。

 国王に謁見するので、元より脱ぐつもりではあったのだが、キラキラになった可愛らしい双子にそんな事をされ、思わず悶えてしまった。



 そして私の後ろには、万が一のために【収納】に仕舞っていたらしい貴族服にちゃっかり着替えたハーバードが、同じ様に膝をつき深く頭を下げている。


 かっちり最礼装でキメるハーバードと、ラフな格好のまま、さらに剣まで刺している私。

 差がありすぎる様な気がするが、Sランク冒険者のロキにはこれが許されてしまう。

 しかし正体不明のロキの最礼服は何になるのだろう。噂では商家の3男坊が最有力候補らしいが、商人が着る様な最礼服で良いのだろうか。

 貴族の最礼服もコスプレっぽくてかっこいいから一度は着てみたい気がする。


 因みにハーバードの胸元には2つの徽章(バッチ)が光っている。

 彼が持っている様な正式な徽章は、礼装以上の際は必ず付ける決まりとなっているのだが、一つは学園教職員を表す鳳凰の徽章。Sクラス担当なのでそれは金色に光っている。

 そしてもう一つは上級冒険者を表す竜の徽章。私に渡されているのは紫銀色で、ハーバードのそれは金色である。Bランクは確か赤だったはずだ。金色と赤色のバッチはランクが上がった際にギルドに返却している。

 まぁ私は未だに付けた事がないんだけど。Sランクに上がるまで公の場に行く機会はなかったし、それ以前に礼服がないからな。



「よく参った、ロキよ。面を上げよ」


 お許しが出たので顔を上げる。


 楕円状に輪を作り階段状に連なる重鎮達の玉案の最奥に、王の腰掛ける王座があった。

 この場所で今世の私の生まれ育った国、グランテーレ王国の全てが決まっているのだと思うと、少し感慨深いものがある。

 謁見の間にあった物と何ら遜色のない立派な玉座に座る国王は、ゆったりと肘掛けにもたれ掛かった状態で頬杖を付いていた。



「お主、ギルドにはあまり顔を出しておらん様じゃな。折角王都に移って来ておるのだから共に茶でも飲もうかと使いを出したが、一向に捕まらなんだ」


 二言目にクレームを頂いてしまった。

 国王の表情は若干不満げである。


「それは・・・、お手数をお掛けいたしまして申し訳ございません。私どもダンジョン冒険者はギルドにあまり用がございませんので・・・。普段はダンジョンの方におります」


 平日の昼間は学園にいるのだが、まぁ嘘ではないからセーフだろう。

 ギルドからは冒険者が持つ端末に連絡メールを送れるのだが、それすらなかったと言うところに、国とギルドの権力の格差をひしひしと感じる。


「らしいの。ギルドの者も同じ事を申しておった。・・・それで、お主の背後におるのはハーバード・ナイトレイルか?」


 頭を下げたまま微動だにしていなかったハーバードに王の視線が向く。


 王城に出した前触れでは私の名前しか伝えていなかったが、私と一緒にいる事と徽章のみで名前が言い当てられた。

 国内のAランク冒険者辺りまでは国王も名前を把握しているのかも知れないが、ハーバードは貴族出身だし、私と居ると何かと目立つし、それに、今年1年は王太子のいるクラスの担任だし、国王からの覚えはめでたいのだろう。


「はっ。お初にお目に掛かります。Aランク冒険者、ハーバード・ナイトレイルでございます」


 おぉぉ、ハーバードがちゃんと貴族してる〜・・・。

 まぁ次男坊なので正式には準貴族なのだが。

 Aランクなので扱いは伯爵・侯爵相当なのである。

 次のギルド大会でいいところまで行ければ、男爵・子爵辺りの身分をご褒美で貰えるのではなかろうか。


 ・・・あれ、そうすると私は優勝したら貴族位貰えるのかしらん?

 貰ったところで幽霊貴族になりそうだけど・・・。



「ふむ、お主の事は聞いておる。学園では王太子の事をよろしく頼むぞ」


「もったいなきお言葉。王太子殿下が益々(ますます)躍進出来ます様、このナイトレイル、より一層励んで参ります」


「うむ。二人とも、立ち上がって楽にして良いぞ」


「「失礼いたします」」


 ぽやーっと思考を巡らせていた私はハーバードと共に言葉通り立ち上がるが、国王の前なので楽にする事はなく後ろ手で手を組み、最低限の直立不動のまま話を進める。



「――で?お主らから城に来るとは珍しいが、何用じゃ?」


「本日、城下にて羽耳族の双子を保護いたしましたのでご報告いたします」


 王座の肘掛けに頬杖をつく国王に向け単刀直入にそう言うと、議場の貴族達が一斉にざわめいた。平和な議場に大きな爆弾を投下した(ぶち込んだ)のだから仕方がない。


 そしてその中で不自然に澄ました顔を作る一人の貴族を見つけた。

 羽耳族の、しかも双子が城下で発見されるなんて普通にあり得ないので、彼には何か心当たりがおありらしい。



 いきなりの話に虚を突かれた様に目を丸くする国王が数回の瞬きの後、右手を軽く挙げ貴族達を黙らせ口を開く。


「羽耳族?保護と言う事は何かあったのか?」


「えぇ、まぁ。その双子を保護する際に、ヨーネン侯爵家の者と名乗る男と揉めましてね。異種族の奴隷に関しても、国からの許可は取ってあると申しておりました」


 詳しい名前を出すと周囲の貴族達の視線が一斉に一人の貴族の元に集まり、国王はと言うとちらりと視線を向けるのみで、小さくため息をついた。


 やはりあの男がヨーネン侯爵ご本人らしい。

 しかしこの場にいる貴族達からは責める様な感情は読み取れるが、驚きはさして感じられない。なるほど、公然の秘密であったと?


「ヨーネン侯爵よ。ロキはこう申しておるが?」


「身に覚えがありませんな」


 はい、ギルティー。

 【精霊姫】のスキルを使わなくても、心臓の鼓動と目の動きでヨーネン侯爵の口から出た言葉が嘘だと分かる。案の定シラを切られた訳であるが、あの小太りの男は切り捨てるつもりらしい。

 顔は少し似ている様な気もするが、ヨーネン侯爵とあの男の関係性は未だ分からないままか。まぁ別にその辺りはどうでも良いんだけど。わざわざスキルを使って調べる必要もないだろう。



 しかし、いくら身に覚えがないと言葉を並べても、私が『黒』と言えば『黒』になる。

 それほどSランク冒険者と言う存在には権威があり、この場で私がギルドの総意で即死刑だと言ってヨーネン侯爵の首を狩り取る事も出来る訳で。

 見ると国王から、どうする?と顔色を伺う様な視線を送られてしまった。



「そうですか。ではあの男の戯言であったと、そう言う訳ですね」


「そ、そう言う事になるな」


 頷きながら笑顔を向けると、ヨーネン侯爵は若干頬を引き攣らせ冷や汗を流しながらぎこちない動きで頷いた。


 おいおい、もう少し堂々と言い切ってくれよ・・・。

 そんなにタジタジだと、気付かない振りをするのも難しくなるぞ。



「あの男と無関係であるならば、あの男の向かった商館の地下(・・・・・)にあるものもご存じない、と言う事になりますね」



 馬車で城に向かう途中、なんとなく気になって逃げ出した小太りの男の行方を探ると、辿り付いた場所は商館だった。

 商館には地上に人間族の奴隷が小綺麗に並べられており、その地下で、異種族の特徴を持つ少年少女たちが牢のような場所で不衛生に所狭しと捕らえられていたのだ。

 そのような監視下で羽耳族の双子がどの様にして脱出し私のところまでやって来たのかは不明だが、移動させられる所の隙を突いて逃げ出したとか、まぁそんな所だろうな。


 しかし、(ただ)のコレクションか販売目的か。

 目的は定かではないが、コレクションが目的なら別の屋敷に置くだろうし、やはり裏で取引をしているのだろう。まぁどちらも十分あり得る話なので、ヨーネン侯爵の周辺の人間の屋敷は調べておく必要はありそうだが・・・。

 ・・・しかし、侯爵(・・)なんだよなぁ・・・。



「ッあ、あぁ。そのような事実は存じ上げませんな」


 だからもっとしっかり演技してくれよ。

 ここで全く驚かないとか不自然すぎるんだからな?



「・・・そうですか。―――陛下」


「なんだ?」


 息の浅くなっているヨーネン侯爵の精神状態を無視し国王に声を掛けると、成り行きを見つめていた様で直ぐに返事が返ってくる。



「私といたしましても、事を荒立てるつもりはございません。しかし、身元不明の男のものと見られる商館の地下には、――異種族の者が多く捉えられている様です。城下で羽耳族の子供を保護したと言う事実も存在いたしますし、国としてはいかがいたしますか」



 世界中に根を張る冒険者協会は、もちろん、異種族の国にも同じ様に支部を置いている。

 つまりギルド側からすると、良き隣人達が一国の貴族に非人道的に大量に捕えられていた、なんて事は大大大問題なのである。

 私がこの事実をギルドに上げ訴えれば、この国は否応なしに負ける事になるし、新聞に書かれてしまえば国家的に死ぬ事になるだろう。



 私が国に喧嘩をふっかけている様にも見えるが、しかし火種は明らかに国の貴族である。

 事を荒立てるつもりはないと言う言葉通り、面倒臭い事この上ないので私の所で止めるつもりなので、異種族・ギルド連合軍との大戦争に発展しそうなこの話は、この場だけで収める事はできる。


 しかし、最悪の展開を予感して卒倒しそうな貴族が多数いる中で、国王はあくまで落ち着いていた。



「――うむ、お主に任せる。ロキの成したい様に成せば良い」



 そのまさかの言葉に暫く思考が停止する。


「・・・、・・・陛下」


 どうにか言葉を絞り出したが、今度は私が頬を引き攣らせる番だった。


 おかしい・・・、おかしいだろう。

 最悪大敗を喫する戦争になるのに、1億を超える大国の行く末を、ここで一個人の私に委ねるか?

 一国民でギルド側の人間でもある私に?

 国は気まぐれで動かして良いオモチャじゃないんだぞ?



「ふむ、気を悪くしたのなら謝罪しよう。しかし、以前お主には我の宝剣を与えた。お主に関わる問題はそれ一つで全て解決しよう?」


「それは、・・・そうですが・・・」


 ぐうの音も出ない正論である。


 私が煮え切らない返事をしている間、背後からギョッとしているハーバードの気配が伝わって来る。

 私に国王の宝剣が与えられている事を知っているのはあの場にいた者のみで、大々的に公にはされていない。箝口令も出されていないしギルドの上役に情報は入っているだろうが、新聞には書かれていないので普通は知りえない情報なのだ。

 私から言っていなかったので、ハーバードが知らなくて当然である。



「与えてそれ切り、一度も使っていないと聞いておる。今こそ使い時であろう?」


 国王は呑気にそんな事を言ってくれる。


 ・・・なんでこの人はそこまで私を信用しているのだろう。

 宝剣が私に与えられて2ヶ月以上が経つ訳だが、その間は現実から目を逸らすように記憶の隅に追いやり考えないようにしていた。

 そして謎のまま残っていた国王の真意が、この瞬間で強く思い起こされる。


 顔を合わせたのはエリクサーの時から数えてたったの2回。しかもその1回目に国王は国の最終決定権を表す宝剣をさらりと与えている。

 まさかスキルで変な補正が働いているのか?

 手元に視線を落としステータスを確認しても、対象者を盲信する様な『魅了』や『洗脳』と言った類の精神支配を行なった形跡は一切見られない。

 余計意味が分からない・・・。



「ハハッ、理解に苦しむ顔だな。・・・お主と言葉を交わした者であれば分かるだろうが、お主の言葉からは邪のものが一切感じられんのよ。しかしそれでいて、聖人君主然とした印象を受ける事がないのは、お主が人間らしい心を持っている証拠であろうな」


 突然始まった国王による私の評価発表に思わず眉を顰める。


「他の追随を許さぬ程の圧倒的な強さを持ちながらも、聡明さが垣間見える程に理性的で、人として揺るがぬ倫理観を持ち、更に我ら側貴族の道義も分かっておる。時にはその余裕で己の道を突き進むが、しかし皆がそれを認めるほどのカリスマ性もある。宝剣を与えるにはこれ以上ない人材であろうよ」


 そう、かもしれないが・・・。

 それでも全権を与えるほど信頼する意味が分からない。


 普通、無理だろう。

 私は無理だ、他人に全てを委ねるなんて。


 華の異世界を感じるために冒険者にはなったが、それ以上に弱いのは嫌だと意地を張った結果、一切の隙が出来ないほど強くなった。

 冗談抜きで、多分、私が世界で一番強い。

 モンダールではハーバードや『星降りメテオ』のメンツでダンジョンに潜る事も多々あったが、本当の意味で背中を預けた事は一度もない。


 人は好きだ。

 でも心の底から信用はしていない。

 たとえ冗談を言い合える親友であったも、結局現実では何が起こるか分からないのだから。

 ――・・・結局は、不安なのだ。



 国王は自分で動く事はない。

 つまり自分の目で信頼した人間を使い、国を動かす。

 そこには、人間不信で臆病者の私には到底理解出来ない、王として君臨する者の心理があるのだろう。

 強い人だと、心からそう思う。


 当たり前だが、大国の君主の考える事なんて、ただステータス上で強いだけの私に分かるはずもないのだ。



 顔付きの変わった私に国王は片眉を上げるが、見なかった事にして頭を下げる。


「これ以上ないお言葉、痛み入ります。―――・・・では私は、これより例の男の商館に向かいますので、陛下には騎士団の人員を数名借りたく進言いたします。無事保護できた暁には、国の方で保護してい頂けると」


「・・・。あぁ、承知した」


 国王の発せられるオーラから感情が見えなくなったのを見て、この会話で国王と私の間に見えない線が明確に引かれた気がした。私から引いた。勿論それは分かっている。

 Sランク冒険者と言う事で恐れ多くも歩み寄っていてくれた訳だが、そもそも大国に君臨する国王が私なんかと近い位置に立っている方がおかしいのだ。

 そう、私なんか、ステータスがただ高いだけの、血の繋がらない男爵令嬢。中身のない空っぽの人間なのだから。


 ・・・やっぱりダンジョンに潜っている時が一番気楽だわ・・・。

 何も考えないでいられるし、それが許される。

 現実は考えないといけない事、考えてしまう事が多すぎる。



「――では御前、失礼いたします」


 深々と頭を下げ、視線を落としたまま私はその場を去った。






***








「一線引かれてしまったな」


 議論が交わされていた会議中からは大きく数を減らし、国王の側近、つまり大臣とその秘書のみが残った会議室。

 この場を去った者は今頃せっせと仕事に励んでいるのだろう。

 週に1度の貴族会議が開かれた後は、大臣でも国王から声を掛けられた数名のみが残る事はあるのだが、今日に至っては大臣全員がその場に残っていた。



 熱気のない静かな議場に国王の少し寂しげな声が響く。


 ロキの出て行った扉をぼんやりと見つめている国王を見て、左宰相のマルスニア侯爵が口を開いた。


「少し、踏み込むには早かったのでしょうな・・・。我々は冒険者新聞で彼の活躍や人となりを十分存じておりますが、彼からすると我々は最も縁遠い人間でありましょう」


「案外、普通の少年の様ですな」


「それもそうであろう。出生はどうであれ、まだ15程であったはずですからな」


「うちの孫息子と同じ歳ですな・・・」


「第一、その年でSランク冒険者というのも末恐ろしいですがな」


「違いない」


 マルスニア侯爵に続いて、同派閥で仲の良い3名、財務大臣のアディストン伯爵と騎士団長のポート侯爵、法務大臣のブランネ伯爵が神妙に頷き合う。



「――しかし彼は一体何者なのでしょうな?アスティアの力を持ってしても正体の掴めない人物をそこまで信用して良いものなのか」


 誰もが気になっている事をはっきりと口にした内務大臣のゾンダーク侯爵。

 しかし後半の呟きのような空気を読まない疑念の言葉に、今まで一言も発さなかった右宰相のレティツィア侯爵が眼光鋭く反応し口を開いた。


「口が過ぎるぞゾンダーク侯爵。陛下のご判断を否定なさるのか」


「い、いえいえその様な事は・・・」


 王家崇高者と揶揄される年長のレティツィア侯爵の強い言葉を聞いて、途端にタジタジになるゾンダーク侯爵であるが、彼は貴族派閥でも強い発言権を持つ者であるため、平民出と思われるロキに対し不信感を持ってもおかしくはない。

 レティツィア侯爵は中立派閥、考えの大きく違う派閥の者同士は衝突する事が当たり前である。

 そしてそれを聞いている国王が右手を軽く上げて収めるのが貴族会議毎回の恒例なのだが、今日に至っては穏やかに静観していた。


 そして話題に上がったアスティアの影の統括にチラリと視線を向ける。



「ーーリアム」


「如何いたしました?」


 スルーしてくれる事を期待していたアスティア侯爵であったが、そう上手くは行かなかったらしい。

 昨今話題の世界最大の謎は国王も気になって仕方ない、と言う事だろう。


 このタイミングで話を振られた事、そしてこの後に聞かれるであろう事を考え若干の緊張はするものの、その様な感情は(おくび)にも出さず返答したのだが、国王の眉が小さくピクリと動く。

 機微に聡すぎる君主を見て、内心ため息を吐いた。


「お主の影、アスティアでは何か情報は掴んでおるのか?」


「・・・()の正体でしたら」



『―――⁈』



 使える君主に嘘をつくなんて事は許されない。

 絞り出す様なアスティア侯爵の言葉に、議場を囲んでいる貴族はもちろん、扉に控える近衛騎士に至るまで、その場にいる全ての人物が大きく息を呑んだのが分かった。



「本当か⁈」


「なぜ報告せぬ!」


 しかし初めの反応は皆同様であったが、責める様に声を荒らげる貴族は少ない。

 今日一騒然とする議場であるが、国王が収める前にアスティア侯爵の静かな声がスウッと響いた。



「――知って、どうするのですか?」



 冷たく響いたアスティア侯爵のシンプルな言葉には、しかし強かに怒りの感情が乗っており、それを感じ取った貴族達は揃って口を噤む。

 今度は黙りこくった貴族達を見て、確かめる様に繰り返し言葉を紡ぐ。


「彼の正体を知って、卿らはどうするのですか?弱みでも握るのですか?そして人質でも取るのですか?」


 アスティア侯爵はここにいる者の多くと同じ大臣格ではあるが、それ以上に世界有数の諜報機関アスティアの影の統括である。情報を牛耳る魔王とも揶揄される人物の滅多に見る事のない凄みにビビり散らす貴族達。


 ロキの弱点になりうる人間の中には間違いなく愛娘が含まれるのだから、正体を知っているアスティア侯爵が不機嫌になるのは当たり前である。


 そんな様子を見て苦笑いを浮かべながら国王が口を開いた。


「リアムは知っていたのだな。ならばこの場で聞くのは悪手であったか?」


「・・・、いえ、これを機に少しばかり交流を図る事にいたします」


 名を呼んだ時点で悟っていたクセに白々しいと心の中で毒付くアスティア侯爵であるが、この場にる者は身分が近い者同士であるため付き合いは長い。そんな彼の心の内はバレバレである。

 王家への礼儀に厳しいレティツィア侯爵も、アスティア侯爵には彼の家の役目からか目を瞑る事が多いため、口にしない限りはとスルーである。

 大臣格では年少組に属するアスティア侯爵だが、この中では最も存在感のある貴族であろう。



「ハハッ、そう機嫌を損ねるなリアムよ。しかしお主がそこまで肩を持つと言うことは、やはり、我の目に狂いはなかったと言う訳か」


「私はそう愚考いたします。取り分け、陛下の宝剣を渡された事につきましてはご英断であったと。さりとて、陛下でありましても、彼の正体についてお教えする事はいたしかねますが」


「――侯爵」


 流石に看過できないとレティツィア侯爵が口を開くが、それでもアスティア侯爵は首を横に振る。


「この件に関しましては、私も譲る事は出来ませぬ故」


 アスティア家の性質上、彼らは常に秘密主義であるため、レティツィア侯爵は分かりやすくため息を吐いて諦める様に視線を逸らした。


 アスティアの影の者が一徹して黙秘する情報について、彼らは一度として口を割った事がない。拷問でもしない限り吐き出させる事はできず、しかし世界最高峰の諜報機関の者が拷問へ対策していない訳もなく。つまり問い詰めるだけ無駄なのである。


「なるほど、お主がそこまで言うのなら、やはりロキについては深く追求せぬ方が吉なのだろうな」


「お国のためにもそうして頂けると」


「ふむ。ギルドを敵に回すより、ロキを敵に回した方がリスクは高かろうな」


 これ以上言う事はないと口を閉ざしたアスティア侯爵に代わり、マルスニア侯爵が口を開いて頷いた。


「おっしゃる通りかと」









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