プロローグ
壁も床も天井も、その全てが白い石材で作られた巨大な空間に、鋭い剣戟の音が響き渡る。
純白の柱が等間隔に並んでいるこの空間は、どこか地下神殿を彷彿とさせる。
そんな浮世離れした部屋の真ん中で、接近戦を繰り広げているのは、ミスリル製の軽装備を身に纏った黒髪の少年と、馬の下半身と人間の上半身を併せ持ったミノタウロス5体である。
そして、その奥の王座に悠然と控えるのは、黒い靄の掛かった半透明な人型の魔物。
悪精霊と呼ばれるこの魔物は、少年のいるモンダールダンジョン74階層の階層君主である。
悪精霊は現在戦闘に参加していないものの、数は1対5。
側から見れば、頭までの高さが少年の身長の1.5倍はあるケンタウロスが圧倒しているかの様に見えるが、対峙している少年の表情はこの場に似合わず明るい。
朗らかに鼻歌まで歌っている始末だ。
遊んでいる様にも見えるが実際、少年からすればこのダンジョン攻略は理想の遊戯なのである。
常人には見えない速さで振り下ろされた巨大な斧に反応して見せた少年は、すれ違いざまに華奢な長剣を一振り。
一瞬、純白の長剣に稲妻が走った。
そして眩しい一閃の光がケンタウロスの胴に走り、その巨体が音もなくズレた。
「ーーグモオオオォォォッッ!?!」
少年の素早すぎる動きに視線が追いつかず、少年の姿を見失って見失ってからと言うもの、自分の身に何が起きたのか分からないケンタウロスは、悲痛の叫びを上げる事しか叶わなかった。
世界の定めに従い、ケンタウロスの身体は魔力へと霧散しダンジョンへと吸収されていく。
その場に残ったのは、両手に収まるぐらいの黄土色の魔核石だけであった。
音を立て床に転がる魔核石の大きさに満足したのか、少年の顔がより一層明るくなる。
仲間が倒された事を認識した残り4体のケンタウロスが、1拍の後、目の色を赤く変える。
そして怒りの表情を浮かべ、咆哮と共に少年へ大斧を振り下ろした。
【怒り】の状態異常。
目の前のケンタウロスたちには、通常時より攻撃の激しくなるバフがかかっている。
そんな状況にも関わらず、どこか捉え所のない少年は舞う様に剣を振るいーー。
そして、瞬きする隙も与えないうちに、4体全てを軽く屠ってみせた。
少年の繰り出した剣の軌跡が空間に伸び、そして消えるのとほぼ同時に4体のケンタウロスがその存在を消滅させた。
魔力残滓の漂う中、新たに落とされた魔核石の色や大きさを確認しながら、少年が横目に王座を視界に入れると、そこにいるはずの悪精霊がいつの間にか姿を消していた。
普通なら慌てて姿を探すところだが、少年は相変わらず飄々としており、散歩に向かう様な軽い足取りでゆっくりと王座に近づいて行く。
そして不意に立ち止まり、体の左側に剣を構えた。
――ガキイイィィィーーーー……ン
鈍い衝撃音が響き渡る。
そこには長剣と迫り合いをしている悪精霊の姿があった。
引っ掻きに特化した長い爪と華奢な長剣の間に火花が散る。
悪精霊は口角を吊り上げた醜悪な表情を浮かべ、残りの腕を予備動作もなく少年に向かって無慈悲に突き立てる。
しかし、少年はその攻撃を半身引くだけの最小限の動きで交わしてみせた。
そしてその腕を光属性の魔力を這わした手で掴み、悪精霊に向けて膨大な魔力を流し込む。
「ーーキュィアァァァァァァァァァァ―――――‼︎⁈」
悪精霊の持つ魔力とは正反対の光属性の魔力に、甲高い声で叫びを上げる悪精霊。
その声に少年の顔が初めて不愉快そうに歪む。
そしてあまりの不快さに、致死量の魔力を流し込む前に悪精霊から手を離してしまった。
HPの9割を一気に削られた悪精霊は、たたらを踏み後ずさる。
そして慌てた様な表情と共に再び姿を消した。
敵が視界から消えたことに少年はムッとした表情を見せるが、小さなため息を一つ吐いてすぐ持っている長剣を左脇に構え、瞼を閉じ静かに溜めの姿勢に入った。
一切の音の消えた空間ーー。
しかし少年の目には、悪精霊の纏う魔力の動きがはっきりと見えていた。
仄暗い魔力の塊が、この空間を立体的に、そして不規則に動き回っている。
位置を悟れれない様に動いているらしい悪精霊は、少年の隙を伺っているらしい。
少年がその動きに呼吸を合わせると、構えた長剣に水色の雷電が走り始めた。
悪精霊の弱点の光属性と少年が得意な雷属性。
そして、物は試しにとぶっつけ本番で組み合わせたのは水属性であった。
少年が自重することなく思いっきり魔法をぶっ放せるのは、もはや環境が破壊不可能なダンジョン内のみなのである。
愉快げにニヤリと口端が上がる少年。
目を見開き、完全に先の動きを捉えた悪精霊に向かい剣を振り抜き、魔力を思い切り放出する。
青白い迅雷が龍を象り、20メートルほどを光の速さで走り抜けた。
次の一歩を踏み出していた悪精霊はその速さに視線を移す事しか叶わず、己を喰わんと顎門を開き迫り来る龍に驚愕の表情を最後に、その存在を消滅させた。
そして青光の龍は勢いそのままジュドオオォォン!!という轟音と共に、階層ごと衝撃で震わせながら壁に激突した。
明らかにオーバーキルである。
破壊不可能のはずの壁に若干の罅を残して消えた電雷の龍に、少年は少し意外そうな顔をしたが、直ぐに満足げな表情を浮かべ、肩に長剣をトンと乗せた。
階層君主の討伐を確認したダンジョンが、王座の手前に金色の宝箱を、そして王座の奥に扉を出現させる。
その向こう側には一つ下の階層、75階層に向かう安全区画の階段がある。
少年は手に持つ剣を腰に携えた鞘にキンッと収めながら、ケンタウロスの5つの魔核石と、それらとは格別な光を放つ悪精霊の精霊石を拾い集め、亜空間にある自分の『収納』に放り入れる。
そして、トトトッと軽快に王座に駆け寄り、そこにある宝箱を慣れた手付きで、それでいてワクワクとした笑顔を浮かべながら開いた。
宝箱の中にあったのは、マジックスクロールとスキルスクロール、そして帰還石の3つであった。
幾らかの確率で古代文明の魔導具が出ることがあるので少し期待していた少年だが、いつも通りすぎてその顔に少し微妙な表情を浮かべる。
アーティファクトのドロップ率は決して高くないのだ。
まぁ、この2つのスクロールも決してハズレではなく、世界中の人間が喉から手が出るほど欲しがるアイテムではあるのだが・・・。
直ぐに使う予定の帰還石のみを残し、その残りを『収納』に仕舞う。
そして大きく伸びをして、脱力しながら大きく息を吐いた。
下層へ降りる扉に視線を移すものの、取り出した懐中時計の示す時間を確認しながら、首に手をやりコキコキと首を鳴らし少年は口を開いた。
「・・・帰るか」
帰還石を片手にその場から姿を消した少年。
その声は男性にしては少しばかり中性的な声だった。
***
最高難易度Sランクダンジョン、モンダールダンジョンの入り口にて。
いつもとは違うざわつき方をしているその場所に、端末を片手に何やらぶつぶつと呟きながら黒髪の少年が現れた。
「うっわレベル上がってるし。あのボスどんだけ経験値高かったんだよ。それにスキルレベルまで上がってる。宝箱はショボかったけど、まぁ総合的に見て今回は上々かな・・・。・・・ん?」
人の気配がする割に一気にシィ〜ンと静まり返った場の空気に違和感を感じた少年が顔を上げると、呆然としている冒険者達と目が合った。
「あれ、どうしたんですか?皆さん」
厳つい武器や鎧を見に纏い総合的に威圧的なオーラを醸し出している冒険者達だが、少年にとって全員が仕事仲間の顔見知りであるため、気軽にそんなことを口にした瞬間、それを皮切りにウオオオオオオオォォ!!と雄叫びを上げ始める冒険者達。
仲間達の激しい反応に虚を突かれた少年は、思わず後ずさった。
「ど、どどどどうしました?!」
いきなりの展開にビクビクしながら身構えている少年に、1人の若い冒険者が苦笑いを浮かべながら歩み寄り、その肩に軽く手を置く。その表情は少し呆れている様にも見える。
「お疲れ様、ロキ。今回の攻略、相当な威力の攻撃を放ったんじゃないのか?」
「ハーヴィーですか。えぇそうですね。かなりの威力で壁にヒビが入りましたけど。・・・え、まさか・・・、ここまで揺れたんですか?」
最上級な鎧を見に纏う両手剣使いの友人に少年がそう聞き返すと、彼は苦い表情を浮かべながら大きく頷いた。
そしてその背後から肩に腕を回し、剽軽に話を繋げたのは彼のパーティーメンバーの弓使いである。
「そうだそうだ。『すわっ、スタンピードの前触れか?!』『Sランクダンジョンのスタンピードなんて前例がないぞ!!』って俺らが集まったんだけど、ロキが出て来たのなら階層君主の攻略で揺れたんだなぁ〜って、この有様だよ。・・・って言うか、ダンジョンの壁にヒビぃ・・・?」
なるほどとそれを聞き、目の前でどんちゃん騒ぎを繰り広げる冒険者達を見てつい笑みが漏れる少年。
「あははっなるほど。それはお騒がせしました。と言ってもヒビはすぐに直っちゃいましたけどね」
「いやいや、ヒビが入る時点で意味が分からないから。流石Sランク冒険者、やること成すことえげつないなぁ・・・」
そんな言葉を聞き流していると、テンション高めに荒れ狂う冒険者達の肉壁から、弱々しい体型の男性が少年の名を呼びながら飛び出してきた。
「ロキさーーん!!階層攻略おめでとうございます!!新聞局のジャックです!今から取材いいですか!?」
ジャックと名乗った男は嬉しそうに手を振りながら声を張り上げた。
「あぁ、ジャックさんこんにちは。えぇ、30分ぐらいならいいですよ」
「いつもご協力ありがとうございます!支部長も既に呼んでいますのでどうぞこちらへ!」
ワイワイ騒ぎながらも少年に道を空ける冒険者達。
話していた友人達と別れ、開かれた道を歩きながら、野次の様に飛んで来る賞賛の声にありがとうと素直に礼を述べ、軽く手を振る少年。
「ロキさんの今回の攻略についての記事は、明日の冒険者新聞に載せるので、みなさんぜひ購入して下さいね〜!!」
商魂逞しく声を上げて宣伝をする記者の青年に、方々から冒険者達の了解の返事が飛び交った。
***
冒険者新聞は世界共通である。
その情報で各国の冒険者の印象を大きく左右するため、載せる記事は支部長か副支部長の立会の元で行われる決まりになっていた。
そのため階層攻略後はだいたいこう言った流れなのだが、設置された録音機、最高級の差し入れ、今回の攻略での成果物が机に広げられる中始まった取材は、「30分ぐらいなら良いですよ」と言った当初の約束通り私の拘束時間を30分で収めてみせた。
さすが凄腕記者のジャックである。
差し入れを手土産にジャックと支部長と別れ部屋を出ると、ギルドの酒場でいつも通り出来上がった冒険者達に飲みに誘われるが、未成年を理由に断り帰路に着いた。
日が沈み街頭の明かりが煌々と街を照らす中、街ゆく人からの声援にサインやら握手やらのファンサービスで応えながら、こっそり発動している【隠密】のスキル効果を緩やかに上げていき、頃合いを見てローブを被った。
いつも通り少し遠回りをして、賑やかな商業区から閑静な住宅区に区画が変わる頃には、完全に存在を消した私は、この街で一番大きな屋敷の塀を飛び越える。
芝生の上を歩いているにもかかわらず足音が一切しない中、見回りの騎士とすれ違うも一切感知される事なく、私は裏庭に回り込み母屋へ辿り着いた。
【隠密】のレベルを下げながら魔法の影を伸ばし、目的の2階の窓に1回・2回と決まったリズムでノックすると、予定通り中から窓が開けられた。
それを見て木を伝ってバルコニーに飛び乗る。
窓から中に入ると書斎の匂いが鼻腔を抜け、目の前には頭を下げるメイドが一人。
「――お帰りなさいませ、ロクサーナお嬢様」
フードを取りながら日中掛けっぱなしであった【偽装】のスキルを解除すると、ミルクティーベージュの長い髪が窓から入る風に靡いた。
「ただいま、メルリィ」
ロクサーナ・バートン男爵令嬢――
これが今世での私の生まれ持った肩書である。
【主人公、物語スタート時のステータス】
名前:ロクサーナ・バートン / ロキ
身分:バートン男爵家次女 / Sランク冒険者
年齢:14
性別:女
種族:人間 / 上位人類
レベル:353
H P:1080
M P:2400
状態:超健康
S T R:980
D E X:1000
V I T:1300
A G I:1500
I N T:900
M N D:1100
L U K:1000
称号: 転生者 / 精霊姫 / 男爵令嬢 / 偽る者 / 努力する者 / 魔法使い /ダンジョン攻略者 / 魔法剣士 / 通訳者 / 殺戮者 / 剣豪 / 無双する者 / 幻獣殺し / 精霊殺し / 幸運を掴む者 / モンダール・ダンジョン記録保持者 / コメル・ダンジョン踏破者 / ロサ・ダンジョン踏破者 / 魔導王 / 超越者 /
スキル:――
攻撃:棒術Lv.2 / 剣術Lv.10 (MAX) /
耐性:物理Lv.5 / 魔法Lv.6 / 毒Lv.6 /
魔法:深淵魔法Lv.4 / 光魔法Lv.5 / 氷魔法Lv.4 / 火炎魔法Lv.4 / 風魔法Lv.6 / 雷魔法Lv.9 / 生体魔法Lv.6 / 付与魔法Lv.5 (MAX) /
その他:精霊姫Lv.― / 生活魔法Lv.6 / 偽装Lv.3 (MAX) / 言語Lv.6 / 隠密Lv.10 (MAX) / 察知Lv.8 / 威圧Lv.3 /
(※常人ステータス値は2桁)
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・冒険者ランク:F→E→D→C→B→A→→→S。Bランクが男爵位相当、Aランクが伯爵・侯爵位相当、Sランクを準王族の様な別格の公爵位相等の権威。
・フィールド冒険者とダンジョン冒険者でランク上げの条件が異なる。
・冒険者登録の年齢制限の解禁は10歳
・完全攻略→踏破
・魔石:魔物から魔核石、鉱脈から魔鉱石。
・帰還石:ボス部屋でのみ使用可能。他のボス戦での緊急時にも使用可能。入場時は入り口前のモノリスにて攻略済み階層へ飛べる。
・端末:異世界版スマホ(ステータス確認、身分証、行動履歴、銀行口座へのアクセス、タッチ決済、メール送受信、時間表示、コンパス表示、世界地図(ダンジョン内以外))。冒険者へは登録時に無料配布。5万ジルで購入可能。
・買い物は基本電子決済。硬貨を見る機会はあまりない。1ジル≒1円、
銀貨1枚千ジル、金貨1枚10万ジル、白金貨1枚1千万ジル、紅金貨1枚10億ジル