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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
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第07話_対峙


 八回目の人違いの後、礼人(れいと)は出店で買った冷たい缶ジュースを一気に飲み干した。


 観客席の歓声が、ひときわ高くわきおこる。観客席のある建物が壁となって戦場を隠しており、なにが起こったのか、ここからでは確かめられない。


「ちっくしょう……会場が広すぎんだよ」


 マリオネット・フォーミュラは世界規模の大会だ。集まった人々を収容したうえでマリオネットたちの戦場を確保するためには、とにかく広くなければならない。海外の会場では、ひとつの市よりも広大な所もあるほどだ。起こりうる事故や犯罪も、都市のそれと変わりはない。


 握りつぶした空き缶を捨てると、礼人は捜索を再開した。土筆(つくし)(うらら)仄香(ほのか)の三人も別れて会場をしらみつぶしに見て回っている。


 マリオネット・フォーミュラの会場は戦闘区画を中心として、周囲を囲む形で雛壇型の観客席、外縁部の自由区域という三重構成である。土筆と麗は観客席のほうを、礼人と仄香は自由区域の分担だ。


 混みあった屋外食堂の席を、礼人はひとつひとつ確かめた。だが、美蕾(みらい)の姿はここにもない。


 ブルー・ヘヴンという言葉を耳にしたような気がして、礼人は足を止めた。四方にモニターをそなえた実況中継塔が戦場を映し出している。観客席の外----自由区域は飲食店やグッズ売り場といった商業活動、イベントの開催などが認可されている。それらが目当ての人々や、観客席に入れなかった人々でもマリオネットたちの戦闘を観戦できるように、随所に中継放送塔が設置されている。


 見慣れた紫色のマリオネット----ブルー・ヘヴンが三体のマリオネットたちと混戦を繰り広げている。相手の武装はライフルやハンマー、電動ノコに長い棒だ。ブルー・ヘヴンは背後をとられないように、外へ外へと動き周りながら、ハンドガンを連射している。


 中継塔からは、そこに映っている各マリオネットの紹介が流れていたが、礼人(れいと)はよく聞いていなかった。 


 ブルー・ヘヴンたちの戦いに変化があった。四体のそれぞれが相手をひとつに定め、二組に別れようとしている。だが、ブルー・ヘヴンは目の前のハンマー使いに背を向け、離れたばかりの二体へと加速していった。ライフルを装備したものと電動ノコを持ったもの----二体のマリオネットはそれぞれが目の前の敵に集中しており、接近するブルー・ヘヴンに気づかない。


「やれるか?」、拳を握り、固唾を飲む礼人。


 ブルー・ヘヴンが肩から小型ミサイルの群を解き放つ。二体のマリオネットたちは直撃を受け、爆発に飲みこまれた。礼人の身体に、かすかな振動が届いた。近くにあった観客席がどっと沸く。このすぐそばでブルー・ヘヴンは戦っているようだ。


「なんで見届けてやれないんだよ。あの娘、見つけたら叱ってやる」


 中継放送塔の画面の中では爆煙が晴れ、ブルー・ヘヴンがゆっくりと歩き出していた。


 ----と、紫色の機体が大きく跳躍する。一瞬前までブルー・ヘヴンのがいた場所でなにかがはじけ、火柱が出現した。


 四つ足の獣を思わせる下半身と、西洋風の鎧をまとった騎士の姿をした上半身----新たなマリオネットが、槍を模した巨大銃の砲口を、ブルー・ヘヴンに向けていた。


 連続的に飛来する無数の火炎弾を、ブルー・ヘヴンは巧みに避ける。小刻みに位置を変えて狙いをつけられにくくするブルー・ヘヴンだったが、取り巻く火柱の数が増えるにつれ、逃げる範囲が狭まっていく。左へと移動したブルー・ヘヴンの動きが、一瞬止まった。紅色の弾丸が、ブルー・ヘヴンをとらえた。倒れたブルー・ヘヴンを炎が包みこむ。赤いゆらめきをすかして黒色に見えるブルー・ヘヴンが、鈍い動作で起きあがろうとしていた。


 礼人は人をかきわけて最前列にいき、中継放送塔の画面に鼻をくっつけた。


「立ってくれよ、ブルー・ヘヴン。こんなところで終わるなんて冗談じゃないぞ」


 画面の隅に残りの機体数が表示されている。その数、六二。予選終了まで、あとわずかな時間しか残されていない。


「ちょっと見えないだろ。離れろよ」

「なぁに、あの人。頭おかしいんじゃない」


 などといった非難の声がとんでくる。礼人がそんな反感を無視して放送塔にしがみついていると、上着のポケットに入れておいた携帯電話の呼び出し音が鳴った。怜奈(れな)からだ。


「あの子が見つかったわ。中継の映像に映っていた」


 電波の状態が悪く、聞き取りづらい。礼人は大声で、美蕾の居場所の目印になりそうな物を尋ねた。


 六つの手を備えた機体と五体のマリオネットたちの戦闘。低空飛行の飛行船。観客席に立てられた、某コンピュータ会社の看板----礼人の脳裏に閃くものがあった。


「それならさっき見たぞ。他のみんなにも連絡入れておいてくれ」


 目星をつけた場所へ、礼人は急いだ。ブルー・ヘヴンのことは、信じて結果を待つしかない。


 礼人は人混みの中を走り、観客席へと続く狭い通路を抜けていった。観客席へと出た時、マリオネットたちの戦場で大きな爆発が起こった。舞い上がった破片は、観客席のほうへと飛んでくる。それらの泥や土、機械の残骸は空中で見えない壁にぶつかり、観客席へ降ってくることなく、戦場へと落ちていった。雛壇状の観客席は、特殊材質で作られた透明の丸形風防で覆われており、マリオネットたちの戦闘のあおりを食うことはない。


 雛壇の一番上へと歩きながら、礼人は周囲に目を凝らした。目印の看板はすぐに見つかった。


「見通しはいいけど、この中から一人を探すなんて」


 無理な気がする、と言いかけた礼人は走りだした。一番下の出入口通路に入っていく一人の後ろ姿を見つけたのだ。遠いため顔までは判別できないが、服装は美蕾と同じだった。


「いつまで走らせりゃ気がすむんだよ」


 螺旋状の階段を数段とばしでかけおりたものの、礼人は追いつくことができなかった。雛壇状の建物の外へ出ると、美蕾の姿は建物の陰に消えるところだった。


 会場は、戦場の周囲をすべて観客席施設で取り囲んでいるわけではない。マリオネットの搬出入や設備調整を円滑におこなうために、雛壇状の建物は間隔をあけて設けられている。美蕾は、そういったゲートのひとつへ向かっていた。 


 ゲートには人だかりができていた。幾重にも張られた金網を挟んで、すぐそばでマリオネットたちの戦いが展開されている。六つの手を備えた紅色の機体が、四体を敵に回している。


 美蕾は、人だかりの最前列に立っていた。


 目立つ紅色のマリオネットを眺めていた彼女は、ふいにロープをくぐって、侵入禁止の位置にまで入りこんだ。遠くの警備員が笛を鳴らして注意する。嫌な予感が礼人をつき動かし、人の壁を拳と肘で強引に切り開いた。


 美蕾の手が金網をつかもうとした瞬間----礼人は彼女を金網の前から引きはがした。


「バカ、大火傷するぞ! なに考えてんだおまえ」


 金網には、戦闘領域からの流れ弾や破片を防ぐために高電圧がかけられている。子供や心臓の弱い人間が触れてしまえば、怪我だけではすまない。


 美蕾は無言だった。その大きな瞳は無表情で、ただ六手のマリオネットを見据えている。礼人もつられ、マリオネットたちの戦闘領域へ目をやった。


 四体の敵をすべて葬った紅色のマリオネットが、美蕾と礼人に応えるように、顔をこちらへ向ける。額にデータ転送のためのアンテナを生やしたその頭部は、端正な造りだが、まるで凶暴性を押し殺した鬼のようでもあった。言葉にならない恐怖に、礼人は足がすくんだ。


 紅色のマリオネットの動きが止まり----次の瞬間、痙攣のように身体を震わせた。三本の手で頭を抱え、丸めた背をのけぞらせ、救いを求めるように虚空をかきむしる。


「なんだ、こいつ?」


 礼人の直感が危険を告げる。プログラムミスによるマリオネットの暴走は珍しいことではない。だが、目の前の紅色のマリオネットの狂いぶりは異常だった。


「おい、なんかヤバイんじゃないか」


 人々がゲートから離れ始める。礼人も移動しようとしたが、美蕾が動こうとしなかった。彼女の顔は青ざめ、唇が震えている。呼吸が荒く、不規則になりつつあった。


「おい、どうした。しっかりしろ」


 礼人の声など届いていないのか、美蕾の目線は紅色のマリオネットに注がれている。


 六手が大型機関砲を構える。紅色の身体の震えは止まっておらず、むしろ激しくなっていく。機関砲が火を吹いた。狙いは定まっておらず、火線は蛇行しながら地面を這っていき、ゲートへと迫ってくる。


 防御用の金網に衝撃が加わり、放電が始まった。六手は機関砲を撃ち続ける。何重もの金網が破られることはなかった。高電圧が空気と銃弾を灼き、異臭があたりを満たす。ゲートに集まっていた人々は先を争って逃げだした。


 土くれを巻き上げた爆風が金網をこえ、突風となって礼人たちのところまで熱を運んでくる。なにかの破片が礼人の頬をかすめていった。触れてみると、指先が血で濡れた。


 美蕾をつれて逃げなければ----礼人がそう思った時、紅色のマリオネットの大型機関砲の砲身が空回りし始めた。弾切れとなった武器を、狂ったマリオネットは礼人たちのほうへ投げつけた。放電をまき散らしながら衝撃を吸収した金網が大きく歪む。


 紅色のマリオネットは金網に体当たりしてきた。高圧の電流が一度マリオネットをはじき飛ばすが、紅色のマリオネットは諦めることなく金網にぶつかった。金網を引き裂こうと、六つの腕であがきもがく。わずかにできた破れ目に巨大な体をもぐりこませ、強引に先へと進む。

 ゲートのそばに残っているのは礼人(れいと)美蕾(みらい)の二人だけだ。


「いくぞ!」、礼人の手を、美蕾は払いのける。その場に座りこんだ美蕾は耳をふさぎ、大きな悲鳴をあげ始める。それは恐怖だけではなく、すべてを拒絶しているような哀しい響きをもっていた。


「なにやってんだ。早くここから離れるぞ」


 礼人は美蕾の頬を軽く叩いてみたが、美蕾は頭を左右に振るばかりで、瞼を開かなかった。


 紅色のマリオネットが最後の金網に手をかけた。礼人は年寄りじみた気合いとともに美蕾を抱き上げた----その途端、紅色のマリオネットの狂気じみた動作が鈍くなり、すぐに停止した。


 所属チームからの緊急停止信号。マリオネットの技術者である礼人はそう悟った。これで、目の前のマリオネットが動くことはないだろう。


 安堵とともに全身の力が抜け、礼人はその場にへたりこんだ。腕の中では美蕾が、涙を流しながらあえいでいる。


「落ち着いてくれよ。もう終わったぜ」


 髪をかき上げ、礼人は言う。しかし、美蕾の耳には入っていないようだ。礼人は舌打ちした。


 実況中継が、予選終了を告げている。礼人は中継塔を探したが、近くに見当たらなかった。運営委員会が予選通過のチーム名を発表するまでにはまだ時間がかかるだろう。


「うちの連中に訊けばわかるか」


 美蕾を保護したことも報告しなければいけないだろう。礼人が携帯電話をかけていると、救急車のサイレンが近づいてくるのがわかった。


 美蕾の身体の震えは、まだおさまっていなかった。




(つづく)

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