第03話_別れのはじまり
礼人は車のハンドルをきりながら、腕時計へ視線を落とした。助手席に置いた小さな紙袋が視界の隅に入る。
「どこかで昼飯を食っておけば良かったな」
海岸沿いに伸びた道路には標識や広告看板が立っているだけで、店はどこにも見当たらない。広い道路を走る車は少なく、歩行者の姿は皆無だ。薄い雲間からこぼれる陽射しは穏やかな海面で照り返し、近づく春の気配が感じられた。道路を挟んでは、平坦にならされた空き地に「売り地」と書かれた看板がずらりと並んでいる。
「これじゃ、コンビニもあてにできないか」
礼人の職場----チーム「ready」の作業所兼事務所は埋め立て地の一画にある。雑草の茂った広大な敷地の中に、鉄筋三階建てが一棟あるだけだ。建物の裏手の駐車場へと、礼人は車を進ませた。ひび割れたアスファルトから丈の短い草が顔を出している。駐車場には多くの車が停まっており、礼人はアスファルト舗装を施されていない場所に車を停めるしかなかった。
裏口のドアを開けようとすると、ボンっという爆発音が聞こえた。
「あのバカ、またなにかやったな」
紙袋を抱えたまま、礼人は走った。倉庫を改造したガレージへは、外から向かったほうが早い。重いシャッターを一気に引き上げると、煙があふれだしてきた。せきこむ礼人の鼻孔を、焦げついた臭いが刺す。煙で染みる目をこすりながら、礼人は空也の名を叫んだ。
「ああ、礼人か。どうしたんだ」
空也は煙の中から、煤だらけの作業着姿であらわれた。寝ぼけ眼で大欠伸をする空也に、礼人は詰め寄る。
「なんだったんだよ、さっきの爆発は! ブルー・ヘヴンを壊したんじゃないだろうな!」
「いんや。俺にもわからん。作ったばかりの電子レンジで、残り物の弁当を温めていただけなんだけどな」
「それだよ。その電子レンジが原因だ」
礼人は空也の鼻先に人差し指をつきつける。空也は腕を組んで首を傾げた。
「なに言ってんだ。電子レンジは爆弾じゃないぞ」
「レンジが問題じゃなくて。おまえが作った物ってのが危険なんだ」
「失礼な奴だな。よぉし、だったら確かめてみるぞ。ちょと待ってろ」
空也は鉄屑とガラクタの山をかきわけていく。ガレージにはたくさんの機械が積まれている。別室の中には、「ready」のマリオネット「ブルー・ヘヴン」が保管してある。
床を這うケーブルの一本を、礼人は爪先で動かした。拍子に、隅にあったパソコンと基盤の山が崩れ落ちる。
「それって、パソコンのモニターにしか見えないんだけどな」
礼人は小さく呟いた。空也がとりついている機械はパソコンの大型CRTモニターとスピーカーのアンプを一体にした物だ。
「気にするな。電磁波を扱う点では同じだから。焼きそばを入れて、と。んじゃ、始めるぞ」
空也がスイッチを入れると、モニターが発光し、淡く躍動していった。所々で火花が蠢く。その現象は次第に力強く、激しくなっていった。礼人のこめかみを冷たい汗が伝う。
「なぁ、やっぱりやめておいたほうが」
「心配性だな、おまえは。そんなんじゃ、こいつが給湯室へ置かれてもずっと使えないぞ。文明の利器は有効に使わないとな」
「給湯室って、プロパンガスが……」
あるはず、と言いかけた礼人は危険を感じ、ガレージから逃げ出した----直後、閃光と突風が轟音とともにガレージから噴きだした。礼人は紙袋を抱え、建物の陰にしゃがみこんだ。入口から噴きだす煙があらかた鎮まるのを待って、礼人はガレージ内を覗き見た。
「ちょっと焦げ目が多いけど。ま、使えるか。こないだ食べ残したピザはどこに置いたっけ」
あぐらをかいて焼きそばをすする空也を、礼人は呆然と見つめることしかできなかった。空也を放っておいて、礼人は会議室へ向かった。普段使われることのないその部屋は三十人ばかりの社員でいっぱいだった。「ready」に所属している人間の大半が集まっているようだ。会話をしている者も多いが、ほとんどが声をひそめており、重い空気が漂っている。
マリオネット・トレーニング部門に所属する礼人の直属の上司と目があったので、礼人は挨拶しておいた。空いている席を探していた礼人は実弥の姿を見つけ、隣りに座った。
「久しぶり。これ、カナダ土産」
頬杖をつく実弥の前に紙袋を置くが、「いらない」、と彼女はそっけなく顔をそむけた。
「どうして」
「その必要がないからよ」
どういう意味だよ、と礼人が口を開こうとすると異臭が漂ってきた。出入口を見やると、空也がまっ黒な物をかじりながら入ってくるところだった。顔と作業着に煤がこびりついている。
「あのバカ。また爆発させやがったな」、礼人は心の中で毒づいた。
「空也さん、どうしたんですか。その姿?」、土筆が椅子から立ち上がる。
「頼まれていた電子レンジが完成したぞ。ちょっと扱いづらいけど、ちゃんと温まるからな」
空也は胸をはって答え、黒こげの物体を頬張った。会議室に集まっていた人々が胡乱な目つきで空也を見ている。横目で空也のほうをうかがいながら、小声で話している者もある。そんな彼らに気づいていないのか、空也は電子レンジ作成の苦労を明るく語り始めた。そんな空也を土筆がさえぎる。
「後でよく聞きますから。顔を洗ってきてくださいよ」
「洗わなくても死なないって。それより、そのレンジを見たいと思わないか?」
自信たっぷりな笑みの空也。「はいはい。わかりましたから」と土筆は困った表情で即答し、「まずは汚れを落としてください」とつけ加えた。
礼人が気をきかせて、空也の作った物の危険度を警告しようとすると、久梨奈が姿をみせた。
「ずいぶん賑やかね。こげ臭いけど、どうかしたの?」
説明しかけた空也の口を土筆は手で押さえ、空也を強引に座らせた。
来ることが可能だった者がすべて集まっていることを確認してから、久梨奈は語り始めた。
「みんなも知ってのとおり、私たちのチームはずっと予選落ちを続けてきたわ。四年間、ただの一度も勝つことなくね」
マリオネット・バウトに参加するには金がかかる。それも、国際規模の世界大会「マリオネット・フォーミュラ」ともなれば数千万は下らない。少し大きなチームで本トーナメントに常連で進出するところは数億円が普通だという。大企業傘下のチームならばともかく、運営資金のないところではいくつものスポンサーについてもらうのが常識だった。
「ready」も体面こそマリオネット関連の開発会社となっているが、その資金は複数の重工業企業からの共同出資によって成立している。資金と、それぞれの企業が開発した機械部品をマリオネット作成のために提供し、その代わりに大会で企業の宣伝をおこなうという形式だ。
久梨奈の報告では、その企業のいくつかがスポンサーをおりると言いだしたのだった。理由は、「ready」の大会成績の悪さだという。援助の打ち切りを決定した企業の中には大口のものが二つもあった。
「どれくらい金庫が軽くなるんだ?」、礼人は、経理部に所属する実弥に小声で尋ねた。実弥は「自分で考えれば」と短く答えただけだった。
「なんだよ、その冷たい態度は」
眉をひそめた礼人の言葉に、実弥は反応を示さない。前の席の者が肩越しに振り返り、眉間に皺をつくったままで人差し指を口にあてた。礼人は小さく舌打ちし、土産袋を指ではじいた。
「結論をまとめるわ。次の大会で入賞しなければ、すべてのスポンサーがおりるの。運営ができずに事実上解散ね」
土筆が手を挙げ、久梨奈は発言を促した。
「別のスポンサーを探せばいいんじゃないですか」
「勝ち知らずのチームにお金を出すほど酔狂な経営者が見つかるかしら。宣伝目的ならばもっと使えそうなチームがいくらでもあるでしょう。
つまり、今度のシーズンが最後のチャンスというわけ」
「なんだ。このシーズンで入賞さえすればいいってことじゃないか。だったら心配する必要ないって。なあ、みんな」
空也の言葉に、土筆だけが首を縦に振る。
「今シーズンも参加はするわ。けれど、給料と経費面で大幅に苦労することになるの。
はっきりと言っておくわ。給料は少なくなるし、ボーナスも出せないわよ。責任を果たすことのできない会社に、みんなを無理につなぎ止めておくことはできないわ。
一週間、考える時間を与えるわ。チームを去るか、今年に賭けるか。決断してちょうだい」
久梨奈がいったんそこで話を切ると、誰かがため息をもらした。
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「釈迦堂、おまえは残るのか?」、久梨奈の話が終わると、前の席にいた年輩の男が語りかけてきた。礼人の直属の上司で、このチームでのトレーナーの責任者でもある。
「いや、まだなにも考えてないんですけど」
相手をしていると、隣りにいた実弥の靴音が遠ざかっていくのがわかった。礼人は適当な言葉で上司との話題を片づけ、実弥の姿を探した。
早足で会議室から出ていった実弥に礼人が追いついたのは、正面玄関の外だった。
「待ってくれよ。土産を忘れてる」
「うるさいわね」
礼人が彼女の目の前に差し出した紙袋を、実弥は手で払った。落ちた拍子に、ガラス細工の割れる鈍い音を、礼人は確かに聞いた。
「なにするんだ。高かったんだぞ」
「しつこいあなたが悪いのよ。わたしは、いらないって言ったわ」
「俺がカナダへ行く時にはあんなに土産をねだっていたじゃないか」
「いいの。もうここにはこないんだから。わたしがそんなのをもらってどうするの?」
「ここを辞めるってことか。どうして?」
「わたしは親会社から派遣されていただけ。その会社がチームから手を引くなら、わたしも消えるのが普通でしょ」
「相談してくれれば良かったのに。いや、今から考えなおしてみたら」
「なんで?」、そう尋ねる実弥の表情にはふてぶてしさがあらわれている。
「なんでって……恋人だろ」
礼人が困って答えると、実弥は短く笑った。
「冗談じゃないわ。デートも数回。寝てもいないのに、彼氏面しないでよ」
「なんだよ、その言いぐさは。まるで俺が……」
礼人の続きの言葉は、実弥の大きなため息でさえぎられた。
「もういいでしょ。どんなふうに言えば、きっぱりと縁をきってくれるのか教えて」
堂々とした実弥に返す言葉が見つからずに礼人が唇を噛んでいると、一台の車が玄関前にとまった。この会社では見覚えのない高級車だ。実弥はその助手席に乗り込もうとする。礼人は黙って見送るしかなかった。
「いいのか?」、運転席にいた渋めの中年が実弥と礼人を見比べ、言葉をかける。
「いいのよ。どうせたいした実績も残せない技術屋なんだから。じゃあね」、と実弥はスーツのポケットから取り出したDVDを指先にはさみ、誇らしげに掲げるようにして手を振った。
礼人の直感が、そのDVDのラベルの内容を見抜く。
「おい、それって----」
実弥との間を隔てる窓ガラスに手をついた直後、車が急発進した。
「返せよ、おい!」
礼人の叫びを、エンジン音と排気ガスとがかき消す。実弥を乗せた車はすぐに埋め立て地から見えなくなった。礼人は走り続けたが息が切れ、正門からずいぶん離れたところで力つきた。
「マリオネットのトレーニング・プログラムのコピー。なんだってあんなもんを」
膝に両手をつき、呼吸を整えようとする。風は潮の匂いをはらんでおり、熱くなった身体に不快なものとなってまとわりついた。
(つづく)




