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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
31/31

エピローグ


 波の動きが遅い海面で、陽の光が反射していた。


 広がる雲は薄く、春の風を感じさせる。


 海岸に沿って伸びた道路には標識や広告看板が立っているだけで、店は見当たらない。広い道を、礼人(れいと)の車だけが走っていた。他には車も、歩行者の姿も見えない。


 チーム「ready」の作業所兼事務所が見えてくると、礼人は眉根をよせ、長く息を吐いた。助手席には、肩にかけるベルトのついた、大きなカバンが置いてある。ジッパーの口が開いており、中身にはなにも入っていなかった。


 礼人は、建物裏手の駐車場に車を停めた。アスファルトの亀裂からのぞく草は、すべて刈り取ってあった。駐車場は、半分ほどが車でうまっていた。礼人は裏口のドアから入り、会議室へと向かった。


 会議室のドアを開けると、中にいた人々が話すのをやめた。全員の視線が、礼人へ集中する。「ready」のスタッフのほぼ全員がすでにそろっているようだ。くだけた服装の者は一人もいない。空也(くうや)ですら、いつもの作業着ではなく、スーツに身をつつんでいた。礼人は、集まっている空也と土筆(つくし)(うらら)仄香(ほのか)から最も離れた一角の席を選んだ。


 土筆が、ためらいがちに口を開く。


「久しぶり、礼人さん。あの……美蕾(みらい)ちゃんは今は……」

「さぁな。あれから日本に戻るまで目を覚まさず、姉さんと父さんにあずけたまんまだ。姉さんのやつ、たまに家にもどってきても一切説明してくれやしない」


 礼人は、土筆たちから目をそらし、早口に告げた。


「はっ、情けないわね。方法なんていくらでもあるでしょうに」、麗が鼻で笑う。

「許可証なしじゃ門を通らせてくれやしねえ。柵を越えようにも、電流と監視カメラつきだ」

「なにカッコつけてんだか。なんで私たちに相談せず一人で抱えこんで悩んでるのか、ってことよ」


 麗の口調は相変わらず冷たい。だが、顔を向けた礼人の視線の先で、麗はかすかにやわらかな笑みを浮かべていた。


「どこへ忍び込むにしたって、香港の時よりはマシだろうしな」、空也が、欠伸をしながら同調する。


 礼人は数瞬、言葉を失っていた。


「それで、どうなさいます?」と仄香にうながされ、礼人がなにかを告げようとしたその時、

「みんな集まっているみたいだね。立っている人は、どこでもいいからイスに座って。ほら、麗、あなたも」

 ドアが勢いよく開き、怜奈(れな)の張りのある声が響く。麗だけが、空也達の元を離れ、礼人のすぐ隣の席につく。


 怜奈は前置きすることなく、本題に移った。


「まずは、一年間お疲れ様。残念ながら、本戦ではブルー・ヘヴンを起動させることができなかったけど、みんなベストを尽くしたと思うわ。

 それでも客観的な結果は結果、入賞できなかったという事実は事実。当初の約束どおり、スポンサーの八割が契約更新せずという結論を出してきたわ」


 誰かが、「本戦出場だけでもかなりの成績なのにですか?」と質問した。それに対する怜奈の表情は変わらず、堅い。


「本来なら評価されて然るべきかもね。

 けれど、本戦直前にマリオネットを外へ持ち出し、『事故』にあって、修理が間に合わずに出場停止。私が同じ立場でも、こんなチーム見捨てると思う」


 香港での出来事は、本来ならば警察や裁判所もからんでくるものであった。それを事故として処理したのは、怜奈と久梨奈(くりな)の手腕によるものだ。今の怜奈の言葉が本心ではないことは、全員が知っていた。


「じゃあ、いただいた文書にあったように……チームは解散、なんですか」、土筆の声は湿っていた。土筆のいう文書とは、香港から帰国直後にチームの全員に速達で送られてきた文書だ。それには、オーナー会議によって久梨奈が監督の任から離れ、怜奈が監督代理を務めること。そして、チームの存続について結論が出たという連絡があるまで自宅で待機することなどが記してあった。当然それには、解散の可能性もほのめかしてあった。


 怜奈は、すぐには応えなかった。ゆっくりと、会議室の一同を見回す。


「ひとつだけ……解散しない方法があるわ。

 新しいオーナーとして名乗りをあげているところがあるのだけど……それをみんなが受け入れてくれるものかどうか」

「もったいぶったって変わりゃしないって。で、どこ?」、空也が身を乗り出す。

紅華(こうげ)重工……皆がよく知る、K・H・Iよ」


 怜奈は大きく息をつきながら告げた。室内に静かな緊張が疾る。再び、全員の視線が礼人へと注がれた。


「で……いったいどういうつもりなんだ?」、低い声とともに、怜奈をにらみつける礼人。怜奈は眉間を寄せ、頭をかくようにして髪をあげた。


「まぁ、その反応は予想していたけど。詳細は、新オーナーから直接話させるわ。もう来ているから」、怜奈が乱暴にドアを指差した。


「奴がきてるのか!?」、礼人が席を立つ。


 ためらうようにゆっくりとドアが開く。会議室をのぞきこむようにして遠慮がちに現われたのは、皆が知る人物だった。


「久しぶり。みんな、元気にしてたかしら?」


 その人物----久梨奈は弱腰に、上目で室内を見回した。困惑の色を浮かべる一同に対し、怜奈が面倒くさそうに告げる。


「紹介するわ。新オーナーとして名乗りをあげたK・H・Iの最高経営責任者、紅華久梨奈女史よ」


 仄香が、「そういうことでしたのね」と両手をあわせて音をたてる。他の面々は言葉を失い、呆然としていた。


「よくわかるように説明してくれるわよね」、麗が強要する。礼人は、麗に同調するように何度もうなずいた。


「まぁ、なんといいますか、その……。親の七光で約束された人生に背を向けて、自らのアイデンティティを証明するためにチームを結成して、みんなに支えられ……ようやく私の有能さが認められたかな、と」


 しどろもどろな久梨奈を、怜奈がさえぎる。


「あんた往生際悪すぎ。学生時代につきあっていた相手との結婚に反対されて家出したのが原因で勘当されていたけど、やっと許してもらえたのが真相なくせに」

「あんた大雑把にまとめすぎ! 合間合間に高度な政治的判断が埋もれているんだから!」


 久梨奈の顔は真っ赤だ。


「はいはい。でしたら、そのあたりをかいつまんで、正確に、皆が理解できるように説明して。新体制の位置づけや予定も話さないといけないのだから、急いで」

「堅いわね。資金の出所が私になるだけで、後は何も変わらないんだから、新体制の話はいつでもいいじゃない」


 よくない、と怜奈が一蹴する。久梨奈が長いため息をついた。


「……空也さん、なにがどうなってるんですか?」、土筆の声が小さく、礼人のところまで届く。空也は、わからん、とだけ答えていた。礼人の隣の麗が問いたげな視線を投げるが、礼人は首を横にふるだけだった。他の人々の反応も似たようなものだ。


 ----突然、携帯電話の着信音が起こる。それは久梨奈の携帯電話のものだった。短く応答した久梨奈は電話を切り、「釈迦堂(しゃかどう)くん」、礼人を呼んだ。


「やっと到着したみたい。ロビーまで迎えにいってきて」

「なんで俺が……」

「あなたでないと、意味がないのよ。新しい社員である彼女がここにきてはじめて、新しい『ready』の仲間が全員そろうの。

 オーナーとして最初の指示よ。今す----」


 礼人は最後まで聞かず、会議室をとびだしていた。廊下を走り、階段を駆け降りるのを待てずに数段を跳び越し、全力で向かった。息を切らせてロビーにたどりつくと、車はすでに去るところだった。玄関のガラスを貫く陽光が、逆光となって二人の人物の影をうかびあがらせる。


 そのうちの一人----白衣ではなく正装に身を包んだ姉が、もう一方の影----小柄な少女の背中を押してうながした。少女は、よろめくようにして数歩前へ進み、礼人のそばで止まった。


 少女----美蕾の服装は、克華(かつか)が高校生の時に何度か着用したことのあるスーツだ。かなりだぶついている。礼人が最後に見た時よりもかなりやせており、頬もこけて見える。長かった髪は切られており、土筆よりも短い。


「あの……礼人さん、心配かけてすみませんでした」、深くお辞儀をする美蕾。


「違うだろ、こういう時は」、礼人は美蕾の両肩をつかみ、身体を起こさせた。「おかえり……みんな待ってるぞ」、礼人の視界はにじみ、声は震えが止まらない。


「はい! ただいま帰りました。これからもよろしくお願いします」


 そう応える美蕾の言葉は今までになく力強く----


 礼人が初めて目にする、美蕾(みらい)の輝く笑顔だった----



*****



 2028年度の「マリオネット・フォーミュラ」と、「ready」の一年は幕を閉じた。

 だが、次のシーズンに向けての戦いは、既に始まっているのだった。



---- 終 ----

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