第29話_モメント
六つの腕をもつ赤銅色のマリオネット、阿修羅。
データでは、ブルー・ヘヴンの身長と大差ないはずなのに、ふたまわりも大きく見える。角をそなえた鬼のような貌にある瞳には、狂暴な光が宿っていた。
「ブルー! そいつから離れろ!」
ブルー・ヘヴンが地を蹴る。しかし、逃れられない。ブルー・ヘヴンは、もう一方の腕で突きを、さらに蹴りを連続して放ったが、阿修羅は微動だにしなかった。
ブルー・ヘヴンの攻撃が止まる。阿修羅はブルー・ヘヴンの両腕と両肩をつかみ、軽々と頭上に持ち上げた。阿修羅は、ブルー・ヘヴンを、地面へと叩きつけた。ブルー・へヴンの細い身体が二度、はねる。
美蕾が短い悲鳴をあげ、ブルー・ヘヴンの許へ走りだす。礼人はあわてて、美蕾の手首をつかんで引き止めた。
阿修羅は右足を高く上げ、横たわったブルー・ヘヴンの顔面を踏み抜こうとする。ブルー・ヘヴンの手が伸びて阿修羅の右足にからみつくと、ブルー・ヘヴンはそこを軸に身をひねりながら、両足を矢のように疾らせ、阿修羅の顎を貫こうとした。
「まただ……あんな動きをどこで……」、礼人は喉の奥で唸った。少なくとも、礼人が知る限り、過去の試合ではどのマリオネットもみせたことのない動きだ。
阿修羅は、その攻撃をよけなかった。ブルー・ヘヴンの両足は阿修羅の顎に命中したが、阿修羅は何事もなかったように、ブルー・ヘヴンの両足首をつかむ。ブルー・ヘヴンは上半身を起こし、勢いをつけたまま、頭突きを放つ。阿修羅が空いていた手で守るより早く、ブルー・ヘヴンの頭突きは阿修羅の顔に入った。よろめいた阿修羅の握力が弱まったのか、ブルー・ヘヴンは阿修羅から逃れることができた。
「さすがに第三種POSが覚醒しているだけのことはあるな。正直、ここまでの運動性能だとは予想していなかったぞ。このまま私のものを成長させるのに協力してほしいところだが、そろそろ片をつけるとしようか」、癸矢が片手をあげ、背後に合図を送る。
「礼人さん、あの子たちを止めてあげてください! このままだと二人が……」
美蕾が、悲痛な声をあげる。礼人は美蕾の考えが読めず、次の言葉を待った。美蕾は、自分の伝えたい内容をあらわす言葉を見つけることができないらしく、何度も口を開きかけては、また閉じてしまうことを繰り返した。その両目には、涙がたまっている。
人間が二体のマリオネットの闘いを止めることができるのか、礼人がその答えにたどりつくより前に、
「----やれ」
癸矢の言葉に、いくつもの銃声が重なった。礼人は、美蕾をかばう。
その瞬間、ブルー・ヘヴンも動いた。阿修羅に背を向け、礼人たちと癸矢の間へ----身体をかがめ、銃弾の雨から礼人と美蕾を守る盾となった。銃弾のほとんどはブルー・ヘヴンの身体がはじいたが、比較的やわらかいカーボネイト部分に穴を穿ったり、装甲の隙間から内部機構を傷つけるものもあった。
このままではダメージが積み重なり、ブルー・ヘヴンが動けなくなってしまう----礼人は歯噛みした。打開策になりそうな方法を思いついたその瞬間、銃撃がやんだ。
阿修羅が、ブルー・ヘヴンへと近寄ってくる。阿修羅に、ブルー・ヘヴンを警戒している様子はまったく感じられない。阿修羅に背を向けたままのブルー・ヘヴンは、敵に気づいていないようだった。
「後ろだ!」、礼人が警告するのと同時に、阿修羅が牙をむいた。ブルー・ヘヴンの首を、両肩をつかみ、虚空へと吊り上げる。ブルー・ヘヴンは、首にからみついた手をほどこうともがくが、阿修羅は動じなかった。
阿修羅が、空いた二本の腕でブルー・ヘヴンの肘あたりをつかむ。礼人は嘔吐感にも似た重圧を感じ、拳銃を阿修羅へと構えた----刹那、阿修羅がブルー・ヘヴンの両腕を引きちぎる。
美蕾が、言葉になっていない悲鳴をあげた----阿修羅の身体が一瞬大きく痙攣し、力が抜けたのか、ブルー・ヘヴンを落とした。ブルー・ヘヴンは両膝をつき、倒れこむ。
美蕾がなにかを叫んでブルー・ヘヴンへ駆け寄ろうとしたため、礼人は羽交い絞めにして引き止めた。だが、美蕾は涙を流しながら暴れ、礼人から逃れようとする。
よろめいた阿修羅が体勢をととのえ、礼人たちへと顔を向けた。しかし、礼人の予想に反して、すぐには攻撃してこない。阿修羅は礼人たちと、癸矢とを何度も見比べているようだった。
礼人たちの隣りで、ブルー・ヘヴンが立ち上がる。阿修羅がブルー・ヘヴンに対して身構えるより先に、ブルー・ヘヴンは走った。阿修羅は拳を放ち、正面と上下から、ブルー・ヘヴンの頭部を狙う。
「おまえらやめろ!」、礼人が鋭く叫ぶのと同時に、美蕾がひときわ甲高い悲鳴をあげた。その時、礼人は電流に貫かれるような痛みを感じた。目の錯覚だろうが、美蕾の周囲に火花が閃いたようだった。
二体のマリオネットの動きが鈍る。だが、止まらない。阿修羅の拳のうち二つはブルー・ヘヴンの頭部をかすめたものの、残るひとつは顎を砕いた。崩れ落ちるブルー・ヘヴン。だが、膝をつく直前、ブルー・ヘヴンの足は地面を強く踏み抜いた。阿修羅の顔面に、ブルー・ヘヴンの頭部がめりこむ。阿修羅はブルー・ヘヴンの勢いに負け、二体は重なり合って倒れこんだ。
礼人は、自分の腕の中で美蕾が気を失っていることに気づいた。
「今のうちに逃げないと」、礼人の思考を、銃声が乱す。その銃声は、癸矢が威嚇のために空へ撃ったものだった。礼人の周囲は、すでに武装した警備員たちが取り囲まれていた。
「まったく……釈迦堂の血筋は本当におもしろい素材を提供してくれる。貴様にも直接いろいろ訊いたほうがよさそうだな。とりおさえろ」
警備員たちが動こうとした時、彼らの間からどよめきが起こった。
すぐそばの阿修羅が手をつき、起き上がろうとしている。下手に動くと、阿修羅に踏まれたり、はじきとばされたりする危険がある。
「礼人、目つむれ!」、空也の声が届き、礼人は従った。なにかが破裂するような音がし、警備員たちの悲鳴があがった。礼人は、閉じた瞼を通して、強い光の刺激を感じた。刺激が弱まってから目を開けると、想像通り、閃光弾による苦痛の光景がそこに広がっていた。毒づく癸矢と礼人の間に、大型トレーラーが後退しながら割りこんでくる。
「乗れ!」、助手席の空也が急かす。
「けど、ブルー・ヘヴンが……」、礼人は口ごもった。ボロボロになってまで守ってくれた仲間を、ここに残しておくわけにはいかない。
「気持ちわかるけど、今はそんな場合じゃないだろ」
「でも----」
「礼人さん、後ろ!」
土筆が叫ぶ。礼人は振り返り、阿修羅が立ち上がっていることに気付いた。その顔面には亀裂が入り、一部は砕け、中の機械がむきだしになってしまっている。
阿修羅は礼人と美蕾を一瞥したかと思うと、伏せているブルー・ヘヴンの頭部と肩をつかみ、強引にひきずりながら、トレーラーへと近づいた。
「そうだ、私の阿修羅よ! そいつらを逃がすな」、癸矢の、暗い感情の混じった声。
礼人は唾を飲み、身体を硬くした。空也がどこから出したのかライフル銃のようなものを構えていると、
「大丈夫です。この子ならもう心配いりません」、回復した美蕾があえぐように、小さく呟いた。
どういう意味だ、と礼人は問いただそうとしたが、美蕾は弱々しく阿修羅を見つめていた。阿修羅は無造作に投げ捨てるようにして、ブルー・ヘヴンをトレーラーのコンテナ上部へ置く。
そして、礼人たちやトレーラーを守る盾でもあるかのように、阿修羅は癸矢へと対峙した。
「貴様らっ! かまわん、あの出来損ないともども、やつらを消せ!」、癸矢の怒号に警備員たちは一瞬ためらったが、癸矢がさらに命令を下すと、武器を構えた。対マリオネット用なのか、口径の大きなライフルやバズーカもある。
礼人は美蕾をつれて、トレーラーの助手席に飛び乗った。直後、銃撃が開始される。だが、トレーラーの運転席の周りには、当たらなかった。バックミラーで確かめると、阿修羅が身を低くし、六本の腕を広げて、礼人たちにとって危険な弾道のものだけを阻止しているのだった。
空也が指示を出し、土筆がアクセルペダルを踏みこんだ。トレーラーは徐々に速度をあげ、その場から離れていく。礼人は苦虫を噛み潰した。
トレーラーは、最短距離をとって直進していった。木々を倒し、正門前へと出る。正門のバーはすでにこのトレーラーによって折られていたため、鉄パイプを組み合わせたようなバリケードが築かれていた。門の守衛がなにか警告を発しているが、土筆たちは無視している。速度を落とす様子はない。
礼人は最後にもう一度、バックミラーを見た。阿修羅が、別のマリオネットと組み合っている。おそらくあの時の二体のうちの一体だろう。少し遠くに、礼人には見覚えのないマリオネットの姿があった。その腕には、巨大な砲身をそなえた武器が抱えられている。阿修羅は、組み合っていた一体をその新たなマリオネットへ投げつけた後、襲いかかり、その巨大な武器を奪い取っていた。
トレーラーが進路を変え、阿修羅の姿が礼人の死角へと消えていく。礼人は喉の奥で、あの赤銅色のマリオネットへ向けて、感謝と謝罪の言葉を呟いていた。
広い道へ出ると、トレーラーの前方に見えたライトバンが速度を落とし、横に並んだ。窓からのぞくアルディが、礼人を見上げる。中にいる麗や仄香が身を乗り出そうとしているが、メイベルが押さえこんでいるようだった。
「どうやらお姫様を奪ってきたみたいだな」
礼人は、美蕾へ視線を移した。隣で礼人にもたれかかっている美蕾は、まるで寝ているかのようだった。頬を触ってみたが、熱や震えはない。礼人は、安堵の息をついた。
「なんとかな。手伝ってくれてありがとよ。でも、ブルー・ヘヴンが……レギュレーションの時間には間に合わないな」
礼人は自分に言い聞かせた。この一年間、この大会での入賞を目指してきた。目前でそれを諦めるのは悔しいが、受け入れるしかない。なにが、どうなっているのか、礼人はまだ把握できていないが、今はただ美蕾を取り返すことができたことに満足していた。
「あー、それなんだがな」、アルディが礼人から目をそらす。「おまえのとこの監督と怜奈の依頼でな……うちのスタッフが、おまえのとこの予備パーツ組み合わせて、レギュを通過させちまっているらしい」
礼人がその意味を理解するまで、しばらく時間がかかった。
「ちょっと待て! それって委員会をごまかしたってことか?! いくらチェック項目が決まっているからってバレたりしたら……」
「すまん! 悪いのは俺じゃない! おまえのとこの二人だ。そもそも……」
アルディの言い訳を、礼人は最後まで聞かなかった。ブルー・ヘヴンが動けさえすれば、最終戦には出場できるということだ。礼人は、拳を握り締めた。
「土筆ちゃん、急いで会場まで戻ってくれ。それから、空也と俺は----」
「おまえは少し寝てな。着くまでにできることは全部やっておくから」、空也は、土筆の上着のポケットに手をつっこみ、携帯電話を取りだした。電話をかけると、すぐにつながったようだった。電話口の向こうでは、大声で複数の人間が空也に詰問しているようだ。
礼人は頷き、身体の緊張を解いた。汗とともに、鉛のような疲労感がわきおこってくる。
「試合開始まであと三時間……一時間は休めるか」、瞼が重い。
東の空は、すでに淡白く染め上がりつつあった。礼人は、楽な体勢になろうと身体を少し傾けた。再び気を失っている美蕾の頭に、自分の頭を乗せるような格好になってしまう。
「お疲れさん。今度は、ちゃんと俺も守れるように強くなるからな……」、小さくつぶやく。美蕾の閉じた目の端で、朝の光が反射する。涙がにじんでいるのかどうか確かめる間もなく、礼人の思考は眠りの中に沈みこんでいった。
マリオネット・フォーミュラ、大会決勝当日----
この年度最後の祭りが、始まろうとしていた----
(つづく)




