第02話_阿修羅
六つの手を備えた人型機械が、岩壁を滑り降りていく。
崖の下に広がる木々は薄く雪をまとっており、そびえる山の一画を占める氷河と同じ煌めきを放っていた。
六つの手を備えた人型機械----紅色を基調とした細身のマリオネットは岩壁を蹴り、虚空へと跳躍した。地上に敷かれた純白の絨毯が裂かれ、そこから伸びたいくつもの火線が紅色のマリオネットを追う。六つの腕には小さな円盾が備えつけられており、身体に命中しそうな火線はその円盾で受け止められた。
火線の正体----ミサイルが大きく回りこんで、空中にいる紅色のマリオネットへと迫る。紅色のマリオネットは二本の腕で抱えていた大型の機関砲を構え、迫り来るいくつものミサイルへと引き金を絞った。機関砲の銃身が回転し、同心円状に連なった十個の銃口から黒い煙と銃弾が吐き出される。
ミサイルは次々と爆発した。新たなミサイルが、木々の合間から続々と打ち出されてくる。その発射位置は刻々と移動していた。紅色のマリオネットは機関砲の狙いを森へ向けた。機関砲の描き出す火線が、ミサイルの発射元を追う。森から姿を見せたばかりのミサイルを撃ち落とした直後、大きな火球が森の中で膨れあがり、ミサイルの攻撃はなくなった。
紅色のマリオネットが、木々をへし折りながら着地する。脚部の跳躍補助推進機関の噴射口から伸びた炎が雪を溶かす。紅色のマリオネットが動くより先に、四つの影が前後左右から襲いかかる。それらはすべて人型機械----マリオネットだ。
四体のマリオネットは形状も色も様々だったが、剣や鎌、鋭い刺の篭手を身につけているなど、近接戦闘仕様の機体であることは共通していた。間を詰めた四体は、同時に紅色のマリオネットへ攻撃を仕掛けた。紅色のマリオネットが、空いていた四本の腕を反応させる----剣を両の掌で挟みとり、鎌の湾曲した刃を円盾で止め、篭手の突きを受け流す。背後から近づいていた機体が重厚な身体を低く沈め、突進してきた。その肩には電磁雷が這っている。
紅色のマリオネットは残る二本の腕を後ろへ回し、大型機関砲を相手へたたきこんだ。至近距離から大量の銃弾を食らったその機体が動きを止めると、紅色のマリオネットは機関砲を振り回した。四体のマリオネットは離れる気配をみせるが、機関砲が彼らを捉えるほうが早い。太い銃身の回転が止むと、四体のマリオネットは爆発していった。
揺らめく炎に囲まれ、紅色のマリオネットは静かに立っている。炎の影が、紅色の機体をまるで血に濡れているかのように見せていた----
「----止めろ」
男の静かな声と同時に時間の流れが停止し、紅色のマリオネットと炎の光景が凍りつく。紅色のマリオネットの繰り広げていた戦闘は、録画したものを大型スクリーンに映したものだ。
照明が灯され、相手の顔を判別できるほどの明るさが部屋を満たす。百名近くは収納できる、ひな壇構造の会議室だが、三名ずつにわかれた二つの集団が対峙する形で集っているだけだ。
大型スクリーンの脇にいた背広姿の男----樒癸矢が立ち上がる。年齢は四十代前半の、険しい目つきの男だ。
「いかがですか。この映像は今年のマリオネット・フォーミュラで優賞した、我が社のマリオネット、阿修羅の戦いぶりです」
癸矢は、向かいの席に座っている人間へ語った。相手は日本人ではない。顔の彫りは深く、国の風習であるのか髭を長く伸ばしている。いかめしい顔つきと額の皺のせいで、まるで老人のように見える。彼の両脇には、頑強そうな若者がついていた。
「マリオネットのことなら我々も知っている。さまざまな技術を有効に活用することが、祖国の勝利を確かなものとするからな。それで、そのようなモータースポーツの映像を見せて自慢するために、あの方の代理人である私を呼んだのかね」
流暢な日本語だが、随所に奇妙な抑揚がついている。癸矢はもったいつけるかのように咳払いをひとつし、口を開いた。
「わが社の開発する新型マリオネットを買っていただきたい。無論、戦争の道具として」
「何を言うかと思えば。マリオネットは軍事行動にむかないではないか」
代理人はそう前置きして、マリオネットが軍事行動むけではない理由をあげていった。
機械であるマリオネットには行動を司る存在として、(擬似人格形成機関----D・POSが搭載されている。これにより、マリオネットは事前に入力された情報に基づいて人間のような反応を起こすことが可能となったが、その判断能力はあくまでも擬似的なものにすぎない。
地形や情勢によって柔軟な対応が必要とされる戦闘では、マリオネットの下す判断は不測因子となる。また、同一の機体であっても判断能力や反応速度など、運用時のスペックを均一に保つことが難しい。そして、「敵」の認識の難しさがあげられる。試合の時には相手に埋め込まれた発信器を頼りに攻撃対象を判別しているが、実際の戦闘では破壊対象の条件づけが困難を極める。下手な設定では、味方すら攻撃しかねないからだ。
「これは失礼。極東経済圏の重化学、電子工業において最大の影響力をもつK・H・IのCEOには今更説明するまでもありませんな。
忠誠心の欠如も最大の理由だ。とどのつまり、聖戦に機械人形の入りこむ余地はないということになる」
代理人は鼻で笑う。癸矢はわずかに、口の端を歪めた。
「もっともな意見です。しかし、軍事利用が可能だとしたら?」
代理人が目を細め、癸矢を黙って見据える。
「では次に、こちらの映像を見ていただきましょう」
控えていた秘書に癸矢が合図を送ると会議室は再び暗くなり、映像が切り替わった。
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拳を机にたたきつける音が響く。会議室の明かりは落とされたままた。
「どうしました。映像はまだ終了していませんが」
癸矢は尋ねる。相手の表情は見えないが、怒りで真っ赤になっていることが想像できる。癸矢は映像を止めさせた。
「第三二国境警備隊が攻撃を受けて壊滅したという報告は受けていたが。貴様の仕業か?」
代理人の言葉は続き、次第に熱をおび、癸矢には理解不能な言語となっていった。癸矢は黙って聞き流した。お互いの顔は闇に隠されている。言いたいことを並べ立てた代理人の癇癪が鎮まってから、癸矢も口を開いた。
「わが社の製品の性能を知っていただくには、遠慮のないデモンストレーションが効果的と思いましてね。下手にお知らせして、情報が敵国へ漏れることはそちらも避けたいでしょう。
それで、いかがですか。
一体で正規軍一個中隊と互角に渡り合ったマリオネットの感想は?」
癸矢が質問する。代理人はずいぶんと間を置いてからマリオネットの値段を尋ねた。その声には感情を抑えたかすかな震えが含まれていた。
「現状では、商品として完成しておりません。一年後には充分に学習させたD・POSを搭載させ、量産ラインを整えます。代金はそれに応じて決めさせていただきますよ」
「それまで待てん。わが国は一日たりとて無駄にはできない。相手の国は、日々すさまじい勢いで軍事力を高めている」
「ではこうしましょう。開発中の試作機のひとつをお貸しする。整備のための技術者も同行させます。実戦に投入しても結構です。試作機とはいえ、某国払い下げの戦車や傭兵よりは使い甲斐があると思いますが。
そのうえで満足いただけなければ、この話は白紙にしてくださって構いません」
祖国にいるあの方と相談する。癸矢の提案に対して代理人はそう答えた。
「良い結果をお待ちしていますよ」
それで話し合いはまとまった。退出する代理人たちに癸矢が同行しようとすると、代理人たちは拒否した。この建物の中の者たちに余計な詮索をされたくないというのだ。癸矢は同意し、代理人たちを車の場所まで案内するよう秘書に告げた。代理人たちへ出していた飲み物を下げていた別の秘書も姿を消し、会議室に一人残った癸矢は備えつけの電話に手を伸ばした。
「私だ。釈迦堂の行方はつかめたか。
……そんな言い訳は聞きあきた。たまには違った報告をしろ」
受話器をたたきつけて回線を切る。すぐに電子音が鳴り、内線がかかっていることを教えた。
「どうした? ああ、お通ししろ。ある国の大臣の代理だからくれぐれも失礼のないようにな。
それから、第五番ゲートから中央エレベーターまでの道は使わせるな。第九番ゲート経由で、私専用のエレベーターに乗ってもらえ。
遠回りになるだと? 構わん。敵国の人間と鉢合わせして、この中で戦争をされてはたまらんからな」
受話器を戻した癸矢はブラインドカーテンを、外が見えるように調節した。大きな窓からは、首都東京中心部の高層建築物群を見下ろすことができる。遥か彼方には富士山の淡い輪郭を認めることができた。陽射しに目を細めながら、癸矢はタバコに火をつけた。
「そうだな。あの老いぼれた釈迦堂ができることなどたかがしれている。私の計画は完璧だ」
スクリーンへ視線をうつす。そこには、戦車を破壊した直後の人型機械の顔が大きく映っている。返り血か機械油か、赤黒く汚れたそのマリオネットの顔はまるで飢えた獣のような鋭さと凶暴さをもっていた。
「私を信じろ。必ずおまえを史上最高のマリオネットとして送りだしてやる」
歪んだ微笑みを浮かべて煙を長く吐き出した癸矢は、絨毯へ落としたタバコの火を踏み消した。
(つづく)




