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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
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第27話_ブルー・ヘヴン


 大きな影が、トレーラーのコンテナから落ち、鈍い響きをたてた。空也の自作マシンガンだ。砲身は曲がり、裂け目が生じている。礼人(れいと)は空也の名を叫んだ。


「だ、大丈夫……」、その声からは苦痛が感じられた。


「コンテナの中に隠れろ! 俺がやつらを引きつける!」


 礼人はドアを開けようとしたが、重たかった。正面のマリオネットが加えている力のため、ドアのまわりが歪みつつあるのだ。礼人は息を大きく吸い、気勢とともにドアを蹴り開けた。飛び出した礼人はコンテナを見上げた。


「空也!?」


「今コンテナの中に入ったところだ。武器を探す」


 無理するな、と礼人は言いかけた。その時、後部にいたマリオネットが、四つの腕を二つに組み合わせ、コンテナへとふりおろした。トレーラーが数回はね、悲鳴があがった。


「とにかく前にいる奴をどかさないと……」、舌打ちする礼人。トレーラーが進むことができれば、ここから脱出はできるはずだ。


 礼人は拳銃を構え、トレーラーを押さえ込んでいるマリオネットへ向けて連射した。


 しかし、マリオネットはまったく動じない。礼人は弾倉を交換し、頭部を集中的に攻撃した。弾丸は間違いなく命中している。


「装甲が厚すぎるってのか……」、礼人は喉の奥で呻いた。マリオネット・フォーミュラの公式ルールでは、外装の耐久度限界も定められている。脆さを残しておくことで、一般人が不安を抱かないようにするためだ。マリオネットは、兵器とは違う----はずだった。「こいつ……まるで戦車だ!」


 礼人は背後に気配を感じた。重い風が迫りくるのを肌で察し、あわてて身をかがめた。礼人の頭上すれすれを、なにかが通過していく。振り向くと、マリオネットが、立っていた。阿修羅と似てはいるが、違う。だが、身にまとった悪鬼のような威圧感は変わらない。


「今、確かに俺を狙った……人間を攻撃するってのかよ?」


 己に銃撃を加えた空也や、トレーラー前方のマリオネットに銃弾を撃ちこんだ礼人を『敵』とみなしたということだろうか。


 マリオネットは無言で礼人を見下ろしている。礼人は全身の血が引いていくのを感じていた。マリオネットが『敵』とみなした存在に対して執拗に攻撃をおこなうことは、トレーナーである礼人自身がよく知っている。


 マリオネットが、一歩足を踏み出す。礼人は数歩後退った。背中に何かがあたる。それはコンテナの側面だった。


 退路を断たれた----礼人が逃げ道を考えつくより先に、マリオネットは一組の手をハンマーのように組み合わせて礼人の頭上へと振り下ろし、残るもう一組はそれぞれを拳として突き出してきた。左右にも、前後へ逃げても、無事ではすまない。礼人は反射的に目を閉じ、その場で地面に伏せた。風のうなりが脇をかすめ、背後で、金属をねじまげるような音がした。


 礼人がゆっくりと瞼を上げると、すぐ前にマリオネットの身体が立ち塞がっていた。油の焼けつく異臭が、薄い蒸気となってそのマリオネットの装甲の隙間からもれていた。


 礼人の身体の底から震えがわきおこり、立ち上がろうとしても足に力が入らなかった。


 マリオネットは礼人を嘲笑するかのように、コンテナにめりこんだ腕を引き抜いていた。その拍子に、コンテナの側壁が裂け目から大きくめくれあがるのを、礼人は背中で感じた。


「礼人さん!」


 名を呼ばれ、礼人は声の方向へ視線を投げた。美蕾が、トレーラーの運転席から飛び出そうとしているが、土筆(つくし)に止められていた。


「来るな! 早くトレーラーを出せ!」


 礼人の言葉を理解したのか、マリオネットがトレーラーの運転席へと顔を向けた。その途端----マリオネットはまるで電気に打たれたかのように、大きく身をのけぞらせた。頭を抱え、痙攣するかのように小刻みに震えている。駆動機構が、悲鳴に似た軋みをあげていた。


「……これは、阿修羅の時と同じ?」


 そのマリオネットは、よろめきながらも、二つある右拳にすべての力をためこむような動きをみせた。


 礼人の背中に、焼けつくような感覚がまとわりつく。眼前のマリオネットが暴走する前にここから離れなければいけない。しかし、足は動いてくれなかった。


 もたついている間に、土筆をふりきった美蕾が礼人のところへ駆け寄ってきた。


「馬鹿! 先に逃げろ!」


 肩を貸そうとする美蕾に、礼人は怒りの言葉をなげつけた。美蕾は何も言わず、礼人の左腕の下に体を入れ、礼人を支えようとしていた。礼人の足には力が入らないままだ。美蕾は数歩も進めず、よろめき、コンテナにぶつかった。


 その音を聞きつけたマリオネットが標的を探し当てたかのように、頭をゆっくりと動かし、礼人と美蕾の姿を見下ろした。直後、二つの右拳を二人めがけて振り下ろしてくる。重く、熱い風が吹きつけるのを礼人は全身で感じた。礼人は美蕾を抱きしめるようにしてかばい、マリオネットへ背を向けたまま、地面へと倒れこんだ。


 礼人は、美蕾が悲鳴にも似た言葉になっていない短い声をあげるのを聞いた。


 硬い金属を裂くような音と、コンテナから伝わる鈍い震動----礼人はすぐに、マリオネットの拳がそのまま自分を襲うのを覚悟し、全身を緊張させた。


 しかし、いつまで待っても衝撃はこなかった。不思議に思った礼人の耳は、徐々に甲高くなる駆動機関の音をとらえた。真下にいる美蕾が、礼人の背後を見つめながら、小さく何事かを呟く。礼人は身を起こし、美蕾の視線を追った。


 手の届く位置にマリオネットの腕があった。強く握りしめられた拳は、礼人達を目標に徐々に下がろうとしている。しかし、その手首は、コンテナを突き破って生えている、もう一つの腕によってつかまれているのだった。


 礼人は息を呑んだ。礼人がその腕を見間違えることは、ありえない。


「ブルー……へヴン?」



**********



 マリオネットは、コンテナから生えた腕を力任せに引き抜こうとするが、まったく動かない。


 その隙に、礼人は重くなった足で立ち上がり、美蕾をつれてその場から離れた。業を煮やしたマリオネットが、空いた三つの腕でつかみかかろうとした直後、ブルー・ヘヴンが手を離した。マリオネットはバランスをくずした。その瞬間----ブルー・ヘヴンがコンテナを突き破って飛び出し、マリオネットへと襲いかかった。


 マリオネットは倒れこんだものの、すぐに四つの腕でブルー・ヘヴンを押さえこもうと体勢を整える。ブルー・ヘヴンは飛び退り、低く身構えた。そのしなやかで素早い動きは機械ではなく、小型の獣そのものだ。


「あんな動き----俺はトレーニングしてないぞ」、礼人は訝しみ、眉根を寄せた。


 無事か、と声が届いた。見れば、コンテナの裂け目から、空也が這い出てくるところだった。


「空也、おまえの仕業か?」

「違う。電源も入れてないのに、勝手に起動しやがったんだ。きっと俺たちの身を案じてだな……」


 涙まじりに力説し始める空也を、礼人は無視した。


 自律覚醒? でもどうして----礼人の思案は長くは続けられなかった。トレーラーの前部をふさいでいたはずのマリオネットが、ブルー・ヘヴンの背後へと回りこむ。


「ブルー・ヘヴン、いったん離れてロケット弾を----」、思わず口をついて出た指示を、礼人は飲みこんだ。試合の時のように、行動指示をブルー・ヘヴンへ伝達するオペレーターもいなければ、武装も装備していない。


 二体のマリオネットは、まるで鏡に映っているかのように、同じ動きで、間合いを詰め、突きと蹴りを放った。


 ブルー・ヘヴンは、最小限の動きでそれらをかわした。相手の勢いがついているその間に地面を強く踏み抜き、大の字を描くように身体を開き、掌底を二体のマリオネットの顔面へ同時に叩きこむ。


「おい! あれって炎邪龍の技だよな?」、問いかける空也に、礼人は応えなかった。


 二体のマリオネットは、ゆっくりと倒れこんでいった。首のまわりには火花がちらついており、頭部が今にも取れてしまいそうだ。


 ブルー・ヘヴンが、礼人たちのところへ戻ろうとした時、「すげぇ……今のあいつなら決勝戦でも絶対勝てるぞ!」、空也が喜びと熱の入った声をあげる。礼人は素直に喜べなかった。


 あの技は、「ready」のガレージで、収録しておいた様々な試合を見ていた時に一度だけ映った、炎邪龍の動きだ。ブルー・ヘヴンへの入力どころか、モーションデータ化もしていない。


「いったいどうやって学習したんだ……」


 自分たちの手に負えない、危険な存在を生み出してしまったのではないか。いつか、阿修羅のように牙を向くのではないだろうか----そんな不安と恐怖で、礼人の背筋は冷たくなった。


「……大丈夫ですよ、礼人さん」、美蕾が静かに告げる。礼人は視線を美蕾へ移した。


 美蕾は、三人の許へ近づくブルー・ヘヴンをしっかりと見据えていた。その瞳には、弟を信じる姉のような、子供を信じる母親のような、信念と温かみにあふれた輝きが宿っている。


 礼人の視線に気づいた美蕾が、応える。


「あの子は私よりもしっかりしていますから。信じてあげましょう」


 それは、礼人が今までみたことがない、暖かな幸福感にあふれた美蕾のやさしい微笑だった。礼人は、照れくささと恥ずかしさの混じったものを感じ、思わず顔を背けてしまった。


「そ、そうだな。あいつは俺たちの大切な仲間だもんな……」


「はい」、美蕾の、力強い返事。礼人の不安と恐怖はすでに消え去っており、何故か顔が熱く心臓の鼓動も早くなっていた。


 礼人がためらいながらも気の利いたことを言おうとした時----一発の銃声が響いた。



(つづく)

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