第20話_交差する点
「礼人呼ぶから。着替えておいて」、狭い医務室の隅にある、白いカーテンで仕切られた診療用ベッドの人影に、克華は声をかけた。
外は暗くなっており、克華は窓のブラインドをおろした。年代物のストーブにかけられたヤカンをとり、急須の中へと注ぐ。
「終わったよ、入りな」、克華が言い終わる前に扉が開いた。
「美蕾は大丈夫なのか!?」
礼人は克華の返事を待つことなく、医務室を眺めまわした。その目線が、白いカーテンのうえで止まる。美蕾の名を呼びつつカーテンに手をかけた礼人を、克華はたしなめた。
「着替え終わってないはずだから、開けるな。お茶、はいってるよ」
「そんな呑気にしないでくれよ。検査はどうだったんだ!?」
詰めよる礼人に克華は湯呑みを渡し、粗末なパイプ椅子に座るよううながした。検査結果をくわしくまとめたカルテの束も、礼人へ渡す。厚みのあるカルテを一枚一枚めくっていく礼人の手の動きにあわせながら、克華は検査結果の説明を細かく話していった。
「待った。詳しいことは姉さんに任せるから、簡単に説明してくれ」、礼人が顔をしかめる。克華は息を長く吐き、少しは勉強しろよ、と悪態をついた。
「一言でいえば、美蕾ちゃんの体にも、脳波にも異常はみられない。精神的なものだね」
「間近でマリオネットが暴走してるわけだもんな……」
「回復の初期状態で刷りこみがおこなわれている可能性もあるから。次の大会には連れていかないほうがいいかもよ」
「姉さんが病院の寮に入っているのに、家に一人残しておけるかよ。次はチームの最後の大会になるかもしれないんだから、美蕾も連れていきたいし、あいつもそれを望んでいると思う」
「そうかもね……でも……まぁ、まだ時間はあるんだから、じっくり考えてみな」
克華の言葉に、礼人はうなずきもしない。礼人は無言で、湯呑みとお茶を見つめるだけだ。
克華は渋面になり、自分の湯呑みから熱いお茶をすすった。
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すでに陽が沈んでから数時間がたっており、診察希望の者もいない。
礼人と美蕾は病院の表玄関から出て、駐車場へと向かっていた。薄く積もった雪に、外灯の光が反射している。刻みこまれた二人の足跡を隠すように、、降り続ける大粒の雪が積もっていく。傘をもってなかったので、礼人が厚手の上着を美蕾に頭からかぶせようとしていた----そんな二人の様子を、克華は二階にある診察室の窓におろされたブラインドの隙間から、のぞき見ていた。その手には携帯電話が握られ、電話の相手の話に耳を傾けている。
「ええ、二人とも今帰った。……彼女、確かに成長していると思う。父さんの予想を大きく越える速さで」
克華は窓から離れ、事務椅子に腰をおろした。机の上には、先ほどまで礼人がもっていたカルテの束が広げてある。カルテに書きこまれた記号と数値を、克華は告げていった。
「そっちはどう? 無事に逃げているの?」
低い問いかけの直後、克華の表情が強張った。すぐに脱力し、安堵の息をつく。
「良かった……でも、無理はしないでね。
今日中に、美蕾ちゃんの検査結果とバックアップデータを送っておくから。
……え? 礼人にばれていないかって? 大丈夫。検査中は診察室の外で待たせておいたから。昔から鈍いもの、礼人は」
克華は苦笑し、急須の中身を自分の湯呑みへとそそいだ。
「あの子といえば、父さんのノートにあったD・POSの理論を、自分たちなりに完成させつつあるみたい。
わかっている? やっぱりマリオネットの動きが違うんだ? わたしには見分けがつかないけど。……そうね。父さんも、奴らに見つからないでね。困ったことがあったら、すぐに連絡して」
克華が言い終わるか終わらないかのうちに、通話は切られた。
雪が降り積もっているためか、あたりは物音ひとつしなかった。
「クリスマスイブだってのに、なんでわたしは当直なのかね----ま、誰も困りゃしないから、いいけどさ」
自虐的につぶやき、椅子に体重をあずけて、大きく伸びをした。
(つづく)




