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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
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第18話_2体のマリオネット


 山間から顔をのぞかせたばかりの朝日よりも眩しい火球が、丘の斜面を舐める----ひとつ、またひとつ。


 爆発は、競い合うように続き、空の大部分を覆う紺色の帳を押し上げそうなほどに、周囲を明るく照らしだした。


 丘の頂きから裾の平原にかけて、二つの陣営に別れた戦車隊と歩兵が互いに接近しながら、火線を交えていた。


 先陣をかためる装甲車部隊と、突撃歩兵が相手方とぶつかると、後方の戦車隊は砲撃を止め、陣形を整えるために移動を開始した。丘をはさんで、戦場の反対側には、小さいながらも町が見える。運び出せるだけの家財道具や手荷物をもった人々が、その町を離れようと急いでいた。


 両陣営の兵器の種類はほぼ同じ物であった。数では町を背にした陣営のほうが劣っており、部隊は徐々に後退しつつあった。


 丘の上に、一台の運搬車が待機していた。所属を示す旗は、町を背にして後退しつつある部隊のものだ。その運搬車の幌がはぎとられ、二手二足の人型機械----マリオネットが立ち上がった。都市迷彩を施された全身は頑強な造りで、右腕には戦車の砲塔なみの大きさをもつバズーカ砲、左腕には小型のガトリング砲をもっていた。ガトリング砲の弾丸はベルト状にまとめられ、背中の小型コンテナとつながっている。


 そのマリオネットは背中の推進機を全開にして飛び上がり、敵陣の中央に着地した。敵戦車部隊の砲身の照準におさめられるより先に動き、バズーカ砲とガトリング砲が火を吹く。


 歩兵や装甲車から浴びせかけられた銃弾は、厚い装甲がはじき返した。戦車からの砲弾は、弾道を予測してかわし、避けられないものはバズーカで撃ち落とす。マリオネットは数秒と足を止めることなく、反撃した----機械も人間も、容赦なく打ち砕いていく。


 装甲車の一台にとりついた時、中の兵士が逃げ出すところだった。マリオネットはガトリング砲の砲身で、その兵士を装甲車の中に押し返し、ガトリング砲の引き金を引いた。悲鳴は爆発にかき消され、マリオネットの顔の返り血が増える。


 マリオネットの視界の隅に一台の、先程のものと同じ種類の装甲車が入ってきた。マリオネットはバズーカの狙いを定めたが、掲げている旗が自分の所属するものだとわかると、砲口を上にそらした。


 戦況は逆転し、マリオネットの「敵」である陣営は退却を始めていた。それを追撃する部隊をマリオネットは眺め、次の命令を待った。


 追撃部隊の先頭にいた装甲車が爆発した。マリオネットは索的センサーを働かせ、攻撃対象を求めた。


 昇りきった朝日を背にする位置に、人影がある。長距離用の対戦車ライフルを構えるそれは、人型機械だ。己とほとんど姿の変わらない人型機械の姿を認めた時、マリオネットの視界は大きく歪み、黒い霞がおりていった----



 **********



 夜空は厚い雲で覆われ、新月をのぞむことはできなかった。


 雲のわずかな切れ目から銀色の光がこぼれており、月の位置が西に大きく傾いていることだけがわかる。


 広い通りを走る車の数もまばらとなり、線路工事の音がかすかに届く。


 高層ビルが集まる中、一際高くそびえ、周囲を明るく染め抜いている建物がある。K・H・Iの本社ビルだ。


 英国風の庭園を正面に構える豪奢な造りの玄関に、一台のフォルクス・ワーゲンがエンスト同然の動きで停まった。建物から数人が姿をみせた。運転席を後にしたコート姿の癸矢は、その車を専用の駐車場に回しておくよう指示した。癸矢(きや)は、昼間と同じように人の姿が多いK・H・I本社ビルの広大なロビーを抜けながら、脱いだ厚いコートを会社幹部の一人にたたきつけるようにして渡した。


 専用のエレベーターで移動するのは癸矢の他には二人の側近だけだ。癸矢はネクタイに緩みがないことを確かめると、側近の一人を睨みつけながら言った。


「何故私の指示を待たずに通した」

「申し訳ありません。お叱りは後でお受けします。今のところは、あの代理人のほうを……」、側近の声は平静を装っているが、かすかに震えていた。

「お前に言われるまでもない」


 癸矢が向かったのは応接室の一つだ。ドアの前に待機していた秘書たちは、癸矢を見ると逃げるようにしてその場を離れた。


 その応接室には、控えめだが品のいい家具をそろえてある。しかし部屋に足を踏み入れた癸矢が感じたのは、息苦しさだった。癸矢を待っていたのはまだ三十代あたりの男だ。顔の作りや肌の色から、中東あたりの血が濃いことがわかる。一人だけ長椅子に腰かけたその代理人の横と後ろを守るように、若い男と女がそれぞれ立っていた。警護役と秘書だ。テーブルに用意された飲み物と菓子にはまったく手をつけていないようだ。


 癸矢は待たせたことを詫びたが、秘書の女性から、英語で話すよう要請された。癸矢は眉をひそめかけたが、ごく一瞬だけにとどめた。英語で謝罪を繰り返し、話を続けた。


「報告は私の許にも届いております。弁解の余地もありません」

「戦争にある程度の犠牲はつきものだ。だが、それにも相応というものがある」、足を組んだままで話す代理人の目は冷たい。

「承知しております。只今原因を調査中です。我々としても、誠意ある形で償うつもりです」

「たいした不良品だな。あれと同様のシステムを積んだ君のマリオネットも、戦争の真似事をした競技会で暴走しているようだが。本気であのような不良品を売りつけるつもりか」

「新型POSは無限の可能性を秘めています。我々にも予測できない要因があることは否定できません。もうしばらくお待ちください。必ず、我が社の軍事用マリオネットを、満足していただける物に仕上げてご覧にいれます」


 癸矢はきっぱりと告げた。代理人は見下すような目線で、癸矢と正面から睨み合う形となった。癸矢が先に目を反らすわけにはいかない。


「まあ良いだろう。期待しているよ」、代理人は唐突に言い、席を立った。癸矢はかすかに、息を吐いた。


 警護と秘書を連れてドアに向かう、代理人の足が止まる。


「生還した者の話では、相手にもこちらと同じ機械人形がいたらしい。何か覚えはないかね」

「存じませんな。我が社と同じように、マリオネットを兵器として用いることを研究している機関があるということでしょう。いくつかの競合相手はわかっていますが、それ以上は……」


 癸矢が語尾を濁すと、代理人は口の端をわずかに歪めただけだった。


「こちらがこうむった被害分の請求書を後ほど送る。

 車のある場所まで案内を頼もうか。そのほうが君も安心だろう」


 癸矢は舌打ちし、側近の一人に無言で指示を下した。代理人とその連れの姿がドアの陰に消えてしらばくしてから、癸矢は別の側近を呼びつけた。側近から手渡された紙束に目を走らせる。


「同じ戦場へ送りこむなと命じたはずだ。一体どうなっている」

「サーバーは無事でした。ただ、片方の地域の中継回線が使えなくなった時間がわずかにありまして。その間にメールを送信したものと思われます。それが原因で、それぞれのクライアントがプロトタイプを同じ地域に投入する事態を把握できなかったのではないかと……」


 報告書を読みながら聞いていた癸矢は、側近の言葉をさえぎった。


「原因不明? なんだこれは。トレーニング・プログラムのミスではないのか」

「二体ともほぼ同時に暴走しています。プログラム上の間違いが同時に起こる確率は……」

「数字はいい! 私が知りたいのは結果だ!」

「お、おそらくシステムの根幹に原因があると思われます。現在、開発班に調査をさせていますが、コアシステム設計者を欠いた状態では……」

「ならば設計者をつれてこい」


 癸矢は報告書の束を側近の顔に投げつけ、黙らせた。


「なんとしても釈迦堂(しゃかどう)を見つけだせ。どんな手をつかってもな!」


 内線電話の高い音が響く。電話に出た側近の一人が、社長はまだここにいらっしゃると電話越しにこたえた。受話器を戻した側近が口を開くより早く、


「わかっている。もう一度、同じことを言えばいいのだろう」


 癸矢は乱暴に吐き捨て、ドアをたたきつけるように閉めて応接室から出ていった。




(つづく)

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