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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
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第12話_VS阿修羅


 距離を取ったブルー・ヘヴンが銃を連射する。鉛の弾丸を、阿修羅は腕に装備された盾ですべてはじいた。間をおかず、ブルー・ヘヴンは肩に装備された多連装小型ミサイルを発射する。六本の小型ミサイルが灰色の煙を引きながら紅のマリオネットに迫る。


 大型の機関砲を抱えたまま阿修羅は跳躍し、小型ミサイルの群を飛び越えた。ブルー・ヘヴンの目の前に着地した阿修羅は空いている四つの腕で殴りかかった。やつぎばやに繰り出される拳を、ブルー・ヘヴンは最小限の体移動でかわす。


 流れるような足運びで、阿修羅の背後に回りこむブルー・ヘヴン。その左の拳が電磁火花をあげ、阿修羅に向かって放たれる----瞬間、阿修羅の構える大型機関砲の銃口が、ブルー・ヘヴンの顔につきつけられた。


 ブルー・ヘヴンの左拳が目標を変え、機関砲の太い銃身を打ちはじく。同時に、機関砲が唸りをあげた。銃弾の雨がブルー・ヘヴンの頭部----女性の髪のような外装をかすめる。ずれた狙いを修正しようとする阿修羅だが、ブルー・ヘヴンは腰を落として左拳をつきだし、機関砲の銃身の動きを食い止めた。


 ブルー・ヘヴンが右手にもつ銃を使おうとすると、阿修羅の膝が跳ね上がった。阿修羅の蹴りはブルー・ヘヴンを吹っ飛ばした。空中にあるブルー・ヘヴンへと、無数の銃弾が襲いかかる。地面に落ちたブルー・ヘヴンは転がっていく。阿修羅は攻撃を止めようとしない。大型の機関砲は火を吹き続け、ブルー・ヘヴンの周囲では土煙が舞いのぼっていった。


 容赦なく食らいついてくる弾丸が、紫色の装甲を穿ち、削っていく----



 **********



 「ready」のピットブースは騒然となっていた。


「ピットインの指示を出して。メカニックは所定の持ち場で待機。仄香(ほのか)、タイムは頼んだわ」


 久梨奈(くりな)が告げる。運営本部から派遣されている監視員が、ストップウォッチを握ったまま、「ready」の動きにルール違反がないか目を光らせている。


 「ready」の面々は司令室の隣りにある応急整備室へ駆けこんでいった。礼人(れいと)空也(くうや)怜奈(れな)といった各部署の責任者は、まだ大型のモニターを見ている。


 ブルー・ヘヴンが煙幕を噴き出した。それを合図に、阿修羅が攻撃を停止する。ピットインの意志を示したマリオネットを攻撃することはルールで禁止されている。


「タイムカウント開始します。残り九分五九秒」、仄香が言う。


 ブルー・ヘヴンはよろめきながら立ち上がり、草原の一画に向かって移動を開始した。高速移動用の背部推進機が悲鳴をあげている。


 車のガレージと大差ないピットブースへ到達したブルー・ヘヴンは、倒れこむような形で多目的寝台に固定された。礼人や空也、メカニックたちが周囲にとりつく。


「うわっ、ひでぇ」


 誰が言ったのかわからない。ブルー・ヘヴンの装甲は穴だらけで、オイルがいろんなところから流れ落ちている。機械の灼けつく臭いが鼻をつく。装甲の継ぎ目から黒煙がのぼっている。


「ガス班、早く動いて」、怜奈は応急整備の責任者でもある。彼女の言葉で全員が作業を開始した


 冷却ガスを吹きつけると、熱気が水蒸気となって紫色の機体にまとわりついた。濡れた装甲が次々と取り除かれていく。


「そこ、遅いぞ」

「仕方ないだろ。モーターレンチは余ってないのか」

「あちぃっ! ここいらへんちゃんと冷えてないぞ。ガスをもってきてくれ」

「ごめんなさい。手が離せないから自分でもっていってくれる?」

 

 慌ただしさの割には作業が遅々として進まない。


「やっぱり練習どおりにはいかないか……」


 舌打ちする礼人も、頭部の装甲を取り外すのに時間がかかっている。本番でのピット作業は今回は初めてだ。緊張とあせりが時間の浪費を招いている。外装のすべてを外して部品交換ができるようになった時にはピット時間が残り五分をきっていた。交換可能な部品は取り替え、応急処置ですむ箇所には特製テープを貼ったり、溶接した。


 だが、一番の問題は頭部だった。


 礼人はブルー・ヘヴンの頭部回路を見下ろしたままで呻いた。空也のとりつけたシステム・ブースターとその周辺が溶け、固まっている。ブースターの過熱によるものだ。D(ディ)POS(ポス)にくっついてしまっているため、無理にはがそうとすればD(ディ)POS(ポス)を駄目にする可能性がある。


「どうします? 完全に修復するには時間がたりませんけど」


 メカニックが言う。空也は、融解部分をにらみつけていた。


 時間がすぎていく。頭部以外はすでに処置が終了し、装甲も完全な状態のものをとりつけてあった。


「ピットタイム、残り一分となりました」、仄香の声。スタッフ全員が空也を見守る中、

「このまま行こう」、礼人が決めた。


 そんな無茶な。D(ディ)POS(ポス)がいかれるかも----そういった反論もあがったが、

「俺は空也が作った部品を信じる」

 礼人はその一言で黙らせた。礼人たちが頭部への処理をほどこしていると、


「俺一人じゃふんぎりがつかなかった。ありがとうな」、空也が小声で礼を述べた。

「今度の打ち上げ代、おごれよ」、礼人は空也の顔を見ることもなく、軽口をたたいた。

「ピットタイム零、ロスタイムにはいります」、仄香(ほのか)が告げる。


 ロスタイムとは、ピットタイムがなくなった場合に用意されているお情けの時間だ。ピットタイムが零になってしまえば、どのような作業もきりあげてマリオネットを試合場に送り出さなければならない。二分のロスタイムがすぎてもピットブースから出られなければ、そのチームは負けとなる。


 ブルー・ヘヴンが再び起動する。銃と多連装小型ミサイルの弾薬は補充されている。


「久梨奈、終わったよ」、司令室に戻った怜奈が、作業用ブルゾンを脱ぎ捨てながら告げる。

「ブルー・ヘヴン、いってらっしゃい」


 久梨奈の承認を受け、礼人はキーボードを操作した。ピットブースから、ブルー・ヘヴンはゆっくりと出ていく。


 ブルー・ヘヴンが試合場に立つと同時に、猛然と間合いを詰めてきた阿修羅が体当たりしてきた。吹き飛ばされたブルー・ヘヴンは、木をなぎ倒して止まった。


「汚ねーぞ! ピットアウトの後はしばらく攻撃しないのが決まりだろ」、空也が叫ぶ。


「ロスタイムに食いこんでいなければね」、怜奈(れな)が冷静に応えた。


 起きあがったブルー・ヘヴンはその場を離れ、機関砲の銃撃を回避する。移動を続けるブルー・ヘヴンを追って、地面を土煙が這っていく。阿修羅の空いていた四つの手にブーメラン型の武器が握られた。放たれたブーメランは大きく回りこみ、ブルー・ヘヴンの死角をつく。四方八方からブーメランや機関砲の攻撃が襲いかかり、ブルー・ヘヴンの損傷は増えていった。


 鉛の弾丸が群をなして紫色の肩に喰らいつき、多連装備小型ミサイルの弾倉は爆発した。体勢を崩したブルー・ヘヴンの背を、顔を、ブーメランが攻めたてる----途端、ブルー・ヘヴンの動きが硬直した。


「システム・ブースター、処理能力の限界でイきました」

D(ディ)POS(ポス)は稼働中。ただしシステム・ブースターによるバイパス回路侵食のため体運動神経系に干渉できていません」


 意識はあるが金縛り状態ってことか。そう例えた礼人は、思いつくかぎりの命令をキーボードで入力した。このままではブルー・ヘヴンは動かぬ的だ。阿修羅に蜂の巣にされるのは目に見えている。


 だが、阿修羅は機関砲を使わず、ブルー・ヘヴンを踏みつけた。紫色の装甲がへこみ、ひび割れるまで足蹴にした後、阿修羅は六つの拳でブルー・ヘヴンを殴りつけた。頭部への----D(ディ)POS(ポス)や発信器への打撃を避けながら殴り続けるその姿は、虐待に喜ぶ鬼のようだった。


 礼人の喉の奥に苦く、酸っぱいものがこみあげる。「ready」のピットブースのすぐそばでおこなわれているだけに、悔しい思いは強かった。


「見てらんねぇ、助けてくる」


 言うが早いか空也は席を立ち、司令室を飛び出した。


「空也さん、駄目ですよ!」

「あの馬鹿! 俺が連れ戻してくる」


 空也を追おうとする土筆を礼人は止めた。


 ピットブースの外は蒸し暑く、強い風が吹いていた。礼人は空也にすぐ追いつき、空也を羽交い締めにした。


「放せ! 俺はあいつを助けるんだ」

「馬鹿。死ぬぞ、絶対に」


 暴れる空也をおさえつける礼人。十メートルと離れてない所に、二体のマリオネットはいる。


 ブルー・ヘヴンの頭部以外はもはや原型をとどめておらず、鉄の塊と化している。阿修羅が拳を振り下ろすたびにブルー・ヘブンの身体が壊れていく。濁った機械油が飛び散り、阿修羅を濡らす。礼人の目には、その紅色のマリオネットは血を浴びて楽しんでいるようにうつった。


 礼人と空也を呼ぶ声が背後であがった。土筆と、美蕾までもがピットブースを出てこちらに向かっている。


「来るな、危ない!」


 礼人が言った直後、鋼鉄のぶつかりあう硬い音がしなくなった。ブルー・ヘヴンを攻撃する手を止めた阿修羅が、首をゆっくりと回す。機械人形特有の感情のない瞳が捉えたのは礼人たちの姿だろう。


 数瞬の間の後、阿修羅が痙攣を起こし始める。頭を抱えて背を反ったかと思うと次は屈みこみ、虚空や自身の身体をかきむしりだす。


「予選の時と同じだ……」


 礼人は身の危険を感じ、「俺はここから離れないぞ」と暴れる空也をひきずりながら逃げた。土筆と美蕾のところまでたどりつくと、唸りをあげて頭上をよぎる影があった。影は礼人たちの数メートル先に落ちて地響きを立てる。それは、ブルー・ヘヴンの下半身だった。


 恐怖が、礼人たちの足を止めた。恐る恐る振り返ると、阿修羅が小刻みに震えながら迫ってきていた。六本の腕は、遠近感が掴めない状態で礼人たちを捕らえようとするかのように、さまよっている。


 阿修羅が大きく咆哮する。それは駆動機関の高鳴りだったが、生々しい獣の雄叫びを思わせた。礼人は反射的に美蕾をかばい、目をきつく閉じた。


 襲われることを覚悟したが、阿修羅の足音は続かない。瞼をあげると、阿修羅の姿勢は固まっていた。


「緊急停止か……助かった」


 安堵の息を吐く礼人の腕の中で、美蕾はじっと阿修羅へ視線を注いでいた。


 腰から下を失ったブルー・ヘヴンは身体を動かすことが不可能ながらも、頭部の視覚センサーには光が宿っていた。


 緊急停止されたマリオネットはその試合を放棄したものとみなされる。


 マリオネット・フォーミュラ本戦第一回戦。「ready」のブルー・ヘヴンは相手の試合放棄により、勝利をおさめる結果となったのだった。




(つづく)

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