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マリオネット・フォーミュラ  作者: 冴宮シオ
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プロローグ


 翠玉色の湖面は静かに波うち、青と白の二つの色を映しだしていた。


 空気は澄み渡り、ビクトリア山の頂上付近では、青みがかった宝石をちりばめたように氷河が輝いている。


 カナダはロッキー山脈を走る氷河ハイウェイ。一号線をはさんでキャッスル山がそびえ、最南端に位置するアイゼンハワー峰は天を支えているかのように力強い。


 一号線と平行して走る旧道沿いにはノコギリの歯を思わせる形の岩山が続いており、うっすらと雪の積もった山腹では、渦を巻いたような角を備えたビッグホーン・シープが群をなして歩いていた。


 ----爆発音が、大気を震わせる。


 爆音は数度に渡り、そのたびに突風が起こり、木々を騒がしく揺らしていった。


 爆発によって吹き上げられた雪が、周囲に白銀色の幕を引きおろす。ビッグホーン・シープたちは高く鳴きながら森の中へと駆けこんでいった。


 森の外れで、新たな爆発が生じ、炎が膨れあがった。


 鎮まりかけた火球から、いくつもの人影が疾り出る。そのうちの一体----左腕の肘から先を失い、ところどころ下地の金属をむきだしにした紫色の人型機械----は、六本の足をもった機体とすれ違いざまに、肩に装備していた中口径散弾砲を撃ちこんだ。


 六本足の機体が爆発するのを見届けず、片腕の人型機械は乱戦の中へとつっこんでいった。そこでは、無数の機械群が戦闘を繰り広げており、機関銃の火線や誘導式の小型弾道弾が戦場をかすめ、轟音が響きわたっている。


 片腕の人型機械の肩には「ready」と刻まれた文字が見える。切断された肘からは火花が散り、血を思わせる濁った色の機械油が流れ落ちていた。


 その片腕の人型機械の前に、巨大な刀を構えた緑色の機体が立ちはだかった。その刃は白熱化しており、滴り落ちる鉛色の液体が大地の雪を溶かして蒸気を生じさせる。足元には、刀をもつ機体の三倍はある大柄な人型機械が切り捨てられていた。


 刀使いが一気に間を詰める。片腕の人型機械は退くことなく半身となり、振りおろされた刀を左肩で受けた。左肩に食いこんだ白刃が鋼鉄の装甲と駆動機構を断ち、機械油を飛び散らす。片腕の機体は一瞬動きを止めたが、すぐに右の拳を相手の頭部に放った。


 指の付け根には、攻撃用の電極が設けられている。火花を纏った拳が相手の顔面をとらえる直前----片腕の機体は攻撃をやめて、その場から跳び退いた。岩肌を覗かせた雪の絨毯に着地すると、膝下に内蔵された衝撃吸収機構が働き、熱気とともに気化したガス状の油を、ふくらはぎの両脇に設けられた排気口から吐きだした。


 片腕の機体が一瞬前までいた場所には、無数の巨大針が突き立っていた。遠く離れた位置の、別の機体が放った物だ。逃げることのできなかった刀使いは、無数の巨大針に貫かれ、ゆっくりと倒れていった。


 片腕の機体は、巨大針を撃ちだした機体に背を向け、新たな戦闘相手を求めて動きだした----



 **********



 森を貫く幅広の道に数台の大型トレーラーが停まっていた。そのうちの一台、横腹に大きく「ready」と書かれたコンテナの屋根でいくつかの人影がうごめいている。


「いったいどこで中継してるんだよ」


 釈迦堂(しゃかどう)礼人(れいと)は座りこみ、短波ラジオの受信チャンネルを調節していた。雑音に混じり不明瞭な音声が流れ、その度に礼人は周波数を微妙にあわせていく。礼人は二四歳。厚手のダウンジャケットを羽織ったスーツ姿だが、ネクタイはゆるめてある。


「おおっ、すげえっ。森がなけりゃもっとよく見えるってのになぁ。誰だよ、こんな邪魔なところに木を植えたのは」


 油まみれの作業着にダウンジャケットをひっかけた姿の(しきみ)空也(くうや)が双眼鏡をのぞきながら、爪先立ちで身を乗りだした。歳は二五、ぼさぼさ頭のやせぎすな青年だ。彼が立っているのはコンテナの、足場ぎりぎりの位置だった。


 爆発音の直後に森の奥から黒い煙が立ちのぼり、梢をゆらした。空也は意味不明の歓声をあげる。礼人はそばにあった缶ビールを投げつけた。


「やかましいっ。少しは静かにしろっての」、缶は空也(くうや)の後頭部に命中し、鈍い音をたてた。転がる缶の封は開いていない。動きを止めた空也の体が、コンテナから地面へと傾いていく。


「落ちちゃう、落ちちゃいますよ!」


 空也(くうや)から少し離れた位置でスナック菓子を食べていた少女----野原(のはら)土筆(つくし)は菓子袋を捨てて空也へかけよった。その拍子に、空也のそばにおいてあった紙コップを倒してしまい、湯気をたてるコーヒーがこぼれた。黒い液体は広がり、コンテナの端から地面へと滴っていく。土筆は空也の作業着の裾をつかみ、踏んばりながら引っ張った。


 礼人の扱っている短波ラジオからは英語の音楽番組にまざり、大会の日本語中継がかすかに流れている。雑音が多くて内容までは聞き取れない。


 土筆は空也を安全な場所まで引きずりもどすと、礼人の前にまわりこみ、語気を荒げた。


「ひどい、礼人さん。この高さから落ちたら、骨折じゃすみませんよ。空也さんも、あんまり危ない真似しないでください。いいですか?」


 土筆の年齢はこのチーム内で最年少の一八歳。ジーンズにカウチンセーターを着こみ、厚手のマフラーを身につけている。


 土筆に呼びかけられた空也は目を輝かせて、両腕を大きく広げた。


「俺らのマリオネットが勝ち残るかもしれないんだぜ。信じられるかよ、みんな」、コンテナ上部に集まっている面々を見回す。

「見ればわかる」、顔も向けずに応える礼人。

「あたしの話、聞いてますか?」、土筆は眉根を寄せ、呆れたように額に手をあてた。


「喜ぶのはまだ早いと思うけど。相手はまだ半分も残っているんでしょう」、そう言ったのは寺園(てらぞの)(うらら)だ。小さなパイプ椅子に座り、本に視線を落としたままでいる。


 彼女が手にしているのはカナダのガイドブックだ。成田からバンクーバーに到着したその日に買ったという毛皮のコートを着ている。彼女のそばには小さなテーブルが置かれ、カップとティーポット、ブランデーの小瓶が載せてあった。


「興奮する気持ちはわかるけど、あなたたちサブチーフでしょうに。下でデータの収集に立ち会わなくてもいいの?」


 麗は言い、カップを鮮やかな色の唇に運び、紅茶を口に含んだ。


「なに気取ってんのよ。こんな寒いのにわざわざ外で紅茶を飲むなっての。バカ高いコートにこぼしても知らないよ」、土筆は言いながら、スナック菓子の袋を拾いあげた。


 空也は仁王立ちとなり、腕を組んだ。


「データ採りなんか怜奈(れな)やチーフに任せておきゃあいいの。あんなもん、わざわざ俺がやるほどのもんでもない」

「トレーナーの役目はマリオネットに教育するまでだ。それに、俺の代わりにチーフが下にいる」、礼人は受信チャンネルをいじりながら言った。日本語の放送が、次第に鮮明なものになる。

「サブとはいえ、クリエイターとトレーナーがこんな調子じゃあね」、麗がどちらにともなく言い捨てる。

「そんなことより、見ろ。俺らのマリオネットの勇姿を。初めて入賞できるかもしれないんだぞ。

 もう我慢できない。もっと近くで応援してくる」


 空也はコンテナの端にしゃがみこみ、後ろ向きとなった。端に手をかけ、コンテナの外壁を見下ろしながら空中に足をさまよわせている。


「戦闘に巻き込まれたら怪我じゃすまないんですよ。だいたい、試合中に戦闘領域へ入ることは大会規約で禁止されてますってば」


 土筆が空也の腕をつかみ、大声で説得を続ける。空也は土筆を仰ぎ見ることなく、足掛かりとなる部分を探していた。


「止めてくれるな。俺はあいつのもとへ行く。あいつは俺の応援を必要としているんだ」


 礼人は空也と土筆に近寄ろうとせず、缶ビールの栓を開けた。麗も相変わらず、ガイドブックをめくっている。


「だから、危ないんですってば。もう、麗、礼人さん、手を貸して」


 訴える土筆だが、礼人と麗は動かない。なおも土筆が怒鳴っていると、たしなめるような声が聞こえた。


「少しは静かになさい。頭の上で騒がれたら仕事ができないわ」


 コンテナの一画に開いた穴から一人の女性が顔を出した。歳の頃は二十代後半。落ちつきを感じさせる大人の女性だった。服装も、土筆や麗のようなくだけた物でも必要以上に派手な物でもなく、上品で適度に控えめなスーツだ。


「はーい」と表情を明るくした土筆が元気良く返答し、「ほら、監督も怒ってますよ」、小声で空也に告げた。その言葉を聞くと、空也は渋々とコンテナによじのぼってきた。


 監督と呼ばれた女性----紅華(こうげ)久梨奈(くりな)はため息をつくと、ハシゴを伝って下へ戻った。


 コンテナの内部では人型機械----マリオネットたちの戦いを細かく観察していた。いくつもの電子機器が積み上げられ、送られてくるデータの処理、整理をしている。並べられた多くの画面を相手に、無言で機器を操作する数人の男女の姿があった。


怜奈(れな)。いけそう?」、久梨奈は、厳しい表情で尋ねる。

「駄目。まだ稼動している他のマリオネットたちはどれも反応力で勝っているし、こちらは耐久度も限界。おまけに弾薬も電磁拳(スパーク)のバッテリーも尽きかけている。戦闘不能も時間の問題」


 怜奈は椅子の正面の画面から目をそらさない。怜奈=ラドアートの歳は二四。鮮やかすぎる金髪と彫の深い面立ち、艶のある黒い瞳の持ち主だ。


 画面のひとつに、銃口がはりついた。スピーカーから爆音が伝わるのと同時に画面は赤い閃光で満たされ、久梨奈や数人の女性は身をすくめた。


「状況報告、さっさとする」、怜奈は平然と機器をいじっていた。次の瞬間には画面に白黒の波がちらつくようになった。

「頭部複合知覚器、破損」

「動力機関、完全に停止」

D(ディ)POS(ポス)からの接続信号消失。戦闘不能が確認されました」


 報告がなされる度に久梨奈の表情は強張っていった。怜奈は頬杖をつき、涼しい表情で久梨奈を見やった。


「今回も入賞ならず、ね。トーナメント出場もできなければ、バトルロイヤルで名をあげた経験もない。今年で三年連続だったかしら。オーナーたちもそろそろ考え始めていい頃よね」


 怜奈は言うが、久梨奈は映像の出ていない画面を見据えたままで応えない。しばらくするとコンテナ前部の部屋へ続く扉が開き、和服姿の女性----六鳴館(ろくめいかん)仄香(ほのか)があらわれた。


「監督。お電話ですけど」、仄香が穏やかな笑顔をたたえたまま、電話の子機を差し出す。久梨奈は額に手をあてて、うなりながら頭上を仰ぎ、「今いないと伝えて」と諦めたかのように嘆息まじりに呟いた。


 仄香が子機を自分の耳にあてる。


「今いないそうですわ。ええ。

 いいえ。本人がそう申しておりますから間違いありません。あ、もしもし。

 ……切れてしまいました。変ですわね」

「気にしなくていいわよ。また他のオーナーから電話があったら、わたしは大会運営本部へ行っていると伝えて」


 ひきつった笑みを作る久梨奈。仄香(ほのか)が事務スペースへ戻ると、怜奈が口を開いた。


「居留守がいつまで続くと思う?」

「ほとぼりがさめれば、オーナーたちともまともな話ができるでしょう。少しの間旅にでるわ。

 ブルー・ヘヴンを回収して。さっさと引きあげるわよ」


 撤収の手配を進めるため、久梨奈はコンテナ前部の事務スペースへ向かった。上の四人を呼び戻すよう頼まれた怜奈はハシゴを登りきったところで目を細めた。


 空也が座りこんで号泣し、礼人の手を握りしめている。


「俺の……俺の三郎丸がぁ」


「はいはい。残念だったな。それと、頼むから、チームの機体に勝手な呼び名をつけるのはやめろよな。あれは、『ブルー・ヘヴン』だ」


 礼人が顔をそむけたまま相槌をうつ。最後のほうは小声だった。その鼻先に、涙と鼻水を流れるに任せた空也の顔が迫る。礼人は大きく後ずさった。


「わかる、わかるぞ。本当はおまえも悲しいんだろ。でも、俺を励ますために無理して平静を装っているんだな。なんていい仲間なんだぁ」


 空也が激しく泣き喚く。礼人の目は助けを求めていた。が、麗と土筆は近づこうとしない。


「たかが試合に負けたぐらいで泣くなんて、情けない男。自分が痛い目にあったわけでもないのにみっともない。ねぇ?」


 麗が土筆に同意を求める。土筆は祈るかのように胸の前で手を組み、男たちに見入っていた。その瞳に麗と怜奈の姿は映っていない。


「あそこまで自分をうちこむことができる男の人って、ステキ……」


 酔ったような口調の土筆。麗はこめかみのあたりを指で押さえ、「先におりておくわ」、怜奈が上がってきていたことに気づいた。


「撤収するよ」

「ずいぶん早いわね」


 驚く麗に怜奈は、チームのオーナーが文句をぶつけてきていることと、遅くとも明日の午後には日本へ戻ることを告げた。


「バンクーバーへ戻る余裕はないから、カルガリーからの便になるわ。仄香が手配してるはず」


 麗が表情を緊張させる。


「ちょっと待って。イェールタウンにまだいっていないし、スチームクロックも見ていないのよ。二か月前からガイドブックにチェックをいれてきた苦労はどうしてくれるの。あたしは観光や遊びに来ているのとは違うのよ」

「会社のお金で買いつけ出張でしょ。

 ショッピングのことより、今後の身の振り方を考えておいたほうがいいかもしれないよ」


 怜奈が声を低くすると、礼人と麗が興味を示した。


「チームの存続が危なくなるかも。それぐらいオーナーたちは怒っているの」

「そうなったらそうなった時よ。釈迦堂くん、色ペンもってたら貸して」と麗は椅子に座りなおす。礼人は三色ボールペンを投げ渡した。麗は手袋のまま受け取り、「カルガリーなんて予想外よ」と、ガイドブックのページを手早くめくっていった。

「チームの危機か……。空也、おまえはどう考える」、尋ねる礼人。


 コンテナ屋上から空也は消えていた。土筆がコンテナの端から身を乗り出し、叫んでいる。


「戻ってください。危険ですよ」


 声の投げられた先には、マリオネットたちの戦闘領域へと走っていく空也の姿があった。


 コンテナが揺れる。トレーラーのエンジンが始動した。トレーラーはゆっくりと、マリオネットたちの戦闘領域へと続く道を進んでゆく。戦闘が終了したらすぐにチーム「ready」のマリオネット----紫の機体「ブルー・ヘヴン」を回収するためだ。


 途中、空也を追い抜いた。しかしトレーラーは停止せず、空也を引き離していく。土筆が両手をメガホン代わりに口へ添え、早く追いつくよう空也を励ましていた。


 太陽が高い嶺に隠れ、長い影がおりつつある。


 木々よりも高い位置にある特設巨大表示板には、マリオネットたちの乱戦が中継されていた。礼人たちの所にまで、爆発音と衝撃による風が時折伝わってくる。ロッキー一帯の冬の厳しさをはらんだその風は、マリオネットたちの戦いを見ている人々の歓声も運んでくる。


 礼人は氷河を懐くロッキーの山々へ視線をうつした。いつか雑誌の写真で見た光景と同じだ。


「今年も終わりか」、礼人はビールを口にした。冷たすぎる液体が、喉と胃を締めつけた。



 **********



 こうして、チーム「ready」の一年は終了した。


 それでも、マリオネットたちの戦いは終わらない。


 西暦2028年2月、「マリオネット・バウト世界公式戦」こと「マリオネット・フォーミュラ」最終戦。


 翌日には、本トーナメントの決勝バトルロイヤルが待っている----




(つづく)

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