七
一年前の春。高校に入学したての僕のクラスには、不登校の生徒がひとりいた。
もともと他人に対して興味の薄い僕は、彼女が学校に来ないことを疑問に感じなかったし、そもそも気にも留めていなかったと思う。
彼女の名前は、瀬名春奈。
僕のかつての――。
*
その場に膝をついた春奈が、固く握り込まれた僕の手を優しくなでている。
「小宮くんは、大切なんですよね? この美術室で、藤さんと桃花さんと過ごす、とりとめのない時間が」
「そ、れは……」
確かに僕は、それを否定しない。そして、そこでようやく、この事態を引き起こしているのは僕自身なのではないかということに気が付いた。
起点は恐らく、あの夢だ。藤を初めて目にしたときの、僕の記憶。
美しいあの瞬間を切り取りたいと願った僕の思いが、この春奈を呼び寄せたのだとしたら。
「それが、あなたの望みのはずです」
「……」
……春奈と一緒にいれば、彼女に僕の描いた絵を渡せば、永遠の春を過ごすことができる。
それはつまり、彼女の言う通り、藤と桃花と、この美術室でずっと一緒にいられるということだ。他愛もない話をして、笑って、三人並んで畦道を帰るような、そんな穏やかな日々が続くということ。
いずれやってくる七月に僕は桃花を泣かせたりしないし、藤に抱く激情の行く末に悩まされることもない。
それはきっと……きっと、喉から手が出るくらい、幸せなことなのだろう。
「……春奈はどうして、ここにいたいの?」
消え入りそうな声で、僕は春奈に尋ねる。
「……あたし、ですか?」
一年前の春。高校に入学したての僕のクラスには、不登校の生徒がひとりいた。
もともと他人に対して興味の薄い僕は、彼女が学校に来ないことを疑問に感じなかったし、そもそも気にも留めていなかったと思う。
しかし、あれは――二学期が始まってすぐのこと、だろうか。
それまで誰もいなかった席が、その存在ごと教室から消え失せたのだ。
瀬名春奈。
彼女は、僕のかつてのクラスメートだ。