六
むせ返るほどの熱気。
ゆるく吹く生ぬるい風。
かすかに聞こえた風鈴の音。
見上げた先には青い空が、白い雲が、濃い緑が。
「先輩! しっかりしてください、先輩!?」
抱き起こされた僕は、木製のしおりを強く握り込むと、荒い呼吸を繰り返した。額に脂汗が浮かび、喉元まで迫り上げてくる気持ち悪さを必死で抑えながら、固く目を閉じる。
「ここ、から……離、れて……」
「え!? どうしてですか!?」
「巻き込まれない、うちに……」
「先輩!」
おさまらない動悸。
「とにかく学校に戻りましょう!」
体を支えられてずるりと立ち上がる。涙で歪んだ視界がぐらぐら揺れて、鋭い陽光が首筋を焼き付けた。
嗅ぎ慣れた油絵の具のにおい。霞みそうな意識を繋ぎ止めながら辿り着いたそこは、僕には馴染み深い、学校の美術室だった。
僕を椅子に座らせた春奈が、締め切られていたカーテンと窓を次々に開けていく。春先らしい爽やかな風が吹き込んで、火照った体を少しだけ冷ました。
「ごめんなさい、先輩。もう、時間がないみたいです」
心臓はまだ早鐘を打っている。くたびれたクロッキー帳を抱いて振り返った春奈は、ざわざわ鳴る葉桜を背に、ぎこちなく笑った。
「一応、聞いておきますね」
ふと視線を逸らした春奈につられて、僕も彼女と同じほうを向いた。
「どう、して……」
驚いた僕は唖然とすることしかできない。
美術室の前の黒板に、鍵の掛かったロッカーに入れていたはずの僕の絵が、ずらりと並んでいた。
「先輩の描く絵、くれませんか?」
春奈を見れば、先ほどまで着ていた制服が、淡い緑色のワンピースに変わっていた。白いカーディガンに、黒いリボンを巻いたつばの短い麦わら帽子。
ああ、まさか、と思った。
最初からだ。彼女と出会ったときから、この世界はおかしかったのだ!
肌が粟立つ。彼女は、彼女は――!
「ずっと春にいましょう? 先輩の絵があれば、先輩が春で絵を描き続けてくれるなら、この世界は永遠です。進む時間に胸を痛めることもないんですよ」
握りしめていた木製のしおりが割れて、尖った片が突き刺さり、手に激痛が走った。
口元に笑みを浮かべた春奈が近付いてくる。
「君は、一体……」
白く細い指が、僕の手に触れた。
「優しいあなたなら、あたしをひとりにしませんよね? ねえ、小宮くん」