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夏の春  作者: ゆら
7/10


 むせ返るほどの熱気。

 ゆるく吹く生ぬるい風。

 かすかに聞こえた風鈴の音。

 見上げた先には青い空が、白い雲が、濃い緑が。


「先輩! しっかりしてください、先輩!?」


 抱き起こされた僕は、木製のしおりを強く握り込むと、荒い呼吸を繰り返した。額に脂汗が浮かび、喉元まで迫り上げてくる気持ち悪さを必死で抑えながら、固く目を閉じる。


「ここ、から……離、れて……」

「え!? どうしてですか!?」

「巻き込まれない、うちに……」

「先輩!」


 おさまらない動悸。


「とにかく学校に戻りましょう!」


 体を支えられてずるりと立ち上がる。涙で歪んだ視界がぐらぐら揺れて、鋭い陽光が首筋を焼き付けた。





 嗅ぎ慣れた油絵の具のにおい。霞みそうな意識を繋ぎ止めながら辿り着いたそこは、僕には馴染み深い、学校の美術室だった。

 僕を椅子に座らせた春奈はるなが、締め切られていたカーテンと窓を次々に開けていく。春先らしい爽やかな風が吹き込んで、火照った体を少しだけ冷ました。


「ごめんなさい、先輩。もう、時間がないみたいです」


 心臓はまだ早鐘を打っている。くたびれたクロッキー帳を抱いて振り返った春奈は、ざわざわ鳴る葉桜を背に、ぎこちなく笑った。


「一応、聞いておきますね」


 ふと視線を逸らした春奈につられて、僕も彼女と同じほうを向いた。


「どう、して……」


 驚いた僕は唖然とすることしかできない。

 美術室の前の黒板に、鍵の掛かったロッカーに入れていたはずの僕の絵が、ずらりと並んでいた。


「先輩の描く絵、くれませんか?」


 春奈を見れば、先ほどまで着ていた制服が、淡い緑色のワンピースに変わっていた。白いカーディガンに、黒いリボンを巻いたつばの短い麦わら帽子。

 ああ、まさか、と思った。

 最初からだ。彼女と出会ったときから、この世界は(・・・・・)おかしかったのだ(・・・・・・・・)

 肌が粟立つ。彼女は、彼女は――!


「ずっとここにいましょう? 先輩の絵があれば、先輩がここで絵を描き続けてくれるなら、この世界は永遠です。進む時間に胸を痛めることもないんですよ」


 握りしめていた木製のしおりが割れて、尖った片が突き刺さり、手に激痛が走った。

 口元に笑みを浮かべた春奈が近付いてくる。


「君は、一体……」


 白く細い指が、僕の手に触れた。


「優しいあなたなら、あたしをひとりにしませんよね? ねえ、小宮こみやくん」

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