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 子ガラスの時、親ガラスから、お前は利口だから、頑張ればきっとクリスタルカラスに昇格してもらえる、ママは幸せよと言い続けられてきた。


 他の子ガラスよりも、抜きんでて優れていなくてはならなかった。


 誰よりもたくさん、ヒカリモノを集めてくる技。

 誰よりも目ざとく、溢れたゴミステーションを発見する技。

 誰よりもたくさん、人間にフン爆弾を的中させる技。


 「いつも、一番だったカー」


 お宅のお子さんは本当に優秀でいらっしゃるざますね。うちの子にくちばしの垢を煎じて飲ませたいくらいですわよ。

 おほほほほ、やーね隣の奥さん。もともとできの良い宅の子とお比べになっては、お子さんが可哀そうでございますわよ。


 できて当然。

 できなかったら、できるまでご飯抜き。


 他の兄弟はみんな自分よりできが悪かった――というより、ごく普通のカラスだったので、こんな英才教育とは無縁に過ごしていた。

 「俺らフツーの黒ガラスだもんなー」

 「へーん、気取りやがってよー」


 恥ずかしのカミサマのクリスタルカラス昇進試験の日、友達も兄弟も、だぁれも見送ってくれなかった。

 寒い、冬の日。そうだ、ちょうど今日みたいな。

 一羽だけ、目を潤ませて見送ってくれたのは、母ガラスだけだった。


 「あなたなら必ず合格できるカー。今まで、このために頑張ってきたじゃないのカー」

 クリスタルカラスがうちの家系から出るなんて、子々孫々に伝えられる栄誉なのカー。

 あなたはカーさんの誇りなのよカー。


 カー、カー、カー。

 

 一体なんの幻想だろう。

 枝から落ちながら、わたしの中に流れ込んできた色々な思いや風景。それらはやけに寂しくて、張り詰めていて、逃げ場がなくて、見ているだけで息がつまりそうだった。




 (毎回、100点が当たり前)

 頭から地上に落ちてゆく感覚はない。

 ふわっと浮き上がって、ゆっくり落ちてゆくような気がする。

 肩のカラスがばたばたばたばた必死に羽ばたいて、重力に逆らってくれているのか。


 失神寸前で力が抜けている。

 ふわっと両手が伸びきって、手首につけたオーナメントの片方が外れて飛んだ。

 

 騒音太郎のパンツ標本だ。

 手から離れるや否や、他のクリスタルオーナメントと一緒に、上に上にと召し上げられてゆく。


 

 わたしは、右手に辛うじてかかっている、0点の答案のクリスタルを見た。

 だめだもう視界がぼやけている。ばさばさ、ばさばさあ。カラスは羽ばたいて目を血走らせ、もがいている。


 

 「天才子ちゃんは、もともと賢い子なのよ。生まれつき頭が良いの」

 ママゴンの嬉しそうな顔。


 「ちょっと頑張れば、クラスで一番なんか当然なのよ。人より頑張れば、全国で一番になることもできるわ」

 さ、天才子ちゃん。予習復習。宿題はなぁに。


 「他のママから、羨ましがられるのよ。天才子ちゃんは凄いのね、偉いのねって。一体どんなお勉強をしてるのって聞かれるから、なぁんにも、特になにもしてませんって答えておいたわ」

 うふふ。ママは笑う。

 はい、今日のごはんは天才子ちゃんが大好きなコロッケよ。これ食べて、明日のテストも満点取るのよ。

 

 

 眼鏡山天才子は、頭が良い。

 超・優等生。

 どんな難しいテストも100点。

 「あー、いいよなー、頭いい人はー」

 「ね、ね、眼鏡山さん、宿題見せてよ」

 擦り寄ってくるのは、クラスでも目立って強い人たち。例えば気野つよ子とか。


 宿題見せてよ。ね、ね。

 お願いしているようで、目は笑っていない。

 嫌だと言おうものなら、次の日から悪口を学校中に広められるんだ。


 眼鏡山さんってさー、ちょっと頭いいからって良い気になってない?

 ムカつくんだけどー。

 毎回100点とかおかしくない?

 もしかしたらズルなんじゃない。先生のお気に入りだし、最初から答え教えてもらってるとか?

 あーあー、ありえるありえるー。

 ……。




 「天才子ちゃんは、大学付属の中学に行くのよ」

 小学校入学の頃からママゴンは言っていた。

 だから、お受験のお勉強ははやいうちからしなくちゃねえ。あなたは他の子と一緒になってちゃだめなのよ。

 いい?

 他のおバカな子たちと、あなたは違うのよー。




 わー、おばさんが来た。

 やばい逃げろー。


 欅を囲んでファイヤーダンスを踊っていた連中は、ママゴンが走ってくるのを見て逃げていく。

 ウウウーウウウー。

 早くもパトカーの音が近づいてくる。パパ、速攻で110番したらしい。


 意識が途切れてゆく。

 手首についたままの0点答案がピカピカッと光った。


 どさっと体が地面についたのと、べりっとパジャマの肩が破れたのは同時だったか。

 「助かったカー」

 カラスが叫びながら、ばさばさと飛んでゆく。


 そして、ママゴンの


 「いやああああ、天才子ちゃん、一体なにごとなの、いやああああ」


 という悲鳴が聞こえて、やがてそれも聞こえなくなって、わたしは気持ちよく失神したのだった。




 カラス。

 クリスタルカラス。

 あのカラスは、あのいけすかないインチキカミサマに許してもらう事ができたのかな。

 (普通の黒カラスになったほうが、楽しいと思うよ……)


 カー、急げカー、カミサマに説明するカー。

 カー、カー、カー!


 (そんなに必死にしがみついて、またカミサマの趣味に付き合って、ヒトの恥ずかしいものを集めるのかい)

 

 カー、カー。

 ばさばさ……。





 

 救急搬送されたものの、どこにも異常が見られなかったらしい。

 気が付いたのは翌朝で、いつものように自室のベッドで目覚めて伸びをした。


 起きようとすると、ママゴンに押さえつけられて、だめ、寝ていなさいと言われた。

 目を真っ赤に泣きはらしたママゴン。


 「あなた、二階から落ちたのよ。根をつめてお勉強しすぎて寝ぼけてしまったのね」

 

 そういうことになっているらしい。

 わたしは枕に頭をつけて、ぼんやりとママゴンを見上げた。

 ママゴンは立ち上がると一階に降りて行き、また戻って来た。


 お粥が乗ったお盆を持っている。

 深刻な表情だ。


 (どこも痛くない……)



 ばさばさとクリスタルカラスが必死に羽ばたいていたのを思い出す。

 お陰で重力のまま、地上に叩きつけられずに済んだようだ。見事に無傷である。


 晴れた日差しが窓から差し込んでいた。

 カーテンは開かれていて、そこから欅の枝が見えていた。


 「昨日、おかしな騒ぎが庭であったのよ」

 ママゴンは言った。


 「子供たちが集まっていて騒いでいたのよ。やーね、不良の子たちね、あんなに遅く。うちの庭になんの用事だったのかしら」

 天才子ちゃん、知ってる?


 ママゴンが眉をひそめ、微かに疑いを込めた目つきで見つめてくる。

 ぶんぶんぶんぶん。知らない知りません。そんな不良なんか、わたしが知る訳もございません。


 

 ふわーん。

 ママ特性の卵のお粥だ。これ大好き。

 風邪の時とか、よく作ってくれる。

 

 ぐう。

 おなかが鳴った。


 

 「そうよね、天才子ちゃんがそんな子たちと付き合いがあるわけないものねー」

 ウフフ。


 ママゴンはあっさり納得してくれた。

 

 


 昨夜、わたしが転落してからずっと心配のし通しだったのだろう。

 目は泣きはらしているし、顔はやつれていた。

 悪いことをしたなあ、やっぱりママゴンはわたしのママだ、心配させちゃった。


 そう思ったら、心がじわっとした。

 

 ごめんなさいママゴン。




 ああ、それにしても何という良い匂いだろう。

 おなか空いた。早く食べたい。


 だけどママゴンは、お粥の中にスプーンを入れ、掬い取ったまま、それをわたしの口になかなか運んでくれない。どうしたんだろう。何をしているんだろう。ぐう。ぐうぐう。

 (早よ。早よ食わせろや)



 「ところで天才子ちゃん」

 ニマー。


 ママが笑う。

 どこかで見たことがある笑い方だなあと思ったらハッとした。


 わたしの笑い方と同じなんだ。恐怖の予感が全身を震撼させた。


 「ママに隠してること、なぁい」

 え、なんのこと、とは言えなかった。

 

 ママはエプロンのポケットから、かさかさと一枚の折りたたんだ紙切れを出した。

 0点の答案が。


 マイガー。




 地上に落ちた時、はずみでクリスタルが割れて紙が出たんだろうな。

 あんなに必死で隠ぺいしようとした恥ずかしいものは、今、一番わたってはいけない人の手に。


 ニヤー。ニヤー。

 「はい、天才子ちゃん」


 ほかほか美味しそうなお粥をひと匙、わたしの口の前に持ってきておいて、そこでストップさせて、ママは言った。



 「田村さんの会社は、自宅から50キロの距離の場所にあります。時速50キロで車を運転するとして、朝何時に出たら、8時45分まで間に合う事ができますか」

 はいっ、アンサー!



 これくらい、暗算で答えなさいね?

 天才子ちゃんはデキル子、100点満点の子なんだから。ね、ね。ほら、アンサー。



 

 鳥かご。

 今はまだ、この中に留まり、餌をもらったり、世話を受けたりしなくちゃならない。

 

 だけどね、いつまでもかごの中じゃない。

 

 (ママ、ママの思い描いているわたしに、わたしはなりたいとは思っていないんだよ)



 それでも今は。今くらいは。

 わたしは答えて、ママの満足そうな笑顔を見て、自分も笑う。

 そして、美味しいお粥は無事にわたしの口に入ったのだった。

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