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 恥ずかしいこと、できれば誰にも見せたくないようなこと。

 それを秘めているだけで心が重い。


 例えば昨日の算数のテストが0点だったとか。


 (ありえん。ありっえん)



 教育ママゴンである、うちは。

 大学付属の中学を受験するべく、4年生の今からみっちり勉強だ。塾に通信教育に、果てはママゴン直々の宿題チェック。正直、毎日が辛い。

 

 おかげさまで、優等生の端くれである。

 教室でのあだ名は秀才眼鏡。色気もへったくれもないが、とりあえず一目置かれている。




 そのわたしが、あろうことか、0点を取った。

 色々な事情がある。


 たまたまその部分が、苦手なところだったとか。

 たまたま昨日、別の宿題に追われて算数の勉強がおろそかになっていたとか。

 たまたま昨日、ママゴンに内緒でゲームをしこたま堪能して、ほとんど寝ていない状態でテストに臨み、名前を書いた瞬間に「ぐー」と寝てしまったとか。


 (ああうん、しょうがないよな、誰にでもあることだよ、くっそ)


 「眼鏡山天才子さん」

 と、呼ばれて教壇の先生のところにテストの答案用紙をもらいにいった時、優しい担任の先生が困ったような笑顔をしてひそひそと言った。

 どうしたの、珍しいわね……。


 「生稀月ダメ子さーん」

 次に呼ばれたのは、前の席の劣等生。歯牙にもかけていない。仇名は生まれつきダメ子。そのままだ。


 答案をもらって帰って来たダメ子は恥ずかしそうにしている。だが、ちらっと見えてしまった。

 ダメ子の算数テストは、5点。死んだほうがましだ、負けた。




 さて、その答案をどうするか。

 ママゴンに見られたら、飯をひとくち食べる毎に算数の問題を出されるはめになろう。

 

 ほかほか白米、おはしで一口すくって、あーん。

 「天才子ちゃん、ちょっと待ちなさい」

 

 田村さんの会社は、自宅から50キロの距離の場所にあります。時速50キロで車を運転するとして、朝何時に出たら、8時45分まで間に合う事ができますか。はいっ、アンサー。


 差し出されるペンとメモ帳。にっこり笑顔の鬼ママ。パパはわれ関せずで、テレビを見ながらご飯を食べているのに違いない――想像するだに、悶えそうになる。

 (そんな飯、食った気にならん……)


 それで、その地雷級危険物質を、わたしはつねに隠し持って歩いている。

 ランドセルに入れて置けばママのチェックに触れるので、学校に行くときはスカートのポケットに入れ、寝る時は枕の下だ――おかげで夢見が悪い。


 (ああくそ、ありえん、ありえん)

 頭を抱えたくなる。

 今日もママゴンはご機嫌で、天才子ちゃんは勉強ができるってご近所で評判なのよねえ、ママ自慢しちゃった、などと、テーブルで言っていた。

 飯も風呂も勉強も済み、あとは寝るだけだが、どうにも寝付けない。目を閉じれば、あの真っ赤な「0」が浮かんでしょうがないのだ。


 (どうにかしてくれ)


 心で呟いた時、ピカピカとクリスタルの様な輝きが天井に現れた。

 超常現象かと思っていたら、やがて光の中から現れたのは、1羽の鳥である。ピカピカツルツルと透明な輝きを放っているが、姿かたちはどう見てもカラスだ。

 「カー」

 と、そいつは言った。間違いない、カラスである。


 「恥ずかしいことも、ピカピカ綺麗なものにしちゃって飾れば、もはや怖くはないカー」


 カラス野郎はそう言った。

 何を言っているんだと眉をひそめていたら、またカーと鳴いた。


 「黒歴史と思っていることも、ピカピカなものに変えることができる。今夜は100年に一度のサービスデーだから、町中の悩める子供たちに救いの手を差し伸べているカー」

 どうだ、おまえも乗ってみるカー。

 おまえの黒歴史も、ピカピカさせてみるカー。


 


 0点の答案。

 黒歴史なんてもんじゃない。人生の汚点だ。

 お墓の中にまで持ってゆかねばならない秘密である。この重大な汚点を抱きながら、残りの人生を生きて行かねばならないと覚悟していたところだ。その重さから逃れることができるならば、願ったりかなったりだ。


 カーカー言うカラスの、どことなくやっつけ感漂うダルイ感じが気になったが、藁をもつかむような気持で、じゃあ頼むとわたしは言った。

 すると、カラスは「分かったカー」と一声鳴いて、羽根をひろげて羽ばたいた。ピカピカと光が乱射して、眩しい、と思って目を閉じた。


 目を開いた時、カラスの姿は既になく、夜の天井が暗く広がっているだけだった。

 「なんだったんだ」


 夢だろうか、と思って枕の下を探ってみたら、あの呪われた答案が本当になくなっていた。

 と、すると、あのカラスは本物だったのか。一体なにものだ。黒歴史の神様か。


 鼻をつままれたような気分でいると、窓の外でざわざわと嫌な気配がした。

 人の声もするようだ。

 なんだろうと思ってベッドから起きる。カーテンを開いて外を見て、わたしは顎が外れかけた。



 庭の大きな木の枝に、ピカピカするものがいくつも飾られている。

 クリスマスツリーのようだ。なんだなんだ、こんなものなかったはずだぞ。

 

 机から眼鏡を取ってきた。改めて眺めてみて、頭が真っ白になった。



 地獄のクリスマスツリー。

 庭の欅に飾られているのは、誰かの汚いパンツやら、恥ずかしいポエムノートやら。

 しかもそれらは、みんなピカピカとクリスタルにコーティングされ、宝石のように夜空に輝いているのだった。


 この中に、わたしの0点もあるに違いない。

 ピカピカ。


 「これでいいカー」


 ばさばさと羽音が近づいて、窓の前にクリスタルのカラスがピカピカと現れる。

 わたしは窓を開いて手を伸ばし、思い切りそいつの足を握って引っ張りつけたのだった。

 「いいわけがないだろうが、このカラス野郎。はよワシの答案を返せや、こん畜生」

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