なろうエッセンシャルオイル ~異世界中世欧州の風景に見る恐竜たちの文明~
たとえば帆船を動かす風の魔法があったとき、蒸気機関の外輪船は発明されるでしょうか?
わたしには、そうは思えません。これが、このエッセイで語るところの全てになります。うんうん、そうだね。納得納得と思われた方は黙ってブラバするか、評価して去るか、最後までご清聴ください。野暮なツッコミは無しの方向で、是非。
ファンタジーの世界では、一万年も文明が停滞したままの状態に置かれた国家というのが度々出てきます。「おいおい、おまえら一万年もなにしてたんだよ」と、ツッコミを入れたくなりますが、このエッセイでは可能な限り好意的に捉えるよう心掛けて話を進めます。
たとえば日本の戦国時代、安土桃山時代のこと、織田信長が野望を着々と進められた理由のひとつは、種子島の運用にありました。鉄砲自身の製造コストもさることながら、硝石鉱脈のない日本では黒色火薬の製造も難しく、異世界なろうファンタジアでも大と小の便利な排泄物を掻き集めなければなりません。
種子島を大量に揃え、大量に運用するならば、それだけ大量の便利なものを自国領土の各地から掻き集めなければなりません。それは色んな意味でゾッとする光景です。
さて、それは戦国大名自身も考えたことでしょう。そして費用対効果を考えたなら弓と矢で十分だと考えた方も多かったことでしょう。イソップ童話で言うところのスッパイ葡萄ですね。あの種子島は酸っぱいんだ、雨が降ったら使えないし、火薬も鉄砲も作るのが難しいし、いっぱい揃えるのも大変だし、とにかくアレは役立たずなの!
これを心理学用語ではルサンチマンと呼びます。
舞台は変わって異世界なろうファンタジア大陸。この地には、魔力という万能のリソースが存在します。魔法使いが詠唱するファイアボールの威力はいかほどか。とりえず、M79はグレネードランチャー程度としておきましょう。察しの良い方はお気づきと思いますが、費用対効果の面から種子島の出番がもうありません。
ファイアボールどころではない魔法がバンバン飛び交う異世界なろうファンタジアですから、兵器開発の予算はストップします。そんな使えないものよりも、大規模戦略級決戦魔法陣の開発のほうが先です。
なにせ作品によっては魔力を纏った弓の矢が鋼鉄より堅いドラゴンの鱗を貫く威力を見せますから、種子島に求められる威力も同等となります。現存する技術よりも格段に劣った新技術に研究費用や開発人員が投じられることはありえません。
魔力偏重の世界で銃の有効性が認められるためには、火縄銃やフリントロックの系統樹を経ることなく、いきなり「アンチマテリアルライフル持ってこい!」と無茶な要求がされます。
そんなことが可能でしょうか? わたしには不可能なことだと思えます。
この時点で、火薬の研究も進んでいません。魔法がありますから。魔法万能。
銃も不遇ですが大砲はもっと不遇です。爆裂魔法がありますから。魔法万能。
医療技術などはさらに深刻です。神聖な治癒魔法がありますから。魔法万能。
このようにして、我々の文明が辿ってきた技術の系統樹、その枝が根元から叩き折られることになります。
外燃機関の発達がなければ内燃機関の発達もありませんから、乗り物として自動車や航空機が発明されることもありません。双胴型飛行船は男の浪漫ですから登場しますが、浮遊原理はグラーフ・ツェッペリンでも、推進力は風の魔法に頼ることでしょう。
そんな万能リソースの魔法ですが、便利も過ぎると困ったことになります。魔法の技術や魔力袋は個人に依存するもので、個人の死と共に喪失するという点です。魔導書に原理や技術を記すことは出来ますが、それで万事が順調とはなりません。
たとえるなら、武術の世界です。どれだけ歴史が長くとも、個人の才覚に依存する技術系統はすぐに損なわれます。指南書に書いてあっても、実践できないものは失伝します。才覚ある者が技術を進め、才覚ない者が台無しにする。そんな繰り返しの足踏み状態が長々と続くことになります。
我々の世界では凶悪な兵器を製造することも武術の内ですが、異世界なろうファンタジアでは、その最底辺として要求されるスペックが高すぎて、なかなか新兵器の実用化にまでは至りません。
剣や魔法が強すぎるのです。
魔法(個人)の有効活用という方向にばかり技術開発は進み、魔力(個人)の限界がそのまま文明の天井になるという頭打ちが起きることになります。
これを私は、恐竜たちの文明と呼んでいます。
人類は道具を発展させる方向に強さを求めました。恐竜は肉体を発展させる方向に強さを求めました。ことばの綾です。これは、人類と恐竜の在り方の差がそのまま異世界なろうファンタジアには適応され、一万年もの文明停滞を引き起こす原因になりうるという、ひとつの仮説です。
それから、皆さんが大好きなウンコの話です。えぇ、ウンコ。大事なことだからウンコと三連呼しておきますね。
異世界なろうファンタジアは中世欧州がデフォルト設定ですから、道端には大きな便利が落ちているはずだ。というお話ですが、上水道や下水道の施設に関する技術の系統樹は剪定されておりません。できることなら住み良い街で暮らしたいと思うのが人間の本音ですから、一万年もあれば水洗便所のひとつくらい出来ますよ。
魔導結晶(雰囲気で伝われ)などがあれば、給湯器さえできるかも知れません。その供給の安定具合、費用対効果などで普及する市民層は大きく変わるのでしょうが、おかげさまでガス灯の開発や圧力容器の開発が順調に遅れます。
なんにせよ、魔法的なものが幅を利かせている以上、自然科学的な機工は重宝されることが無いということです。重宝されないということは、開発リソースが回されることもなく、実用化される前に失伝する恐れが高いということになります。
開発したけれど使い道のない、そのうち誰からも忘れられる技術という奴です。
そして数百年後、また同じ技術を発明する人が現れます。そして忘れられます。
洗濯ばさみとか、クリップとか、そういう主婦の発明は残るのにね。
さて、そろそろまとめといきましょう。
私が何を言いたいか、それは、中世欧州風の建築様式だけど上下水道が完備されていて給湯器やウォッシュレットまで付いてるのに剣と魔法の世界と言うのは全然まったくおかしくはないということです。
堂々と、自分に都合の良い文化を語って良いんです。
自分に都合の悪い技術の系統樹は、高枝切バサミで切断すれば良いのです。
だって、魔法が万能なんだもの。その技術は育たなかったんだもの。
これで全てが押し通せます。
冒険者ギルドの謎の通信網とかも、魔導アイフォンXがあっただけ。魔導エクセルとか、魔導オラクルDBとか、魔導式演算装置があったからちゃんと管理出来ている。それだけのことです。わかる? わかれ? わかったな?
剣と魔法の世界だからといって、すべての技術水準が剣と魔法の中世欧州と同一になるとは限らない。このあたりを押さえておくと作品のリアリティがぐんと上がるという一節でした。
つまり、まぁ、執筆が進まないから泣き言ほざいているというわけですな。




