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満身創痍の勝利に嫌味という名の労いの言葉

「ふう。随分と遅い登場だったな。死ぬかと思ったぞ」


 俺は頼りない月明かりの元、真っ直ぐ歩いてくるアッシュに顔を向けて愚痴を吐き出す。


「ああ、惜しかったな」

「ちっ。この状態の仲間を見て、労いの言葉どころか嫌味が真っ先に出てくるとはな。お前の感性は疑う余地もなく異常だな」


 俺は今、どんなに満身創痍の状態でもアッシュに対する悪口だけはすらすら出てくるという新事実に気付いた。

 それは人類にとって非常にどうでもよい意味を持つ大きな発見だろう。 


「それにしても不様な戦いだったな」


 密かに戦いを見ていたらしいアッシュが俺を見下ろしながら言った。


「大きなお世話だ」


 俺は辛くも勝利したという事実を受け止めつつ、相棒には虚勢を張っておく。


「だが、お前にしては、なかなかどうして見応えのある勝負ではあった。よくやったと、お前の友人も労いの言葉を贈っているだろう」


 死者を語るアッシュの瞳には、真摯な輝きが宿っていた。


「……それはさらに大きなお世話だな」


 俺は気恥ずかしさから、礼を述べることが出来ず、いつもの調子で言葉を返してしまう。


「ふん」


 俺の器の小ささを嘲笑うかのように、アッシュが唇の端を吊り上げる。


「ところで、周りには誰もいなかったのか?」


 俺は話題を変えて現場近辺の様子を問い質す。


「ああ、共犯者どころか、誰一人として見かけなかった。どうやら私の勘は外れたらしいな」


 アッシュの、新人殺しは一人ではなく複数人いるという予想は外れたらしい。


「外した割には偉そうな態度だな」


 どこか野生の獣じみた雰囲気を持つアッシュの勘は、まったく無視出来ない程にはよく当たる。のだが、今回は外れたらしい。


「所詮は勘だぞ。外したところで責任を感じる必要など微塵もないであろうが?」

「まあ、そうだな」


 そういえば、アッシュの勘は悪いものの方がよく当たっている気がする。

 とすると、むしろ当たらない方が良いのか……


「というかアッシュは今後、勘を働かせなくていいよ」


 考えた末、アッシュの勘は封印しておいた方が良いという結論に至った。


「無理だな。なぜなら、勘というものは、勝手に働く勤勉ものだからな」


 鼻で嗤い飛ばすアッシュ。


「悪いが、新人殺しを縛っておいてくれないか?」


 起き上がる気力がなかった俺は、アッシュに犯人の捕縛を頼む。


「いいだろう」


 アッシュは珍しく頼みごとを聞いてくれた。

 俺から縄を受け取ったアッシュが、新人殺しを縛っていく。


「ん? この男、どことなく雰囲気と顔がエッジと似ているな」 


 新人殺しと対峙したアッシュがふと呟く。


「冗談はやめてくれ」


 連続殺人犯に似ていると言われると、さすがにげんなりする。


「それはそうと、今のうちに一つ確認しておくことがある」


 何かを思い出したらしいアッシュが俺に言葉を向ける。


「なんだ?」


 真っ直ぐな視線で俺を射すくめるアッシュ。この状況で何を確認するつもりなのだろうか?


「お前は、友の仇であるこの男を殺さなくてよいのだな?」  


 相棒の口から出た言葉は、俺の気持ちを激しく揺さぶるものだった。


「……本音を言えばぶっ殺してやりたいが、止めておく」


 もし新人殺しを捕まえたなら、私怨ではなく司法の判断に委ねよう。

 それは散々迷った末に、予め決めていたことだった。


「それでいいのだな?」


 人の心を見通すような灰色の瞳が、じっと俺を見つめてくる。

 本心では、憎い新人殺しを屠りたいと思っていることが見透かされているのだろう。 


「ああ。生前のドルムンは、一流の切拓者として活躍する俺のことを自慢したいと言っていた。情に駆られて人を殺してしまうようでは、一流の切拓者になれはしないだろうからな」


 だが、俺は自分の心よりも亡き友の願いを優先することにしたのだ。

 この世界で名を上げようと思うのならば、この世界の法には従うべき。という姿勢を示しておいた方が良いと思ったのだ。

 それに、生かしておけばさらなる余罪を新人殺しから聞き出すことが出来るかもしれない。

 当たり前だが死人に口はないので、殺してしまってはそれが叶わなくなってしまう。


「ならば、縛り終えたこいつをどうするつもりだ?」


 手早く新人殺しの身体に縄を巻き付けて縛ったアッシュが俺に尋ねる。


「決まっている。さっさと警察士に引き渡すとしよう」


 あとのことは法の番人共に任せるほかない。


「分かった。では行くぞ」


 気絶している新人殺しを肩に担ぎ、アッシュは前を向いて歩き出した。

 俺も起き上がって相棒の後を追おうとするが、上手く立ち上がれない。


「どうした? なんならお前のことも、空いている左肩に担いでやってもいいが?」


 意地悪く笑いながら、アッシュが足を止めて振り返る。


「それだけは死んでも嫌だね」


 俺はステッキを杖代わりにしてなんとか立ち上がろうとする。

 そして立ち上がってから、本来ステッキは、魔法を使う為ではなく歩く補助をする為の道具だったこと思い出した。


「は。死にかけのエッジがそれを言うと、現実味があって愉快だな」


 瀕死の俺が、死んでも相棒の世話になりたくないと言い放ったことが、アッシュにはおかしくてたまらないようだ。相棒の感性はもう死んでいる。

 俺は杖を支えにしながら、先に進むアッシュの背中をなんとか追っていく。


「喜べエッジ。私は今、楽しい謎かけを思いついたぞ。答えてみろ」


 真珠色の歯を剥き出しにしてにやりと笑うアッシュ。


「はあ?」


 碌でもない予感しかしない。



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