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とある転生者の生き方

ある日、トッシュが作業服を着て現場へ向かっていると、見知った顔を発見する。


「あ」


 見つけたのは、かつてのトッシュの仲間たち。 

 路の真ん中をまっすぐ闊歩する彼等。

 和気藹々と話しながら歩く仲間だった者たちを、トッシュは立ち止まって見つめる。

 トッシュの方に近づいて来る彼等をよく見ると、知らない男が一人。トッシュが抜けた代わりに、見知らぬ男が仲間に加わっていた。

 愉しそうな顔をした昔の仲間たちは、腰に剣帯をぶらさげ軽鎧を身に纏い、いかにも切拓者といった風貌をしていた。

 武具を装備し、堂々と道を歩く仲間だった者たちの姿がトッシュには衝撃だった。

 なぜならかつての仲間たちは、トッシュが転生した当初、自分がいつかはなるだろうと妄想していた姿そのものになっていたからだ。

 対するトッシュは、擦り切れて汚れの目立つ作業服を着ている。


(どうしてこうなった?)


 現在の、仲間たちと自分の姿を見比べ唖然とするトッシュ。

 格差を認識した瞬間、トッシュの心に消えていたはずの黒い感情が再び燻り始める。 


(どうして僕が居るのはあちら側ではない? 何故こんな所で燻っていなければならない?)


 容赦の無い現実を急に付きつけられ、気持ちの落とし所が見つからないトッシュ。


「ひっ」


 かつてのリーダーだった男と視線が交わり、喉の奥から声にならない声をあげてしまうトッシュ。

 久方ぶりに仲間だった者たちと出会えた嬉しさなど皆無で、それよりも現在のみすぼらしい自分の姿を見られる羞恥に、トッシュの足は竦んでしまう。

 今の自分を見た昔の仲間たちは、なんと声を掛けてくるのだろうか?

 トッシュの脈が早まり、胸の鼓動が大きくなる。


 (もし声を掛けられたら、自分はそれなりに楽しくやっていると伝えよう)


 そう強がることが、見栄ではあったが、同時になけなしの誇りを守ることでもあった。 


 (え?) 


 が、トッシュの予想に反して、旧友と会話が果たされることはなかった。

 かつての仲間は、重なった視線の相手が、脱退したトッシュであることにすら気づかなかったのだ。

 彼等は彼らで、死にもの狂いで一年間を駆け抜けてきており、抜けてしまった元仲間の存在など忘却の彼方へ去ってしまっていた。

 その事実がトッシュの中にあった繊細な部分を傷つけた。


(元仲間を無視するのかよ!)


 声にだしてやりたかったが、あまりにも惨め過ぎてトッシュには心の内で叫ぶことしか叶わない。

 かつての仲間たちとの邂逅が、トッシュの胸に黒い火を生み出した。

 なりを潜めていた卑屈さが火にあぶられて表に顔を出すようになると、トッシュの世界が変わり始めた。

 重労働だが、建築物を零から作り上げて完成させるというやりがいのあった仕事は、泥臭くてかったるいただの作業に成り下がった。

 そして気は荒いが面倒見のよかった先輩仲間は、ただの口煩い暴力な輩に。

 心の持ちようで、トッシュの感じる世界は暗転してしまった。


(僕は何をやっているのだ?)

(みんなから称えられるような英雄になるのではなかったのか?)


 社会に対する漠然とした憎しみが生まれ、憤りが芽生える。


(だいたい、なぜ僕より後に入ってきた後輩まで偉そうにしている? 僕が地球出身者だからって下に見ているのか?)


 それは言いがかりに近かったが、全くの虚言というわけではなかった。

 切拓者から脱落した地球出身者に対し社会のしくみは厳しく、それが呼び水となって世間からの目にも嘲りを孕むことがままあったのだ。

 トッシュはそれらの不満に、今までは気が付かないふりをしていた。

 が、黒い炎が心のうちで燃え上がると、小さく胸の奥で燻っているだけだったものは、薪をくべられ、激しく燃え上がっていった。


「こんなのは僕の望んだ世界ではない!」


 ついには路の真ん中で叫びだしてしまうが、道行く人は一瞬だけトッシュに目を止め、すぐに興味を失くし歩き出していく。

 トッシュが吠えてみても、世間には何も響かなかった。


「どうしたの? 怖い顔になっているよ」


 いつも二人が出会う場所にやってきた少女がいつもと違う様子のトッシュに声をかける。


「なんでもないよ」

 (彼女だけは、他の奴等とは違う、はず)


 トッシュは縋るような目で彼女を見つめる。


「うそ。だっていつもより暗い顔をしているもの。こう見えて私けっこう鋭いのよ」

「実を言うと、昔の仲間に出会ってね……」


 トッシュはぽつぽつと今日あった出来事を少女に語りだす。


「そっかあ。私には気持ちを分かってあげることは出来ないけど、仕事を頑張っているトッシュくんは格好いいと思うけどな」


 彼女の優しさがささくれだったトッシュの心を包み込む。


「あ、ありがとう。そう言ってくれるのはきみだけだよ」   


 頭を掻いて礼を述べるトッシュ。

 嬉しさと気恥ずかしさがないまぜになり、黒い感情が隅へと追いやられていった。


「これでも食べて元気だして」


 彼女は。持ってきた編み籠からサンドウィッチを取り出し、トッシュへと勧める。


「どうかな?」


 自分の作ったサンドウィッチの味が気になる彼女がトッシュへ尋ねる。


「美味しいよ」


 そう応えると同時に、トッシュの瞳から滂沱となって涙が溢れだした。

 溜まっていた哀憎喜などの感情が爆発したのだ。

 少女の無垢な優しさに触れた彼は、以前と変わることなく働きだした。

 切拓者としてやっていけない以上、彼には危険で過酷な労働をするしか道がなかったのだ。

 日々の鬱憤はたまったが一日一回、彼女と話すことにより、トッシュの気は紛れていた。

 が、それも長くは続かなかった。


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