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友人

 その晩。俺は滅多に訪れることの無い、転生者たちが集う酒場《竜の住処》へ一人で赴いた、

 卓ではなく、店主と相対する形の長卓に腰掛ける。


「いらっしゃいませ。何にします?」


 切り揃えられたチョビ髭を鼻の下に付けた店主は、竹のように細くすらりとしていた。お洒落な中年といった感じだ。


「なんでもいいからきつめのやつを一杯」


 知らない客である俺の大雑把な注文にやや戸惑いながら、店主は硝子杯に琥珀色の液体を注ぎ始める。


「お待たせしました」


 硝子杯の中には四角い氷が三つ、琥珀色の液体に浸っていた。 

 杯を持って口に近づけると、香ばしすぎる匂いが鼻を刺激。

 俺は勢いをつけて杯の中身を一気に飲み干していく。

 刺激が口の中に広がり、喉を通って胸へと降りていく。

 胸へ降りた酒の刺激はあっという間に広がっていき全身が熱くなった。


「良い飲みっぷりですね」   


 布巾で空グラスを拭いていた店主の手が一旦止まり、俺へと言葉を投げかけてくる。


「苦くて不味い。やはり俺には酒の味は分からないらしい」


 飲みたい気分だったので、普段飲まないようなアルコールのきつい酒を飲んでみたが、やはり俺には合わなかった。


「これからですよ。ほろ苦い経験が増えれば、苦いお酒も美味しく呑めるようになります」


 店主が磨いたグラスを見回しつつ、俺に言葉を返してくる。


「これでも、苦い思いはけっこうしている方だと思ったのだけどな」


 そう声に出すと、ドルムンの顔が浮かんできた。


「これは失礼しました」


 俺の様子に何か思うところがあったのか、ふと頭を下げる店主。


「いや、気にしないでくれ。友人が亡くなって少し感傷的になっているみたいだ」


 店主を責める気などさらさらないので、首を振って大丈夫だと伝えておく。


「そうでしたか」


 何かを言いたそうな店主だったが、一言だけで区切ると黙って次の杯を手に取っていた。 


「ああ、俺の友人はこの店がお気に入りだったらしくてな」


 生前ドルムンが好きだと言っていた飲み屋に、俺は訪れていた。

 店の中を見回してみる。三十畳ほどの店内では、大男が大きなジョッキを片手に口角泡飛ばしながら横に居る仲間と話している。

 一方では、肩を組みながら機嫌よく音程の外れた歌を唄っている男女の姿もある。かと思えば、俺と同じ長卓の席に座り、一人静かに酒を飲む男もいた。

 賑やかではあるが、煩いというほど騒がしい訳でもない。

 ドルムンは酒場のこの雰囲気が好きだったのだろうか?

 分からないが、俺は人間が笑い唄い佇むことによって生まれる、夜の店のこの雰囲気が嫌いではなかった。

 地球世界と比べて娯楽が少ないアストレリアでは、飲み屋で酒を飲むという行為は上等なストレス発散の手段なのだろう。


「エッジさん、この店を気に行っていただけましたか?」


 黙していた店主が声を掛けてくる。


「ああ。というか、なんで俺の名前を?」


 俺は正直に応えつつ、沸いた疑問を口にする。

 店主に名を名乗った覚えはないのだが……


「あなたの友人であるドルムンさんが、よく私に向かって同居人であるエッジさんのことを話していたのですよ」


 哀愁を漂わせる店主が、控え目に微笑む。

 どうやら店主はドルムンと親しかったらしく、彼が死んでしまったことも知っているらしい。


「あいつは、どんな奴でしたか?」


 酒場で酒を飲むドルムンはどんな風だったのだろうか? 俺の知るあいつと何か違うところはあったのだろうか?


「陽気で明るく、皆の人気者でしたよ」


 しみじみと語る店主の目尻が下がり、皺が生まれていた。

 惜しい人を失くしてしまったという想いが顔に出ていた。


「さすがドルムン。どこへ行っても人気者だな」


 鳥の巣みたいな頭をしたあいつが、酒場の常連と親しげに話す姿が容易に想像できた。


「彼のような気さくでおおらかな人は、きっとどこへ行っても人気者でしょうね」


 俺と店主の二人が揃って頷く。あの鳥の巣頭は、どこへ出しても恥ずかしくない逸品だった。


「私もそこそこ長くこの店の主をやっているので、転生者の方との別れは何度も経験してきました。ですが、いくら経っても人との別れには慣れませんね」


 訥々と語る店主。酒場の店主という立場では無く、一人の人間として想いを口にしているように思えた。店主も個人的に色々と思うことがあるのだろう。


「人の死って慣れるものなのかな?」


 切拓者を続けていけば、いやがおうにも死という存在は身近なものになる。とすれば、いつかは感傷的になることすらも、なくなってしまうのだろうか?


「どうでしょうね。ただ私のようなただのアストレリア人から見ると、死をなんとも思わなくなった人間は恐いですね。もはや同じ人間という種族だとは思えないかもしれません」

「なるほど」


 店主の言うことに共感し、頷く。

 同族の死を悼まなくなったのならば、それは怪物と呼ぶにふさわしいのかもしれない。 

 そう考えると、同族を九人も殺めた新人殺しは、もはや人ではなく化け物の類だ。


「ドルムンさんが貴方のことを話す時、とても楽しそうな顔をしていたのをよく覚えています」


 店主が思い出を語り始める。


「あいつは俺のことをどういう風に言っていたのかな?」


 興味を持った俺がすぐに質問をしていく。


「一言でいえば生意気な奴。でもなかなか可愛い奴でもあると言っていましたね」


 笑い皺を頬に刻みながら店主が語る。


「はは。一言に纏めようとして、結局二言にしか纏められない所がいかにもドルムンらしい」

「ええ、ほんとに」


 俺が指摘してやると、細かいことは気にするなよとドルムンの幻影が笑って返してきた。


「あとお酒がまわって酔っぱらうと、エッジは俺の自慢の友人だ。あいつはきっといつか俺たち転生者の悲願を叶えてくれるすごい奴だ、とよく口にしていましたね」


「……」


言葉が出てこない。


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