舌戦
『轍という強大な組織の代表である貴方は、一介の転生者にしては大きすぎる影響力と武力を持っていると思います。いかがですか?』
客観的に見て記者の質問は好意的なものではなく、むしろサリーヌに喰って掛かっていこうという姿勢が見透けていた。
サリーヌは嫌いだが、相手の粗をさがしてやろうという魂胆が見え透いたこの記者も好きにはなれない。
『おっしゃる通り、轍という組織は転生者の中でも、上級の切拓者たちが集まった集団です。卓越した実力を持つ個人の集まりである為、貴方がおっしゃるように武力としては相当なものでしょう。が、それだけなのです。私自身は凡愚の極みと言ってもよいほどの力しか持っていません。それに代表者といっても、そこまでの権力を持っているわけではありません。もし私個人に力があったならば、開拓が今よりも進んでいたかもしれませんよ』
意地の悪い記者の質問に対し、サリーヌは言葉に詰まることなく応じる。
感情の変化もまったく見受けられなかった。
サリーヌとて内心は面白くないはず。だがこの程度の質問では、女狐の化けの皮は剥がれないらしい。
『そうはおっしゃいますが、地球出身者の中でも、最も有名である貴方の影響力はやはり大きいと思いますが?』
『私如きの影響力など微々たるものだと思っていますが……まあ、記者さんがそうおっしゃるならば、今後は自身が有名人であると自覚しておくことにします』
記者の攻撃を、サリーヌは優雅に受け流していた。
『最近、貴方が転生者初の政治家になろうとしているという噂があるのですが、真偽のほどを教えていただけますか?』
記者の突拍子もない質問に観ている俺が驚く。
いくらなんでも、そんなだいそれたことを考えているとは思えない。
『そんな噂があったことに驚きました。逆に教えて欲しいのですが、異人である私がどのような方法で政治の世界に飛び込もうというのでしょうか? 私の知る限り、このアスツール皇国の法律では、転生者である私は参政権すら持ちえないはずですが?』
『それは……』
サリーヌの反撃に言葉を詰まらせる記者。
先ほどからの質問で気が付いたが、どうやらこの記者はサリーヌを強力な力を持った野心家という存在に仕立て上げたいらしい。
真実はどうであれ、この記者はサリーヌのことを敵視しているのだろう。もしかしたらサリーヌだけではなく、俺たち転生者自体に嫌悪しているのかもしれないが。
『ちょうど良いので私個人の考えを伝えておきます。私は今現在、政治的な力は一切持っていませんし、今後も持つつもりはありません。はっきり言えば、私のような異世界人が政治の世界に口を出してはならないと思っています。この世界の行く末は、部外者である私のような者ではなく、当事者である皆さんたちで決めるべきだ』
たじろぐ記者に向かってサリーヌが堂々と語っていく。
彼女を野心家に見せる目論見が失敗したことを悟ったのか、記者が渋面をつくって下を向いてしまった。
『先ほどからの貴方の発言を鑑みると、逆に転生者たちの立場を軽んじているように見受けられるのですが?』
形勢の不利を悟った記者が、質問の矛先を変えて起死回生の一撃を狙う。
『それは心外ですね。私が尊い同胞たちを軽視するような女に見えますか?』
俺には見える。が、彼女を知らない多くの仲間はそうは思っていないだろう。
サリーヌは多くの転生者にとって憧憬の対象となっている。
普通の人間は己が憧れている人物は、自分たちの方を向いていると思いたいものだ。
『違うとおっしゃるのならば、その根拠を示してください』
意地になった記者は退くことなく、インタビューのペースを握ろうと果敢に攻める。
『ふう。どうやら記者さんは、世の中と私を対立させたくて仕方がないようですね』
肩を竦め、苦く笑いながら息を吐き出すサリーヌ。
アストレリア人を立てれば今度は転生者を軽んじていると言われてしまうサリーヌ。
どうやら記者は、あちらを立てれば此方が立たぬという構図にしたいようだ。
『そんなことは一言も言っていません。が、現在この国では二つの人種間において様々な問題が発生しているという事実があります。この件に関して貴方はどう思われますか?』
この機を逃さんとばかりに、記者が質問を重ね追撃していく。
『嘆かわしいことではありますが、さほど問題ではないと思っています』
涼しい顔でさらりと応じるサリーヌ。
『はい?』
思いもよらない答えに記者の眉間に皺が寄る。
『我々地球人とアストレリア人が交流を持った結果として、この世界には様々な影響があったかと思います。それはもちろん良いものばかりではなく、悪い影響も多いでしょう』
記者が驚くことによって生まれた空白に、サリーヌがすかさず言葉を捻じ込んでいく。
『だがその中には過剰に報じられているものも多く、実情と乖離している部分があります』
記者の目の前で、サリーヌは堂々と報道というものを批判。
穏やかな顔をしているが、目の前の記者に向かってあからさまに喧嘩を吹っかけている。
「それは、我々報道に対する侮辱と捉えても?」
サリーヌの挑発を受けた記者の声音に、ありありと怒りが浮かんでいた。
「ご想像にお任せします」
火に油を注ぐように、余裕の笑みで応えるサリーヌ。
「なんて無礼なの!」
堪えきれずに感情が暴発してしまう記者。
俺にも彼女の気持ちは分かる。おそらく人をくったような態度をとるサリーヌが許せないのだろう。が、それこそ彼女の思うツボだ。
『私は二つの種族間に問題が横たわっていたとしても、手を取り合ってやっていけると信じています。なぜならお互いの利益が一致しているからです』
感情を露わにする記者と対照的に、落ち着いて淡々と言葉を紡いでいくサリーヌ。言いたくないが器の違いを感じた。