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決意

「落ち着け」


 いきり立つ俺の肩にアッシュが手を置く。


「遺体の損傷具合から、犯人は新人殺しの疑いがあると見ています。あとのことは転生者協会で話を聞いてください。私の口からは言えません」


 僅かな情報を述べた受付女は、言い終わるとこれ以上は話せませんとばかりに俯いてしまった。


「遺体を見ることは出来ないか?」


 厳めしい顔のアッシュが受付女に食い下がる。


「無理です。許可をとってきて下さい」


 小さく首を左右に振って拒否する受付女。

 腹立たしいが、彼女は彼女で己の職務をまっとうしようとしているのだろう。


「それならもう貰った」


 アッシュが懐から紙を取り出し受付女へと見せつける。


「確認しますので、少々お待ちください」


 紙を受け取った受付女が立ち上がって階段を駆け上がっていく。


「いつになく用意がいいな」


 俺は普段なら有り得ないアッシュの行動に驚く。


「頭に血が上った誰かの代わりに、私くらいは冷静でいなくてはな」


 横に居るアッシュがいつものように嫌味を投げてくる。

 だが相棒の言葉は、頭に血が上っていた俺をいくらか冷静にさせた。

 激昂しても事態はよくならない。まずは状況を見極めることが大切なのだ。


「悪かった」

「ふん」


 頭を下げる俺に対し、そっぽを向いて鼻を鳴らすアッシュ。もしかしたら、相棒なりに俺を気遣ったのかもしれない。

 

 まもなくして許可がおり、俺とアッシュは遺体が安置されている霊安所へと赴いた。

 寝台の上に人が寝かされており、暑い布で全身が覆われていた。


「布を捲ってもいいか?」


 寝台の横に立った俺は、寝かされている人物の素顔を確認しようと申し出る。


「手で遺体に触れなければかまいません」


 許しが出たので指先で布を摘み、頭からそっと捲っていく。


「っつ」


 現れたのは深い眠りに就いているかのような顔をした友人のドルムンだった。

 特徴である大きな口は結ばれ、静かに眠っているようだ。

 現実を目の当たりにした俺は、視界が滲み始めぼやけてくる。


「くそっ」


 太陽の柔らかい日差しのようなあの笑顔は、もう二度と見られない。

 そう思うと、溢れ出る涙を抑えることが出来なくなった。


「どうして、お前なんだ……」


 友人の死に顔を目にし、この理不尽が現実のものであると痛感。


「ふざけるなよ」


 が、くそったれな現状を理解したところで、己の気持ちの落とし所が見つからない。見つかるはずがない。

 俺は震える手で布をさらに捲っていき、ドルムンの顔だけでなく身体も曝け出していく。  


「!」


 するとあまりにも酷い有様に絶句。

 犯人の過剰な殺意により、夥しい数の傷がドルムンの身体に刻まれていたのだ。

 刺傷と裂傷によって塗りつくされた身体を見て犯人の残虐さを垣間見た瞬間、俺の身体が震えた。


「……許さない」


 誰がドルムンをこうも無残な姿に変えた? なぜ俺の友人を惨殺した?

 哀しみを受け入れると、遅れてやって来る感情が。


「のうのうと生きていられると思うなよ」


 それは純然たる怒り。

 哀しみと怒りによって胸の内に激情の黒い感情が点火。

 今まではどこか他人事であった新人殺しによる殺人は、この瞬間から心のど真ん中に居座ることとなった。


「新人殺し。この落とし前はきっちりつけてもうらう!」


 遺体の確認を終えた俺は、まずは現金化された五万ゴルを受け取りにいった。


「アッシュ、この金は全てお前にやる。だから一つ頼みを聞いてもらいたい」


 銀行に行って金を用意したところで、俺は新人殺しを捕まえる為にアッシュに協力を申し出ることにした。


「新人殺しの件で、エッジは私に協力を求めたいのだな?」


 相棒が俺の目をじっと見据える。

 俺は相棒の真っ直ぐな視線から眼を逸らさずにゆっくりと頷いて肯定。


「報酬が足りないというのなら、いくらでも吹っかけろ。後払いにはなるが、言い値をきっちり支払ってやる」


 その上で、最大限の誠意を見せておく。

 本来ならば俺一人でドルムンの仇を取ってやりたいが、現実はそんなに甘くないだろう。

 一番肝心なのは新人殺しを捕まえることなので、やれることはやる。


「金などいらん。今回は、お前の友人の無念を晴らす為に無償で働いてやる」


 アッシュが楽しそうに口の端を歪めて笑う。 


「いいのか?」


 想定外の相棒の言葉に、思わず疑問が声として出てしまう。


「ああ、今回だけは特別だ」


 笑みを濃くしてアッシュが頷く。


「ずいぶんとお優しいじゃないか?」


 俺はアッシュの心意気に感謝しつつも、習慣となっている相棒への憎まれ口が無意識に出てしまう。病気みたいなものだろう、不治の。


「友人を殺害され、何も思わず行動をしない人間を私は信用しない。同じように友人を殺され、憤る仲間を放っておくような人間も、私は認めない」


 俺の皮肉を受け止め、アッシュは真っ向から思いの丈を綴っていく。

 言葉を紡ぐ相棒の顔は、いつになく寂寥感が滲んでいた。 


「アッシュにしては良い言葉だが、それだけに調子が狂うな」


 初めて見る相棒の表情に驚きつつ、俺なりの感謝の言葉を伝えておく。

 謝意を隠しすぎて、皮肉っぽくなってしまったのはご愛嬌だ。


「ふん。そんな調子ではかたき討ちの返り討ちにあってしまうぞ」


 俺の言葉を聞いたアッシュも、不敵に笑って憎まれ口を返す。


「ぬかせ」


 いつもの罵りあいには程遠いが、少しだけ調子が戻ってきた。

 友を殺されて怒る気持ちも大事だが、沸騰し過ぎて前が見えなくなっていたのでは意味がない。

 怒りで周りが見えなくなるは避けるべきだ。故に今は迸る感情を抑え、やるべきことをやる。

 気持ちをぶつけるのは相手と対峙してからでいい。


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