待ち人は来ず
「それならこれはどうだ? 新興企業のダナンテ社が去年世に送り出したステッキ《憚るケントル》。短いし、棒の部分は鋳物と鉄を混じりあわせた金属で覆われて強度もある為、いざという時は防御にも使える。魔法の効果はそれほど上昇しないだろうが、発動の速さくらいは上がると思うぜ」
「ふむ」
俺は差し出されたステッキを受け取りまじまじと見る。
それは老人が持つようなティー字型ではなく、赤い宝玉が付いた持ち手から、尖った先まで真っ直ぐとなっているズンド型のステッキだった。
重過ぎるということはないが、金属で覆われている為それなりの重量感はある。ポルロネが言うように、これならいざという時に、敵の攻撃を防ぐことも可能かもしれない。
そしてアッシュと組んでいる以上、いざという時が来ると思っておいた方がよい。
「どうだ?」
俺の様子を黙って眺めていたポルロネが、間を計って言葉を紡ぐ。
「悪くないな」
俺はステッキを握りしめ感触を確かめつつ声を返す。
「だろう? これは魔具市場に新たに参入すべく、新進気鋭のダナンテ社が世に送り出した野心的逸品だ。
おそらくは市場の隙間を狙い、お前のような前後衛をこなす人間に向けて開発したのだろうな」
ポルロネの口から淀みなく商品の説明が流れていく。
「なるほど。俺にぴったりな代物というわけか」
頷いてステッキを軽く振ってみると、違和感なく手に馴染んだ。
「ああ。俺はそう思うぜ。何よりこのステッキ、洒落ているだろう?」
ポルロネが言うように、ステッキの宝玉を頂く冠部分の持ち手から、尖った先に至るまで植物の蔦が螺旋状に登っていくような意匠が彫り込められており、どことなく作り手のこだわりが感じられた。
切拓者はいつ死ぬかも分からない命懸けの活動をするので、容姿に拘る輩は多い。死が常に傍らにあるからこそ、せめて勇ましく格好の良い姿で戦いたいという意思の表れだろう。
「それはどうでもいいな」
だからといって、俺は興味ないが。
「決めた。買うよ」
ともあれ、短杖に比べて重量感があって頼もしいステッキを、俺は気に入った。
「毎度あり。お代はおまけで三万ゴルぴったりだ」
商談の成立にポルロネの顔が綻ぶ。
「分かった」
値切ってみようかとも思ったが、今後の付き合いもあるのでやめておく。
同じ理由で、ポルロネも値段を吹っかけたりはしていないだろう。おそらく。
俺は千ゴル紙幣三十枚をポルロネへと手渡す。
「相棒のアッシュにもよろしく言っといてくれ。そろそろ剣が折れる時期だろう?」
札の束を受け取ったポルロネが、慣れた手つきで枚数を数えていく。
「そんな時期など聞いたことはないが、アッシュも新しい剣が欲しいとは言っていたな。近々来ると思うよ」
アッシュの言葉を思い出したので、伝えといてやる。
「はは。長年魔具屋の店主をやってはいるが、あいつほどの上客は他に見たことがないな」
剣を投げたりバットのように扱い何かを打ち返したりと、酷使してよく壊すアッシュ。ポルロネにとっては、足繁く店に顔を出してくれる良いお客なのだろう。
相棒の俺としてはなんともいえない複雑な心境である。
「また来いよ」
会計を済ませ、店を出ようとする俺に向かってポルロネが一言。
「当分は嫌だ」
俺は背を向けたまま、左手に持ったステッキ《憚るケントル》掲げ答えておく。
散財し、手持ちの金も心もとなくなった俺は、少し早いが宿舎へと戻ることにした。
「その前に」
僅かに余った金で葡萄酒を買って帰ることにする。この際だから有り金は全部使ってしまえ。
いつもドルムンに酒をもらってばかりなので、たまには俺の方が奢ってやるべきだ。
好意に甘えはするが、お返しもしっかり考えておく。
それが上下の関係ではない、友人の嗜みだと俺は思っている。
「ふう」
葡萄酒を買った後、部屋へと到着。
まだ夕方前だからだろう。出迎えの声は無く、ドルムンの姿もなかった。
伽藍とした部屋の中に踏み入っていき、水桶に葡萄酒の瓶を浸しておく。これが葡萄酒の保存方法をして正しいのか分からないが、何もしないよりはましだろう。
「さて、どうするかな」
話し相手が部屋に居ないという、珍しい状況を持て余してしまう俺。
一人酒をするほど葡萄酒を飲みたいとも思えないし、食事にはまだ少し早い。
いくらか逡巡した後、俺は本を読んでドルムンが帰ってくるのを待つ事にした。
魔本を読み、習得している魔法の復習に勤しむ。
首が疲れてふと顔あげると、窓の外は茜色の夕日に照らされていた。
「まだ帰ってこないか」
本に栞を挟んだ俺は、今度はステッキの性能を試すべく出力を限界まで絞って水流出開を発動。――赤い宝玉の先から一筋の水が放射されていく。
「お、魔法が紡ぎ易い」
ステッキを握っていると、今までよりもすんなりと頭の中に魔法組成式を描くことが出来た。それでこそ装備を新調した甲斐があるというものだ。
これなら今までよりも素早く魔法を発動することが出来そうだ。
そうこうしていると、黄昏の時は過ぎ去り夜の帳が降り始めていた。
「まだ帰ってこない、か」
灯りを点けて俺は再び本を読み始める。
腹の虫も騒がしくなってきたが、もう少しだけ待ってみることにした。
群青の景色が夜色へと移り変わり、闇が濃くなっていく。
ドルムンを待ちきれなくなった俺は、ついに一人で夕飯を食べることにした。
夜もとっぷりと暮れた頃になっても、未だにドルムンの姿は無い。
「どこほっつき歩いているのだか」
おそらく飲み歩きでもしているのだろ。
せっかく酒を用意して待っているというのに。そんな時に限って帰りが遅いとは……
「ままならないものだな」
ベッドに横たわり一人呟く俺。
待ち人は来ず、代わりに睡魔が訪れてきた。意識がぼやけていくと、まもなく俺は眠りに就いていった。