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迷える女

「せっかく修練の場を与えてやったというのに、こすっからい戦い方で台無しにしたな」


 アッシュの言うとおり、今の戦いは正々堂々と戦って勝ちを掴んだとは言い難い。

 まず短杖を投げ捨て剣を抜いたところから、俺は敵の眼を欺こうとしていた。

 こいつはもう魔法ではなく剣で勝負するつもりだと、子鬼の意識を錯覚させたのだ。

 脳内で魔法を紡ぎながら剣を交えた結果、徐々に子鬼に押されていったのも、策を成功させる上では幸いした。

 そして魔法の準備が整った俺は、まんまと子鬼を型に嵌め、隙をついて倒したのだ。


「品の無いお前よりはましだ」


 俺の戦い方はむやみやたらに突っ込むアッシュとは違う。相手をよく見て、無い頭を振り絞って有利な状況を作りだすというもの。


「殺し合いに品性を求めてどうする? お行儀よく殺されるのがおちだと思うが?」


 相棒の言うことも確かに分かる。戦いに美しさなど求めても意味はないし、勝ち続けるに自力を上げて真っ向からねじ伏せる力強さを手にすることは必要だ。


「行儀はともかく、お前が死んでくれたら俺としてはありがたい。きっと人類全体にとっても喜ばしいぞ」  

 だが一方で、考えなしに前進するだけでも、いつかは後ろから刺されてしまうだろう。

 だから前進あるのみであるアッシュと、策を巡らし有利に事を運ぼうとする俺は、性格の相性は最悪だが、お互いが必要としている存在なのかもしれない。


「そんなことで喜ぶ人類なら、いっそ滅んだ方が私の為だな」


 一言で華麗に矛盾を示す相棒。人類が滅んだら当然お前も滅ぶだろうが。


「そういうお前は爬虫類か何かなのか?」


 こいつは自分のことを何類だと思っているのだろうか? 


「……ふむ。別に私は何に分類されようとも構わない。だがどうせならば、食物連鎖の頂点には位置しておきたいな」


 アッシュは数拍の間考え込むと、意味不明な結論を導き出した。


「お前のこだわる箇所がつくづく分からない」


 俺は理解不能だとばかりに、肩を竦めてやる。


「ふん。お前にだけは私の気持ちを理解して欲しくない」


 投げた剣を拾い、背中の鞘に収めつつアッシュが言葉を返してくる。


「気が合うな。俺もお前とまったく同じ気持ちだよ」


 特大の嫌味を相棒に投げつつ、俺は子鬼たちと戦った場所を歩き回って目的の物を探す。


「ふん、口だけは達者な奴だ」


 鼻先に皺をよせ、アッシュが不快感を露わにする。

俺は直立する相棒を無視し、異形どもが息絶えた場所に落ちている、魔石を拾っては腰に吊った皮袋に入れていく。この黒く光る石ころが、子鬼を倒して得られる報酬だ。

 一説によると、這い出る異形は元々魔石から作られた化物であり、倒すと元の魔石という石ころに戻るらしい。

 また、大型の手強い化物なら、手に入る魔石の質が良かったり個数が多かったりもする。

 魔石はこの世界の住民にとって貴重な燃料資源であり石炭のようなものらしい。そして俺たちにとっては売れば金になる大切な石ころだ。

 皮肉と嫌味と悪口を嗜んでいるうちに、子鬼を倒し得られる報酬の回収が完了。


「よし、こんな陰気な森からはとっととおさらばするか」


 剣を振って血ぶりを払い、念のためさらに布で拭いておく、綺麗になった刀身には黒髪と黒色の瞳をした俺の顔が映る。可愛い顔をしているとしばしば言われるので、そこそこは整った容姿なのかもしれない。だがそれも、相棒の美貌の前には霞んでしまうばかりだった。

 手元には八個の魔石。ちなみに、売れば八千ゴル程度になる。

 稼ぎとしてはそれなりなので、気が滅入るような森からの撤退を提案した。


「腹が減った、早く街に戻るぞ」


 どうやらアッシュも帰りたいらしい。会話としては成立していないが、とりたい行動は一致した。

 俺たちは活動拠点であるヨモスブルグに向かって歩き始める。


「軟弱者。もう一度死んで出直して来い」

「うるさい突撃噛み付き魔。お前が死ね」


 俺とアッシュの悪口合戦は時と場所を選ばないのが最低の長所だ。


「今まで黙っていたのだが、俺はアッシュという存在が人間なのか化け物なのか、区別がつかなくなる時がある。主に寝る時以外」

「白状すると、私もエッジという存在が隣にいると、ついつい剣で素振りをしたくなってしまう。この衝動を抑えるのは大変だ。さて、いつまで我慢出来るやら」


 そして、言葉の選択に節操がないことが最高の短所でもある。

 お互いの悪態をつきながら森を進んでいくと、憂さ晴らしにはなるが同時にストレスも貯まるというなんとも不毛な状況に陥った。

 と、

 視界の先、遠方に人影らしきものを発見。よく見ると、森の中で人間が一人、佇んでいた。


「あれは誰だ?」

「どうでもいい」 


 俺の声に反応し、アッシュが視線を遠方にいる人間に向けたが、瞬く間に興味を失くして目を逸らした。

 敵である子鬼には興味を持った相棒だが、同じ人間には沸かないらしい。つくづく精神構造が不明な奴。


「お前、本当は異形側の存在だろう?」

「ふん。同じ生物なのだから我々と異形どもにそこまでの差などないだろう」

「大雑把な奴だな。というかその理屈で言えば、俺とお前も似たようなものになると思うのだが?」

「お前と私を一緒にするな。不愉快だ」

「勝手な奴」


 実の無い話を繰り広げながら足を前へ進めていくと、おぼろげだった人の姿が徐々に露わになっていく。


「すいません。助けて下さい」


 向こうも俺たちの存在に気が付いたらしく、真っ直ぐこちらへ駆け寄って来た。


「どうした? 事情を説明してくれ」


 一目散に駆け寄って来た女に落ち着けと促す。


「あ、すいません」


 肩を上下させ息を弾ませる女は、俺の指摘で我に返ったらしく頭を下げて軽く詫びを入れてきた。

 腰まで届きそうな黒い髪。ほっそりとした形の良い眉は、申し訳なさそうにハの字になっており、そのせいか少し気弱な印象を受ける。

黒い瞳は不安の色を帯び、口元もきつく引き結ばれていることから、何か困っているのだろうと察する。可憐という言葉が良く似合う女だ。


「実は仲間とはぐれ、迷子になってしまいまして」


 こんな場所にわざわざ赴くということは、この女もいずれは北極穴を目指す、俺たちと同じ(ヴァ)拓者(ルガード)だろうか?


「あんた、転生者か?」


 確認の意味も込めて質問をぶつけてみる。


「はい、名はサリーと言います。お二人も転生者の方……ですよね?」

「そうだ。だから困っているなら遠慮なく言ってくれ」


 俺は不安顔のサリーに安心しろと言い聞かせ、微笑んでおく。

 俺とアッシュ。それに目の前のサリーは、このアストレリアという世界の人間ではない。

 地球世界で死亡してしまった際に、移魂の法というこの世界の秘術により魂だけを掬われた。その掬い取られた魂を、今度はアストレリア人の亡骸に注ぎ込まれた。

 結果として、心は地球人、身体はアストレリア人という、俺たちのような存在が誕生し、転生者と呼ばれている。


「待て、アッシュ!」


 相棒が助けを求めるサリーには目もくれず、既に先へと歩いていた。

 あまり他人に興味が無いのは知っていたが、困っている人間の話しを聞く気すらも全くないとは……つくづく、この男の神経は理解不能である。


「待つのは性に合わん。お前たちが私を追って来い」


 些細なことでも信念を曲げず、どこまでも己の道を突き進もうとするアッシュ。


 説得するだけ、時間と労力の無駄になるだろう。


「仕方ない、歩きながら話を聞こう」


 ため息を吐き出した俺は、相棒の突飛な言動に目を丸くしているサリーに声をかけた。


「わかりました」


 俺たちはアッシュのくだらない信念に付き合い、小走りで背中を追いかけていった。


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