残念な指輪物語
「どうした?」
黒い石をじっと見つめるポルロネに声を掛ける。
「……ちょっと待っていろ」
突如押し黙ったポルロネが、指輪を置いてそそくさと奥の部屋へ向かっていった。
「なんだ?」
客をほったらかして消えてしまったポルロネを訝りつつも、俺は妖しく輝く黒い宝石に視線を注ぐ。
「待たせたな!」
ほどなくして再び俺の前に現れたポルロネは右手に拡大鏡を持っていた。
「ふむ」拡大鏡越しに、指輪に嵌る石をまじまじと見つめるポルロネ。
「――――おいエッジ。お前はこれをどこで手に入れた?」
ポルロネの声音が硬質なものへと、あからさまに変わった。
「
貰い物なので俺にも分からない。で、その石はどんな代物だ? ただの宝石っていうわけではなさそうだが?」
急に真剣な眼差しとなったポルロネに驚きつつ、俺は魔具屋店主が表情を変化させた理由を問い質していく。
「これは宝石なんかじゃねえ。むしろ魔石に近い代物だ」
固唾をのんでポルロネの言葉を待っていると、意外な単語が出てきた。
「こんな輝きを放つ魔石、俺は見たことないが?」
俺の良く知る魔石は、黒色ではあるが光沢などまったくない、石ころを闇で塗りつぶしたかのような石だった。
「異形のなかでもさらに変異した種を倒すと、魔石ではなく稀に魔宝石という希少価値の高い石を落とすことがある。この魔黒瑪瑙もその一つだ」
興奮するポルロが早口で捲し立ててくる。
「魔黒瑪瑙? それがこの石の名前なのか?」
俺の問いをポルロネが鷹揚に頷き肯定。
「だが、魔宝石はここらに出現するような異形どもが落としたりはしない。もっと手強い異形どもしか落とさないはずだ。よって若手の集うヨモスブルグではまずお目にかかれない代物だ」
「なるほど、それでポルロネも最初はぴんとこなかったのか」
話を聞いて、魔道具の専門家ですら判断を誤りそうになった理由に合点がいった。
「……まあ。その通りだ」
見誤りそうになったことが恥ずかしいのか、ポルロネが頬を掻いて目線を逸らした。
「それで、この魔黒瑪瑙とやらは一体どういうものなんだ?」
「身に着けた者の、魔法使用に伴う身体への負荷を軽減すると言われている。お前にはまだぴんとこないだろうが、高位の魔法を発動すると使用者にもそれなりの負担がかかるらしい。魔黒瑪瑙の加護とやらがその負担を和らげてくれるのだとよ」
「なんだと」!
いつも一緒に居る誰かのおかげで、魔法を連続使用せざる得ない状況に良く陥る俺は、ポルロネが語る負担について非常によく理解出来た。というか身を以て知っている。
「で、どうする? もし必要ないのならそれなりの値段で買い取るが?」
会計卓から身を乗り出し、俺へとせまるポルロネ。思わぬ逸品を前に興奮が隠せないようだ。
「いや、自分で使うよ」
俺は迷うことなく返事をする。
売って金にするのも悪くはないが、それよりも己の為に自家消費した方が今後の活動に有利になると判断したのだ。
「そうか」
残念そうに息を吐き出すポルロネ。
「じゃあな。ありがとうよ」
正直に魔黒瑪瑙について教えてくれた、馴染みの商売人に感謝。
「待て、鑑定料を置いておけ」
と同時に、抜け目ない野郎だとも思った。
「ち、しっかりしているな」
俺は百ゴル硬貨を放る。鑑定料の相場など知らないが、適当で問題ないだろう。
なぜならポルロネは、逃がした魚を諦める落とし所として鑑定料というお題目を要求しているだけだからだ。たぶん。
「毎度あり」商人の屈託のない笑みに見送られながら、俺はポルロネの店をあとにした。
さっそく指輪を左人差し指に嵌めてみると、怖いくらいにぴったりとサイズが合っていた。
「なんか嫌だな」
たまたまであろうが、何故かサリーヌなら俺に合う指輪の大きさを知っていそうで怖い。
というか、もしかすると俺がこの指輪を売ろうとしつつも念のため鑑定し、その結果やはり必要なものだから自分で使うと判断する。ことまで予想していたのかも……
「嫌がらせじゃないよな」
妄想でしかないが、俺の懊悩を影から見て楽しんでいるサリーヌの姿を想像することが容易かった。
「なんとも因果な贈り物だな、これは」
魔黒瑪瑙の指輪は、日ごろから連続魔法の負担にあえぐ俺にとってなんともありがたい贈り物だ。一方で、送り主は嘘つき最悪女のサリーヌ。
指輪の効果は俺を助けるだろうが、その都度あの嫌な顔を思い出さねばならないのだ。
「ある意味、呪われた指輪だな」
黒い光沢を放つ指輪を眺めつつ、思わず呟いてしまった。