贈り物の価値
「さて、無駄話は終わりにして、もう一勝負いくか」
早く立ち上がれとばかりに、座り込む俺に剣先を俺に向けるアッシュ。
「アッシュと俺の会話に無駄じゃない話があるのか?」
俺は促されるままに立ち上がってアッシュに対峙。
アッシュに嫌味をぶつけることで、俺の水浸しの身体に活力が戻ってきた。
「さあな」
応えるアッシュに、獲物を前にした肉食獣の笑みが浮かぶ。
「楽しそうで、たいへんよろしくないな」
ぼやきつつ、俺も剣を構える。
なんだかんだいっても、俺はこの相棒に喰らいついていくしかない。
地球世界での後悔を繰り返さない為にも、やるしかない。
「へらず口を叩く元気はあるようだな。けっこうなことだ」
やる気に満ちるアッシュが。言葉を被せてくる。
燦々と照りつける太陽の下で、俺とアッシュの剣が再び重なっていく。
それから午前の間ずっと、鍛錬と言う名の虐待が続いた。
「今日はこれ以上お前と戦っても意味がないな。理解したならとっとと失せろ」
仰向けに倒れる俺に向かって、立って見下しているアッシュが言い放つ。
「……」
言い返してやりたいが、疲れと頭の痛みで悪口が浮かんでこない。
「満身創痍か、羨ましいな」
身体中傷だらけで息も絶え絶えな俺に、羨望の眼差しを向ける相棒。
なぜアッシュは今、ぼろぼろな俺に憧れているのだ?
「お前という存在がつくづく理解出来ない」
率直な感想が、無意識に口から出る。
「傷つき疲れ果てることで人は強くなれる。特にこの世界ではそれが顕著だ」
荒唐無稽に過ぎる意見だが、ぼろぼろな姿に憧れるのはアッシュなりの考え方があってのことらしい。理解したくはないが。
「仕方がない、あとは一人で術技の習得に励んでおくか」
俺から視線を切ると、脇に置いてあった頭陀袋から巻物を取り出すアッシュ。
「なんだそれは?」
読書とは程遠いはずの相棒が、書物を手にしていることへの違和感。
「サリーヌが寄越してきた。ささやかな贈り物だそうだ」
「お前にもプレゼントか。あの女、どういうつもりだ?」
「知ったことではない。あの女の思惑など関係なく、貰ったものは利用するまで」
「で、それは何の巻物なんだ?」
「私が求める術技の概要と習得のコツが記されていた。あの女、気に食わない奴ではあったが、貢ぎ物の才能だけはあるようだ」
ちっとも羨ましくない才能だ。
俺が魔法という超常的な力を扱うように、前衛のアッシュも術技という特殊な力を習得している。アッシュが使う、一時的に全身の筋力を増加させる《剛招鋼力》も術技の一つだ。
ちなみに、魔法が頭とプラーナを使うのに対し、術技は身体とプラーナを使うのが大まかな特徴だったりする。
「サリーヌも、お前に喜んでもらえて嬉しいだろうよ」
どうせなら俺も指輪などではなく、未習得の魔法が記された魔本が欲しかった。
「そうだな、この礼はいつか刃で返してやろう」
ぎらりと眼を光らせるアッシュ。
「良い心がけだ。その時は俺も魔法で加勢してやる」
そしてあわよくば、アッシュも巻き込むことで日頃の鬱憤を晴らしてやろう。
「そんなことより、お前はもう用済みだ。邪魔だから早く去れ」
けむたそうな眼差しで俺を見つめるアッシュ。
おもちゃに飽きた子供が、新しい遊具を見つけたかのような移り変わりの激しさだ。
「ひどい、俺のことは遊びだったのか?」
捨てられるおもちゃの気持ちになった俺は、復讐がてらに冗談めいた口調で相棒をからかっておく。
「気持ちが悪いぞ」
鼻先に皺を寄せてアッシュが不快感を現す。
「そいつは重畳」
最後にアッシュがいつも使う言葉を乗っ取ってやり、俺はその場を去った。
「俺も贈り物を有意義に使わせてもらうとするか」
服についた砂埃を手で払いつつ、俺は人で賑わう大通りへと歩いていく。切拓者御用達の魔具店へ行くためだ。
「いらっしゃい」
煉瓦造りの店へ足を踏み入れると、さっそく店主のポルロネが奥の方から声を掛けてきた。俺は戦闘服や戦闘靴。軽鎧に盾などがずらりと並ぶ店の中を進み、ポルロネの元へ近づいていく。
この魔具屋は、俺たち切拓者が開拓や狩りをするのに必要とされる、武器や防具や道具などの一切を取り扱っている店だ。
「よう」
俺は右手を挙げて軽く挨拶。
「エッジか。今日は何の用だ? また相棒の剣が折れでもしたか?」
たるんだ丸い顔の上に茶色の髪。顎に立派な髭を蓄えたポルロネが笑えない冗談で俺を迎える。
来店早々、客に嫌なことを思い出させる時点で、ポルロネは商売人として失格だ。
「違う。今日はこれを見てもらおうと思ってな」
俺は巾着袋からサリーヌにもらった指輪を取り出し、ポルロネに投げ渡す。
売却するつもりだが、初めからその意思を商売人に見せると足元を見られかねないので黙っておく。そもそも魔具屋が宝石指輪を買い取ってくれるのかも謎だが……
あとはもしかしたら、この指輪が俺にとって役に立つような代物の可能性もある。だからその道の玄人であるポルロネに鑑定を依頼しにきたのだ。
「なんだ、指輪じゃねえか。エッジ、ここはお上品な宝石屋じゃないぞ。こんなものを俺に見せてどうするつもりだ? ――――言っておくが、俺はこう見えても既婚者だからな、告白なら他の奴をあたってくれよ」
ぼけた中年の盛大な勘違いはさておき、ポルロネの見立てではこの指輪は身を飾るただの指輪らしい。
「そうか、つまらない物を見せて悪かったな」
魔法道具の専門家たるポルロネに見せても特にこれといった反応が無かったということは、この黒瑪瑙の指輪はただの装飾品に過ぎないのだろう。
となれば、貴金属としてせいぜい高く買い取ってもらうほかないか……
「ん。ちょっと待てよ?」
太い指から俺の手へと指輪が返される直前でポルロネの動きが止まった。