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灰と刃

太陽の光を撥ね返す、凍結した地面の上へアッシュが迫る。


「むんっ!」


 凍土と大地の境目を踏切にしてアッシュが前へと跳躍。矢の如き飛び蹴りが放たれる。

 それは一直線に俺を狙いつつも、同時に足場の悪い地面へ踏み込むことをも回避する、アッシュらしい一手だった。

 

――――だからこそ読み通り!


 狙い通りの行動をとってくれた相棒の勇猛さに感謝しつつ、俺は半身になって最小限の動きで飛び蹴りを回避。

 攻撃の筋が分かっていれば、鈍い俺でも避けることは容易くなる。

 故に、相棒の性格を良く知る俺は、アッシュが飛び蹴りという札を選ぶようにお膳立てしておいたのだ。結果は上々。


「せいやっ!」


 脚の先をぎりぎりで躱し、擦過する相棒に向かって合わせ渾身の一振り見舞う。

 手応えあり!

 下から上へと振り上げた剣がアッシュの折りたたまれた左足に直撃。思い衝撃が剣を握る右手に響く。


「な⁉」


 だがしかし、相棒に良い一撃を入れてやったという感慨に浸る瞬間は来なかった。

 首筋に何かが巻きつき、俺は流されるまま地面に倒れ込んでしまったのだ。

 予期せぬ展開に驚愕、何がどうなっている?


「お前にしては良い一撃だった。褒めてやろう」


 眼前に写るのはアッシュの顔。首筋にはがっちりと逞しい腕が巻きついている。

 俺は首を絞められながら、何が起こったかを把握した。

 アッシュは蹴りを躱されつつも、通り過ぎる際に右腕を俺の首を絡めたのだ。

 そしてそのまま寝技へとなだれ込んだのだろう。

 俺の思いついた策は、アッシュに一太刀浴びせることには成功したが、勝利を呼び寄せるまでには至らなかったらしい。

 アッシュの行動を予測し、型に嵌めるまではよかった。が、この相棒は俺の仕掛けた罠

を咄嗟の行動によって食い破ってしまった。

 悔しいが、この野生的な力強さこそが俺にはないアッシュの強みである。

 味方だと頼もしいが、敵に回るとこうも厄介になるとは……

 息苦しさで、徐々に意識が朦朧としていく。


「奮闘したお前に褒美をくれてやろう。極楽へご招待だ」


 戦鬼の犬歯が剥き出しになり、楽しそうに笑う。


 (じ・ご・く・へ・お・ち・ろ)


 気管を締め上げられ、声が出せない俺は、口を開いて無音の声で応える。

 暗転する意識の淵で、俺はなけなしの力で最後まで抵抗を続けたのだった。


 肌を刺す冷たさで意識が戻った。


「起きたか」


 桶を持ったアッシュが偉そうに俺を見下ろしている。


「冷たっ!」


 髪の先から雫が滴り、濡れた服が肌に張り付いている。

 どうやら水を掛けられたらしい。


「草や花じゃないんだ。水をやっても俺は育たないぞ」

「ふん、光合成するだけ植物の方がエッジよりは生産的だろう。一緒にするな」


 一緒にするなという言葉には賛成だが、理由に関しては大いに異議あり。


「それでも周りに害を撒き散らすだけのアッシュよりはましだな」


 この男は非生産的どころか、生産活動を破壊する害人だ。


「型に嵌ればそれなりにやるが、押し込まれると脆いのがお前の弱点だな」


 アッシュが悪態の応酬から話題を変え、先の戦いを冷静に分析していく。

 確かに、押し込むばかりのアッシュは俺にとってこの上なく戦いづらい相手だった。


「俺にとってアッシュは、私生活だけでなく戦いに関しても相性最悪というわけか」


 つまり存在自体が俺への嫌がらせと言っても過言ではない。


「克服するには、剣の腕を上げ体術も鍛え、脆弱な近接戦闘をもう少しましにすることだな」


 分析しただけでなく、助言まで寄越すアッシュ。口調は相変わらずだがいつになく親切だ。


「ああ。アッシュと戦うことで課題が浮き彫りになったな」


 だからこそ、俺は相棒の言葉を素直に受け入れた。それに自分でも痛感していたことだった。

 アッシュと言う男は、戦いに関してだけは確かな眼を持っているらしい。


「あとはお前お得意のこすっからい魔法をさらに磨くことだな。個人的には今よりも間を置かず、さらに何

度も連続して魔法行使が出来るようになってくれれば、厄介さが増して私の愉快さも増す」


 アッシュの助言を纏めると、短所を改善し、長所を伸ばしていけということだろう。

 当たり前のことだが、確かに言うとおりだと思う。


「簡単に言ってくれるが、魔法を素早く連続で使うのは楽じゃないんだよ」 


 魔法を発動すると脳に負担が掛かり、素早く連続で行使するならばその重荷はさらなるものとなる。

 今の頻度での魔法使用ですら、激しい頭痛を堪えなんとかやっているのだ。 


「それは私の知ったことではない」


 肩を竦め、一言で俺を突き放す相棒。


「だが、お前ならやってのける。と私は期待している」


 灰色の瞳が真っ直ぐに俺を見据える。

 自分と組むのなら、無茶を成し遂げてみせろと目で言っているようだった。


「いつになくお優しいじゃないか」


 俺は今までにないアッシュの言動を意外に思いつつも、礼を述べることは出来ず、生意気な口をきいてしまう。

 いきなりありがとうと言えるほどに、俺は素直な人間ではないのだ。


「当然だ。己を鍛える為にはそれなり相手と戦うことが必要。ゆえにまずは、エッジをそれなりの強さに仕立ててやる必要があると最近気が付いた」


 何度も頷きながら話を続けるアッシュ。


「つまり、お前は私の為に全力で精進すればよいのだ」


 意外な優しさの裏に隠された本音が露わになった。


「前言は謹んで撤回させてもらう」


 俺の相棒はいつも通り、ぶれることなくどこまでも自分勝手だった。


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