それぞれの事情
事実としては知っていたが、ファニアの言葉によりアストレリア人の全てが、俺たち地球出身者を毛嫌いしているわけではないと改めて思い知る。己の繊細な部分がファニアの暖かさに触れ、心が温まる。
世の中には、俺たちを排除したいと考える憂世の徒のような集団もいれば、地球出身者を積極的に援助しようとする想世の徒という団体もあるのだ。
両者ともこの世を良くするために活動していると公言しているが、活動内容が正反対なのが笑える。
「私のせいで両親がまずまず地球出身者嫌いになってしまったのが最近の悩みですかね」
看板を外して素になった女が、苦々しく笑ってため息を吐き出す。
「そうか、お気楽に見えるファニアも色々と大変なのだな」
家庭の事情に首を突っ込みはしないが、彼女と一緒に苦笑いくらいはしておく。
身内や仲間といっても、思想や考えまで同じになるわけではないらしい。かくいう俺とアッシュも、何から何まで正反対だしな。
「はい、ですからエッジさんは私にもっと優しく接するとすると良いですよ」
笑顔の仮面を貼りつけ、快活娘に戻ったファニアが茶目っ気を出して胸を張る。
「まあ、考えておくよ」気丈に見せようとする彼女がなんとも微笑ましい。
「エッジさんとお話しして元気が出た!」ファニアがいきなり卓に手を置き、声高らかに宣言。
「俺もファニアをからかうのは楽しかったよ」
元気娘の大声にたじろぐことなく、俺もいつもの調子で言葉を返す。
「まったく、いつも冗談ばかりでのらりくらりなんだから。これは私も怒涛の攻めでエッジさんの心を鷲掴み、どころか握りつぶすくらいのつもりで仕掛けるしかないかな」
ファニアが拳を握り、胸の前に掲げて謎の意思表明。
「人様の心なのだから、もう少し丁重に扱った方が良いと思うよ」
「ふふ。では充電も完了したことですし、名残惜しいですがそろそろ仕事に戻りますかね」
俺の言葉を笑顔で聞き流し、両手を組んで気持ちよさそうに伸びをするファニア。
なんというか、無防備な娘だ。
「いってらっしゃい」
嵐のような元気娘が、席を立ちひらひらと手を振る。
「では戦場に戻ります!」
俺が軽く手を挙げて見送ると、ファニアは颯爽と駆け出して行った。
後には、静けさが残った。
「俺もそろそろ行くか」
既に食事を終えていた俺も、彼女の後に続いて席を立ち、会計を済ませて店を出た。
入口の扉を押して外に出ると、夜の群青色が世界を染めあげていた。
三日月の頼りない明かりが天上から注ぎ、等間隔に並んだ街灯が月明かりの淡い光を押し広げている。
ちなみに街灯の光源は、俺たちが異形どもを倒した際に手に入れることの出来る魔石だ。
魔石灯と呼ばれるこの街灯が誕生するにあたっても、俺たち転生者が大きく関与していたらしい。
元々が術技や魔法を礎として生活していたアストレリアの人々。それは今でも根本的には変化していないが、俺たち地球出身者の技術や知識が流入し始めてからは、緩やかに変わり始めているらしい。
俺の感覚だと新たな発明によって便利な世になるのは歓迎だが、一方でそれをよしとしない人々が存在することも忘れてはならない。
未知の技術というのは、それだけで恐怖の対象に成り得るらしい。
「得体の知れない技術、か」
頭の中に、今日出会ったスールーの姿が思い起こされていく。
気持ち良いくらいの完全敗北で、まったく勝てる気がしなかった。
手を抜かれていたからか、力も技もまったく底が見えない相手だった。
が、俺が一番驚いたのはそこではない。
他者の影に潜むという未知の術技、もしくは魔法だ。
「魔法や術技であんなことが出来るようになるとはな」
詳しい効果も原理も不明だが、影に潜まれ寝首を掻かれでもしたらひとたまりもないだろう。
「俺もいつか、あれを使えるようになったりするのだろうか……」
想像がつかない。
が、もし俺が影に潜むことが出来たなら、やってみたい戦法が幾つもある。と、
「妄想に浸っている場合じゃないな」
有り得ないことを夢想するよりも、現実的なことを考えるべきだろう。
それは俺自身の戦い方についてだ。
アッシュのような前進あるのみ突撃野郎と違い、今の俺は剣も魔法も使っている。
元は後衛として魔法の行使に特化したいと思っていたが、現実はそれを許してはくれなかった。二人組の俺は、否が応でも接近戦に巻き込まれることが多かったのだ。加えて、アッシュの無鉄砲さに翻弄され続けた結果、ある系統に特化して魔法を覚えるのではなく、幅広い初級魔法を体得し、様々な状況に応じる必要があった。
一言で言えば器用貧乏。
それが今の俺を評するにもっとも相応しい言葉だろう。このままで良いのだろうか?
答えが出ずに煩悶しているうちに宿舎へと到着。
部屋に戻る前に、玄関応接に置いてある新聞を手に取って、古い木椅子に腰かける。
地球世界では新聞を読む習慣はなかったが、アストレリアに来てからは読むようにしている。
理由は簡単。自分自身が記事の当事者になることがあるからだ。無関係でいられないなら、世の中の出来事から目を逸らすことは出来ない。
新聞に目を落とし、まずは魔石の相場を確認。
魔石を獲ることによって金を稼ぐ俺たちにとって死活問題だからだ。
「ふむ」
一グラムル十ゴルほどで特に大きな変動きはなし。
ほっと一息ついて他の記事に目を通していくと、政治面に思いもよらぬ名前が。