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憩いの一時

「む、なんだ?」


 呼び止められたアッシュが鬱陶しそうに振り向く。


「金を置いて行け」


 さりげなく俺に全ての会計を押し付けようとしたアッシュにぴしゃりと言い放つ。


「ふん、けちな男め」


 アッシュは気まずそうな顔をすることもなく、むしろ不機嫌さを顔にありありと出しながら懐から紙幣を取り出し、卓の上に放り投げてすぐに去って行った。


「タダ食いしようとするお前だけには言われたくない」


 すると待っていましたとばかりに言い放った俺の言葉は虚空を彷徨い、単なる独り言となってしまう。


「ふふ。仲良いですね、二人共」


 俺とアッシュのやり取りを見ていたファニアが笑いながら声を掛けてきた。


「もし俺とアッシュの会話を見てそう思ったなら、ファニアの目は節穴だな。さもなくば、精神性の疾患かもよ」


 勘違いも甚だしいファニアの言葉に、反射的に言葉が出てしまう。


「なんですかそれ、ひどいなあ」


 右手を口元に当てながら、左手で俺の肩を軽くたたくファニア。

 素直な反応を見ていると、ついついからかいたくなってしまう。


「仕事は良いのか?」


 看板娘と楽しそうに話す俺に周りの視線が集まる。


「今は休憩中ですから大丈夫なのですよ」


 にこりと笑うファニア。


「客と話していて、気が休まるものかな?」


 人懐っこい女店員についつい俺もかまってしまう。


「休まるので、この席に座ってもいいですか?」


 先ほどまでアッシュが座っていた席を指さし、ファニアが首を傾げ許可を求めてくる。


「ご自由に」


 俺としても断る理由は無い。


「やったー」

 

 嬉々として椅子に座るファニア。さすが看板娘。愛想の良さが光っている。


「そういえば、エッジさんたち、ちょっとした噂になっていますよ?」


 言いたかったことをふと思い出したとばかりに、手を合わせるファニア。


「へえ、どんな噂?」

「なんでもあの轍の代表であるサリーヌと仲良くしていたとか」


 予想していなかったファニアの言葉に、飲んでいた水を吹き出しそうになる。


「それ、どこで聞いたんだ?」


 何故料理屋の店員でしかないファニアがそれを知っている? 

 思わず前のめりになって尋ねてしまう。


「お店でお客さんが話しているのを耳にしました。本当なんですか?」


 興味津々といった面持ちでファニアが俺を問い詰める。


「仲良くはないが、話をしたことは事実だ」


 この世の中は、俺が思っているよりも狭いらしい。


「すご! さすが若手屈指の期待株!」向かい合った少女の目が丸くなり、驚く。

「大先輩の恐ろしさを味わったよ」


 ファニアに囃し立てられ、胸の中にある苦い記憶が蘇えってくる。

 俺もアッシュも、最高峰の切拓者であるスールーに歯が立たなかったのだ。 


「へえ、上には上がいるんですねー」なぜか感心するファニア。

「そういうことだな」

「じゃあ、今度はエッジさんが私に質問して下さい。なんでもいいですよ」


 と思ったら、急に話題を転換。これも若さの成せる技なのだろうか?


「はいはい。じゃあ、髪切った?」


 俺はおどけながら、今しがた思いついた適当な質問をぶつける。


「切ってないですよ。なにその投げやりな質問」


 頬を膨らませ怒りを露わにするファニア。

 分かり易い反応をする女だ。


「じゃあ一つ本気で聞いてもいいかな?」


 ファニアの反応を楽しみつつ、本気で聞いてみたいことを考えてみる。


「はい、彼氏はいませんよ!」


 少女が右手を勢いよく挙げ、大きな声で答える


「いや、そんなことはどうでもいいから」


 快活で単純なファニアに対し、俺はついつい意地悪をしたくなってしまう。捻くれた癖のある人間ばかりを相手してきたせいで、俺も性悪男になりつつあるのかもしれない。


「む、どうでもよくないでしょうが!」

「冗談だよ」


 ころころと表情が変わるファニアの顔を眺めていると、微笑ましい気持ちになってくる。


「もう、エッジさんたら私をおちょくって楽しんでいますね。そんなことより、質問をどうぞ」


 純真であるということは、なんと素晴らしいのだろう。 


「なぜファニアはこの店で働こうと思った?」


 じゃれ合いを楽しんだ俺は、そろそろ本当に聞きたいことを尋ねることにした。  


「お、急に真面目になりましたね」


 顎に手を当て考え込むファニア。

 生粋のアストレリア人であるファニアが、なぜ地球出身者ばかりが集うこの店で働こうと思ったのか、単純に疑問だった。

 彼女のような愛嬌のある女の子なら、いくらでも働き口はありそうなものだが……


「それは、ずばり愛の為です!」


 大きな胸を張ってファニアが得意げに言い放った。


「……へえ」


 呆れ顔で応えると、看板娘は気まずさからかさり気なく目を逸らした。


「というのはひとまず置いておくとして。私の両親って地球出身者を毛嫌いしているのですよね。実は私も、幼い頃は両親の影響を受け、地球出身者に偏見を持っていました」


 芝居がかった仕草から素に戻ったファニアが訥々と語り始める。


「それなら尚のこと、この店で働こうとはしないだろう?」

「幼い頃、転生者の方と接する機会がありましてね。それがきっかけで異世界の人のことをもっと知りたいと思うようになって数年。気が付けばこのお店で働いていました」


 俺の疑問に詰まることなく笑顔で答えるファニア。


「両親には大反対されたのですけどね。押し切っちゃいました」


 自分を語ることに照れくさくなったのか、言い終えると、彼女が僅かに舌を出した。


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