捻くれ者たちの晩餐
スールーに辛酸を舐めさせられたばかりだが、相棒の強気な姿勢は相変わらず変わらない。
邪悪で狡猾な犯罪者は、ある意味異形どもよりも厄介な相手だと思っている。単純な強さだけでなく悪 知恵と、理解し難い非人道的な精神構造は、周りの人間からすれば大きな脅威だ。
それが社会に紛れているのだから、尚更たちが悪い。
「新人殺しとやらに、殺される恐怖を味あわせてやる」
一方で、アッシュには俺が抱いたような杞憂はまったくないらしい。
「油断して背中からぶっすり刺されないといいな」
戦いと金への渇望により闘志を燃やし始めるアッシュに、水を差しておく。
「それならそれで、探し出す手間が省けていいではないか。――――そうか、エッジを囮にして新人殺しをおびき寄せればいいのだ。何せお前ならぶすっと刺されてもさほど問題ない」
「手間を省く代わりに俺の命を差し出そうとするな」
何から何まで間違っている相棒に言葉を返しておく。大変だがここで言い返しておかないと、そのうち本当に実行しそうだ。アッシュならやりかねない。
「人気者みたいですねー。新人殺し」
卓に料理を運んできたファニアが、ふと会話に入ってくる。
「ある意味、看板娘のファニアよりも人気者かもな」
愛想のよい娘に対し、冗談がつい口に出てしまう。
「ふふ、かもしれませんね」
俺の軽口に笑って答えるファニア。
「あ、これおまけです。一つずつどうぞ。内緒ですよ」
顔を近づけたファニアが耳元で囁くと、甘い残り香がかすかに匂った。
「ありがとう」
俺は周りに聞こえないよう、小さな声で呟いておく。
配膳された皿を見ると、俺とアッシュが注文した料理の皿に、頼んでないライ麦パンがそれぞれ置かれていた。
特別待遇につい顔がにやけてしまう俺は、自分で思っているよりも単純なのかもしれない。
「では、ごゆっくり」
手を振ってからくるりと反転したファニアが、軽やかな足取りで厨房へと戻っていった。
俺はなんとなくその後ろ姿をじっと眺めてしまう。
「今日女に騙されたばかりだというのに、もう他の女にうつつをぬかすとはな。仲間として、私はみっともないぞ」
「こんな時だけ仲間扱いするな」
返事をせずに、アッシュが俺の皿にのったパンを掴み口に咥えてしまう。
「みっともない奴からパンを恵んでもらうアッシュは、物乞い以下だな」
俺の言葉を聞いている間にも、アッシュは口一杯にパンを頬張り飲み込んでいく。
「腹に入れば、お前のパンを私が食べた形跡は消える。証拠もないのに妄言で私を犯人扱いするなら、物乞いどころかエッジは悪人そのものだな」
「お前にはいつかきっと、天罰的なものが下る」
「神頼みか。己が鉄槌を下すという発想すら出てこないとは情けない。お前程度では悪は悪でもせいぜい子悪党止まりだろうな」
料理が届くと、罵詈と雑言に満ちた、俺たちの愉快な食事が始まった。
「ところで、新人殺しをエッジはどう見ている?」
不毛な会話を区切ったアッシュがふと話題を変える。
「犯人は、おそらく転生身者を快く思っていない」
だからこそ、犯人は地球出身者である俺たちだけを狙っているのだろう。
アッシュが骨付き肉を口に放り込んでから頷く。
確認した俺はさらに自分の考えを述べていく。
「問題は犯人がどちらの世界出身の人間かだろうな。もし新人殺しがアストレリア人だとしたら、ちょっとした問題になりかねないぞ」
地球出身者とアストレリア人の現在の関係性に波紋を投げかけ、両者に溝を作ることになってしまう可能性がある。
「それを言うなら、犯人が地球出身者の場合でも同じだろう。地球出身者は同胞を殺して回る危険な思想を持った人間たちだと、喚きたてる輩が現れるにきまっている」
「……確かに、アッシュの言うとおりだ。とすると、この事件はどちらの人間が犯人だったとしても事が大きくなってしまうかもな」
「もし新人殺しが捕まったならば、喜ぶ者と残念がる者が現れるだろう。ここぞとばかりに自分の主張は正しいと叫ぶものと、逆に臍を噛む者が出てくるはず。一つの事象も、受け手の立場によって結果は異なるということだな」
訥々と語るアッシュの瞳には寂寥感が滲んでいた。
「アッシュ、お前は地球世界でどんな人生を送っていたのだ?」
生前のアッシュについて、俺は何も知らなかった。
何度質問しても、
「さあな」
その都度、アッシュは同じ言葉で返してくるからだ。
俺の相棒は過去のことを語りたがらない。なぜ話したくないのかすらも、教えてくれない。
「新人殺しについて、少し探っておくか」
逸れかけた話題を元に戻す。
賞金五十万ゴルは魅力的だし、一応は俺たちも経歴的にはまだ新人の範疇に入っているので、狙われる可能性が皆無とはいえない。
よって犯人について詳しく知っておいた方が、安全の面からも良いだろう。
「それは任せた」
アッシュがすぐに言葉を返してくる。
戦うことしか頭にないのか、気持ち良いくらいのやる気のなさだ。
「貸し一つだぞ」
黙っているのも癪なので、抵抗しておく。
「貸したものが返ってくると思うな――――という助言をしておいてやる。これで貸し借りは無しになったな」
アッシュは俺の言葉を鼻先で一笑に付すと、陶器の杯に注がれている水を一気に飲み干していった。
「アッシュが恩を仇で返すような奴だということは良く分かった」
親切に嫌味で返す相棒に、皮肉を贈っておいてやる。
きっと負の連鎖とは、このようにして始まっていくのだろう。
「ふん、エッジの長い食事には付き合っていられんな。私は先に帰るぞ」
席を立ったアッシュが、背中を向けて歩き出す。
俺としても、相棒と悪態を衝きあいながら食べるよりは、一人で食事した方がいくらかました。
が、
「待てよ、相棒」
今だけは、このまま黙ってアッシュを一人で帰すわけにはいかない。