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報酬と勧誘

だがこの世界に来て当事者となったことで、興味が無いでは済まなくなってしまった。


「私は同胞である地球出身者の権利を確保したいし、アストレリア人にも尊重してもらいたい。なぜならそれが、この世界全体の為になると信じているからね。この野望を達成する為ならば、なんでもしようと思っているよ」

 

 サリーヌの華奢な身体には、存外に大きな夢が詰まっているらしい。


「それでこんなところまでやって来て俺とアッシュに声を掛けたのか?」


 俺の言葉にサリーヌがさらに笑みを濃くする。


「ふん、まるで政治屋だな」


 一方で相棒は鼻を鳴らして皮肉で返した。

 確かに、サリーヌの言葉は強者の集団である、轍をまとめる長の言葉とは思えなかった。

 強い組織の長は、もっと自信に満ち満ちていると思っていた。


「アッシュ君の言うことも一理ある。たいした力も持たない私は、スールーのような実力者と違って出来ることが限られているのさ」


 苦い笑みをこぼすサリーヌ。


「仲間になってくれるのならば、手塩にかけて君たち二人を育てることを約束しよう。さて、返事を聞かせてもらえるかな?」


 わざとらしく右手を胸に当て、この手をとってくれとばかりに左手のひらを返し、指先を俺たちへと向けるサリーヌ。


「……」


 仲間になれと言われた直後はお断りだと一蹴するつもりだった。しかしサリーヌの話を最後まで聞くと簡単には言葉が出せなくなっていた。

 この世界の現状を鑑みれば、轍という組織に入った方が良いのではないか? 組織の力を利用し、教えを請い、腕を磨くことが、地球帰還の近道になるのではないだろうか?

 考えれば考える程に、サリーヌの申し出が魅力的なものに思えてくる。


「断る」


 黙していると、厳めしい顔をしたアッシュが拒否の意思を示した。


「理由は?」


 強い意思の滲んだ声に反応し、俺は思わず相棒の顔に目がいってしまう。


「組織の力に頼ろうとした時点で、私の力の源は失われるだろう」

「ほう」


 アッシュの言葉を聞いたサリーヌが喉の奥で唸る。


「温室に入った時点で、私の心は有象無象の切拓者と何ら変わらなくなってしまう。心が錆びつくならば、野たれ死んだ方がましだな」


 つくづく思うが、俺とアッシュはまるで正反対の性格だ。


「君はなんとも極端な考え方をするね。アッシュ君は地球のどこの生まれかな?」  

「教える義理はない」


 アッシュは、自分のことを語りたがらない。相棒の俺ですらこいつの出身は知らない。が、それ以上にアッシュの出身など俺は興味がない。

ということで俺の中でアッシュは、どこかの国の虫から転生したということになっている。


「一つだけはっきりと言っておいてやろう。私はお前という女が信用出来ない」


 アッシュの鋭い眼光が容赦なくサリーヌに降り注ぐ。


「何故かな?」


 睨みつけられたサリーヌは真っ向からアッシュを見つめ返す。


「勧誘の仕方が回りくどく胡散臭い。何より、害は無かったにせよ、己を欺いた者を信じることなど出来はしない」


 これ以上ない程に、はっきりと誘いを拒絶するアッシュ。

 絆されかけてしまったが、アッシュの言葉で俺も目が醒めた。

 サリーと名を偽って接触を図ってきたこの女は、どこか信用ならない。誘いに乗ったならば、飼い殺しにされる未来だって有り得るかもしれない。 


「ふむ、尤も過ぎてぐうの音もでないよ。残念だがアッシュ君の勧誘は諦めよう。エッジ君はどうだい?」


 この流れで俺を引き抜こうとするサリーの鈍感さは、恐らく意図的なものだろう。嫌な奴だ。


「残念だが、俺はアッシュと組んでいる。仲間を置いてほいほいあんたに付いていってしまうような奴は、何処に行っても誰からも信頼されないだろう。そうなりたくないので断る」

「私という存在を理由に使って誘いを断るな、軟弱者。もし使うなら使用料を寄越せ」


 俺がサリーヌに見栄を張って断りを入れると、相棒という思わぬ所から茶々がはいってきた。


「アッシュという存在自体が負債のような奴は、使われたことに感謝してむしろ俺に金を寄越せ」


 相棒の言葉が口火となり、いつもの悪口合戦が始まる。

 同時にサリーヌが支配していた場の雰囲気は、俺たちの物となった。


「残念、完膚なきまでに断られてしまった」


 肩を竦め、ため息を吐き出すサリーヌ。

 合理的に考えるならばやはりこの誘いに乗るべきだろう。地球世界で大学やサークルなどという組織に属していたからこそ、集団の強みというものが俺にも多少は分かる。数の力というものは、すべてにおいて大きい。

 が、この世界においては非合理を選ぶことにも意味はある。


「危険を侵して荊の道を歩いて行かなければ、いつまで経ってもあんたたちに追いつけないだろう?」


 現に俺たちは、身を危険に晒し続けてきたからこそ飛躍的に成長し、周りから一目置かれるほどの存在となった。

 安定した環境は俺たちの最たる特徴である、成長速度を鈍らせるかもしれない。


「一理ありますね。プラーナは命のやり取りを経て高まり増えていくものですからね」


 それまで黙していたスールーが頷く。


「私から言わせれば、お前たちは我々より十年も早く転生したくせに何をもたもたしているのだと問いたいのだが? こんな所で油を売っている暇があったら、さっさと北の最前線へ行って来い」


 これまでの話を台無しにするような言葉を、空気の読めない相棒が告げる。 

 こいつは今までサリーヌの話をちゃんと聞いていたのだろうか?


「これは痛いところを衝かれてしまったなあ。仕方ない、今回は勧誘を諦めるとするよ」


 手を挙げて降参の意を表するサリーヌ。


「ふふ、見事に振られてしまいましたね」 


 スールーは主の失敗を楽しそうに笑っていた。この二人の関係性もいまいひとつ分からない。


「お二人共、仲間にはなれませんでしたが、手が空いたなら抱いてさしあげますので、興味があればいつでも声を掛けて下さい」


 下品な言葉の中身とは逆に、胸に手を当て丁寧にお辞儀するスールー。


「お断りだ」


 本音を言えば興味が無いことは無いが、俺なりの矜持を持って断っておく。


「残念無念」


 最後にそう告げると、スールーは黒い塊となって主の影法師の中へと溶け込んでいった。 


「では、やることがあるので私もこのまま失礼させてもらうよ。その前に、報酬をどうぞ」


 サリーヌが薄い胸元から一枚の紙を取り出し、俺へと差し出す。 

 手を伸ばして受け取ると、紙には五万という数字と今日の日付が印刷されていた。初めて手にしたが、これは小切手だろう。


「最後に、先輩である私から君たちそれぞれに助言をしておいてあげよう」


 名案を思い付いたとばかりに手を叩くサリーヌ。

 余計なお世話だが、ためになる言葉を聞くことが出来るかもしれない。


「アッシュ君の戦いの才能と胆力は私も認めるが、我武者羅なだけではいずれ壁にぶつかると思うよ」

「ならば。ぶつかったついでに壁を壊すだけのこと」


 助言を受けた相棒が、不敵な笑みを浮かべて答える。なんともアッシュらしい答えだ。


「そしてエッジ君は……女難の相が出ているね。悪い女に騙されないように気を付けた方がいいかもしれないな」

「お前が言うな!」


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