転生召喚の内情
「有望な若い人材を欲しがるのは、どこの世界でも当たり前のことだと思うよ。だがまあいい。先輩である私が、この世界の現状について少し教えてあげよう」
サリーヌが薄い胸を張って高らかに告げる。
「聞けば我々を勧誘する理由が分かるのだな?」
芝居がかったサリーヌに対し、アッシュの真っ直ぐな目が向けられる。
「たぶんね」
と一言前置いてから、サリーヌが口を開いた。
「言うまでもなく、我々転生者の最終目標は、元の世界地球へ帰還することだ。その為に、レイイランドにある北極穴を塞ぎ、彼の地で反魂の法を見つけ出さなければならない。ここまでは異論ないかな?」
滑らかに語るサリーヌの声は聴き手である俺の意識にすんなりと染み込んできた。
「ああ」
俺が返事をすると、アッシュも黙って頷いていた。
「北極穴を目指す我々は、北へと北へと開拓を進め、版図を着実に広げていった。一方で、我々地球出身者のおかげで異形に追いやられていたアストレリア人たちも活力を取り戻し、生活は少しずつ豊かになっていた。我々とアストレリア人はお互いの利益の為に手を取り合って前へと進んでいたのだよ」
転生者は帰還するという目標に邁進し、一方ではそれがアストレリア人にとっては異形どもによって奪われた土地を取り戻すこととなる。
サリーヌが言うとおり、俺たちとアストレリア人の利益が一致しいてる。だからこそ、建前なしでお互いの手を携えることができるのだろう。ある意味、理想的な関係だと思う。
そして俺の住んでいた地球世界も似たようなものだった。
個人と個人。会社と会社。国と国。規模の違いはあれ、お互いが何らかの利益を享受することで、二つの関係は深く耕されていくものであった。
「だが、ここ数年の間で問題が発生した。開拓の先導者である我々が、とある地点で足止めをくらってしまったのだ」
サリーヌはそこで言葉を区切って俺の表情を上目遣いで窺う。
「何故だ?」
聴き手である俺の反応に満足したのか、にっこりと笑ってからサリーヌが口を開いていく。
「次々と現れる手強い異形どもに太刀打ち出来なくなってしまったのだよ。異形どもは北極穴に近づくほどに強力な個体が出現する。我々轍もスールーのような精鋭を中心に置いて奮戦してはいるのだが、いかんせん手数がまったく足りてないのが現状でね」
淀みなく語られていく俺の知らないこの世界の現実。
「サリーヌは第一線で活躍できる人材を探している?」
話を聞いているうちに一つの推論が浮かんだ。
「ご明察。転生した者は、まず半年間の教習でこの世界の言語などを覚え慣習に親しむ。その後は切拓者として活動し、這い出る異形と戦いながら腕を磨き北極穴を目指していく。ここまではいいかな?」
「ああ」
ドルムンのように無理せずゆっくり北極穴を目指す者もいれば、俺たちのように無理ばかりして穴への道をひた走る者もいる。
だが、進む速さに差はあったとしても、切拓者の最終目標は皆同じはずだ。
「君たちもこのまま活動を続けていけばいずれ体感すると思うが、北へ進めば進むほどに、切拓者の数は少なくなっていく。敵が強大になり、挑もうとする気概を失ってしまうのだ。誰だって命は惜しい。まして我々は現世で一度死を経験してしまった。生に執着し臆病になるのも仕方がないとは思わないかい?」
サリーヌの銀の瞳が僅かに哀の色を帯びる。
「まあ、そうだな」
彼女と同じようなことをドルムンも言っていた。
そして、俺だって命が惜しい臆病者だ。そう自覚しているからこそ、アッシュのような命知らずと組んで、無理矢理前に進もうと決めたのだ。
「戦う力は経験と鍛錬でどうにかなるが、気持ちだけはどうにもならない。それ故に、君たちみたいな勇気のある若手に声を掛けさせてもらった。つまり私がはるばるヨモスブルグに来たのは、転生者、いや、この世界に住まう人々全ての未来のためということになるね」
「大げさに過ぎる」
いくらなんでも後半だけ話が飛躍し過ぎだろう。
「そうかな? さっきも言った通り、我々人類の版図が広がるということは、この世界に住む全ての人にとって喜ばしいことなのだよ。つまり、私が君たちを仲間に引き入れることは、周り巡って世界の悲願を果たすことになる」
「……」
大仰な物言いは相変わらずだったが、一理ある言葉に俺は押し黙ってしまう。 .
「はっきり言ってしまえば、我々は移民のようなものだ。この世界に元から住まう人々からの風当たりは強い。有能さを示さないと、立場は段々と弱くなり、いつかは排斥されてしまうかもしれない。憂世の徒によるデモ行進は君も見たことがあるだろう?」
「……ああ」
俺は実際に『移魂の法による転生者の召喚を禁止しろ』と書かれたプラカードを掲げ、大通りを練り歩く集団の姿を何度か目にしたことがある。
「十年前、我々地球出身者がこの世界に現れてから、アストレリア人の生活にも大きな変化があった。地球文明の知識と、この世界に元からあった魔導知識が組み合わさり、これまでにない数々の発明や文化が生まれた。その結果、変化に対応したものは富み、付いて行けなかったものは貧しくなった。貧富の差が広がれば、下の者の不満は募っていく。それがいつしか形となり、憂世の徒という、我々地球出身者に否定的な考えを持ち、過激な運動をする集団を生み出しもした」
俺としても彼等の気持ちが少し分かってしまう。
異形どもに対抗する為とはいえ、個人で強大な力を持つ俺たち切拓者は、翻れば大きな脅威とも成り得る。
よって恐怖の対象となり、否定的に見てしまうのもある程度はしょうがないのかもしれない。
もしかしたら、地球世界のどこかでも似たような話があったりしたかもしれないが、当時の俺には興味が無かったので分からないが……