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一矢報いる

 サリーヌの前に瞬間移動したかのような、常識外の無音超速移動にぎょっとしてしまう。


「ですが、主を傷つけようとした悪い子には、おしおきが必要ですね」


 意表を衝かれ硬直していると、スールーは白い右手で俺の首を掴み、そのまま上へと持ち上げた。


「ぐ」


 スールーが腕をさらに高く掲げると、足が大地から離れ、首が締まっていく。


「エッジの姑息さに救われるとは思はなかった。感謝はしないが礼は言っておこう。――ご苦労だった卑怯者」


 スールーが動いたことによって身体が自由になったアッシュの声が届く。

 その言い方で感謝していないのなら、単なる悪口だろうが。 

 息苦しさに苛まれつつも、心の中でアッシュの悪態だけはついておく。

 首を捻り、強引に後ろに目をやると相棒が俺めがけて突進していた。

 距離を詰めたアッシュは、低い重心から地を這うような水面蹴りを見舞う。

 宙に浮いた俺の足と大地の間を縫うように放たれた蹴り。

 スールーに掲げられている、俺という存在を目隠しにした至妙の一手ならぬ一足は傷を負わせることは叶わずとも、当たりはすると思った。


「アッシュ君は、なかなかに良いセンスをしていますね。サリーヌの言うとおり、見どころがあると思います」


 が、それすらも叶わないという無慈悲な現実があった。

 なんとスールーは、半月の軌道で迫る蹴りを、上から踏みつけて縫いとめたのだ。


「というわけで、これからも精進して下さいね」


 スールーの長い右足の残像が弧を描くと。アッシュが盛大に吹き飛んでいった。

 スールーの蹴りをまともに受けてしまったらしい。


「それに比べて、エッジ君は多少小狡いだけの凡人さんですね」


 スールーが俺に値踏みするような視線を送り。たいして興味もなさそうに告げる。

 上から物を言う、スールーの鼻をあかしてやりたいが、俺の魔法や剣でそれが出来るとも思えない。

 ――――いや、負け犬の思考は捨てろ! 考えろ! 絞り出せ!

 首が締めつけられ。ついには目の前が明滅し意識が遠のき始めたが、この女に俺の存在を認めさせたかった。

 頭を回転させていると、苦し紛れだが一つだけ方法を閃いた――――これしかない。


「手、を、離せ」


 極限の状況で思いついた策を実行すべく、苦鳴の代わりに、無理矢理言葉を吐き出す。


「ご自分で払いのけてみなさい」 


 上等! 手くらい振り払ってやろうじゃないか。

 目の前の怪物を睨みつけながら、己を叱咤し、遠くなりかける意識を繋ぎ止め魔法を紡いでいく。


「何をするつもりか分かりませんが見届けてあげましょう」


 どんな手を繰り出そうとも、自分には通用しないと確信しているスールーは、強者の余裕を持って俺に機会を与えてくれた。

 俺が衝こうとしているのは、そういった彼女の驕りだ。

 脳内でなんとか魔法の組成式を完成させた俺は震える手で短杖を握りしめる。

 くらえ――――――――俺!

 杖の先を己に向けて魔法《水流(トラ)(ロル)()》を発動。

 俺がスールーの手をどかす為に選んだ魔法は、ただの水を杖の先から発射するという戦闘には不向きな魔法だった。


「むっ」


 スールーは俺の首に掛けていた手を放し、水飛沫を避けて後ろへ飛び退いた。

 狙い通りの読み通り。スールーは俺の首から手を離した。


「どうだっ」 


 戒めから解放された俺は濡れ鼠になりつつも、俺は口の端を歪めて勝ち誇る。


「まさか攻撃ではなく水遊びを仕掛けてくるとは思いませんでしたよ」


 スールーの俺を見る目が変わっていた。見下す視線に、興味の色が混ざり始めたのだ。


「あんたは戦う前に汗をかくのが嫌だと言っていた。それならびしょ濡れになるのはもっと嫌だろうと思っ

てね。どうやらその通りだったみたいだな」


 身だしなみに気を遣う奴は、水などで化粧が落ちることを忌避するはず。


「なるほど、エッジ君は言動から私の性格を予想したのですね。そして脅威となりえない貴方との戦いに余裕を持って挑んだ私は、我慢して水飛沫を浴びるよりも、悪手といえども手を離して回避を選択すると読んだのですね」


 顎に手を当てたスールーは、俺の思惑を正確に読み取って語った。


「ご明察」

「そして、私に直接水魔法を当てようとしなかったのは、魔法を躱されないようにするためですね」


 出来の良い生徒が数式を証明するかのように、朗々と語るスールー。


「ああ、さすがに鋭いな」


 敵ながらも、正鵠を射ぬく説明に感心してしまう。

 杖の先をスールーに向けた時点で魔法を妨害されてしまう恐れもあった。故に、杖を己に向け、魔法の対象を己自身としたのだ。さらには、そうすることで魔法発動の瞬間をカモフラージュするという狙いもあった。


「前言を撤回します。エッジ君もなかなかの逸材ですね。その賢しさ、嫌いではありませんよ」


 敵ではあったが、超のつく実力者から褒められて嬉しいと感じている自分がいた。我ながら俗世じみている。


「まあでも、顔の方はあまり私好みではありませんがね。容姿なら断然アッシュ君です」


 仄かに喜んでいると、水を差すような一言が加えられる。水を掛けようとした俺への、意趣返しのつもりかよ。


「大きなお世話だ」


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