正体判明
「あんた、轍の代表サリーヌだろう?」
「いかにも。知ってくれていて嬉しいよ」
答えたサリーヌの眉は、黒い塗料が拭きとられ、髪の毛と同じ銀色になっていた。
「こちらこそ、有名人にお会いできた光栄だね」
轍は切拓者たちの中でも、実力者ぞろいで構成された組織で、俺たちのような若手からする憧憬の対象である。
てっきり今も最前線で手強い異形どもと戦い続けているものと思っていたのだが……
「なぜ、あんたみたいな人がこんな辺鄙なところに居る?」
強者たちを束ねるサリーヌが、新人や若手が集まるこのヨモスブルグに何の用があるというのだろうか?
「決まっているじゃないか、君たち二人に会う為さ」
嫣然と微笑むサリーヌ。はっきり言って胡散臭い。
今までは、新聞の記事でしかサリーヌの顔を見たことがなかったので、見目麗しい切拓者の活動家くらいにしか思っていなかった。だが実物は美しさよりも得体の知れなさが際立っており、妙な迫力があった。
「細かな事情などどうでも良いが、報酬はきっちり払うのだろうな?」
相棒がぬっと会話に口を挟む。
この状況ですら、他人に興味を示さないのがなんともアッシュらしい。
「もちろんだよ。騙すような真似をしてすまなかったね。その分、報酬には色をつけておくよ」
当然だとばかりにアッシュが頷く。
相手が誰であろうが変わらない、相棒のこの厚かましさは大したものだと思う。真似したくはないが。
会話を重ねることによって若干気が落ち着いてきた俺は、サリーと出会ってから今に至るまでのことを思い返してみる。
考えてみれば怪しいことだらけだった。
まず、このような辺鄙な森に一人で佇んでいるというのがそもそもおかしかった。
仲間とはぐれたのならば歩いて捜しまわるか、もしくは先に街に戻っておくのが切拓者として普通の行動だろう。
さらには新米の割に金の払いが良すぎる。アッシュという規格外の大食漢に奢ったのもそうだし、今回の依頼に対する報酬も新人が用意するには負担の大きすぎる額だ。
それに、いくら新人だといっても、サリーヌ弱すぎる。
訓練期間を終えてこの弱さなら、普通は切拓者になろうとは思わないだろう。もっと他の生き方を選ぶはずだ。
考えてみれば、サリーという偽物の存在に気付くヒントはいくつもあったのだ。
可憐な女だと思って油断していた自分が恥ずかしくなってきた。
「くそっ俺が迂闊で甘々だった」
慙愧の念が声として思わず出てしまう。
「そうだよ、エッジ君。知らない人に付いて行っては駄目だ」
「見知らぬ男二人に付いて周ったお前が言うな!」
「ぷ」
にこにこしながらずっと黙って話を聞いていたスールーが、咄嗟に口に手を押し当て、笑いを堪える。
「ああ、それもそうだね。ではお互いに今後は知らない人には気を付けるとしよう」
俺をからかっているのか分からないが、会話の主導権はサリーヌに渡りっぱなしだということは分かる。
「私としては報酬がもらえるのならば、騙されていたとしてもかまわない。今重要なのは、労働に対する対価が払われるか否かだ」
無造作にアッシュが話に割り込む。
「うんうん、アッシュ君は面白い考え方をするね。だが、私もその通りだと思うよ」
相棒の意見にさっそく同調するサリーヌ。
「サリーヌのことなどどうでもいい。むしろ私が今興味を抱いているのはお前だ」
命知らずの相棒が、右手に握った剣の切っ先をスールーへと向ける。
「ほう、お目が高いなアッシュ君は。スールーは私が束ねる轍の中でも指折りの実力者の
みで構成された部隊・車輪の一人なのだ」
「ほう」
サリーヌの話を聞いているうちに、アッシュの顔がさらなる喜びで満ちていく。瞳にも火が灯る。
「初代転生者でもある彼女は、私との付き合いも長い。さらに影車輪と呼ばれ、味方からも恐れられている存在だ。ちなみに私もたまに彼女が恐ろしくなる時があるねえ」
「褒めすぎですよ、サリーヌ」
主からの紹介に照れ笑いを浮かべるスールー。最後の方は貶されていた気もするが、気にしていないらしい。
「アッシュ君とエッジ君もそれぞれに見どころはあると思う。だが現状では、スールーに歯が立たないだろうね」
サリーヌがアッシュの瞳に点いた火に油を注いだ。
「そいつは重畳」
アッシュの瞳に激しい炎が宿る。
この相棒は格上の敵にこそ嬉々として挑みたがる、命知らずの体現者なのだ。
「スールー。相手をしてやってくれないか? 気持ち的には私が戦ってあげたいところなのだが、残念ながら運動はあまり得意な方じゃないのでね」
「サリーヌは戦闘能力皆無ですからね。無謀なことはしない方がいいですよ」
噂通り、サリーヌ個人はたいした実力を持っていないらしい。
「君のような本物の実力者と戦うことは、彼等にとっても良い思い出となるだろう」
いつの間にか、これから始まる無謀な戦いに俺まで巻き込まれてしまっていた。迷惑このうえない。
「獣じみた獰猛突進男と戦うのは気が乗りませんが、命令だというなら仕方ありませんね」
肩をすくめるスールー。こちらはアッシュとは対照的に、まったくやる気を感じられない。
「エッジ、本気でいくぞ」
珍しく、いつもは猪突猛進な相棒が戦う前に声を掛けてきた。
「ち、巻き込みやがって」
俺は愚痴りながら短杖を構える。
一人ではなく二人がかりで、スールーというかつてない強敵に挑もうとするアッシュ。
戦い方に拘らないのは、格上の相手だろうが出来る限り勝利を狙っていこうという気概ゆえだろう。確かに、戦うのなら勝つ気でやらなければ意味がない。珍しく、俺とアッシュの意見が一致した。
「汗をかきたくありませんし、すぐに終わりにしてあげましょう」
スールーが告げると同時に、間欠泉の如く彼女の身体からプラーナが沸きあがった。