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本性顕現

「ひっ」 


 怯える彼女に向かって棍棒子鬼が進路を変え一直線に走り寄っていく。

 サリーを弱者だと判断し、逃げるついでに叩きのめそうとしているのだろう。

 一方のサリーは硬直し、立ち尽くすのみ。お前も切拓者の端くれなら怯えてないで逃げるくらいしろ! 

歯噛みしつつ子鬼を追走する俺。


「くそっ!」


 が、どう考えても間に合わない。

 みるみるうちに子鬼とサリーの距離が縮まっていく。

 棒が持ち上げられ、子鬼が八つ当たりとばかりに勢いよくサリーめがけて振り下した。

 か弱い女が、八つ当たりで殴殺されてしまうかもしれない。眼を瞑りたくなるような光景が視界に広がっていく。

――――と思われた瞬間、サリーヌの影法師からと黒い塊がぬっと飛び出していった。


「な⁉」


 黒い塊は目にも留まらぬ速さで子鬼の後ろに回り込むと、人の輪郭を象っていく。

 黒ずくめの衣装を纏った人間らしき者の両手にはそれぞれ短剣が一振りずつ。


「解体しましょうそうしましょう」


 弾むような声をあげた黒人間の腕が縦横無尽に閃く。すると子鬼が短剣によって超速で切り刻まれていった。


「以上、子鬼の解体ショーでした」


 黒い闖入者は敵に反撃する暇など微塵も与えず、あっという間に屠ってしまった。

 そして俺は、一つの生物がこれほど細かく切り刻まれている姿を初めて見た。 


「あんた、何者だ⁉」


 黒人間の後ろからおそるおそる声を掛ける。


「これはこれは」


 黒人間がひらりと反転。手を胸に当て俺に向かって丁寧にお辞儀。

 腰が折り曲げられると同時に、黒人間を覆い尽くしていた闇色のベールがはだけていき、人らしきものの素顔が露わになっていく。

 髪の毛は闇色に染めたかのような真性の黒。切れ長の目の色も髪と同色。鼻は高く、形の良い朱色の唇が弧を描き笑っていた。


「子鬼を一匹取りこぼすとは、期待の若手もまだまだといったところでしょうか」


 喪服に見紛う黒いスーツを身に着けているのは、年齢不詳の人間。胸の辺りがひどく押し上げられているので性別は女だろう。


「私の名前はスールーと申します。以後お見知りおきを」


 言いながら、再び頭を下げるスールー。

 突然現れ、超人的な動きで子鬼を瞬殺してしまったこの女は、笑っているにも係らず、とてつもない威圧感を放っていた。

 このスールーという女。謎だらけではあるが、今の段階でも一つだけ分かったことがある。それは――――間違いなく強い。

 本能的なものなのか、スールーに観られているだけで寒気がしてしまう。


「エッジ、我々の戦いに横やりをいれたこいつは何者だ?」


 身体に無数の傷を拵えたアッシュが俺の隣に並ぶ。一人で子鬼たちを片付けてきたらしい。


「さあな、俺にも分からない」


 アッシュも突如現れた奇妙な女が気になっているらしい。

 唐突な展開に困惑するばかりだが、俺にも一つだけ確信していることがある。


「だが、お前は知っているよな? サリー」


 深く俯き表情が見えない彼女に向かって俺は問いかける。  


「ふふふ。もちろんだ」


 顔色は窺えないが、サリーの声音が変わったのは明らかだった。 

 何かに怯えている音ではなく、弾むように楽しそうな声。

 俺はその明るい声に得体の知れない恐怖を感じた。


「サリーよ。私を騙していたのか?」


 物怖じしないアッシュが、怪訝な顔で依頼主へ問いかける、 


「すまないね。悪いとは思ったのだが、期待の若手と言われる二人の姿をどうしても直で見たかったのだよねえ」 


 言いながら、ゆっくりと頭をあげていくサリー。その顔に今まであった気弱さはなく、代わりに何かを企んでいる者の、薄っぺらい笑顔が張り付いていた。


「どういうことだ?」


 それならわざわざ嘘をつく必要はなかっただろうに。

 彼女は、いったい何のために俺とアッシュを騙したのだ?


「愉快な二人と、一介の転生者として接してみたかったのだよ。サリーというか弱い女の演技はどうだったかな? ひょっとして、仲間にしたくなったりしたかな?」


 期待に目を輝かせ、サリーが問う。


「人を謀るような輩はエッジ一人で充分だ。むしろ一人もいらんな」


 アッシュはすぐにサリーヌを拒絶し、ついでに俺を貶した。


「こんな時まで、さりげなく俺を貶すな」


 アッシュの隙あらば俺を悪く言おうとする、この勤勉さには悪い意味で感心するしかない。


「あらら、それは残念」


 愉快そうに笑いながら残念だと述べるサリーヌは、とても胡散臭かった。


「申し遅れたが、私の本当の名はサリーヌ。せっかくなので覚えておいてくれ」


 挨拶しながら、サリーが右手を自身の頭に乗せる。それからひょいと己の黒髪を掴み上げてしまった。


「カツラだったのか……」


 持ち上げられた黒髪の塊を見てようやく気が付いた。

 黒いカツラの下に隠されていたのは、淡く輝く銀の髪。まるで月の光を梳かしこんだような艶のある美しい髪の毛。

たおやかに微笑む銀髪のサリーヌには、出会った時に感じた頼りなさなど既に全くなかった。

代わりにあったのは見る者を引き付けるそこはかとない魅力。


「おっと失礼。眉の色も落とさないとだ」

「どうぞ」


 後ろに控えていたスールーが胸元から布巾を取り出し、サリーヌへと渡す。


「しばしおまちあれ」


 そう告げると、サリーは布巾で呑気に眉を拭き始めた。

 人をくったような行動をする奴だ。


「さすが大物。余裕だな」


 黒髪のサリーという偽りの切拓者はともかく、銀髪のサリーヌという女を俺はよく知っていた。


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