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鬼のような仲間と子鬼

 くすんだ緑の樹冠に覆われた森は、まだ昼過ぎだというのにほんのり薄暗い。

 さらに鬱蒼と茂る草や葉からは、陰の気配が立ち込めておりなんとも気味が悪い。

 もしも鬱々とした森に林立する灰色の太い樹木たちから、首吊り縄が垂れ下がっていても別に驚きはしないだろう。


「辛気臭い森だな」


 今回、《宵の森》に初めて足を伸ばしてはみたが、俺はこの場所が狩場として人気がない理由を、身を以て感じていた。

 こんなにも気が滅入るような場所を選んで訪れてしまったことを後悔もしている。


「ああ。まるでお前の顔そのものだな」


 そしてアッシュという、この森よりもさらに不吉で不快な輩が俺の仲間だということには絶望しかない。


「辛気臭い場所にアッシュという不愉快な奴が加われば、不快指数五割増しだな」


 仲間もどきの嫌味に対し胸の中で舌打ちしつつ、俺もやり返す。


「それは何より」


 言葉を聞いたアッシュが足を止め振り返り、口の端を吊り上げ皮肉気に笑う。

 意地の悪い笑みを浮かべる相棒を殴りたくなるが、残念ながらやり返されると分が悪いので抑える。

 暴力では何も解決しない。というお題目を脳内に掲げることで己を納得させておいた。  

 それにしても、歪んだ笑い顔すらも絵になるこの相棒もどきは腹立たしいことこのうえない。

 遺憾ながら形式上は仲間であるこの社会不適合男アッシュは、顔立ちだけは良いのだ。

 くすんだ灰色の髪の下にある同じ色の切れ長な瞳。筋の通った高い鼻梁は、顔の真ん中から鮮やかな赤い唇へと続いている。今は開かれた口には真珠色の歯が綺麗に整列し、鋭い犬歯だけが僅かに存在感を主張している。

 初めて会った人間は、男女にかかわらず、この美しさに見惚れるだろう。業腹ながら俺もそうだった。

 アッシュが前に向き直り、再び歩き出す。

 俺もため息をこぼし、重い足を前に進めていく。

 早く狩りを終えて、こんな場所とはおさらばしたいものだ。

 と、目の良いアッシュが右手を挙げ、制止の合図。


「エッジ、いたぞ」


 再び後ろを振り返った相棒は、今度は獲物を見つけた肉食獣さながらの獰猛な笑みを浮かべた。 


「ん」


 俺はアッシュを追い越し、目を窄めて木々が連なる森の奥を凝然と見入る。

 目に映るのは(ゴブ)(リン)が四匹。ちょうど木の途切れた拓けた場所で寝転び寛いでいる。


「よし」


 幸いなことに子鬼どもに警戒の色は無く、存分に気が緩んでいる様子。

 これなら不意をつき先制攻撃を上手く決めることさえ出来れば、一網打尽に出来るかもしれない。

 二対四と数の上では不利だが、状況はこちらが有利と判断。

 以上を踏まえた上で、俺の頭の中で算盤が弾かれていく。

 子鬼共を倒し、あと四匹分の魔石が手に入れば今日の稼ぎは合計八個になる。一日の収穫としては充分だろう。


「戦おう」


 危険と利益を秤にかけた結果、利益を取りに行く方に天秤は傾いた。


「言われるまでもない」


 アッシュの方は既に戦う気満々らしい。

 俺は目配せをして奇襲をかけようと相棒に合図を送る。

 すると、俺の意図を察したらしいアッシュが力強く頷く。

 なんだかんだいっても、こいつとコンビを組んでもう一年になる。ある程度のことは口にしなくても意思の疎通は図れてしまうのだ。  

 俺は忍び足で子鬼どもに近づいていく。

 と、


「子鬼共よ、戦いの時間だぞ! 起きて私と戦うのだ!」


 何を思ったのか、前衛のアッシュが叫びながら子鬼どもに突進。


「はああ⁉」


 あまりの意味不明な相棒もどきの行動に、開いた口が塞がらない。意思の疎通が図れていると思った三秒前の自分を殺したい!

 アッシュの雄叫びにより、子鬼たちが起き上がりすぐに戦闘態勢をとる。

 先制の機会は、俺の想像の斜め上を行くアッシュの突飛な行動によって、鮮やかに失われていった。


「台無しにしやがって、いっそ殺されて来い!」  


 俺の怒声をもなんのその。

駆け出しているアッシュが背中の鞘から右手で剣を引き抜く。

 一方で、四匹の子鬼は身構え、猛然と迫る灰色の肉食獣を警戒。―-しているところに、アッシュは右手に握った刃渡り一メーテルほどの片手剣を投擲。


「ギョッ⁉」


 まさかの片手剣投げ攻撃に驚き固まる子鬼たち。 

 古い鉈を持っていた子鬼の眉間にアッシュの放った剣が突き刺さる。


「剣にはこういう使い方もある!」

「ないだろ!」 


 味方の俺ですら予想外の片手剣投げで子鬼を一匹仕留め、猛るアッシュ。

 無茶な戦いをする相棒をしっかり指摘をしつつ、仕方がないので援護するために魔法を紡いでいく。


「ギイイイイィィッ!」


 仲間を殺され激昂した子鬼たちが、アッシュに向かって前左右の三方向から迫る。

 距離が近くなり、子鬼の姿が俺の視界にくっきりと映る。緑のごつごつした肌に黄色の眼。大きな鷲鼻の下には横幅が広い口。その口元からは乱杭歯がのぞいている。

 人と似た形をしているが、人間とは根本的に違う、まさに異形の存在。


「くそっ!」


 いくらアッシュでも素手で三対一はきついだろう。

 そう判断した俺は、腰後ろに差していた短杖を手に取り、魔法を高速で組み立てていく、 

 何故お前は後先考えずに、自分の得物を投げたりしたのだと後で問い詰めたい! 

 アッシュの正面には木の棍棒を掲げる子鬼。右側面には錆びた短剣を構える子鬼。そして左の素手子鬼は、今にもアッシュに飛びかかろうと、爪先立ちの前傾姿勢で闘志が漲っていた。


「殺してやるから殺す気で来い!」


 相棒の叫び声に応じ、三匹の子鬼がアッシュに向かって同時に襲い掛かる。

 迎えるアッシュは刃物を持つ右側面の子鬼にだけ対応。

 短剣の刺突を防御するではなく、迎え撃とうと右正拳突きを相手の顔面に向けて放つ。

 身長百九十センチメーテルを超えるアッシュの突きが、子鬼の刺突にリーチで勝り短剣に先んじて命中。

 子鬼の得物である短剣という武器の攻撃範囲が短いことが幸いした。

 体重の乗った剛拳が炸裂し、子鬼が吹き飛ぶ。

 同時に、アッシュの左半身に棍棒が叩きつけられ、背中には子鬼が取りついていた。

 ――――いそげいそげ! 俺は組み上げた式に、魔法行使の燃料であるプラーナを注ぎ込んでいく。

 背中に組み付いた子鬼がアッシュの白い首筋に噛み付き、もう一匹は容赦なく棍棒で殴り付けている。


「目を閉じろ!」 


 俺は相棒に合図を送ると共に、全速力で紡いだ魔法《()光輝(ール)()》を短杖の先に象嵌された紅玉から発射。


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