レイモンド グレイ
「お兄様今日も、お部屋で魔術書を読んでいますの?たまには、私と一緒にお庭でお茶でもいたしましょう。」
可憐な笑顔を僕に向けているのは1つ年下の妹だ。
プラチナブロンドのふわふわな巻髪にエメラルドグリーンの大きな丸い瞳、筋の通った小さい鼻とぽってりとした桃色の唇は完璧に配置されている。
まるで人形のように可愛らしいと評判の僕の自慢の美少女である。
身体が弱くて引きこもりがちな僕を小さい頃からしつこく誘ってくる、僕の大事な大事な妹。
「ちょっと待ってくれるかな。このページを読み終わったら行くよ。」
「分かりましたわ。お待ちしております。」
満面の笑みでそう告げて部屋から出て行った妹はとてもかわいい。
こんなにも愛らしい妹が、乙女ゲームの悪役令嬢としてヒロインを虐め倒し、悲惨な人生を送るなんて信じられない。
ヒロインである男爵令嬢が王立魔術学園に転入して来るのは今年である。
妹と王太子殿下の婚約を阻止できれば、バッドエンドを回避できたのだが、2人の婚約は妹が生まれたてすぐに決まってしまった。
それから16年、2人とも順調に成長し婚約破棄させる機会もなくついにこの年がやってきてしまったのだ。
もうお気づきの方もいらっしゃるかと思うが、僕は前世の記憶を持って転生してしまった転生者だ。
記憶は断片的なものだが、前世では身体が弱く、心臓移植のドナーを待っている間に死んでしまった。
入院生活のお供だった乙女ゲームの世界の、よりによって悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ。
今世の僕も身体が弱いが、運動ができない程度であって日常生活には全く支障はない。
グレイ侯爵家の長男レイモンドとして生を受けて18年、成長期はついこの間通過してしまったが、未だに身体は全体的にほっそりとしており、骨格も華奢だ。
細面の顔には寸分の狂いもなく妹と同じ色のアーモンド型の瞳、スッと通った鼻、バラ色の薄い唇が配置されている。
シルバーのまっすぐな髪はさらさら、つやつやで腰まで伸ばしている。
パッと見女性に間違われることもあるが、平凡顔だった前世に比較すると大きな躍進だ。
自分が最も美しく輝く容姿を保とうとしているのだが、男性らしさの欠如や、引きこもりが原因となって18歳になっても婚約者ができないでいる。
貴族としては大きく周囲に後れを取っている状態なので両親は僕のことを心配しているようだが、前世から一度も恋人がいたことのない僕は筋金入りの喪男なのだ。
この難問に関しては全く解決方法が思いつかない。
「お兄様は今年から学園で講師をなさるそうですが、私のクラスを担当していただけると嬉しいです。」
一切音を立てずに優雅にティーカップをソーサーに戻した妹が、心から僕に担当して欲しいと思っていることが伝わってくる。
大好きな妹の危機を目の前にして何も行動を起こさないのは兄として失格だ。
そのため、僕は18年間のニート生活に終止符を打つ決心をしたのだ。
王国内でも絶大な権力を誇るグレイ侯爵家のコネを使って、妹が在学中の王立魔術学園で講師に就任することが決まっている。
前世と今世を合わせた上で初めての就業なのでとてつもなく不安だ。
しかし、僕の前で目を輝かせ、学園の話を聞かせてくれる妹を見ているとそんなこと忘れてしまいそうだ。