小鳥と猛禽
二人は一つ目の集落で休憩しつつ、水を補給させてもらった後、すぐに出発していた。
フィリコスさんの話によると、どうやらデルフォイに着くまでに二つの集落を通るらしいのだが、
その二つの集落同士は距離が近いのだそうだ。
つまり一つ目の集落を抜けた今、二つ目の集落はそう遠くない。
ハジメとしては夜までにその集落にたどり着きたかった。
野宿は御免だ。
もうすでに日は西の方へ傾き始めていた。とはいっても、まだ日没まで時間はあるだろうが。
しかし急ぐに越したことはない、とハジメは歩を速めた。
「ハジメ、歩くの速いよぅ!」
隣を歩く華奢な妖精がぼやく。
カリュクスは体が小さい分、歩幅も狭かった。ハジメを代表とした、一般的な男子高校生の想像通り、
妖精は細くてちょこちょこしている。
「ごめんごめん」
ハジメは速めた歩を緩めると、カリュクスに合わせて歩き出した。
どこかから鳥の楽しそうにさえずる声が聞こえる。
空を見上げると、ハジメが想像していたものとはまるで違う光景が繰り広げられていた。
一羽の猛禽が、逃げ惑う小鳥をおやつにしようとやっきになって飛び回っていた。
よくみるとその猛禽は黒っぽい羽毛で全身を包まれたフクロウのようだった。
「鳥って自由に空を飛び回っているようにみえても、色々大変なんだねぇ」
カリュクスが太陽の光に目を細めながら、空を見上げてつぶやく。
そのうち小鳥の方が疲れてきたのか、フクロウに追いつかれてしまった。
首もとをカプッとついばまれた小鳥は、最初はジタバタと抵抗していたものの、やがて大人しくなって
ついには力なくだらりと伸びてしまった。
ハジメとカリュクスはフクロウが小鳥を咥えたままどこかへ飛び去るのを見送ってから、再び前を向いた。
このときハジメは何か違和感を感じていた。しかしその違和感の正体はわからないまま、まっすぐ歩き続けた。
二人は他愛もない話をしながら草原を歩き続けていた。
主にハジメがニホンのことについてカリュクスの質問に答えていたが、たまにハジメの方から質問するときもあった。どれもくだらないことばかりだったが。
そうしているうちに、遠くの方に森が見えてきた。
たしかこの森を抜ければ、次の集落まですぐのはずだ。
入口に立ってみると、先ほど二人が抜けてきた森と比べて、なんだか暗い雰囲気を感じる森だった。
木々が鬱蒼と生い茂りすぎているのが原因だろうか。
どことなく踏み入るのに勇気のいる森だった。
カリュクスも不安そうな表情をしている。
しかしこの森を迂回していては日没までに次の集落につくことはできない。
二人は意を決して森に踏み込んだ。
中に入ってみると、外から見た以上に暗かった。
どうしても速足になる。
今にも駆け出しそうな雰囲気で突き進んでいると、突然横の茂みから人が飛び出してきた。
「うわぁ!」
二人が驚いて立ち止まると、ボロボロの服に身を包んだ三人組の男に周りを取り囲まれた。
その手には一本づつ短刀が握られていた。
「あんたらに恨みはないが、身ぐるみはがさしてもらうぜ」
いわゆる追剥というやつだ。
ハジメは無意識にカリュクスを庇うような体制をとった。
が、彼の頭は混乱と恐怖で真っ白だった。
刃物を持った大の男三人に対して丸腰の少年少女二人。
この状況で大きくでれるほどハジメは胆が据わっていなかった。それどころか、足の震えをこらえるのに必死だった。
「おいおい、こいつ女守ろうとして格好つけてるが、足が震えちゃってるぜ」
男たちは笑い転げた。
こらえきれてなかった。
するとカリュクスが少し前に出て、ハジメにだけ聞こえるようにささやいた。
「こいつらが突っ込んできたら私が止めるから、その隙に前に走って」
ハジメはぽかんとした。
「それじゃあカリュクスが」
「大丈夫、私も一緒に走るから」
ハジメが状況を理解せずにいると、男たちが刀を構えなおした。
そして勢いにまかせ、二人に斬りかかってきた。
その瞬間、彼らの足元から木の根のようなものが生えてきて、かれらは引っかかって見事に転倒した。
「走って!」
呆気にとられるハジメの手をとり、カリュクスが走り出す。
そのまま森の終わりまで後ろを振り返らずに二人は走り続けた。
森を抜けると、辺りは薄暗くなっていた。男たちは追ってきていないようだ。
少し離れたところに明かりが見える。
どうやら目指していた集落に着いたようだ。
「さっきのって・・」
肩で息をしながらハジメが尋ねる。
カリュクスはもっと辛そうに息をしながら答えた。
「わ、私の、まほ、魔法・・」
ああ、つまりそういうことだ。
臆病なハジメくんは自分より体の小さな女の子に助けられたのだ。
ハジメは悔しさと恥ずかしさから顔を真っ赤にしながら唇をかんだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それから二人は黙ったまま明かりを目指して歩き出した。
宿屋らしき建物をみつけ、部屋を借りると、先ほどの疲れからかカリュクスはすぐに寝ついてしまった。
ハジメはベッドの上でその日の出来事を反芻しながら、自己嫌悪に陥っていた。
「だっせーなぁ・・」
ふとハジメの頭に、昼間見たフクロウが浮かんできた。
「俺もあいつみたいに勇敢に戦えたらな」
自分は逃げ惑う小鳥だ。闇を切り裂く猛禽には、到底なれそうもない。
闇を切り裂く・・そこでハジメははっとした。
昼間の違和感の正体。
フクロウは夜行性のはずなのだ。なぜあんな真昼間からやつは飛んでいたんだ?
頭の中で様々な考えが浮かんでは消えていくうちに、ハジメは深い眠りに落ちていた。