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カリュクスとフィリコス

 木々の生い茂る森を抜け、傾斜のきつい丘を登り終えたハジメと少女の前には、壮大なポリス、つまり都市国家が広がっていた。

21世紀現在、ギリシャの首都となっている街だ。

この当時からやはり巨大な街だったようで、多くの物や人が行き交っている。

「おお・・思ったよりも人がたくさんいる・・」

「ここいらでは一番大きな街だからね~」

2人はその巨大な街の中をスイスイと進んでいった。

その道中、ハジメは現代の日本の街中では見たことのないような光景をいくつか見た。

どうやら2人が歩いているのはアテネの中でも特に大きな通りらしく、大きな肉塊を焼いている店だったり、初めて見るような魚が並べられているような店があったり、煌びやかな衣服や宝石を扱っている店があったりと、活気で満ち溢れていた。

その光景はどこか、ハジメがつい先ほどまで歩いていたはずの、あの商店街を思い起こさせた。

つい先ほど、のはずなのだ。

もう遠い昔のことのように感じる。というか、そもそも未だにハジメは自らの状況を上手く飲み込めずにいた。

「あれ・・?」

気がつくとハジメは1人になっていた。

「おーい、あの、えっと・・」

そういえばハジメはまだあの少女の名前をきいていなかった。ハジメもまた、彼女に名前を伝えていなかった。

「どうしようか・・」

全く知らない街にたった1人。土地勘もなければ時代すら違う。それに言葉も通じない。 

「・・・言葉、通じた・・?」

なぜだろう。時代も国も違うのに、あの少女とは言葉が通じた。それによく考えると、周りの店の商人達の声も聞き取れる。

「焼きたての肉!肉!肉!肉はいかがだーい!?」

「今朝とれたばかりの新鮮な魚だよー!!」

「フルーツ、フルーツがあるよー!安いよー!」

どの声もはっきりとききとれる。

まるで全員が日本語を話しているかのようだ。

「おーーい!」

ハジメはハッとして振り向くと、あの少女がこちらに駆けよってきた。

「もー!いきなりいなくならないでよ~!」

少女は両手に溢れんばかりの食べ物を抱えていた。

「お腹すいてるかな~と思って!」

「あ、ありがとう」

ハジメと少女は近くの石段に腰を降ろすと、少女が買ってきた、焼いたチキンのような肉と、まだ温かいパン、大きなチーズ、フルーツをガツガツと頬張り始めた。

「う、うまい・・」

今までハジメが食べてきた日本の食事となんら変わらない味だ。

むしろこちらの方が美味しいかもしれない。

焼いた肉の皮はパリパリで、噛むと肉汁が溢れ出す。

パンは外はカリッと中はフワフワ・・・。

チーズはとろけるような食感と深いコクがあり、フルーツはどれもみずみずしかった。

「でしょ!アテネは貿易も盛んな街だから、色々なところから美味しい物が入ってくるのよ」

そういいながら彼女はフルーツをつまんでいた。

ひとしきり食べ終えると、ハジメは口を服の袖で拭いてから、少女に向き直った。

「ところで、君の名前は?」

少女は少し驚いた表情を見せた。

「あれ、自己紹介してなかったっけ?

私はカリュクス。君は?」

カリュクス。たしかギリシャ語で「蕾」という意味だったか。

ハジメはギリシャ神話にとてもハマっていた時期があり(ハジメの読書傾向には時期によって極端な偏りよりがある)、ギリシャ語なども調べていたのだ。

「俺は、白浜一」

「シラハマハジメ・・?

不思議な名前。初めて聞いたわ!」

カリュクスは目を輝かせた。

「さすが、海の向こうからきただけあるわね!

そうだ、家についたら海の向こうの話をきかせてよ!」

カリュクスはどうやら海の外のことに興味があるようだ。

その目はあの不思議な色をたたえて輝いていた。

ハジメは思わず見とれそうになる。

「あ、ああ。いいよ」

なんとか返事を返すと、

「やったー!なら早く行こうよ!ハジメ!」

カリュクスはハジメの手を強く引っ張った。

「うわ!ま、待てよ・・」

カリュクスはハジメの手を握りしめたまま走り出す。

ハジメもそれについで仕方なく走り出す。

2人の慌ただしい足音が、大理石でできた道を駆け抜けて行く。

坂を登り、角を曲がり、真っ直ぐ走る。

丘の上の開けた場所に出た。

アテネの町が一望できる。

青と白の美しい建物が整然と並ぶその景色にみとれながら、ハジメは小走りでカリュクスについていった。

すると突然、カリュクスがピタッと止まった。

「ここが私の家!入って!」

目の前にこぢんまりとした白い小屋のような家が建っていた。

カリュクスに促されるまま、ハジメは家の中に入る。

「おじゃまします」

ハジメは靴を脱ごうとしてふと固まる。

ギリシャでは靴を脱ぐものなのか・・?

するとカリュクスは

「早く!」

とハジメを後ろから突き飛ばす。

どうやら靴は履いたままでいいようだ。

カリュクスに押されるがままに隣の部屋に行くと、1人の優しそうな表情をした老いた男が座っていた。

「フィリコスさん!

あのね、この人が浜に打ち上げられててね・・」

カリュクスはハジメと出会ってからの経緯をその男に説明した。

「そうかそうか、それなら家でゆっくり休んでいきなさい」

フィリコスは優しそうな微笑みをたたえながらそう言った。

「ありがとうございます!助かります」

ハジメは心からの感謝の言葉を述べ、頭を下げた。

「奥の部屋が1部屋空いてるから、そこを使うといい。

食事ができたら呼ぶから、それまで休んでなさい」

フィリコスはそう言ってカリュクスに部屋まで案内させた。

「じゃあ後でたっぷり話を聞かせてね!」

カリュクスはそう言って部屋を出て行った。

ハジメは改めて部屋を見回してみた。

六畳程の部屋の中に、ベッドと小さい棚、机が1つずつおいてある。

しっかりと掃除が行き届いた、清潔感のある部屋だ。

ハジメはベッドに突っ伏して、今の状況を整理しようとした。

東京の橋の下で事故にあったこと。

なぜか古代ギリシャのアテネに飛ばされたこと。

不思議な色の目をした少女、カリュクスと出会ったこと。

なぜか言葉が通じること。

考えれば考える程わからなくなる。

自分は果たして元の世界に帰れるのか。

不安と恐怖、そしてなぜか少しの期待が、彼の胸を埋め尽くしていた。

そんなことをゴタゴタと考えていると、ハジメはいつのまにか、夢の世界へと吸い込まれていった。


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